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キングマンの新ネオン点灯式

ネオンサインの話題が続いて恐縮だけど、今度はアリゾナ州キングマンから新しいネオンサインの点灯式に関する話題が飛び込んできた!
そう、キングマンだ。ここのブログでは何度となく取り上げているアリゾナ・ルート66を代表する一大拠点からのイベントとあって心が躍る。

新しいネオンサインは、同街の中心と言っても差しつかえない「パワーハウス博物館」内のキングマンビジターセンターが中心となって来る5月20日午後7時(現地時間)から行うもので、前回の Buck Atoms Cosmic Curio 同様、Facebook Live でライブ配信されるので、時間が許す人は是非参加して頂きたい。

これは数日前にFBに上がったイメージ写真。キングマン、いやルート66を代表する数多くのルート66に関する書物を出版している作家であり歴史家の Jim Hinckley 氏からの投稿だ。情報によればサインポストは高さ30フィート(約9m)にもなるらしい。

これは私も知らなかったのだが、2015年にキングマンはこの博物館の古くなった入口の看板(木製)をメタルのフレームに変えて新しいデザインに変更したのだが、それから僅か20か月後、ピックアップトラックを運転していたあるドライバーが高速のままこれに激突、支柱を破壊し、標識は「引退」となった。
通常は気持ちがダウンしてしまうものだが、こんな状況下でもキングマン観光局は前向きに物事を捉え、これはきっと神様からのメッセージであり、新しい時代を象徴するものに作り直す良い機会だ、と考えたそうだ。彼らは世界的に有名な「Welcome to Las Vegas」の看板、ハリウッドサイン、そして Twin Arrows や Roy’s Cafe などの象徴的な標識をヒントに、地元にある看板製作会社と共にコラボレーションするに至ったとか。

制作会社は街のダウンタウンにある Legacy Signs 社、電気関係が同じく地元の Walker Electric 社、そして肝心の資金はアリゾナ州ルート66アソシエーションが多大な貢献をし、キングマン市の観光予算と共に捻出したと発表されている。

今更説明の必要は無いかと思うけど、簡単にキングマンについて触れておきたい。キングマンは、アリゾナ州モハーベ群、群庁所在地で人口は近郊のコミュニティを加えると約5万人弱。中でも特記したいのは、ネバダ州ラスベガスの南東約105マイル(169 km)にあるので、ラスベガスへ行った際にオプションとして簡単に行けるよ!という点。キングマンへ行くには、ラスベガスから国道93号線をひたすら南に向かって走るだけで所要時間は2時間程度という、まさに「隣町」。道中にはコロラド河を渡る、かの有名な「フーバーダム」もあり、中々ルート66に興味を示してくれないパートナーやお子さんを引きずって連れていくにも最適な観光地ってわけだ。

その国道93号線もキングマンの街に入るとビール通り(Beale Street)という名前に代わり「パワーハウス博物館&ビジターセンター」のある交差点でルート66と交わるのだ。パワーハウス博物館は文字通り街の中心的アイコンで、ルート66の歴史はもちろんのこと、米国車社会の発展を担ってきた各時代の自動車の展示等の常時展に加え特別展も随時開催している。

2018年9月の投稿でも触れたけど、ちょっとプチ自慢をご容赦(笑)
世界中からのビジターが多いこの博物館、もちろん世界6、7か国語のパンフを用意しているのだが、そこの館長であり友人でもある Josh Noble 氏からの依頼で、パンフの日本語版は私が担当させて貰った。

街へ行く度に「常宿」として決めている、El Trovatore Motel の存在や、前述したジムさんのお膝元でもあるキングマンは魅力がいっぱい。
ジムさんは私の心の友でもあり、出会って以来沢山のことで私個人には勿論のこと、私が運営するルート66 日本アソシエーションの運営にも惜しみないサポートをくれる。

5月20日(水)午後7時は、日本時間では 21日(木)午前11時。
皆さん、Facebook Live でお会いしましょう!

コロナに負けるな!

