Category: Gift Shop (Page 1 of 2)

Powerhouse Museum 改装終了!


アリゾナ州キングマン。
ルート66沿いに鎮座する大きな給水塔が威厳をもって観光客を迎える。

そのキングマンの街で、これまでもこのブログで何度か紹介している「パワーハウス・ビジター・センター」が、約US$25万ドル(約2800万円ほど)かけた改装作業をやっと先月終了したらしい。まあ長かった ((´∀`))ケラケラ
同州 Historic Route 66 Association や、キングマン市等が筆頭となって資金を調達、改装請負業者 T.R.Orr 社も長い間一緒に頑張った賜物だ。

改装後はミュージアム内のウェルカムデスクや照明が一新され、サインボード、店舗表示も綺麗に。おまけに従業員用の新しいオフィスや収納スペースに加え、(州内最大規模の)アリゾナ州高速道路地図、約100を数える州内の街とアトラクションのパンフレットも充実しているという豪華さだ。

プロジェクトに尽力した館長の Josh Noble 氏は、この改装によって今まで制限されていたギフトショップでの収入増加を期待していると話す。実際売り場面積も少し大きくなり、相当数の商品の陳列が可能になった。私もこの夏前に訪れた時はまだ作業途中ではあったものの、随所にその片鱗を感じたものだ。
一昨年、大型チェーン書店だった Hastings が閉店。ネット社会が進み、Borders、B.Dalton、そして Waldenbooks と、馴染みの本屋さんが姿を消す中その波に呑まれた恰好だが、その「遺品」より多くの本棚、ラックを譲り受けることが出来、このパワーハウスのギフトショップはその前年より在庫が31%拡大、US$109,000 以上(約1,200万円)の収益を上げた。今回の改装プロジェクトによって今後は更に1.5倍の収益を見込んでいるそうだ。

実は今回この改装内容のサインボード、幾つかの言語でも紹介されるようになったのだけど、その日本語の部分を私が担当させて貰った。現地の展示でだけでなくウェブサイトからその一部は見られるので、時間のある方は是非パワーハウスの公式ページを訪問頂きたい。
http://www.gokingman.com/attraction-Powerhouse-Route-66-Museum

お土産屋さんの入り口ドアにもこのように貼り紙で、日本アソシエーションも協力させて貰っている旨、宣伝?してくれているのだ。

従来の Hilltop Motel や、私の友人夫婦が切り盛りする El Salvatore Motel、に加えRamada Hotel チェーンがルート66を前面に押し出したホテルを開業したことで街を上げてマザーロードをプロモートする街、キングマン。
今後の取り組みにも目が離せないよね!

 

キングマン在住の親友、ジムと

 

 

George & Cool Spring Station


アリゾナ州クール・スプリング・ステーション。それはまるで何処かの異星に居るような気分に浸れる。同州キングマンの街より走ること約25分、それは何もない場所にポツンと佇む - アリゾナ・ルート66を代表する人気スポットの一つだ。

クールスプリングス集落は1920年代に出現。しかしその後他州同様、1950年代にルート66が街を迂回するようになった後は急激に寂れ、現存のこのステーションだけが残った。ステーションのオーナーである Ned Leutchner 氏は、1997年にルート66を旅した際この土地に一目惚れ。数年かけてこのステーションを購入した後、外観を改装して 2004年12月からお土産屋(兼)博物館(兼)ガスステーションとして開業し始めた。

George Chicago、自身をバイキングの末裔と言いデンマーク国旗を常に掲げる心優しい大男に会ったのはつい最近、2014年のことだ。多い日は数十人ほどの来客があるらしいが、その日は天気が良いにも関わらず3月というシーズン前だからか、私が彼と過ごした2時間あまりの間には殆ど誰も来なかった。


ミネソタ出身のMR バイキングの末裔、退役した後にアリゾナの辺境に辿り着いた彼と、日本を飛び出しアメリカに居場所を求めた放浪癖のあるホテルマンの私に接点などない。が、まるで前から知ってるかのように色々な話が出来たのはとても嬉しい思い出である。

その一年後に再開した時、また私達は1時間超えの話に花が咲いたが、突然ジョージは屈託のない笑顔で私にこう言った。
「トシ、今回が無理なら次はいつ来るんだ?その時は裏にある俺のトレーラーハウスに泊まれる時間を作れよ。飛びきり美味いウオッカと星空をご馳走するよ。」
次の話をするなんて珍しいな、と思い私はこう続けた。
「じゃあ寒くなる前に来なきゃな。ここだって秋冬は冷えるんだろ?」

