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Shamrock 2018 Route 66 Festival


「シャムロック」と聴いたら皆さんは何を想像するだろうか。アイルランド、クローバー、はたまた緑色の山高帽をかぶった髭のおじさん?変な言い方だがいずれも正解?だ。シャムロックでググってみると(イメージには)これらの画像のオンパレードだ。アイリッシュ系の人々は世界各地に散らばっているせいか、毎年3月のセントパトリック祭のパレードやお祭りはニューヨークを始め、とても多くの国や街で体験できる。ここテキサス州ルート66 の街「シャムロック」でも例外ではないのだ。

テキサス州シャムロックの歴史は19世紀後半まで遡る。正式には、1911年にウッドリー氏が市長に就いた時が街の創立とされ、最近2011年には街の100年祭が盛大に行われたのだけど、街の名前であるシャムロックは、未だ街が街になる前に郵便局を設置したニッケル氏の母親(アイルランドからの移民)が常に幸運をもたらすように、とシャムロックという街名を提案したことに由来する。
こういう「ストーリー」って素敵だよね。


街で一番有名なのは、大手ガス会社である Conoco の Gas Station と U-Drop Inn Cafe のアールデコ調建物。Cafe は現在観光案内所であり、お土産屋さんとしても活躍している。華やかな建築デザインは目をひくけど、夜は夜でネオンが灯り一層綺麗になる。

皮肉な話だけど、私の記憶では 2年前は無かったはずなのだけれど、今年の春にはもう使われなくなったガソリンステーションの裏に TESLA のチャージャーが立ち並んでいた。。。(絶句)


もともとシャムロックはテキサス・パンハンドル地域ルート66での最も大きな街だけに古くから宿泊場所も多い。
伝説のモーテル、「the Sun ‘n Sand Motel」は1953年にレストランを併設して28部屋で開店。現在は存続しないため、そのポストカードは大人気を誇る。が、当時のモーテルの建物一部は残っており、その名前を「ルート66イン」に変更して今も営業中だ。

from James R. Powell Route 66 Collection

そんなシャムロックの街で来年2018年、ルート66シャムロック・フェスティバルが開催される。テキサス州ルート66 アソシエーションの主催で、彼ら曰く来年度、ルート66上のお祭りでは最も大きなものの一つになる予定だそうだ。
幸いにも?開催のアナウンスが早かったので(今年の春には聞いていた)私もしっかり自身のスケジュール帳にしっかり書きこみ参加を予定している。
フェスティバルの公式ホームページはこちら ⇩
http://www.shamrock2018.com/

興味のある方は是非足を運んで頂きたい。
2018年7月12日からの3日間、是非現地でお会いしましょう!

後記:
そうそう、シャムロックという言葉をその後ググってみたら、シャムロックはアイルランド語でクローバーの意味の seamair 又は若い牧草を意味する seamróg を、似た発音で読めるように英語で綴った語だそうだ。アイルランドではシャムロックの葉が3つに分かれているのは「三位一体」を表しているとし、キリスト教の布教に利用したとか。面白いね。

 

夏だ!祭りだ!ルート66

例年のように4月の声を聴くと人々はルート66へ旅に繰り出す。そして6月になると各地で催し物が開かれ始め、7月にそれらは一気に加速し、8月には大きなお祭りが目白押しとなる。
Birthplace of Route 66 Festival、今回で7回目を迎えるこの祭典は今週11日~12日、今年もミズーリ州スプリングフィールドで開催される。

街の様子

今年の夏はとにかく、我慢だ。毎日のようにSNSにポストされる仲間や友人らの旅の記録が羨ましくて仕方ない。彼らの楽しんでいる様子をとても嬉しく思う反面、同時にとても気分がダウンする時も正直ある。ルート66が、アメリカが最も恋しくなる瞬間だ。
SNSに上がる写真の景色をみればそこがどこか一瞬で分かるし、そこに写っていないその周りの空間も容易に想像できる。あたかも自分がそこに居るかのような景色が眼の前に広がり、たった数秒間のタイムスリップが心地よい満足間を与えてくれる。
今これを書いている時、スプリングフィールドは土曜日の午前10時30分。今日も楽しい一日が始まる。友人からのポストが楽しみだ !