依然としてコロナウィルスは世界中で猛威を奮っている。現在世界中で感染者は50万人を超えており、25,000人近い人々が亡くなっていると聞く。
私たち米国でも症例数は10万人を超える勢いで、1,200人以上がその大切な命を落としている。このパンデミックにより米国は欧州の多数の国やカナダからの旅行を禁止。もちろんこのような状況下で旅行をする人は少ないが、多くのルート66ファンを抱える欧州からの旅行者が来ないという事実は、ルート66沿道ビジネスにも多大な影響を落としている。

アリゾナ州ウィンスローに建つ歴史のある「La Posada Hotel」は、再開業した23年前以来、初めての一時閉鎖に追い込まれた。
私の良き友人でもあるオーナーの Allan、そして彼のパートナーである Tina は先週この困難な決断をし、ウイルスの影響で苦しんでいる人々に向け「この危機を乗り越えようとしている皆様の健康と生計を心よりお祈り申し上げます。」と語っている。(Route 66 News より)
尚、Allan はニューメキシコ州 Las Vegas でも「Plaza Hotel」「La Castaneda Hotel」、同州 Lamy の街では「Legal Tender Saloon」を経営している。
残念ではあるが、もちろん全て通常の営業はできていない。

La Posada のホームページより、公式声明を原文のままご紹介。

We have always been an unusual business, founded not to make money but to save special places. For twenty-five years we have poured our lives and revenue into improving our properties, our communities and our staff with little regard for the bottom line. We are so proud of what we have been able to accomplish, and so very grateful for the support of our loyal guests and lovely towns.
Everything is different now. We have had so many cancellations we cannot process them right away. Please be patient and kind. If you believe in our common future, buy a gift certificate for a future stay or meal. If you already have a reservation we would love to give you a gift certificate or reschedule your stay when things get better – which they will. We understand that many of our guests are in crisis too, so if you have a reservation and need a refund we will get that to you as quickly as we can.
We are doing all we can to support our staff too. We will pay out all benefits and will keep 24-hour security and live-in at all properties. Most of these fine people have been with us for years, some for decades. It is heartbreaking. Tina and I are working without pay. We will borrow and use every penny we have so we can all recover together.
La Posada opened in 1930 as the depression overtook an unprepared nation. Working together we brought La Posada back and made it an oasis of kindness and beauty, and then the same for the Plaza, Castaneda and Legal Tender. This crisis too shall pass. We will all travel and dine and laugh again.

ニューメキシコ州と言えば、パンデミック期間、州内すべての宿泊施設に稼働率を50%以下に制限するように命じた。さらに同州は、ウイルスの影響を直接受ける可能性のある医療従事者とその家族が利用できる部屋を(ホテルを利用して)確保したいとも考えていると聞く。

ニューメキシコ州のルート66、アイコン的な施設と言えば「Blue Swallow Motel」だ。そのブルースワローも27日(金)を持って一時的に2週間強、閉鎖する決断をした。(4月12日に再開するかどうか判断)

オーナー夫妻である Kevin と Nancy も私の大切な友人であり、将来的に何かお手伝いが出来ればとも話しているだけに、決して他人事ではない。もちろんルート66沿道の全てのビジネスが大変であろうだけに、想いはこのモーテルらだけではない。かく言う私自身もホテル業界に勤務しており、相当に大変な思いを経験している真っ最中なのだ(泣)

こちらも彼らのFBよりアナウンスメントをご紹介。
一日も早く世界中で感染んが下火になり、元の世界に戻ることを祈って止まない。

We are sad to announce that due to increased concern for the well-being of our guests, employees and ourselves, we have made the difficult decision to temporarily close the motel, effective Friday, March 27th. Please understand that we do not make this decision lightly, but we feel it is impossible to ensure that any of us will not be exposed to the COVID-19 virus during this time of unusual and extreme risk. Additionally, we are simply unable to provide the experience of sociable hospitality that the Blue Swallow has become famous for under the kind of interactive restrictions that are currently in place. The experiences of sitting out with your neighbors under the warm glow of the neon, or sharing travel stories around a campfire, are ones that we are unable to facilitate at this time. It is not entirely clear when we will be able to resume normal operations, but we are targeting April 12 as a day to review the status of the current crisis. A decision will be made at that time on whether to reopen or extend the closure.