「お前の住むカリフォルニアから比べたら寒いかもな、ははは。」
「急かせるわけじゃないんだが、ここだけの話。実は俺な、タイに行くことにしたんだ。だからそう長くここには居られない。まだはっきり日は決めてないがな。」
「タイだって?何でまたそんな遠いところに?行ったことあるのか?アジア人の俺でさえないぞ(笑)」
「誰にも言うなよ、彼女が出来たんだよ。それで一緒に彼女の国に”帰る”ことにしたんだ。」
よく見たら一年後もジョージは同じような恰好をしていた。


こういう友人が幸せになるって話は本当に嬉しい。
心から祝福しジョージが行ってしまう前に必ずもう一回来ると約束して別れた。

その後知り合いからこんなニュースを聴いた。
「Cool Springs Camp が住み込みでのお世話人を探しているらしいよ」

どうやらジョージとの約束は果たせないまま終わってしまったようだ。

昨年キングマンを訪れた際、車を飛ばしてステーションに行ってみた。
まだジョージの後釜は見つかっていないようだ。
あのトレーラーハウスは無く、ステーションも閉まったまま。


時折ネイティブアメリカンがお土産物を店横で広げては何も言わず通り過ぎる車を見つめていた。
私はドアに残された、確かに訪れた跡を確認してキングマンへ向かって帰ることにした。

追記:
このステーションのお世話をしてくれる人はまだ募集中とのこと。
Leutchner 氏曰く、新しくお世話人になることの「特典」として、
①モーターホームに住んで快適な生活ができる
②ルート66のアイコンで、地球上で最も「カッコイイ」場所の一つに住める
③もちろん電気、水道(新鮮な井戸水)完備。
しかも、
④公共料金、家賃は無料!(オーナー払い)
⑤販売員、サービス業の経験があれば何と給与も考慮だって!

やってみたい人は Leutchner 氏に連絡を!(笑)

ジムとカークとアリゾナルート66

4月のとある週末、どうしてもやりたいことがあってアリゾナ州キングマンに行くことにした。ルート66にあまり興味のない家内には「ラスベガス訪問」を落とし処に、ちょっとした週末旅行だ。
地元オークランドからラスベガスにはたったの1時間ちょっと。今から約10年ほど前は仕事でロスアンゼルス~ラスベガス間を一日二往復、それを3、4か月続けたこともあり、ラスベガス空港は文字通り「庭」だ(笑)
相変わらずの景色に思わず微笑みが出た。


車を借りてパラダイス、ヘンダーソンとお馴染の街を過ぎ国道93号線を一気に南下する。1時間半も走ればアリゾナ州ルート66の一大拠点、キングマンだ。
まずはいつも儀式、Mohave Museum of History & Arts の前で写真を一枚。
ここは先住民モハべ族の歴史を紹介する博物館だが、この壁に描かれた絵が何とも私のお気に入り。本当は車が停まっている=入場者がいる、でないと困るのだが、この壁画の前に車が一台も停まっていないかどうかが、私のキングマンを訪れたときの「占い」なのだ。一台もいないとその旅はきっと素晴らしいものになる、そう何年も勝手に決めて必ずこの場所に来る。今回の結果はこうだ~ ⇩

今回のキングマン訪問の目的は二つ、友人ジム (Jim Hinckley) と一緒にアリゾナ・ルート66を走る、そして同州アッシュフォークにある Zettlers Route 66 Store を訪れてご主人のカークさん (Kirk Slack)に初対面することにある。
ルート66ファンでない方には取り立て何てことないように聞こえるかもしれないが、勿論そうではない。
ジムはルート66でもかなりの重鎮。歴史家、写真家、ツアーガイド、作家、旅行マーケティングコンサルタント、話家、と実に様々な顔を持つ。特にアリゾナ州とルート66を語らせたら彼の右に出るものはそうそう居ない。発行した書籍は実に20冊以上、と、こんな人物と一緒にルート66を走る意味は言葉では表現できない嬉しさと光栄さが入り混じる。
まずはそのジムと、これも街では有名な観光スポット、Powerhouse Museum パワーハウス博物館で落ち会うことに。こちらの博物館はインフォメーションセンター、お土産屋さん、展示品、歴史の説明をフルに備えたルート66中でも絶対に訪れて欲しい博物館の一つ。特に2階に展示されている大恐慌時代、オクラホマ州から仕事や普通の生活を求めてやってきた人達を描いたスタインベック作「怒りの葡萄」に出てくる幌馬車がそのまま再現されており、当時の様子がはっきり分かるようになっている。一枚撮ってくれるというのでポーズ。