(Route 66 Association of Missouri の投稿写真より)

 

Arcadia Neon Fest 2017 ⑤:Arcadia の夜は永遠に

“Hey Toshi, Let’s meet to dine with us around 17:00! Will call ya later.” と、簡単なSNS メッセ―ジが届いたのはその日の午後2時すぎ。おいおい、こっちにも予定ってのがあるんだよ。そうならそうと早く言えよ!と腕時計と睨めっこしながら間に合う距離にいるのか再確認。
もちろん皆で一緒に夕飯するのは大きな楽しみの一つだけど、自分の予定は曲げられない。でもちょっとばかり足早気味に行動、彼らからの場所の連絡を待ちながらBristow、Depew、Stroud の街での撮影に精を出す。


時間を見ればもう4時を回っている。が、一向に連絡の兆しはない。まあこのままArcadia に向かえば5時過ぎには着くはずなのでピッタリだろうとばかりに(それでもフリーウェイには乗らず)ルート66をひたすら走った。

さて、時間は午後5時17分、Arcadia の街に入る。予定より若干遅れたが許容の範囲だ。が、一向に連絡がない。
“hey guys, where you all? Ain’t know the place yet.”
“Oh Toshi, forgot to text ya. We all at XXX.”
とまあいつもこんな感じだ(笑)
指定された店は典型的なアメリカン・フード。オクラホマのアメ食だ。心からホッとする。美味い。


どうやら結局かなりの大人数で行くことになったらしく、誰が行くのか何人行くのか誰もつかめておらず(最終的には30人を超えていたらしい)店には流れてきたものの適当にバラバラに座りそれぞれ楽しんでいる状況だ。
こういうの本当に楽で良い。苦手な方もいるだろうが、私はこういう方が断然性に合っている。

陽もすっかり暮れはじめ、まだ夜は肌寒いオクラホマ州の4月。Arcadia Neon Festa の2日目が始まった。昨日は Jim と Shelle のサプライズ結婚式だったが、今宵は仲間内ですっかり談笑。近隣 Yukon の街よりエルヴィスも甦り(笑)素敵なパフォーマンスで会を盛り上げてくれた。
ご本人の許可を貰っているのでちょっとだけその雰囲気を味わって頂きたい。

今回8州にわたるルート66のうち、5つの州から多くの友人が集まった。毎年夏場を中心にルート66沿線上各地でいろいろなお祭りや催しものが開催されるが、いつも一大家族のリユニオンのようだ。互いの元気な姿を確認し、最近どうだい?と仕事の話、家族の話、悩み話、下らないゴシップから政治の話までまるで本当の家族のように本音で気取らず楽しめる。
元々この集まりには最初から参加する予定では居たものの、今年の春に実は少々大きな決断をするに至った。だからこのフェスティバルで彼らに会うことは、オクラホマからテキサスを走っておくことは今回非常に重要だったのだ。

沢山の笑い声とアップビートな音楽に包まれてアーケディアの夜は更けて行く。

 

Arcadia Neon Fest 2017 ④:オクラホマ徘徊


オクラホマ州と言えば、ルート66界に最も貢献しているアーチストであり、私の親友の一人、ジェリーを紹介しないわけにはいかない。彼の出版する「Route 66 E-Z Guide」は世界中のルート66ファンのバイブルであり、これを持たずに旅をすることは有り得ない!と言っていいほどルートの詳細が書かれたガイドブックだ。本日現在で出版されているのは第4版。ルート66を旅しない人でも是非手に取って欲しい一冊だ。

そんなジェリーのアトリエというか、彼の ギャラリー が、彼の故郷オクラホマ州チャンドラーという小さな街にある。小さいとは言っても、人口は3000人近くいるらしい。商工会議所や銀行を中心としたダウンタウンには1930年代に建てられた Phillips 66 のガスステーションが、更にはリンカーン・モーテルや、ルート66の資料館も揃った「立派な」ルート66沿線都市だ。
ジェリーとは様々なルート66関連のフェスティバルなんかで良く顔を合わせるので、久しぶりの感じは全くしないんだが、よーく考えてみると彼のギャラリーに来るのは2年以上ぶり。
中はご覧の通り写真、絵画をはじめ彼の作品が所狭しと飾ってある。真ん中にはソファも置かれ居心地はかなり良い。
ギャラリーの窓にはちゃっかり私達の日本ルート66アソシエーションのステッカーを、同オランダ・アソシエーションと一緒に貼らせてもらっているのだ!