We encourage you to not travel during this time, but if you must be on the road, and decide to stay in Tucumcari, please first try our other historic motels, such as the Safari Motel, Roadrunner Lodge or Historic Route 66 Motel. We do not know what their plans are, but for now, they remain open.

We hope and pray that we all come through this crisis safely together, and that we are able to resume normal, fun operations in the very near future.

We apologize for any inconvenience this may cause, and hope to see you at the Blue Swallow for a future visit. Until the time that we see you back on Route 66, please stay safe and healthy.

Thank you all for your support–Kevin & Nancy

Arizona Fun Run 中止へ

2019年のイベントポスター

少し前にルート66沿道で開催される、2020年のイベントを紹介したが、現在世界中を巻き込んでいるコロナウィルスの影響で、30年以上に渡って行われている毎年恒例の「Arizona Fun Run」(5月1日~3日開催予定)が中止となってしまった。
ここ数週間、アメリカは勿論、イラン、イタリア、中国、そしてスペインを筆頭に150か国近く感染者が出ているパンデミック状態では、CDCC やアリゾナ州知事の推奨に従った形で、それは感染の拡大と多くの人の命を尊重する大切な決断と思う。

Arizona Fun Run は毎年約800~900台のカスタムカーが参加し、アリゾナ州セリグマンをスタートし、同州西端のトポックまで走る一大イベントだ。

昨年のイベントがYouTubeにあったので、参考までに。

勿論、今年参加する予定だった人には、$55 の参加費はアリゾナ州ルート66協会へ「寄付」するか、「返金」を希望するかの選択が与えられているようだし、来年2021年への参加へトランスファーすることも可能だ。

コロナウィルスの影響は日々日々深刻になっていて、今後の見通しが立っていない分、今後幾つのイベントが中止または延期になるのか分からない状態だ。アメリカは先週の欧州、UK、そしてアイルランドからの旅行禁止を発表したことに加え、カナダとの国境も「必須でない」旅行者の訪問を封鎖することを両国で合意した模様。先行きが本当に心配だ。

もし読者の皆さんの中にこのイベントに申し込んでいる人がいるなら、イベントのウェブサイトよれば、連絡先は nikki@historic66az.com とのこと。

週刊NY生活月イチ連載 SEASON 3: Vol.7 キングマンの魅力

毎月恒例の寄稿、SEASON 3!第7回目(10月号)は、アリゾナ州キングマンの街と親友ジム・ヒンクリ-氏のご紹介。ルート66西部の重要拠点となるキングマンはルート66の魅力が満点!カジノ王国、ネバダ州ラスベガスも目と鼻の先という好ロケーションでもあり、皆さんの旅をより充実したものにするのでは?!

詳細は週刊NY生活ウェブサイト ⇩ まで
https://www.nyseikatsu.com/featured-article/10/2019/27082/

パワーハウスビジターセンターとのお仕事


今年の春ごろの話になるが、アリゾナ州キングマンにあるアリゾナ・ルート66博物館、通称「パワーハウスビジターセンター」は、1997年に開館して以来、200万人の来訪者を超えたと発表した。
この博物館の目玉展示物の一つに、かの著名米国人作家ジョン・スタインベックの書いた「Grape Of Wrath(怒りの葡萄)」にも登場する幌馬車がある。当時の様子そのままに再現された原寸の模型は臨場感満載だ。
その展示物が見たくてミシガン州からやってきたリサとトムのマレティック夫妻が見事当選、400ドル相当のギフトバスケットが贈呈された。

とは言いながらも実は、2009年(正確な月日も不明)まで、開館して12年ほど経つわけだけど、最初の来館者から100万人目まではきちんと数えていないらしい。このあたり如何にもアメリカっぽくて良いのだが(笑)
当然その時は「あなたが100万人目です!」などと言うセレブレーションは行われていないわけだが、重要なことは100万人~200万人目までは10年かからず、年々来訪者の数は増加している、ということらしい。


私の友人でもある博物館の観光責任者であるジョシュア・ノーブル氏は、2017年までで、米国50州と世界71か国より約12万3000人もの来館者数があったと報告している。が、これは来館時に旅行者が記帳するサインブックからのデータ収集で、「訪れる人の20%が記帳する」という仮説に立ってのものだ。
実にアバウトである。