 

少々手前味噌になるが、この博物館、初めて電気自動車の歴史についても展示しており、そのプロジェクトの責任者 ジョシュアと一緒に、ルート66日本アソシエーションとしてその展示品、説明分の和訳を全て担当させてもらった。
それについてお土産屋さんの前に張り紙がちょっとあったのでついでにご紹介。

車の中で何だかんだとルート66やお互いの近況について話をしていると、アッシュフォークの街に着いた。お腹が減っては戦は出来ずとばかりに街に新しく出来たであろう(前回訪問した時は無かった)BBQのお店で腹ごしらえ。
ジムと奥様のジュディと一緒に記念撮影。中々自然体で気に入っている(笑)


Zettlers Store は1930年にパン屋さんとして開業するが、1945年に食料品店に業態を変え2012年まえで営業してた。その後暫く閉鎖してたものを昨年、ご主人のカークが自身のお土産屋さんとして再開してくれたお店だ。
再開したお店にもカークにも(FBで繋がってたこともあり)是非会いたくてこの日を待ちわびていたのだ。

今日はちょうど先日仕入れたばかり、という年代物のレコードプレイヤーを修理中で、かなり歴史と年期の入った代物にジムと二人でテンションはマックス。所狭しと置いてある面白いお宝グッズや定番のお土産品も充実。アリゾナ・ルート66を走る方は是非訪れて欲しい。

右よりジム、私、カークと
お店の床一面に書かれたロゴの
前で記念撮影。
お店のFBページにも連日連夜
訪れた旅人達が紹介されている。

 

 

 

 

アッシュフォークを出た後は、セリグマンからオールドループを走り、ピーチスプリングスやトラックストンを経てキングマンに戻る経路をたどった。本当はこの沿線をもう少しゆっくり走りたかったのだが、夕方にキングマンの市長やアリゾナ州ルート66アソシエーションの人達と軽く夕飯を取る段取りをしてると言われ、思わずアクセルを踏み込む(笑)
本当にルート66の関わる人達は仲が良く、家族同様に見知らぬ者も受け入れてくれる。

ジム夫妻と一緒に走った今日の日は絶対に忘れない。
大きなプロジェクトに向かう私へのエールも忘れることなく、最新の出版書物も頂く。これには共通の友人、バンコクの世界一アホな敬愛すべきランナー、Kさん夫婦も載っている。ルート66は世界を繋ぎ、人を繋ぎ、そして過去と未来をも一本の道でしっかり繋ぐ。


キングマンの夕暮れと共に。

Meteor City 再開へ向けて

アリゾナ州メテオ・シティ。現地語?で書けば Meteor City、ちょっと風変わりだよね。実は「シティ」とは言ってもそれは都市ではなく、街でも、村ですらないのが現状なのだ。メテオ・シティは州中東部、ココノ郡にありナバホ、ホピの両居住区の南側に位置するエリアで、2012年に閉鎖してしまった(当時は人気の高かった)ドーム型のトレーディングポストが廃墟目前の様態で残っているだけ、というのがここ数年の姿。


でもそんなメテオ・シティがそのトレーディングポストを起点に復活しようとしているのだ~
復活かも?の噂を聞いたのが確か今年の初旬。その後ルート66日本アソシエーションとしてもお世話になっているロンのニュース記事にも載っていたように、いまや一歩一歩確実な情報として私達ルート66ファンのテンションを上げている。

ジョアンとマイケルのブラウン夫妻はルート66からは遠く離れたインディアナ州ジェファーソンヴィル在住。でも元々の生まれはカリフォルニア、ルート66南西部が大好きで特にアリゾナ州の Two Guns を愛して止まない二人だったようだ。現在の仕事に区切りを付けこの南西部に住みたい、そんな強い気持ちからこのメテオ・シティを復活させるべくトレーディングポストを正式に購入、取得したのが今年の3月だった。ジョアンは決心するまで何度も悩んだそうだが、彼らの地元でしばしばアリゾナ州の州ナンバーを付けた車を見かけた時なんかは「自分たちは正しい方向に進んでいる!」と信じたみたい。