あ、そうそう。忘れちゃいけないのが彼の自慢、1957年製シェビー。もちろん未だ現役。時速は30マイル程度しか出ないけど、ダウンタウンまでこに一緒に乗って飯を食べに行ったのは素敵な思い出だ。そんな彼の愛車の写真を(マイブームの)イラスト風に仕上げてみた。


昨日の今日、では実はあまり大きく天気が変わっていない。いや、でも少しはマシと言うべきか、所々陽が差してくる箇所も出てくる。
なので私は昨日のリベンジをしようとタルサへ向かって走るわけだけど、今日は一つだけ「新たな発見」をお伝えしたい。
ルート66を東に向かって走ると、Rock Cafe で有名なストロードの街からデピューと呼ばれるほぼ「ゴーストタウン」の街に行く途中、旧道に小さな橋がある。
これは実は、昨日結婚式をあげたジムが数年前、ルート66を散策中に偶然発見したものだそうだ。ジムはルート66界きっての「橋オタク」、昨年出版した「Route 66 Crossings」はその集大成だ。


なぜその橋がそんな最近まで知られていなかったかというと、その旧道、もはや通ることはできないから。East Hwy 66 と呼ばれる E860 Road はインターステート44号線にほぼ沿って走っているが、ストロードの街が近づくにつれ(今はもう通り抜けが出来ない)旧道とその後作られた道がある。旧道の方はもはや森や雑草にまみれ、今の道からは車を停めて中に入っていかないと通れない。一般の民家の牧場の一部になっている箇所もあるから、殆ど人が通らなかった(通ろうとさえしなかった)場所と言っていい。
そこを今回教えて貰って是非に、とばかり訪問してみた。
因みにこの上の写真の橋は、その橋に行く途中にある橋だ(笑)

この橋のたもとに車を停めて、その橋を求め自分の足で歩く。
うーん、凄くワクワクするよね。土曜日の午前中だからなのか、自分が車を停めた場所も、そこから既に約10分ど歩いているけど誰にも会わない。
当時の人々はどういう想いを秘めてこの道を通ったのだろう、といつも自問する同じプロセスを踏みながら歩く。
と、すると遠くに見えてきた。あった。


走りたい衝動を抑えて一歩一歩歩く。これは Lilly Creek(リリー河)にかかる「Hidden Bridge」(隠れた橋)としか命名されていないようで、何年頃どのように作られたのはを含め現在調査中のものらしい。確かに行き止まり。ここより先は通り抜けできないようになっている。


今はほとんど枯れてしまっている小川を流跡をぼーっと見つめながら、勝手に1930年代にスリップしてみた。
帰り路に向かって撮った一枚、結構気に入っているんだけど、いかがだろうか?

週刊NY生活⑱

恒例の月一寄稿。今月はテキサス州西部、ヴェガ、エイドリアン、そしてグレンリオのご紹介と共に私達ルート66アソシエーション・オブ・ジャパンの活動にも少し触れました。お時間のある方は下記のURLで、13ページをご覧ください!

http://www.nyseikatsu.com/editions/635/html5/index.html

Arcadia Neon Fest 2017 ③:サプライズ結婚式


夕方のフェスタに向かってタルサから南下するわけだけど、一向に雨が止む気配が無く全く写真の撮れる状況にない。Sapulpa から Rock Creek Bridge を抜けて Ozark Trail を走る。本来であれば爽快感が半端ないこの道も今日ばかりは泥道と化していて走行すら覚束無い箇所もチラホラ。こりゃ本当に無事に辿り着けるんだろうか?(笑)
天気予報によれば明日には雨が上がりだいぶマシになるらしい。ので、今日は全ての予定を取りやめて明日に廻すことに決めた。一旦そう決めると後ろ髪は引かれない。一気に目的地のアーケディアまで車を飛ばした。
そうそう、一つだけ。どうしても行きたかった道、Warwick から Davenport という小さい街間だけど、レンタカーのスペックじゃどうしても諦めざるを得ない場所があった。自分の愛車 FJ なら楽勝なのだが。。。


時間は午後7時45分。予定より15分遅れての到着だ。このシリーズ①でもお伝えした、Jim と Shelle の自宅はまるで小さなルート66博物館。いつも訪れる度に楽しい気持ちにしてくれる。実際車を近くに停めて家向かって歩き始めた時、とあるカップルに呼び止められこの家が何か聞かれた(笑)やはり博物館かギャラリーだと思ったらしい。

ネオンフェスティバルは今晩、明日の晩と週末全部を使って皆で楽しむイベントになっている。特に他州から来る場合、金曜に間に合わない仲間もいるのでメインは土曜と勝手に考えていたが、実は。。。?

