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Time No Waits, Again…

何とも悲しい日になった。
ニューメキシコ州ルート66アソシエーションの役員であり、ルート66沿線上多くの歴史的なネオン看板の修復に関して第一人者である Johnny Plath 氏が先週、コロナウィルス感染によって亡くなった。
まだ「たったの」68歳だ。
ニュースによれば彼のお父様も同様な理由でお亡くなりになったらしいのだが、どうやらお父様のお世話時に感染してしまったようだ。

Johnny Plath, the image from Route 66 News

Johnny と彼の兄弟である Larry は、同州アルバカーキにある Southwest Outdoor Electric 社でネオン看板の作成ならびに復元作業に従事していた。彼の業績の中でも最も注目に値する看板の復元は、同州Santa Rosa にあった Sun n’ Sand Motel、こちらも現在は閉店してしまっている同州 Moriarty の El Comedor の「ロトスフィア」、そしてアルバカーキにある De Anza Motor Lodge のそれらだ。

Johnny とニューメキシコ州ルート66協会とのパートナーシップは、2003年に同協会が提唱した、「ルート66ネオンサイン保護プロジェクト」がきっかけだったと言う。その際 Johnny は、最も困難な二つのネオン看板の修復に入札し、担当することになったとのことだ。上記で紹介した、サンタローザの巨大なサンアンドサンドモーテルの看板と、モリアーティにある「Rotosphere」ネオンだ。彼はこれらのプロジェクトが利益を生まないことを十分に理解していたが、ジョニーはこれらの歴史のあるアイコンであったネオンサインを蘇らせる機会を貰えることにモチベーションがあったそうだ。

Rotosphere at El Comedor, the image from Route 66 News

今年の初め、2020年は初夏ごろに渡米し、ニューメキシコ・ルート66を走る予定をしており、その際 Johnny Plath 氏に面会を申し出るつもりだった。もう何年もの間、是非お会いしてお話を聞きたいと思っていた方だ。本当に残念でならない。
ご本人のご冥福を祈ると共に、ご家族に心よりお悔やみを申し上げたい。

PBSが作成したドキュメンタリー映画「Route 66:The Neon Road」に、Johnny のネオン看板への情熱を見ることができる。この映画は Emmy Award も受賞した。お時間のある方は是非。

De Anza Motor Lodge, the image from Route 66 News

キングマンの新ネオン点灯式

ネオンサインの話題が続いて恐縮だけど、今度はアリゾナ州キングマンから新しいネオンサインの点灯式に関する話題が飛び込んできた!
そう、キングマンだ。ここのブログでは何度となく取り上げているアリゾナ・ルート66を代表する一大拠点からのイベントとあって心が躍る。

新しいネオンサインは、同街の中心と言っても差しつかえない「パワーハウス博物館」内のキングマンビジターセンターが中心となって来る5月20日午後7時(現地時間)から行うもので、前回の Buck Atoms Cosmic Curio 同様、Facebook Live でライブ配信されるので、時間が許す人は是非参加して頂きたい。

これは数日前にFBに上がったイメージ写真。キングマン、いやルート66を代表する数多くのルート66に関する書物を出版している作家であり歴史家の Jim Hinckley 氏からの投稿だ。情報によればサインポストは高さ30フィート(約9m)にもなるらしい。

これは私も知らなかったのだが、2015年にキングマンはこの博物館の古くなった入口の看板(木製)をメタルのフレームに変えて新しいデザインに変更したのだが、それから僅か20か月後、ピックアップトラックを運転していたあるドライバーが高速のままこれに激突、支柱を破壊し、標識は「引退」となった。
通常は気持ちがダウンしてしまうものだが、こんな状況下でもキングマン観光局は前向きに物事を捉え、これはきっと神様からのメッセージであり、新しい時代を象徴するものに作り直す良い機会だ、と考えたそうだ。彼らは世界的に有名な「Welcome to Las Vegas」の看板、ハリウッドサイン、そして Twin Arrows や Roy’s Cafe などの象徴的な標識をヒントに、地元にある看板製作会社と共にコラボレーションするに至ったとか。

制作会社は街のダウンタウンにある Legacy Signs 社、電気関係が同じく地元の Walker Electric 社、そして肝心の資金はアリゾナ州ルート66アソシエーションが多大な貢献をし、キングマン市の観光予算と共に捻出したと発表されている。