そんなジョアンからFBを通じて友人申請があったのが4月の頭。いまやルート66の仲間たちはFBで300名近く繋がっている「一大家族」なので、きっと誰かから私の事を聞いたのだろう。通常会ったことない人とは繋がらない主義だけど、ルート66は別。友人、親友の友人はもちろん大歓迎。丁寧にご挨拶を戴き「近いうちにどこかルート66で会えるといいね」、そんな会話をしてた矢先、その「奇跡」は起こった(笑)

場所はテキサス州エイドリアン、もう皆さんよーくご存じの「ルート66の中間地点」だ。4月23日 親友のデニスを訪ねてその中間地点のミッドポイント・カフェで彼ら自慢のパイを頬張りながら談笑していた時、突然デニスが「ジョアンを知ってるか?」と聞く。全く予期していない質問に「ジョアン?ジョアン?どこのジョアンだ?」と聞き返すのが精一杯。何となく最近聞いた名前だな、とその3秒後あたりに思っただろうか、でも記憶の中で繋がらない。デニスはそのまま接客でレジへ行ってしまったその時、「Are you Toshi?」年配のカップルの女性が驚きの表情のまま近づいてきた。
「Hi Toshi、I’m Joan from Meteor City」
その一言で私は一瞬にして数日前のFBでのやり取りに引き戻された(笑)


ルート66。30年以上も前にその役目を終え、今年設立91周年を迎えるその道からはもう、そうそう新しいものは生まれない。だけどそこへ行く度に、その沿線に立つ旅に新しい出会いと友人は生まれる。人と人が繋がってできる道、それがルート66なんだと心から思う。

トレーディングポスト再開は早ければ、8月1日だそうだ。

California Route 66 & Joshua Tree N.P.:その⑤


ニューベリースプリングスを出て30マイル程度走ると、ルドロウ(Ludlow) という街に着く。この区間はほぼインターステート40号線に沿って走っているので、実際にこのインターステートを走る人も多い。ルドロウにはその名も「Ludlow Cafe 」というベタな?名前の有名なカフェレストランがあるけど、本当の事を言えばここには一度も入ったことがないんだ(笑)
いや、訂正。入ったことはあるけど、「食べたことがない」が正解かな。
確か一度コーヒーは飲んだ。
特に理由探しをしたことはないんだけど、きっとバグダッドカフェのせいだと思う。あそこで何か食べれば30分もたたないうちに腹は減らないしね。
だから今回も申し訳ないけどスルー。

このルドロウから(東に向かう場合)ルート66は大きく南へ迂回する。アンボイ(Amboy) を始めとした魅力的な景色が続く場所だ。日本からの旅行者の皆さんにはこのエリアとアリゾナ州セリグマンあたりが非常に人気が高い。なぜだか聞くと「(ルート66の)イメージに一番近い」からだそうだ。
アンボイには「Roy’s Cafe」というルート66全体でも非常に知名度も人気も高いスポットがある。それがここ。

確かに絵になる看板だよね。Roy’s はその名の通り Roy さんが1938年に始めたビジネスで、最盛期はカフェ、モーテル、修理工場、と幅広く活躍したらしい。1950年代には700人しかいない人口で、その10%にあたる70人が働いていたっていうから凄いものだ。でもいつもの話、1972年のインターステート40号線の開通と共に業績は急降下。その後カフェとガスステーションで細々と営業を続けながら2003年にイーベイにオークションとして出品したそうだ。
現在は日系人のアルバート大倉氏がRoy’s の利権を買い取って元の景観を保つ努力をしながら営業中。
一度偶然 Roy’s で話をする機会があったけど、とても気さくな素敵な人だった。
いつもここを訪れる度に膨大な数の写真を撮りまくるので今回は我慢とばかりにちょっとだけガソリンを入れて先へ進んだ。

カディス・サミット (Cadiz Summit)、アンボイから更に15マイルほど行ったところにあるモハべ砂漠南のゴーストタウン。ここには多くの旅行者が好き勝手に落書きをした廃墟がある。その上、道にははっきりとルート66のペイントがされ、西に向かえば道と山の間に夕陽が映える、という愛好者の中では知らない者はいないスポットだ。


