Author: Toshi Page 2 of 21

ミズーリの大空の下で

前回の訪問から約2年。その後どうなっているのか気になる二つの場所がお互いに5マイル(約8キロ)程度の距離に存在する。
2016年11月、Whitehall Mercantile は、在庫を全て売り切って閉店する、とのニュースが流れた。事の詳細は下記 Archiveを参照してもらいたいが、その後本当に閉まってしまったのかは不明のままだった。
「Whitehall Mercantileが閉まっちゃう」http://www.toshi66.com/2016/11/08/

昨年9月に立ち寄った時、お店は閉まっていたが(通常の営業時間内)中には未だ沢山の商品が残っていた。外観からは精気が余り感じられなかったのでここは引き続き調査が必要だなー。

さて、もう一箇所の方は未来ベクトルの「明るい、その後が気になる」場所。
時は同じく2016年、伝説のオーナー夫妻、Lena と Gary の Turner 夫妻が他界した後、娘のBarbara が後を継いだミズーリ州の観光名所 Gary Parita Sinclair Station、の「その後」を今日は紹介したい。

当時の詳細はこちらも下記 Archive を参照して頂きたい。
伝統の継承:バーブの決断   http://www.toshi66.com/2016-04-30/

待望の後継ぎ問題が解決した後も、夫妻の他界後約1年近くにわたって荒廃していた場所の再開には多くの時間の費用がかかるとみられていた。もちろん実際その通りで、Barbara と彼女の愉快な旦那さん George は、文字通り一生懸命来る日も来る日も Gay Parita Sinclair Station の再開に努力したことは想像に難しくない。

殆ど真夏の酷暑に近い快晴の9月下旬、私は彼らを訪問した。
押せ押せのスケジュールのため彼らには行くことを伝えていない。
忘れられてないだろうか?と一瞬心配になったが、SNSのおかげで今は遠くの友人知人の近況が簡単に手に入る。それは同時にいつ「本当に」会ったのかという記憶が曖昧になるという欠陥も含んでいるんだけれど(((´∀`))ケラケラ

通りから見る限りではすっきりと片付いた良い感じに見える。
特に人影は見当たらないが、開いているはずだ。

車を降りた瞬間に滝のような汗が流れる。今日のミズーリは9月とは信じられないほどの湿気と熱気だ。
「おやおや、珍しいのが来たな」、独特のハスキーボイスで George が人懐こい笑顔と共に迎えてくれた。
綺麗にアップグレードされているのは建物の外観だけではない。

(私のステッカーもしっかり貼ってもらっている)☝

2016年には実は2回、彼らを訪問する機会があった。1回目は4月、同州ヘイゼルグリーンでガスコナーデ橋を守るラリー運動に参加した際で、もう1回は同年8月にスプリングフィールドで開催された「第6回 Annual Festival」に参加した時に一瞬立ち寄った。とはいえ、その時は満足に話もできない挨拶程度のものだったが。。。
George はその後どのように修復作業や新しく購入したものの設置作業に奔走したかを相変わらずの早口で言葉も熱く語りまくった(笑)
ガレージはきちんと整理され、何と訪問客が座れるスペースまで出来ている。

ガレージの裏には1932年の International が鎮座。一回売却したものを再び買い戻したそうだ。George の計画では同じものがもう一台、欲しいらしい。

フロントに飾られたトラックも沢山の花が飾られる素敵なオブジェとして堂々と。

裏は団体客もエンターテイン可能な開放的なスペースにたくさんのピクニックテーブルが設置済だ。

そして両親への哀悼を形にしたファウンテンは立派に完成していた。

押せ押せのスケジュールとは言え、ここに来るときは(というか Barbaraと George に会うときは)長時間滞在になることは覚悟している(笑)とにかくふぃたりは話好きなのだ。Barbara のお父上そっくりだ。
滞在中にイタリアからの4人組の訪問もあり、場は大いに盛り上がる。
今回の米国滞在はわずか1週間、この歳になるとそれなりのエネルギーが必要になってくるが、こういう時間は本当に貴重で何にも代えがたい。
マスターカードの宣伝そのもの、まさに Priceless だ。