今更説明の必要は無いかと思うけど、簡単にキングマンについて触れておきたい。キングマンは、アリゾナ州モハーベ群、群庁所在地で人口は近郊のコミュニティを加えると約5万人弱。中でも特記したいのは、ネバダ州ラスベガスの南東約105マイル(169 km)にあるので、ラスベガスへ行った際にオプションとして簡単に行けるよ!という点。キングマンへ行くには、ラスベガスから国道93号線をひたすら南に向かって走るだけで所要時間は2時間程度という、まさに「隣町」。道中にはコロラド河を渡る、かの有名な「フーバーダム」もあり、中々ルート66に興味を示してくれないパートナーやお子さんを引きずって連れていくにも最適な観光地ってわけだ。

その国道93号線もキングマンの街に入るとビール通り(Beale Street)という名前に代わり「パワーハウス博物館&ビジターセンター」のある交差点でルート66と交わるのだ。パワーハウス博物館は文字通り街の中心的アイコンで、ルート66の歴史はもちろんのこと、米国車社会の発展を担ってきた各時代の自動車の展示等の常時展に加え特別展も随時開催している。

2018年9月の投稿でも触れたけど、ちょっとプチ自慢をご容赦(笑)
世界中からのビジターが多いこの博物館、もちろん世界6、7か国語のパンフを用意しているのだが、そこの館長であり友人でもある Josh Noble 氏からの依頼で、パンフの日本語版は私が担当させて貰った。

街へ行く度に「常宿」として決めている、El Trovatore Motel の存在や、前述したジムさんのお膝元でもあるキングマンは魅力がいっぱい。
ジムさんは私の心の友でもあり、出会って以来沢山のことで私個人には勿論のこと、私が運営するルート66 日本アソシエーションの運営にも惜しみないサポートをくれる。

5月20日(水)午後7時は、日本時間では 21日(木)午前11時。
皆さん、Facebook Live でお会いしましょう!

National Scenic Byway 認定へ向けて

カリフォルニア・ヒストリック・ルート66アソシエーションの広報担当である Lynne Miller さんより、世界中のルート66ファンに向けてサポートの要請が届いている。その内容はというと、同州ニードルズとバーストウの間を結ぶルート66を同地域の土地管理局との連携し、National Scenic Byway へ指定登録するためで、今回のサポート要請はその登録に向けた署名活動だ。

そもそも「シーニックバイウェイ (Scenic Byway)」 とは何ぞや?という方のために簡単に説明させて貰うと、それは Scenic(景観のよい)と、Byway(脇道、寄り道)との造語で、主に自動車の走行する道路からの視点で、景観、自然、文化、レクリェーションといった要素によって観光や地域活性化などを目的として、地域の魅力を具現化するための取り組み、またはそのためのルートのことをいう。Scenic Byway は、1980年代後半に米国で提唱され、その後法制化されている。
同様の考え方としては、皆さんもよくご存知のドイツのロマンティック街道があげられるが、日本国内にも72の指定 Scenic Byway があるんだとか。(そこは知らなかった!)

話を戻せば、Lynne さんは今回先ず、米国外で最も大きな影響力と規模を持つ団体の一つ、オランダ・ルート66協会の Dries にコンタクトし、SNSを通じてそのサポートを要請したようだ。イリノイ州、オクラホマ州、ニューメキシコ州、アリゾナ州では既にその Scenic Byway 指定を受けている部分が存在する。コロナウイルスの影響で途方もない打撃を受けているルート66の観光を促進するために、カリフォルア州でも「バイウェイ指定」があることは想像以上のプラスになるのだ。

ところで Dries は私が運営に関わる Route 66 Association of Japan の設立時もお祝いのメッセージを送ってくれた良き友人の一人。サポートをお願いするには最適な人物だ。私からも微力ながら、日本アソシエーションを代表して、サポート快諾の連絡をさせて貰った。

現在コロナウイルスのパンデミックが世界中に進行しているため、米国内はもとより、私たち米国外に住む多くの国のファンが旅の制限を強いられている。ルート66から遠く離れていても、「今できること」を実践できる良い機会を頂いたと思う。

ご興味のある方は下記までご連絡を。
Ms. Lynne Miller
Byway Liaison
California Historic Route 66 Association
Lynne4Anza@aol.com

Arizona Fun Run 中止へ

2019年のイベントポスター

少し前にルート66沿道で開催される、2020年のイベントを紹介したが、現在世界中を巻き込んでいるコロナウィルスの影響で、30年以上に渡って行われている毎年恒例の「Arizona Fun Run」(5月1日~3日開催予定)が中止となってしまった。
ここ数週間、アメリカは勿論、イラン、イタリア、中国、そしてスペインを筆頭に150か国近く感染者が出ているパンデミック状態では、CDCC やアリゾナ州知事の推奨に従った形で、それは感染の拡大と多くの人の命を尊重する大切な決断と思う。