何と凄すぎるサプライズ、Jim と Shelle が結婚するって!
これにはびっくり。ずっと長い間パートナーとして仲良くしてきたのはずっと見てるし、今更ってのは失礼だけど、その手の「形」に拘るようには見えなかったし。
いずれにせよ嬉しい知らせだ。ネオンフェスティバルの行事に相応しい。あー本当に来て良かった。無理したわけではないけど金曜日に仕事を休んでカリフォルニアからオクラホマまで飛んでくるのは決して簡単じゃないよ。でもルート66の仲間の人生の重要な 1ページに同席出来る幸せはどんな言葉にも代え難い。「心の底からおめでとう!本当に嬉しいよ。呼んでくれてありがとう!」満面の笑みで彼らとハグしながらそう伝えた。いつもは男勝りの Shelle がちょっと涙ぐんでいる表情が何とも言えない。


更にその式の誓約証人として取り持ったのが、あの Micheal Wallis 氏。自身のFBでも少し触れたけど、ルート66では知らない人はいない著名な歴史家であり、作家であり、ジャーナリスト。ディズニーピクサー映画「CARS」では声優さんとしてシェリフの役で登場。現在タルサ国際空港では彼の「ボイス」が観光客を待ち受けることでも有名だ。そんな Wallis 氏、私は実は今まで実際に会ったことはなかったんだ。何度かメールのやり取りはしたことがあったんだけど、いつもすれ違いが多くて。彼の書いた本「Route 66 Mother Road」は、私がまだ若い頃読んでルート66に引きずり込まれた書物の一つ。何十年越しの対面に滅多に緊張しない私の表情に多少の堅さ見られるのは我ながら面白い。ははは。
彼は日本のアソシエーションのことをとても気にかけてくれていて、出来ることがあれば何でも協力すると言ってくれた。大御所にそんな言葉をかけて貰えるなんて柄にもなく言葉にも詰まる(笑)

終日雨模様だったオクラホマも何故か?この式典の時は小雨からほぼゼロになり、集まった50人強の仲間たちも想い想いに楽しい時間を過ごすことが出来たと思う。ちょっと未だ肌寒いオクラホマの夜は更けて行く。

Arcadia Neon Fest 2017 ②:更に雨のタルサ


タルサから今日の目的地のアーケディアまでは約90マイル、直線距離であれば時間にして1時間30分弱の道のりだが、それはあくまでもフリーウェイをすっ飛ばした場合のことで、ルート66を通り沿線の街に寄りながら行けばその倍の時間でも当然足りない。
珍しい雨天に加え、今日は飛行機まで遅れた。本来結構タイトであったスケジュールがより一層厳しくなり襲いかかる。そんな時はどうする?
そう、諦めるんだ(笑)また来れば良い。それだけだ。

空港からまずは東へ。おいおい逆だろう、って思った方は中々のタルサ通です。
タルサは街を東西一直線に通る 11番通りがルート66。通りにはモーテルやカフェが点在する。まずは161 東通りまで行き、西へ向かって戻る。
Brookheaven Motor Inn、Toby’s Beauty Rest Court、Brookshire Motel、Oasis Motel、Elm’s Court、Desert Hills Motel、そして Tally’s Cafe 66 に Campbell Hotel と Meadow Gold Sign。何と煌びやかな通りだろうか。


ただ残念なのは雨。全くと言って良いほどフォトジェニックで無い。プロの写真家であればまた雨天の被写体を上手く撮る技術が当然あるのだろうが、残念ながら私には無い。それ以前に雨嫌いの私には写真を撮る気すら起こらない。折角のルート66を訪ねる旅が残念極まりない。

そこで気を取り直し今回初めて訪問するマイナーリーグ球団 “Tulsa Drillers” の本拠地 One OK Field に行ってみることにした。タルサ・ドリラーズは AA(ダブル・エー)テキサスリーグ北部所属、1977年に創立されたクラブだ。2015年よりロスアンゼルス・ドジャーズ傘下のチームになっている。