この廃墟跡は、友人の Jim Ross 氏が仲間と共同で出版している「Route 66 Sightings」という写真集のカバーにも使われているんだ。もちろんアマ中のアマの私の写真の腕前は彼には到底かなわないけど、恒例の?自分の愛車を入れて撮ってみた。(かなりイケてる出来なのではないかと内心ほくそ笑んでるんだけどw)


と、いうところで今回のルート66の旅はここまで。次のポストはやっと今旅のメインパート、ジョシュアツリー国立公園での模様をお届けできそうです(笑)
気がつけば今日は12月30日、今年も残すところ後2日となりました。
お付き合い頂いている読者の皆さま、本当にありがとうございます。
また来年も元気でこのブログ上でお会いしましょう。良い年をお迎えくださいね!

California Route 66 & Joshua Tree N.P.:その④

Newberry Springs と言えば、バグダッドカフェ、だろうか。1987年に旧西ドイツで制作された映画でも有名な「あの場所」だ。多分日本のルート66ファンの方々の中でもトップ3を争う人気スポットではなかろうか。


Jevetta Steele さんが唄った「Calling You」のメロディが、ここを訪れると必ず頭の中を勝手に流れる。いやはや音楽とは恐ろしく影響力を持つものだ。
感謝祭の翌日なんぞ営業してるのかな?なんて思いながら行ってみたら、やってるじゃん!さすがだ。とは言えお客はまだゼロ。書かれている営業開始時間から30分ほど経ってから参上したんだけど、何とシェフもさっき着いたばかりで着替えてもいないらしい。「好きにやっていいよ」と、セキュリティのお兄さん。
「あなたに言われなくたってこっちの方が常連だよ」と心の中で悪態をつきながら、誰もいないのをチャンスとばかりに撮影開始。


オーナーのアンドレアさんは娘さんの住むロスアンゼルスに行っているらしく今日は不在。一通り無人のカフェの撮影を愉しみ、お兄さんに御礼を言って退散した。
ここを訪れたことのある人なら分かると思うけど、バグダッドカフェに誰も居ないって早々あることじゃないんだ。勿論皆、それぞれの時間を満喫しているので写真撮りたいからどいてなんて絶対に言えない。建てものの外だって必ず車やバイクの1,2台は最低でも停まってるものだ。

ところが今日はどうだ。いやー来てみて良かった。マジで。
オーナーさんと今回会えなかったのは残念だったし、朝食だってモーテルに付いているものをしっかり食べたから、例えシェフが時間通り来てたって注文なんかしないよ(笑)
誰も居ないってのは逆の意味でテンションが上がった。サンギビ、クリスマスなんかの祭日絡みは狙い目だね、きっと。
じゃあ折角なんで、Calling You の歌で本日はお別れです。

Whitehall Mercantile が閉まっちゃう

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ちょっと待ってくれよ!と、また言いたい残念なことが。。
今日11月7日付の「Ozarks Alive!」のニュースで、ミズーリ州ホワイトホールにある Whitehall Mercantile が30年超の時を経て、閉店を決めたらしい。幸いにも?まだ正式な閉店日は決まっていないみたいだけど。

dsc06928ジェリー・ホワイト氏は今年で83歳。確かに「お疲れ様」というべきかもしれないお歳だ。今はもう亡くなっている奥様、テルマさんと一緒にお店を開けたのが1985年、その年はルート66が正式に「退役」した年だった。もっともその後程なくして始まる「ルート66ルネサンス期」には多くの観光客がジェリーさんのそのお店を目指したものだと聞いている。

kaitlyn                          (Photo by Kaitlyn – Ozarks Alive!)