2016年より始まった「Annual Show Off Your Ride」と呼ばれるクラシックカーやバイクで皆でルート66を走るイベントも、毎年5月開催で定着したようだし、昨年はイリノイ州ルート66を牽引する Roamin’ Rich こと、Rich もこの Gary Parita の前の道に大きなルート66サインシールドをペイントして話題となった。
今後より一層、この二人の努力でGay Parita は発展して行くだろう。

最後に三人で、はいチーズ!

 

週刊NY生活連載第二弾⑨:ルート66ベスト10~国立国定公園 前編

NY週刊生活掲載企画「ルート66何でもベスト10」!
今月はルートからちょっと外れて散策できる国立国定公園特集前編、独断と偏見で選んだ第10位~第6位までをご紹介します。

詳細は週刊NY生活ウェブサイト ⇩ まで!
https://www.nyseikatsu.com/editions/706/706.pdf

Best Wishes and Happy Holiday!

Warmest thoughts and best wishes for a wonderful holiday!
Wishing you and your loved ones piece, health, happiness, and prosperity in the coming New Year of 2019 ♡

Wrinks Market の新女神達

今回のレバノン行きで一番楽しみにしていた訪問がここ、我がルート66の母、ラモナの経営するマンガ―モス・モーテルから目と鼻の先の距離にある、Wrinks Market だ。
2009年に完全に閉店して以来、約8年。遂に再開するというニュースを聞いたときには、かなりテンションが上がったことを憶えている。
下の写真はたぶん2013年頃に撮ったその姿。冬場ということもあり、とても寂しい印象は否めない。もちろん店の中もガランとして何も置いていなかった。

「ここが空いているうちにご主人と交流したかったなぁ」と、通って見る度に想ったことは2回や3回では済まない。

Wrinks Market は1950年、Glenn ”Wrink” Wrinkle 氏によって開業され、マンガ―モス・モーテルと共にルート66繁栄期に一役かった。後程紹介する新オーナーによれば、「彼女の祖父はルート66と、それを旅する人達を心から愛していた」とのことだ。
お店を訪れた旅行者の中には、大陸横断中に「おむつ」を買いに立ち寄った、名優クリント・イーストウッド氏もいたとのこと。

2005年になって82歳になった Glenn はこの世を去り、お店は閉店。その後息子さんが一時的に継いだが、当時の不況の影響で上手く行かず再度閉店となった。ちょうどその頃私も一度訪れているが、営業をしているのかしていないのかスルーした記憶がある。

という前置きの下、2018年9月、やっとこの地をまた訪れる機会があり、お店を訪問してみた。今回はしっかり営業している雰囲気がばっちりだ(笑)

恐る恐る店に入ってみると、明かりは完璧に点き商品もきちんと陳列され、どうやら100%営業中のようだ!

新オーナーは、Glenn のお孫さん、Katie Hapner さんと彼女の義妹 Sarah Carney さんのお二人。さらには Katie の娘さんがこの日はお店をお手伝い、と店内は活気にあふれていた。

小腹を空かしていた私はサンドイッチを注文し、さっそく雑談開始。最初にお相手してくれたのは Sarah さんだが、日本人だと告げると「まあ!Katie は日本の血が少し入っているのよ!オ、キ、ナ、ワ?かしら。そこで育ったって。」
それならと、早速バックヤードを作業をしていた Katie さんを呼んでもらった。
Katie さんもそうだが、彼女の娘さんも大の日本好きで、近いうちに日本へ行くことをとても楽しみにしているそうで、矢継ぎ早の質問を受ける。が、ご存知の通り在米30年の私は今一つ日本文化には疎い。