あまり耳にしたこともないと思うけどメジャーの多くのスター選手もこのチームに在籍した。何人か簡単に紹介すれば、Troy Tulowitzki, Matt Holiday, Sammy Sosa, Carlos Pena, Gabe Kapler, そして私も大好きな殿堂入り選手、Ivan “Pudge” Rodriguez だ。彼の写真を見つけた時は興奮した。が、しかしちょうど私がタルサを訪問している期間ホーム試合はない。その前後は6連戦、7連戦ってあったのに!(涙)

でもね、ここも結局ファンに優しいマイナーリーグ。公式ファンショップのお兄さんに中を見せてもらえないかと尋ねると、快くスタジアムに通じるドアの鍵を開けてくれる。何と親切!一通り周って座って。誰もいないスタジアムを独り占めする感動を味わう。


球場見学中は比較的雨は少なかったものの、相変わらず止む気配はないなぁ。

 

Arcadia Neon Fest 2017 ①:スタートは雨!?

 


そうこうしている間に月が変わって今年も既に5月。新緑の季節、とは言ったものだけど、先月後半からアメリカの天気は巡るましく変わっている。アメリカ、何て言うとサイズがデカ過ぎるけど、同じ日に雪の降っている街もあれば、台風や洪水で大変になっている街、かたや摂氏30度を超え夏本番の姿を見せている街、と国土の広さと気候の違いに改めて気付かされる。
そうそう、これを書いている時はミズーリ州から、オクラホマ州、テキサス州と大災害が起こり、ルート66の名所 Devil’s Elbow を始め多くの場所で尋常ならぬ被害が起こっている。被災された方々が一日も早く通常の生活に戻れる日を願ってやまない。

さて今回の旅はオクラホマ~テキサスの一定区間、目的は友人 Jim Ross と Shelle Graham が彼らの自宅で主催する “Arcadia Route 66 Neon Fest 2017” への参加だ。Jim と Shelle は二人とも才能溢れる作家、写真家+アーチストであり、ルート66の世界では知らない人はいない。彼らは1997年から正真正銘のルート66であるこの場所に住み移り、Phillips 66 Gas Station をモチーフに自身の家を博物館のようにしてしまったのだ!


この企画は結構早くから聞いていたので仕事も何もかなぐり捨てて現地へ赴くことが出来てラッキーだった。ルート66をこれだけ長く走っていると各地に友人知人が出来る。もちろんSNSやメール等で近況報告をし合うわけだけど、シカゴからロスアンゼルスまでストレッチされた距離で全て友人らに定期的に会うのは不可能だ。そんな時こういう集まりがあるとかなり相当数の友人らと一箇所で会うことが可能になる。今回もそんな集まり、まさにルート66のファミリーリユニオンだ。

                                   向かって左の二人がJim とShelle

そんな素敵な集まりにまるで少年のように何日も前からウキウキしながら地元、オークランド空港より出発。デンバーを経由して(いつもの?)タルサ空港に到着する。馬鹿にするわけでなく、タルサ空港はいつも空いている。

勿論混んでいる時もあるのかもしれないが、私の10回+ぐらいの利用経験ではそう断言して良い(笑)到着時は勿論、出発時でさえ、チェックインカウンターそしてセキュリティゲートでもまず並んだ憶えはない。素晴らし過ぎる。
25年もアメリカに住んで色々な場所に住んだが、私の好きな空港は、①アルバカーキ、②タルサ、③フォートローダーデールである。

更に。私は「晴れ男」である。アメリカ国内では滅法強い。旅行に出かけて天気の悪い経験は錚々ない。例えばハリケーンが近づいていても、行った時には台風の目に入り晴れている、そんな感じだ。
が、しかし!今回はいつもと様相が違った。タルサは何と雨だ!
あまりにも珍しい光景に暫し眼を疑う。「マジで?」大袈裟な言い方だがロッタリ―に当ったかのように自問自答してしまった(笑)


車を借りて街に出る。ルート66を走ってみる。本当に雨だよ。
これから起こる物事にルート66は泣いてくれているのか。こうして旅は始まった。

 

タペストリー完成!四方山話

人の縁とは不思議なもの。
堀江氏と初めて会ったのは、私が一時東京で生活をした2014年6月のある晩。
とある方よりご紹介頂いた「ひらくPCバッグ」の購入がご縁で、それを作っているスーパークラシック社の南社長に繋げてもらう。その南氏、とても気さくな方で、彼の東京事務所で開催する仲間内のBBQパーティに私まで呼んでくださった。そこで会った何人かのうちの一人が堀江氏だった。同じ愛知が同郷ということもあり、親近感は倍僧。非常に明るい好青年だったことは酔っていたが憶えているけど(笑)
その一ヶ月後、Evernote 社のイベントで偶然再会。「なぜか分からないですけど、後藤さんとはこれから何回も会う気がする」、そう言ってくれた堀江氏の言葉が嬉しかった。私も同じように感じていたからだ。なぜ?って聞かれたら、私もそれは説明できない。