そんなパワーハウスビジターセンターのジョシュアから「博物館のガイド・パンフレットを外国人客のことを考えて何か国語かでも作ろうと思うから、よかったら協力してくれないか」と打診をもらったのが2016年。
私とジョシュアの共通の友人、ジム・ヒンクリー氏を経ての依頼だった。

ジュリー&ジム・ヒンクリー夫妻と

ルート66に役に立つことが出来る話を断る理由はどこにもない。快諾して日本語版を請け負って完成したのがこれ。


全21点の飾られている作品の解説が書かれた簡単なものだが、博物館を訪れた日本の方々のお役に少し立てれば嬉しいってものだ。

パワーハウスビジターセンターは、2017年にギフトショップの拡大を含む 25万ドルの改装工事を完了した。仲間と一緒に活動しているルート66日本アソシエーションの事柄も一時期、ショップのドアに貼られていた。


これからアリゾナ州ルート66を走る計画を立てている皆さん。是非パワーハウスビジターセンターへも足を運んでみて!

Powerhouse Route 66 Museum
120 W. Andy Devine Avenue
Kingman, AZ 86401
958.753.9889
Open 9:00-17:00
http://www.gokingman.com/attraction-Powerhouse-Route-66-Museum

 

Jack Rabbit の新商品

アリゾナ州ウィンスローとホルブルックのほぼ中間地点にある小さな街、ジョゼフ・シティ。同州ルート66中、セリグマンにあるエンジェルさんのお店と人気を二分する「ジャックラビット・トレーディングポスト」は、インターステート40号線沿いに建つ。

ちょっと前までは、東方面から来るとインターステートの出口が封鎖されていたため、トレーディングポストを横目に一旦通り過ぎて、先の出口から戻る必要があったものの、今年の春に行ったときは開通していて、こんな ⇩ 一本道出楽だった。


現在トレーディングポストを営むのは、シンディとアントニオのジャック夫妻。
二人共とても気さくで良い人達だ。
ご主人のアントニオとは訪れる度に色々と話をする。息子さんも大きくなり、何年か前は故障した車を親子で一生懸命直している姿を憶えている。

シンディとアントニオ

お店の中は「うさぎさん」ものを中心に、書籍、Tシャツ、モカシン、キーホルダー、アクセサリー、プリントもの等、一連のお土産は全て揃うラインナップだ。
我が師の一人、大塚氏の本もサイン入りで陳列されている。

お店の外にはファイバーグラス製のうさぎの置物があり、ピクチャースポットとしても人気抜群だ。

そんなトレーディングポストでは、今年から新しいサービスを開始した。
今年の春に訪問した際に見た真っ黄色の(ウサギのロゴ以外)何も書かれていないボードの山積みがあったので、「これ何?」って聞いたら、新商品のマイルポストだとか。

要はここのトレーディングポストから訪問者(または注文者)の自宅なり所定の場所まで「何マイルか」を表示してくれるものだ。
著名な観光地までは例えばニューヨークまでOOOマイル、だとか、ロスアンゼルスまでOOOマイルとかの表示ポストが建っている。
まあ、そういう手のものだ。
黄色の看板とブラックのウサギは一目見て「それ」と分かるので人気が出ること間違いなし、だ。良いところに目を付けるなあと感心した。

実際この春以降、注文者が少しずつ増え始め、FACEBOOK等のSNSでもルート66ファンの間に拡散されたため、多くの友人知人がGETしている姿が散見される。

Pics from Jack Rabbit Facebook Page

折角だから私も頼んでみよう。と、シンディへメッセンジャーを使って連絡。日本まで送って貰うと無駄にコストがかかるので、ベイエリアの友人宅まで郵送してもらうことで注文完了。
それから約2週間、約束通り届いた素晴らしいプレートがこちら! ⇩

5,929マイルは日本のキロ換算をすれば、約 9,540 キロだ。日本列島の最北と最南の距離が約3,300キロ。約3倍か、やっぱり遠いな~。
因みにトレーディングポストからの5,929マイルの距離は我がホームタウン、名古屋だ。米国内では今後どこに住むか未定なので、まずは普遍のルーツ、名古屋での注文をしてみたってわけ。
中々私より遠い奴は少ないだろう、と思っていたら、オーストラリアの友人、Dave は颯爽と7,000マイルを持って笑顔を振りまいていた(笑)

興味がある方は、下記まで連絡してみて!