当初は15~20分程度の滞在予定だったけど、気が付けばゆうに1時間超え。
でも全然へっちゃら。素敵な女神たちとの交流だものね。最後はとびっきりの笑顔の一枚を頂戴した。

地元テレビ局KY3が、お店の再開時にニュースとして取り上げたので最後にご紹介したい。

 

 

 

 

Bob’s Gasoline Alley: 大人の遊園地

そこは視界が開くと突然現れる、ルート66、古き良きアメリカのワンダーランド。ミズーリ州キューバのダウンタウン地区から西へわずか5マイル(約8キロ)へ行ったところに ”Bob’s Gasoline Alley”はある。
インターステート44号線からはアクセス出来ないので嫌でも下道、ルート66を走って行かざるを得ない(とは言っても嫌なわけがないのだが)。
地元では「ZZ」と呼ばれるルート66をひたすら走り、Beamer Lane という余り目立たない小道を入る。こんな感じだ。


ここを抜けると一瞬で視界をカラフルなサイン、サイン、サインで塞がれるのである。

あまり沢山の資料がないので、詳しくは書けないのだが、Bob Mullen 氏が長い月日をかけて収集したガソリンステーションのサインや、ネオン、ガスポンプは勿論、その他関連の小物で埋め尽くされた鑑賞用の大人の遊園地なのだ。

建物の中では食事をとれる施設もあるが、ここは残念ながら春~夏季で予約限定らしい。外にも沢山のピクニックテーブルも置かれているので、大家族や友人らとのパーティには絶好だろうか。

裏庭?はインターステートに向けて気持ち良く広がった草原が素敵な上に、ラバやラマ等が飼育されていた。

横にはひっそりと住宅も建っていたが、今日はお留守のようなので1時間ほど見学して失礼することにした。

ここに来るのも今回で3度目。次はそろそろオーナーさんに会いたいものだ。

ちょうど YouTube で面白い映像が上がっていたので拝借。

 

キューバとコニーとワゴンウィ―ル


ミズーリ州キューバ。ルート66に興味がなければこの街を知る人は少ない証拠だと思うが、街の話をすると「ん?キューバ?」と大体聞き返されることが多い。かく偉そうに言う私ももちろん、うん十年前はその一人である。パリ、マドリッド、ミラノ、そしてローマと、歴史の浅いアメリカには、欧州でも指折りの著名な街名が着いた街がしっかりあるのだ。それを考えるとキューバという街名があっても然程驚かないのが本音か(笑)
そんな話はさておき、キューバに到着したのは夜の9時少し前。ルート66上のモーテルは夜が早い。簡単に言えば全体的にモーテルのオーナーは高齢の方が多いからであり、お客の到着が遅いと鍵だけ置いてさっさと寝てしまうのだ。
さて今夜はどうだろうと考えながら目的地近くに行くとネオンは点いている。良かったと思う反面、悪いなという気持ちで車を停める。

「お前がトシかい?」と見慣れない中年男性が笑顔で迎えてくれる。
「そうだよ、コニーはもう寝ちゃったかい?」
「ああ、とっくに休んでるさ。オレも9時になったら帰ろうと思ってたんだ。はっはっは。まあ間に合って良かったな、ほら鍵だ。コニーは明日朝8時にはいるはずだよ」と言いたいことだけ言って、お休みと言わんばかりに後ろ手を振って彼は去っていった。
明日は7時には起きて朝飯に行く予定だったから8時なら丁度良い。そこそこの距離を運転しているだけに早めに横になろうと部屋に入る。

これだけ見ると豪華には決してみえないが、ここ ”Wagon Wheel Motel”は、ルート66上に建つモーテルとしては中々立派なのである。現在の総数は19部屋。シングルからファミリー用、そしてスイートまであり、WiFi 完備という心意気だ(端に田舎なので電波が悪いという説もあり)。建物の前には中庭があり、仲間内でゆっくりBBQをして過ごせるスペースもある。
部屋の中はベッドはもちろん、一応TVもある。洗面台、シャワー、トイレと不足なものはないのだ。