イベントで堀江氏と

その堀江氏、御実家は愛知県一宮市にある堀江織物。「明日はもっと良いものをつくる」をモットーに、品質重視とモノヅクリを楽しむ文化を大切にしながら新しい挑戦を続ける会社の東京オフィスを起点に商品開発に勤しんでいらっしゃる。
http://www.horieorimono.co.jp/
東京原宿には、ハッピープリンターズという「世界一ワクワクする印刷工場」を開設。私も iPhone ケースのバックプリントで幾つかお世話になった。
http://happyprinters.jp/

その堀江氏が昨年新たに、幟、旗、幕、タペストリーを作って行くことをFB上で知った私は、運営に携わっている日本ルート66・アソシエーション用の幟を頼んでみようと速攻閃いて彼に連絡してみた。快諾してくれたので、自分のウェブサイト用のものも一緒に、横文字なので、タペストリーとして注文させて貰うことに。

実際の出来上がりはこちら ⇩

去る2月、名古屋で行われたアメリカ旅行協会さんのイベントに混ぜて貰ってタペストリーを初デビューさせた。想像以上のクオリティにアソシエーション一同も大満足!
その時ちょうど出張で名古屋から東京に帰る所だった堀江氏に声をかけて会場まで立ち寄って貰った。

アメリカで暮らして早25年。それだけに日本での約一年半は本当に馴染めず大変だったけど、その時に出会った沢山の人達は私の宝。これからも色々と情報交換しながら皆一緒に成長して行けたらそんなに楽しいことはない。やっぱり人と人の繋がりって素敵だよね。

Save the Gasconade Bridge 経過報告


ちょっと前の話になってしまうけど、ミズーリ州へイゼルグリーン近郊のガスコナーデ橋存続に関して、昨年12月9日のポストで「14日に公聴会が開かれます」と、紹介させて貰った。それほど大きな貢献は出来ていないけど、自分自身も関わっている問題として、それがどのようになっているのかその後の流れを少し説明しようと思います。

MoDOT(ミズーリ州交通局)の発表している内容はこちら。(英文のみ)
http://www.modot.org/central/major_projects/Laclede.htm

前回ポストも書いたように「何もしない」というオプションを除けば、議題に上がっているのは全部で5つ。それら提示内容は上記ウェブサイトで見れるけど、簡単に要約すると:
②橋を改築、一般車両(普通トラックを含む)のみ通行可能とする。
予想費用は約USD$440万ドル。
③現存の橋を解体、同場所に新しく橋を建設する。
予想費用は約USD$430万ドル。
④現存の橋を解体、同場所に同じ形の橋を再建設する。
予想費用は約USD$550万ドル。
⑤現存の橋と、I-44の間に新しく橋を建設。現存のものは使用しない。
予想費用は約USD$412万ドル。
⑥I-44との逆側に新しい橋を建設。6マイルほどの迂回が必要になる。
予想費用は約USD$580万ドル。
という感じ。


住民側(特に保存を訴える団体)は、「取り壊しでなく修復」を根幹とした主張をしているので、それに応えるとなれば一番安価なオプション⑤より少なくともUSD$30万ドルは多くかかるわけ。そうなると、その後の人件費やメンテ費等も含めてより多くの出費を伴うことが予想されるから、MoDOTにとって最良の選択とはかけ離れていくのは明白。さらに MoDOT の文書に賛否両論の一部として記載されているように、例え修復された場合も依然として橋を通行にするにあたっては、車の高さと重さ制限の問題は残るわけで。。。
つまり住民の使用する大型農業機械は通れないし、I-44 で事故が起こった場合の迂回道路としての役割も果たすことはできないんだよね。
うーん頭が痛い。

今月中旬までは多方面からの様々な意見を聞く姿勢を見せてくれているから、一人でも多くの人が「建設的な」意見を MoDOT に送付してくれることを願うのみ。
年末には予算に関する審議会も開かれたようなので、その点もまたお伝えします!

Save The Gasconade Rally by David Schwartz

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