Jack Rabbit Trading Post
3386 Rte 66, Joseph City, AZ 86032, USA
928-288-3230
jackrabbit66route@gmail.com
www.jackrabbittradingpost.com

お店にはもちろん日本アソシエーションのステッカーも貼ってあるよ!

 

 

La Posada 物語は永遠に

アリゾナ州ウィンスロー。イーグルスの不朽の名作、”Take it Easy” の歌詞に登場するスタンディング・オン・ザ・コーナーの観光地としてルート66ファンでは知らない者はいない街だ。シカゴ~サンタモニカ間を結ぶルート66全体としても最も多数のビジターを集める名所でもある。同曲の生みの親の一人、Jackson Brown 似の彫像の前で写真を撮るのが定番だが、これに一昨年亡くなった Glenn Frey の彫像も作成されより一層ファンの「聖地」となっているわけで。
そんなウィンスローにはルート66上多くの箇所で見られるモーテルとは一線を画した歴史的ホテルが存在する。”La Posada Hotel”だ。


ラ・ポサダの歴史は ”Harvey House”で著名な Fred Harvey 氏と共に始まる。Harvey 氏は当時まだ荒野だった西部に、銀器、チャイナ、水晶、クリスタル、そして完璧なホスピタリティ精神を持ち込み、文字通り西部の文明化に成功した。
元々ウィンスローは米国先住民のナバホとホピの交易場所として重要な拠点であり、ここを通る大陸間鉄道にとっても、1913年に開通した National Old Hwy、更には1926年にルート66が通るようになって重要な観光地でもあった。このような意味からウィンスローの地が Harvey 氏の直感に触れるのは当然のことだったのかもしれない。彼は1920年代にその案を考え、実際1929年より休憩所(ホテル)作りに専念した。敷地、建物、家具等、総予算は$200万ドル(現在の価格で約$4,000万ドル=42億円)とも言われていたようだから想像を絶する大金だ。
結果ホテルは1930年5月、歴史的大恐慌の翌年に誕生し、 1959年に閉鎖されるまで多くの著名人や観光客が訪れた。閉鎖後はサンタフェ鉄道がオフィスとして利用することになるが、建物の腐敗も進み、1994年殆どの部分が解体されてしまうことになる。
そんな中、米国文化財保護法、米国国家歴史保存法の観点から The National Trust for Historic Preservation という財団が乗り出し、ラ・ポサダの保存を訴え始めることで、その行動が現在のオーナー、Allan Affeldt 氏の目に留まり彼は建物や土地をサンタフェ鉄道より1994年に購入。Affeldt 氏の努力は鉄道会社との3年間の交渉と様々な法的、環境的、財政上の障害を解決し、La Posada LLCを設立。推定$1,200万ドル(約13億円)を投じた一大プロジェクトに邁進することとなる。

さて、前置きが長くなったが、やっと今日の本題に到達だ(笑)

アランはラ・ポサダと同時に、ニューメキシコ州ラスベガスにある Plaza Hotel のオーナーでもあり、更に同じく同市にある Harvey House 様式の La Castaneda Hotel を甦えさせるプロジェクトも同時進行で行っている。ラ・ポサダは中々泊まる機会がないが、Plaza Hotel は過去何回か宿泊した経験があり、2016年には「日本のMr. Eagles」茂村泰彦氏がホテル前の特設会場で演奏をされた際に駆けつけて泊まった場所でもある。
もともとアランの名前は知っていてFB上でも偶にやり取りをしていたのだが、実はご本人に一度も会ったことがなかった。
今回休暇でルート66を走ることになった時に真っ先に思ったことは彼に会うことだった。というのは上記3つのホテルのいずれかの場所で毎日奮闘している姿がFBにご自身から投稿されていたからだ。
早速私は彼を訪ねてラスベガスに行く旨を伝えたが、生憎その週はウィンスローにいるというので急遽目的地はアルバカーキ東方面から西方面(アリゾナ方面)に変更、ラ・ポサダで会う約束を取り付けた。