Arizona Fun Run は毎年約800~900台のカスタムカーが参加し、アリゾナ州セリグマンをスタートし、同州西端のトポックまで走る一大イベントだ。

昨年のイベントがYouTubeにあったので、参考までに。

勿論、今年参加する予定だった人には、$55 の参加費はアリゾナ州ルート66協会へ「寄付」するか、「返金」を希望するかの選択が与えられているようだし、来年2021年への参加へトランスファーすることも可能だ。

コロナウィルスの影響は日々日々深刻になっていて、今後の見通しが立っていない分、今後幾つのイベントが中止または延期になるのか分からない状態だ。アメリカは先週の欧州、UK、そしてアイルランドからの旅行禁止を発表したことに加え、カナダとの国境も「必須でない」旅行者の訪問を封鎖することを両国で合意した模様。先行きが本当に心配だ。

もし読者の皆さんの中にこのイベントに申し込んでいる人がいるなら、イベントのウェブサイトよれば、連絡先は nikki@historic66az.com とのこと。

週刊NY生活月イチ連載 SEASON 3: Vol.11 ミズーリのガスコナーデ橋を守れ!

毎月恒例の寄稿「魅惑の旧街道ルート66をフォーカス」SEASON 3、第11回目(02月号)は、先日もこのブログで紹介したガスコナーデ橋のお話です。

詳細は週刊NY生活ウェブサイト ⇩ まで (11ページです)
https://nyseikatsu.com/editions/760/760.pdf

Save the Gasconade River Bridge 最終章

ミズーリ州ラクレード群ヘイゼルグリーンという小さな街の郊外にあるガスコナーデ川橋。そう、この橋の運命については何度もこのブログで取り上げてきたけど、やっとその将来が決まる(かもしれない)という時期に差し掛かっている。

というのは、同州ルート66協会の会長であるリッチが、ガスコナード川橋の所有権を協会に引き継ぐことを望んでいると語ったからだ。

まだ現時点で結果を聞いてはいないが、リッチは1日(土)午後に開かれる理事会で、同協会に提案を承認するよう尽力しているようだ。

最近読み始めてくれた読者の皆さんのために簡単におさらいをすれば、ガスコナーデ川橋はルート66の歴史の一部としてとても重要なアイコンの一つ。だけど2014年12月、ミズーリ州運輸省が橋の劣化が理由で当面の通行封鎖を勧告した。同運輸省の査定では修理をするには約1億円程度の資金が必要であり、州財政を鑑みれば当面その「順番」は廻ってこないというものだった。しかし問題はそれだけでは済まず、たとえ修理したとしても構造そのものが現在の規制に合っておらず、更には通行できる車両の重さも制限されることから、解体=>新しい橋の設置というオプションまで議論されるに至った。

2015年春、そのリッチが音頭を取って初めて同地でラリーウォークを主催、ガスコナーデ川橋を守る意思を群や州を相手に鮮明にアピール。私もルート66日本のアソシエーションを運営する身としてリッチの活動に賛同し、2016年4月に行われた第二回ラリーウォークに参加したことは既に皆さんにもお伝え済みだ。スローガンは “Repair, Don’t Replace” ( 壊さずに修復を)。橋そのものを「残す」ことが必須だったのは言うまでもない。

David Schwartz 氏デザインの同イベント用ステッカー

これらの活動の結果、州政運輸省は一旦解体を見送ることになったので、リッチの行動の効果は充分にあったが、その後 同州運輸省は橋の新しい所有者を今年4月20日までに見つけることを条件に、橋を残すことを認めた。
そのリッチは昨年からミズーリ州ルート66アソシエーションの会長に就任。ガスコナーデ川橋の問題に向き合っている、というわけだ。

Facebook の Save the Gasconade River Bridge ページも多くの応援メッセージで溢れている。
https://www.facebook.com/groups/savethebridge/permalink/3668158949868693/

リッチを始めとした全ての関わる人達の行動に心から敬意を表するとともに、可能な限りのサポートができればと切に願っている。

ありがとう!Illinois Route 66 Blue Carpet Corridor

とても残念なニュースが飛び込んできた!
イリノイ州スプリングフィールドを拠点とし、ルート66に関するツーリズムで多大な貢献をしてきた「イリノイ・ルート66・ブルーカーペット・コリドー」が、昨年12月31日に正式に解散、同団体ウェブサイトも先週1月31日をもって閉鎖になったって(泣)