前回ジェリーさんに会ったのが2015年3月。Mercantile は毎日空いているわけではないので実は毎回毎回彼に会えるわけではない。電話で呼び出せば来てくれると思うんだけど、そうは言っても、だ。当時はそのつもりでは無かったのかもしれないけど、2階を含めお店の中をほぼ全部案内してくれた。

二階は古ぼけた(失礼!)家具が中心で、椅子や机の数が半端ない。もちろん長年に渡って体積された埃と塵が必要以上に年期に磨きをかける。真昼なのに、ちょっと冷たい空気とホラー映画っぽい若干クリーピーな感じが印象的。この写真は2015年のものだけど、このブログの最後に貼った1993年の映像と殆ど変わらないところが興味深い(笑)

一階にはまだこんなものあったの?!って言うような年代ものや、私が幼少期の車についていた大型のカセットテープもある。これは懐かしすぎて泣きそう(笑)

そうこうしながら店内をぶらついている時に目に入ってきたのがルート66の名物キャラクター、Rootie。ルート66 EZ ガイドという旅する誰もが愛読するガイド本を書いているジェリー・マクラナハン氏の生み出したものだ。このTシャツ欲しい!と思って聞いてみたら一点のみでサイズは Small。さすがに着れない。
その場でジェリーにテキストして彼の倉庫に他のサイズの在庫があるかどうか確認したら答えは NO。とうの昔に完売しているらしく、ある意味この Mercantile で販売されているのは「骨董品扱い」なのかな。

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今ルート66上で商売している人達は総じて年配の方が多い。毎年何人かがリタイヤしたり、健康を害したりでお店の存続が難しくなるが、今年2016年は取り分けこの手のニュースが多いと感じる。先人の皆さんがしっかり守ってきた歴史と遺産を、今度は私たちの世代が後世に伝えるべく努力して行く時になったのだろうか。

これは、とあるカリフォルニアの観光客が撮影した1993年、在りし日のテルマさんの様子。この3年後、初めて私はルート66を実際に走った。

 

 

 

NM Rt66 の〆は Longhorn Ranch

さてサンタフェを出てアルバカーキへと行くわけだが、インターステート25号線をただ単に下って行ったのでは面白くない。昔の通勤経路と一緒だからだ。というか、Moriarty 近辺にも寄って帰りたかったということもあり、さっき来たラスベガス方面に少し戻ることになるが、285号線を南下する道を選択してみた。
今日は日曜日、相変わらず車はいない。

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そんな道を40分ほど走るとインターステート40号線と交わる Clines Corners のガスステーション兼休憩所が見えてくる。今日は全く停まる意向はなかったんだけど、”When Nature Calls” ということに加えガスももう少し入れておく方が良いだろうとの判断で結局停車。

2日前に「今回はこの一回きりだろう」とアルバカーキからトゥクムキャリへ飛ばした時に思ったけど、こういう場所って何回か停まらせるように上手く出来てるんだろうか?(笑)
そうは言ってもここはキレイだし、お土産品から食べ物まで充実している。有難い場所ではあるんだけどね。

Clines Corners からの西行きのルート66は存在しない、というかインターステート40号線になっているので所謂「下道」はない。インターステートを我慢して通るしか仕方ないのだが、ちょくちょくと降りられる出口があるので興味に素直に従って降りてみる。普段あまりしないんだけど、インターステートの上を橋になっている車道から撮ってみた。車を橋の脇に停めるんだけど、まあ何せ交通が一切ないから安心。でもこうしてみるとニューメキシコって空と雲が素敵過ぎる。

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東西に走るインターステートの南側に少し車道があったから(繋がっていないと知りつつも)右折して西に向かって走ってみる。「さて、どこまで行けるやら」なんて考えていたら1マイルも走らないうちに。。。
自分の四駆なら行けるだろうに、でも今日はレンタカー。しかも燃費を考慮して小型の「走ればいい」車。残念。舗装が突然終わって砂利道オンリーとなる。

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と、言っているうちにお目当ての ”The Longhorn Ranch” に到着。ロングホーン・ランチは1940年にお土産屋さん、ガスステーション+カフェというコンセプトでルート66に華麗に登場。インターステートのバイパスの影響を受けて1977年に閉鎖されるまで、モーテルやミニ博物館まで拡充されて旅行者に大人気の場所だった。今はもう建物もなく、朽ち果てた看板しか残っていないが、それでも往時の繁栄を想像するのは楽しい。看板ポストの周りは現在鉄柵が張られていて近寄れないように出来ているが、どうしてもポストの真下に行って写真が撮りたかったので、少々乱暴な入り方をしたら膝を5センチほど切り、流血しながらの撮影となってしまった(笑)

たったの三日間だったけど、とても濃い内容だった。とても一昨日来たとは思えないぐらい盛り沢山の内容であっという間に時間が過ぎて行った。
さてアルバカーキまで残り45分ぐらいだろうか。
夕方になって来たからだろうか、アルバカーキが近づいて来たからだろうか、インターステートに車が増えてきた。