アランが現在精力的に行っているのはホテルの敷地内に新しくオープンさせる博物館だ。元々鉄道駅だったころに使われていた荷物置き場、駅員の宿舎棟を上手く改築利用し、歴史の大切な部分を残しながら現代的なアートフル感覚に満ちや空間を創りだしているセンスは圧巻だ。シカゴからサンタモニカまで、将来的に建物の床にはその「道」のペイントを施し、時間・空間のトラベルが体験できる工夫も凝らすとのことだ。

もちろん作業は土台作りが終わったばかりでまだまだ先は長い。
でもそのような苦労を一瞬たりとも感じさせず、彼の理想とする物語を丁寧に説明しながら説いてくれる姿は喜びを通り越して感動さえ憶えた。


更にこのプロジェクトのハイライトの一つには、当時活躍していたサンタフェ鉄道のオリジナル車両が併設展示されるという点もある。


”Pleasure Dome” と呼ばれる当時の豪華列車の車両が惜しげもなく置かれている姿にビックリ!”Turquoise Room”と呼ばれる有名な個室型ダイニングルームやプレジャードームは椅子が360度回転し、大きく天井まで開放的に作られた窓は列車の旅を一段と快適にしたことは想像に難しくない。


(ドーム車両の椅子に座りポーズを取るアラン)

聞くところによるとアランとそのマネージメントパートナーの面々はいずれもホテル業に従事した経験はないとのことだ。だが、忘却の彼方にあった施設に「魔法をかけて」新たに博物館として蘇らせるという敏腕ぶりを発揮する。アランの仕事は建物全体のリハビリ、設計、建築と資金調達だそうだ。
私は一階の営業マンとしてホテル業界に携わっているが、彼を話をしていると私にとっては、これがホテルマンとしての集大成という姿が見取れ、感じられる。

色々な話の最後に、いつこのプロジェクトは完成するのか質問してみた。
アランはこう言った、「決して完成と呼べる日は来ないかもな」と。
ルート66は1926年に生まれ、その目的を達し1984年に廃線となった。だがルート66は今でも存在し、多くのファンを巻き込み、姿形を少しずつ変えながら現在を生き続けている。私達はそれを後世に残すため、私達の遺産を永遠に伝えて行くため(私自身も微力ながら)日々奮闘し模索している。
ルート66が今から100年後どんな姿になっているかは想像がつかないが、決して消滅することはないと断言できる。
きっとアランのプロジェクトもそういうものなのだろうと想像しながら晴れ晴れとした気持ちでウィンスローを後にした。

 

週刊NY生活連載第25回:アリゾナ州パート④

https://www.nyseikatsu.com/editions/662/html5/index.html

恒例の月イチ投稿、2018年第一回は既に数えて25回目。丸2年、本当に経ちました。今月で4回にも渡ったアリゾナ州はようやく終了。ルート66南西部最大の街、キングマンを中心にお届けしています。

Route 66 と パンケーキ


皆さんは「Cracker Barrel」というアメリカのパンケーキ・チェーン店をご存知だろうか。パンケーキと言うと語弊があるかもしれないが、要はファミレスだ。なぜパンケーキ・チェーンと言いたくなるかはズバリ、私が最も推す商品に他ならないからだ(笑)


Cracker Barrel、そのフルネームはロゴにある通り「Cracker Barrel Old Country Store」と言う。1969年に Dan Evins 氏によって設立され、会社の本社、そして店舗の第一号はテネシー州レバノンという街にある。ルート66ファンにとっての「レバノン」は勿論ミズーリ州。レバノンと聞いた最初は一瞬テンションが上がったが、テネシー州と言われ頭の中はクエスチョンマークの嵐となった。
レストランのメニューは伝統的な南部料理がベース。ミートローフ、カントリー・フライドステーキ、ローストビーフ、キャットフィッシュフライ、そしてポークチョップと私の好きなお皿のオンパレードだ。取り分け朝飯メニューのラインナップには感涙もので、イチ推しのパンケーキから、ビスケット、スクランブルエッグ、ハムのステーキ等、目新しいものではないが本物の伝統がそこにある。

これがパンケーキだっ!