ルート66を旅する醍醐味の一つが早朝の美しさだ。もちろん晴天でないとそうは行かないのだが、幸運にも私は晴れ男。ルート66を走って雨にやられるケースは結構は少ない方だ。
昇る朝陽もワゴンウィ―ルの看板と重なっていい感じである。

朝7時、さっそく楽しみにしていた「イベント」に心を躍らせる。モーテルあら歩いて5分ほど行ったところに ”Shelly’s Route 66 Cafe” とダイナーがある。結構友人仲間では好評はダイナーだが、まだそこで実際食べた経験がないのだ。ダイナーは朝6時~午後3時まで。そう、朝と昼専門だ。そして月曜日がお休みなわけだが、過去何回かなぜかワゴンウィ―ルに泊まって朝を食べようとすると月曜の朝にあたるわけで、夕方通り過ぎた回数を含めると相当数なチャンスをふいにしてきた。
それだけに今回はとても楽しみにしていたというわけ。

メニューはお決まりのアメリカンな朝食だが、やっぱり美味い、落ち着く。
定番の目玉焼2個とソーセージパテ、ハッシュブラウンにトースト+コーヒー、でわずか約4ドル強。凄まじい。

ゆっくり朝食を撮った後は、Mural City(壁画の街)と呼ばれる所以である街のいたるところに描かれている画をチェックしに散策。毎度見てみるものだけにきちんとあるかの確認作業みたいなものだ(笑)Cuba Mural Project が始まったのが2001年頃。それから7年ほどかけて地元のアーチスト達が先駆となり合計12の壁画を完成させた。その後2つ加えて今は14となっている。地元の人達の街愛はこんなところでも溢れている。

さて8時過ぎ、約3年ぶりのコニーに対面。この早朝時は(きっと昨晩の宿泊客も少なかったのか)ほぼ誰もロビーに現れないので、たっぷり1時間ほどかけてお互いの近況を報告しながら談笑。

コニーももう70歳を過ぎているがお孫さんが後を継いでくれるまでもう数年は一線で頑張るのだそう。最近の商売は良い感じだと言っているのが非常にうれしい。でも満室(19室だが)になると部屋の掃除や洗濯が大変らしく、あまり満室にはなって欲しくないと笑って言う。本音は10室ぐらい毎晩入ってくれるのが最高なんだとのこと。同じホテル業でも事情が変われば話が変わって面白い。
次回また会えることを約束し、愛情溢れるハグを頂戴した。

Wagon Wheel Motel
901 East Washington Blvd.
Cuba, MO 65453
(573)885-3411

Shelly’s Route 66 Diner
402 South Laurence Street
Cuba, MO 65453
(573)885-6000

 

アリストン・カフェにて


一日の走行距離が380マイル(約600キロ)、は然程大変ではない。せいぜい数時間走れば着くものである。が、各所で再会を祝い、四方山話に花を咲かせながら走るとなると結構時間との戦いに陥るケースも少なくない。
2016年8月に掲載したお話、「ウサギの王国、ヘンリーラビット」に登場するご主人、リッチ・ヘンリー氏にテキストメッセージを送ったのが渡米する2週間ほど前だったか。
「やあリッチ、元気かい?9月の下旬にイリノイ州に行く予定なんだが、お店はまだやっているかい?9月はもうシーズンオフだ、何時に閉めるの?」
昨年リッチは一度体調不調を理由に一旦は引退?に近いようなことを口走ったことがあったのでこのように聞いてみた。
すると体調は順調なようで相変わらず頑張ってお店を開け旅行者のお相手をしてくれているとのことなので、日付と時間とが決まったらまた連絡する旨を伝えておいた。