解散に至った大きな理由は、別団体 Great Rivers & Routes Tourism Bureau の成長と拡大が原因とのこと。(あ、「原因」って書くとその団体が悪者になっちゃうね)
その団体はAlton Regional CVBとして活動してたらしいのだけれど、その活動地域が、Alton、Grafton、ジャージー群の一帯に及ぶことから、過去数年にわたってブルーカーペット・コリドーは彼らとコミュニケーションを取りながら、協力して活動をしてたらしい。
だけど、ここ何年間においてブルーカーペット・コリドー主催のイベントでの集客力低下や、その回数そのものの減少もあって。。
ブルーカーペットのリソースや情報を Great Rivers & Routes Tourism Bureau へ移管することにしたそうだ。

ニュース媒体のRoute 66 Newsでは「前向きな統合」との見解で、私自身も同感。無くなってしまうわけじゃなくて、そういうサービスや情報をきちんと提供できる地域機関があるわけだからね。

でもやっぱり寂しいのは正直なところ。2014年からブルーカーペットの代表を務めた、Cheryl Eichar Jett さんは私の良き仲間であり、友人でもある。彼女に心から感謝の意を表し、今までの御礼を言いたい。
Cheryl、ありがとう!お疲れ様!

真ん中の女性が Cheryl さん

Roamin’ Rich 新会長誕生!

Image From Route66News.com

“Roamin ‘Rich” の愛称で知られる Rich Dinkela 氏が、先週末のグループ選挙で、ミズーリ州ルート66アソシエーションの新会長へ就任することが決まった。
彼は YouTube 等のメディアでも露出度が非常に高い、ルート66界屈指の人気ソーシャルメディアプロモーターでもある。

ミズーリ州ルート66アソシエーションは過去約20年に渡って Tommy Pike 氏とその奥様である Tonya さんの二人三脚で大きな発展を遂げてきたが、今年一気に世代交代をし、さらにパワーアップしていく予感に溢れている。

Rich と私が初めて出会ったのが2015年秋にイリノイ州エドワーズビルで開催された「マイルズ・オブ・ポッシビリティー」、ルート66の歴史的意義やアメリカの偉大な財産として今後どのように保存、発展させていくかを教育的、学術的見地から意見交換をするカンファレンスでのことだった。
もちろん「その場所に居る」ことで、多くのルート66を愛する友人知人と楽しい時間を共有できることが何よりうれしいし、そこで彼に会えたことは非常に有意義なことだった。

彼はいつもいろいろなことを精力的にこなし、ルート66に多大なインパクトを与える。翌年2016年春には(実際にそれは第二回目になるのだが)、ミズーリ州のガスコナーデ橋を取り壊しから守るため、州政府を相手に多くの支持者をまとめ上げ、結果的に保存に成功した。この話は当ブログにも詳しく載せたが(2016年4月26日参照)、その時にも前年に日本ルート66アソシエーションを立ち上げた私にも檀上に上がってその紹介をするチャンスをくれた。
いきなりの指名に少し焦ったが、準備なしにしては上手く話せたと自画自賛、記憶している(笑)

Image From Roamin’ Rich’s Facebook Page

その後もドローンを飛ばすことでルート66を見たこともない世界に導いてくれたり、シールドペイントと言って、ルート66のサインが消えかかった、またはないルート上の重要な場所に一つ一つ出向いて、地道にルート66のプロモートに尽力してくれた。私が言うのもおこがましいが、行動で示す彼のリーダーシップがあればミズーリ州は安泰だ。

時を同じくして、オクラホマ州ルート66アソシエーションにも、私の親友 Rhys Martin 氏が新しく会長の座に就いた。ルート66は一気に世代交代をし、心からルート66を愛する素晴らしい友人たちの手によって発展して行く。まだまだ微力ながらお手伝いできる機会が山ほどありそうだ。

最後に Rich の素晴らしいドローンの世界をもう一度!

アリストン・カフェにて


一日の走行距離が380マイル(約600キロ)、は然程大変ではない。せいぜい数時間走れば着くものである。が、各所で再会を祝い、四方山話に花を咲かせながら走るとなると結構時間との戦いに陥るケースも少なくない。
2016年8月に掲載したお話、「ウサギの王国、ヘンリーラビット」に登場するご主人、リッチ・ヘンリー氏にテキストメッセージを送ったのが渡米する2週間ほど前だったか。
「やあリッチ、元気かい?9月の下旬にイリノイ州に行く予定なんだが、お店はまだやっているかい?9月はもうシーズンオフだ、何時に閉めるの?」
昨年リッチは一度体調不調を理由に一旦は引退?に近いようなことを口走ったことがあったのでこのように聞いてみた。
すると体調は順調なようで相変わらず頑張ってお店を開け旅行者のお相手をしてくれているとのことなので、日付と時間とが決まったらまた連絡する旨を伝えておいた。