お店の外観、そして内装はどの店舗に行っても「これこそチェーンの醍醐味」と言わんばかりに、ほぼ同じ。実際40店舗ぐらい訪問している身としてはたまにどこに自分がいるのか分からなくなるぐらいだ。店前のポーチには木製のロッキングチェアが売られ、石の暖炉や地元の装飾品が並ぶ上、店内インテリアは基本、アンティーク家具、古い壁のカレンダーや広告用ポスター、写真など、地域の地元の歴史に関するアート関連が含まれている。

そもそも私が最初にこの店と出会ったのは偶然、1993年にフロリダ州マイアミに住んでいた時のことだ。アメリカっぽい朝飯を食べに行こうと思い立って北に向かって少しドライブ。West Palm Beachという場所でたまたま入った店が Cracker Barrel だったのだ。そこで初めてパンケーキ食べた時の感動は凄まじいもので、それまで数多くのパンケーキを食べてきたが、文句なく1等賞ものだった。そしてパンケーキにかける彼らのオリジナルであるメイプル・シロップがこれまた絶品なのだ。
その経験以来約25年、事あるごとにチャンスがあれば同店を訪れ、可能な限り友人知人にも薦めている。(親善大使にして欲しいぐらいだ)当の Cracker Barrel は1990年代に急激に業績を伸ばしたが、そこに目をつけて?私は当時通っていた大学院のレストラン経営学に関するクラスの最終論文にこの Cracker Barrel Old Country Store を題材として取り上げた。そのぐらい Cracker Barrel LOVE ♥ だ。
もう一つ言わせて貰えれば、ニューヨーク在住の時はマンハッタンやロングアイランドにこの店舗は当時なく、70マイル(約110キロ)ほど離れたコネチカット州ミルフォードにあるお店まで1時間30分かけて車でよく出かけたものだ。「わざわざパンケーキを食べに90分も車で行くバカはお前ぐらいだ」と、よく友人に言われたが、一回食べさせれば納得してもらえた。(と、思っている)

前置きが長くなったが、なぜ今回こんな話をしているかと言うと、この Cracker Barrel Old Country Store、全米で43州に渡って店舗経営をしているのに、私の長く住むカリフォルア州には実は一店舗もない。全米チェーンのお店でこれは余りお目にかかれない事実である。その理由は一つ「儲からないから」だそうだ。同社が長い間リサーチを重ねた結果だと言うが、真偽は定かでない。
ロスアンゼルスに住んでいた時には一番近い店舗があったのは、アリゾナ州グッドイヤー。距離にして370マイル(約600キロ)、時間は約6時間のドライブだ。

そんな中、先日驚きべきニュースが流れてきた。Cracker Barrel が第一号店をカリフォルア州ヴィクタービルにオープンすると!しかも彼らは同街の我らがアイコン、California Route 66 Museum と提携してビジネスを行うとまで発表された!

Cracker Barrel は確かにアメリカの歴史上流れる「先祖代々の遺産」や「物語」を非常に大事にする。その顕著なものが上で述べた店内デコレーションや、メニューだ。その考え方はルート66を愛する者たちが持つ精神そのものだと感じるので、正にそこが大きな理由の一つになったのだろう。
Cracker Barrel と Route 66 Museum は、来月9日「Building Our House Heritage Event」と名付け、お互いのパートナーシップや意義についてお互いに認識を深め合うイベントを開催するとのことだ。
California Route 66 Museum の President は私の良き友人の一人、Delvin だ。

デルヴィンと@ヴィクタービルのバー

次回彼に会った時にはどんな話をしようか。こんなことも聞いてみたいし、あんなことも議論したい。

12月24日、クリスマス・イヴにサンタさんから降ってきた最高のプレゼントだ。
皆様、MERRY CHRISTMAS !!

 

 

 

週刊NY生活連載第24回:アリゾナ州パート③

恒例の月イチ投稿、今月で丸二年となりました。24回もお付き合い頂いている読者の皆さん、我慢強く使ってくださる久松社長を始め編集者の皆さんへの感謝は尽きません。今回はフラッグスタッフより西へ、国立公園へのゲートウェイシティを含む、西部のハイライトとなるアリゾナルートのご紹介です。

https://www.nyseikatsu.com/editions/659/html5/index.html

 

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