当日ミッドウェイ空港を出発した私は、いろいろ思い描いていた計画と少々違う事案に遭遇しながら、南下した。先のメイプルシロップのお店で時間を過ごし過ぎのこともあり、リッチには(約束していた)夕方4時に着くのは難しいことを伝えたら、「トシ、俺は今日ミーティングがあってリッチフィールドに来てるんだ、だからスタウントン(彼のお店の場所)には居ないよ、アリストン・カフェまで来れないか。」と。
後から聞いたら急に決まったそうなのだが、「おいおいそれじゃあ先に言えよ」と再度狂ったスケジュールを呪った(笑)。

だが良く考えると実はそれはかなりの好都合だということに気付く。アリストン・カフェは、今年の6月に掲載した「Ariston Cafe 90余年の歴史」に登場する、デミとニックのアダム夫妻が先日リタイヤし、売却されたルート66の名物レストランだ。今回は時間の都合上訪問する予定はなかったのだが、そこにリッチが居るのであれば(アダム夫妻には会えなくとも)レストランを訪問することが可能となる!

というわけで午後5時半過ぎに何とか到着。いつもの如く素敵なレストランだ。


店に入り、イリノイ州ルート66のミーティングの旨を伝えると、それ用に用意された個室に通される。
「ハロー、リッチ!」
何年か振りの再開に思わず笑顔が更に崩れる。
ミーティング開始時間は6時だと言うが、当然?皆さん揃わない(笑)
結局始まる6時45分あたりまでリッチを含め何人かの出席メンバーと近況報告をしながら旧交を温める時間が取れた。


さらにはタイミングよく、新しいオーナーの一人、Will Law 氏とも挨拶をすることが出来た。デミから私のことは聞いてくれており、いつか会えると思っていたがこんなに早く会えるとは!と喜んでくれる。このあたりの調子の良さは生粋のアメリカ人だ。


次はゆっくり来ることを約束し、今晩の目的地である隣接州ミズーリ州のキューバまでお持たせをしてくれたサンドイッチを頬張りながら、すっかり夕方になったルートに飛び出た。あー寒っ!

週刊NY生活連載第二弾⑧:ルート66ベスト10~ミュージアム西部編

NY週刊生活掲載企画「ルート66何でもベスト10」!今月はミュージアム特集第二弾、西部4州から(テキサス、ニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニア各州)ご紹介します。

詳細は週刊NY生活ウェブサイト ⇩ まで!
https://www.nyseikatsu.com/editions/702/702.pdf

 

ルート66産のメイプルシロップは美味すぎる!?

私はメイプルシロップが大好きだ。アメリカでの生活にこれは欠かせない。どの位好きなのかは昨年12月24日の投稿「ルート66とパンケーキ」でも余すところなくお伝えしているので興味のある方は読んでもらいたい。
それはともかくとして、うちではここ数年ある特定のメイプルシロップを購入しており、100%それしか利用していない。
100%天然の産物は非常に風味豊かで甘さも丁度良い。クセもしつこさも無い、例の商品と並んで私の中ではメープルシロップ界のツートップなのである。

そのシロップが切れそうになったのが今年の7月下旬。早速いつものように友人店に連絡を入れ今年分の注文をする。友人とは言ってもここ何年かメールのやり取りをしているだけで実はご本人には一度も会ったことがない。
最近イリノイ州ルート66そのものを走る機会が減っていたことに加え、中々限られた時間の中での旅は彼らの営業時間に合わないことも多いためだ。その都度早く巨額ジャックポッドを当て引退したいと切に願うのだ(笑)
とは言え、こうしてアメリカに住んでいる期間に会うことが適わなかった人に、仕事で東京に住んでいる時にそのチャンスが巡ってくるのだから人生は不思議なものだ。どうやら秋期に少し渡米できそうな感じではあったので「今年は直接ピックアップに行くよ」と意気揚々と伝えて取り置き願い大作戦へと舵を切った。