当日ミッドウェイ空港を出発した私は、いろいろ思い描いていた計画と少々違う事案に遭遇しながら、南下した。先のメイプルシロップのお店で時間を過ごし過ぎのこともあり、リッチには(約束していた)夕方4時に着くのは難しいことを伝えたら、「トシ、俺は今日ミーティングがあってリッチフィールドに来てるんだ、だからスタウントン(彼のお店の場所)には居ないよ、アリストン・カフェまで来れないか。」と。
後から聞いたら急に決まったそうなのだが、「おいおいそれじゃあ先に言えよ」と再度狂ったスケジュールを呪った(笑)。

だが良く考えると実はそれはかなりの好都合だということに気付く。アリストン・カフェは、今年の6月に掲載した「Ariston Cafe 90余年の歴史」に登場する、デミとニックのアダム夫妻が先日リタイヤし、売却されたルート66の名物レストランだ。今回は時間の都合上訪問する予定はなかったのだが、そこにリッチが居るのであれば(アダム夫妻には会えなくとも)レストランを訪問することが可能となる!

というわけで午後5時半過ぎに何とか到着。いつもの如く素敵なレストランだ。


店に入り、イリノイ州ルート66のミーティングの旨を伝えると、それ用に用意された個室に通される。
「ハロー、リッチ!」
何年か振りの再開に思わず笑顔が更に崩れる。
ミーティング開始時間は6時だと言うが、当然?皆さん揃わない(笑)
結局始まる6時45分あたりまでリッチを含め何人かの出席メンバーと近況報告をしながら旧交を温める時間が取れた。


さらにはタイミングよく、新しいオーナーの一人、Will Law 氏とも挨拶をすることが出来た。デミから私のことは聞いてくれており、いつか会えると思っていたがこんなに早く会えるとは!と喜んでくれる。このあたりの調子の良さは生粋のアメリカ人だ。


次はゆっくり来ることを約束し、今晩の目的地である隣接州ミズーリ州のキューバまでお持たせをしてくれたサンドイッチを頬張りながら、すっかり夕方になったルートに飛び出た。あー寒っ!

過去に遡った新たな出会い

毎年恒例となったルート66日本アソシエーションの年次会も無事、6月2日(土)に行った。詳細はアソシエーションのホームページに譲るとして、今日はその年次会に来てくれた Karim Hakam氏について少しだけ触れたい。

このホームページ、4月7日掲載の「ルート66、アルバカーキーの興隆」を思い出して貰えると幸いだが、今回の年次会の先に花村氏とKarim氏に東京アメリカンクラブでお会いして話をした。
繰り返しになるが、Karim氏のお父様、Ali Hakam 氏は1991年までアルバカーキーにある、エル・ヴァド モーテルのオーナーだった方だ。
先日聞いた話だけど、あの Micheal Wallis 氏も Ali 氏にいろんなアイデアを貰ったらしい。これだけでも Ali 氏がレジェンドと呼ばれる理由が分かりそうなものだ。

さて、Karim 氏。非常に明るい人懐こい聡明な方だ。初対面であったにも拘わらずとても気が合い(私は少なくともそう思っている 笑)、お互いの共通点であるニューメキシコ州在住経験があることから沢山のことを話した。
もちろん今回の年次会に Hakam 氏が参加し、当時のニューメキシコ州、アルバカーキー、そしてモーテル経営者の息子、という立場や経験を、特別ゲストとして話して貰える機会を得たことは花村氏の尽力が欠かせない。

花村氏の80年代~90年代初頭にかけての多くの物語は、(私自身は)1993年よりルート66を走り始めたが、私の 2000年以降のルート66訪問に大きな影響をくれた。Ali 氏を知っていた花村氏が今年偶然SNSで Hakam 氏をみつけ繋がったと聞く。私は2014年に日本に一時住んだ時、どうしても花村氏に会ってみたく半ば押しかけのように時間を頂き親交を始めさせてもらった。
ニューメキシコ州との繋がりはまだまだ他にも多数あるので、どうしてもこういう「縁」は自分自身でコントロールできない何かの糸(意図)で繋がっているようにしか思えないのだ。

ルート66は回り回って、花村氏の言葉を借りれば「時空を超えて」人と人を繋げる不思議な空間であり、存在だ。この先まだどのような出会いがあるのか、どこで誰と再会できるのか、興味は尽きない。

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