そのお店の名は “Funks Grove Maple Sirup”、イリノイ州シャーリーという所にある。シカゴからルート66を南へ150マイル(約240キロ)、車で約2時間15分強のドライブ、比較的近いものだ。
イリノイ・ルート66はとても景観がきれいで街々によってその姿は千差万別。高速道路など使わず必ずした道を走ってもらいたいものだ。
シャーリーの街近郊へ入ると景色はこのように緑がとてもきれいな森の中を走ることになる。日中でもあまり車は通らないので、街灯のない夜間は結構肝試し的なルートだ。

この辺りは同州でグランドプレーリーと呼ばれ、サンガモン河の支流には、多くの樹木が広がるシュガークリークやティンバークリークを形成し、ホワイト・オーク、バー・オーク、そしてメイプル樹木がそれらの中心だった。イリノイ州地元のネイティブアメリカンはイロコイ種族で、彼らが毎年春になるとメイプルシュガーやシロップを造っていたのが起源だそうだ。その後土地は欧州からの入植者達の手に渡り、1824年アイザック・ファンクという開拓者が本格的にシロップを造りはじめビジネスとしての基礎を築いた。

現在のオーナーはマイクとデビーのファンク夫妻。まさにジェネレーションだ。
毎年約2000ガロン(約7570 リットル)のシロップを製造、販売するが殆どの場合8月中には完売となる。イリノイ州の秋は寒いので10月にもなれば旅行者もほぼいなくなるが、それでも9月に訪れて「OMG!」というケースは少ないないのだ。

幸い今年は9月下旬にイリノイ・ルート66を走ることができたので、私のタスクリストでも最重要項目として、とある天気の良い午後の訪問と相成った。
入り口はあまり目立たない簡素な標識のみ。もちろんこの道を通る皆がここに来るわけではないが、私の少し前を走っていたブルーのコルベットは減速もぜすに走り過ぎて行った。

敷地内に入り車を停める。「販売商品は殆どもう無いのでお店には居ないから、着いたら電話して。3分で行けるから」と、言われ車を降りて電話してみる。車が一台停まっているが、店の雰囲気は静か。
電話が通じない。案の定、電波が届いていない地域だ。ルート66を走っていると非常に良く出くわすこの状況、「電話しろ」というのだから、彼らの電波は正常?なのだろうか。(いや、そんな細かいことは気にしていないんだろうな)

お店の入り口に近づいてみると中から笑い声が。あー良かった、人は居るのだ。
ドアを開けると2人の旅行者らしき女性とデビーが話していた。
「あら、トシ、やっと来たわね。電話くれた?」
「こんにちはデビー、やっと会えたね!電話したのだけれど電波なくてできなかったよ。」
「あらまあ、じゃあ丁度良いタイミングだったわね、会えて嬉しいわ。旅行はどう?」
電波云々の話は一瞬で過去の遺物となる。

2人の旅行者は買いに立ち寄ったのだが、お土産用の最小瓶があるだけだったので少し残念そうだったが、それを3つほど買って帰っていった。
やはり頼んでおいて良かったようだ。デビーは裏の倉庫から私の取り置き分を入れた箱を持ってきてくれた。

今年の消費予定シロップ

彼女はここから3分ぐらいの場所に住んでいるらしく、9月に入ってからは商品もほぼないのでアポのお客のみ対応しているという。
ここ数年のお互いのメールでのやり取りを振り返りながら、小一時間シロップの話で盛り上がった。

Funks Glove のメイプルシロップ、現在ウェブサイトでも購入可能。もちろん現在は SOLD OUTとなってるが、春になるとまた販売が始まるので、欲しい!という方は是非ネット注文をしてみて欲しい。本当は実際に買いに行くのが一番なんだえどね!

 

Funks Grove Pure Maple Sirup
5257 Old Route 66
Shirley, Illinois 61772
https://www.funkspuremaplesirup.com

Terri & Sprague Super Station の壮大なプロジェクト


皆さんはイリノイ州ノーマル (Normal)、という街の名前を聞いたことがあるだろうか。ノーマルはイリノイ州のほぼ真ん中あたりに位置し、通常近郊のブルーミントン (Bloomington) と一緒に「ブルーミントン・ノーマル・メトロポリタン地域」等と呼ばれたりするが、ノーマル単体では人口約55,000人程の小さな街だ。かく偉そうに語る私も実はルート66を走り始めるまで勿論聞いたこともなかった。
ノーマルはシカゴから140マイル(約224キロ)、車で2時間ほどルート66を南に向かったところにある。街で最も有名なものは州の公立大学としては最古のイリノイ州立大学のメインキャンパスがあることで、街のほとんどの人達がこの大学か、ステートファームまたはカントリーフィナンシャル(ともに保険会社)で働いているとうから驚きだ。
そんなノーマルには昔から素晴らしい歴史的建造物がある。1931年、ウィリアム・スプラーグ氏によって建てられたチューダー建築様式のガソリンスタンド「スプラーグ・スーパーサービス・ステーション」だ。これはルート66に現存する僅か3か所の建物中最も大きな2階建てもので、当時は一階がステーションとカフェ、二階はオーナーと従業員がクラスアパートだったそうだ。

The Station in 1966

ガソリンスタンドはルート66の発展と共に繁盛し、1940年代~60年代はその頂点を極めたが、高速道路の発展により徐々に衰退。1971年に最後の給油販売をし閉店。1979年にはガスポンプ自体が撤去されたと記述が残っている。その後この場所は溶接会社、ボイラー会社、レンタカー会社と姿かたちを変えて残るが、そこに颯爽と登場したのが本日の主人公、テリー・リバーン女史である。
イリノイ州立大の講師であり、かつルート66の歴史家でもあるテリーは夫のウィリアム・サンダース氏(2011年他界)と共に2006年、22万ドル(約2400万円)の資金でこのステーションを購入、歴史的建造物復活への第一歩を踏むこととなる。

Terri Ryburn 女史

テリーの構想はこのステーションを多角化してルート66の発展に役立てることで、インフォメーション・センター、カフェ、ダイナー、ソーダ・ファウンテン、ベッド&ブレックファスト、イベントスペースとしての将来的計画を持つ。聞くところによると総額120万ドル(約1億5千万)相当の野心的なプロジェクトだそうだ。
この「完全なる修復」プラスアルファのプロジェクトは、オーナー自身からの更なるポケットマネーや、市や街、そして国立公園サービス(政府)からの助成金を始め、マッチンググラントや各州ルート66アソシエーション団体からの寄付金等、多くのルート66を愛する者達からの支援する気持ちで成り立っている。こんなところはいかにも「ルート66は一つの大きなファミリー」のコンセプトが体現されている。

そして2017年8月、スプラーグ・スーパーサービス・ステーションは万感の想いを乗せて再開した。昨年より仕事の都合でルート66よりかなり遠い場所に住んでいるため開店日には行けなかったが、それから1年経った今年、やっと念願かなっての訪問となった。もちろんまだ観光センター+お土産屋+イベントスペースの部分しか完成していないが、今後少しずつ確実にプロジェクトを進めて行くことだろう。

知ったかぶりにずらずらと書いてきたが、今回の訪問時にテリーさん本人に話してもらったことだ(笑)優しい笑顔と暖かい人柄に加え、亡き夫との夢に向かって進むテリーさんからは芯の真っすぐ通った強い意志も同時に感じることができた。とても貴重で有意義な時間だったことは言うまでもない。

最後になったけど、スプラーグ・スーパーサービス・ステーションは、2008年4月25日、国家歴史登録財に指定され、翌年2009年にイリノイ州名誉勲章殿堂協会にも選出、そして2011年8月15日には地元の歴史的ランドマークとして指定されている。

Sprague Super Station – Ryburn Place
http://www.ryburnplace.com/
305 Pine Street, Normal, IL 61761

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