 

 

10月1日、トゥクムキャリの朝

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10月1日の朝は肌寒い。日中はまだまだ暑いが、朝夕は結構冷えるのがニューメキシコの10月だ。昨晩のうちに大体の日の出時間を聞いておいたので、時差があるとは言え、朝に強い私には楽勝だ。

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、ということで窓からの日の出も拝み、新月は始まった。

Tee Pee Curious を営む友人に挨拶してからの出発と決めていたので、朝8時の開店前にダウンタウンを散策に行った。

downtown-tucumacri土曜の朝はまず人っこ一人居ない。余裕をかまして車道に堂々と出て写真を撮っていたら「トシ!トシだろ!?」とトラックから呼ばれる。
おいおいちょっと待ってくれ、このエリア一体で人口6000人のこの小街でいきなり名指しかよ?と思って振り向けば、その Tee Pee Curious の友人、Garwin Engman 氏(通称 GAR)何でも早起きして開店前に散髪に行くんだとか。朝から心臓に悪いよ~(笑)

一通り写真を撮り終えて8時15分、お店に行ったら店番は奥様の Heidi さんのみ。FBでは繋がっているものの、奥様との対面が実は初。でもお互いに全くそんな感じはしない。「あれ、GARは?」「今さっき来たけど、お腹すいたらしくキックスに食べ行ったよ」「了解、じゃあ捕獲してくるよ」
お店から1ブロック西へ行ったダイナーのカウンターで朝飯が出てくるのを待つ彼に無事に会えた。ちょっと昨晩から食べ過ぎの私はコーヒーだけ貰って、あーだこーだとGARと近況報告をし合った。

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さあ、この後はサンタローザに停まって、今回の目的地ラスベガスに向けて出発だ。FBを見ると日本からの友人は昨日無事に街に着き、皆で既に楽しんでいるようだ。彼らに会うのが楽しみ。そしてまた今日も延々とルート66を走るのだ。

ミッドポイントカフェ

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デニスとの初対面時

「あ、デニスに会おう。会わなきゃ。」
JRの宣伝ではないが、今回の旅の計画を立ててる時にふと、そう思った。

デニスはテキサス州エイドリアンという街でルート66の「中間点」ミッドポイントカフェを経営する友人だ。つい最近他の友人を通じて、彼が健康上の理由で店を売却する予定であることを知った。そうするかもしれないとは聞いていたものの、やっぱり残念。でも健康が一番だから彼の決断は100%尊重するけど。

Midpoint Cafe

「ミッドポイントカフェ」は、シカゴからもサンタモニカからも1139マイル、まさにルート66の中間地点。その真偽はさておき(笑)ほとんど街らしい建物もない農場の広がる大地に真ん中に建っている。(カフェは映画「CARS」のV-8 Cafe のモデルにもなったんだよ)お店自体は1928年創業。多数のオーナーの変遷を経て、1990年に「Adrian Cafe」という名前で前オーナーの Fran Hauser 女史がオーナーになった。私が初めて訪れたのも彼女がオーナーになってから。今の「ミッドポイントカフェ」という名前になったのは1995年。作家であり、ルート66アソシエーション創設者である Tom Snyder 氏の「折角ルート66の中間地点にあるんだから、もっとアピール度の高い名前に変えよう」という提案でその名前になったと聞いた。

デニスと彼の奥様、ドナがオーナーになったのは2012年。それから今日まで4年、デニス夫妻の功績は決して小さくない。ミッドポイントカフェの看板の位置を下げ、訪れるお客さんたちが記念撮影をしやすいようカメラ台を造った。アメリカ、ルート66、そしてテキサスの旗も建て、より雰囲気を盛り上げることも思いついた。お店の中ではお土産コーナーを拡大、内容を充実させ、大きな売上に繋がっているという。

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元々ここのカフェの名物はパイ。デニス曰く、オーナーになった時はパイなんかそれまで焼いたことも無かったそうだ。それから練習に修行に、今では年間700~800ほど焼くらしい。人はその気になればやれる、ということだ(笑)

そんなデニスが健康上の理由でお店の売却を考えているという。条件はルート66が大好きで、自分と同じ情熱を持ってルート66に貢献してくれる人、らしい。

「会いたいけど今回エイドリアンまで行く時間がとれるかどうか」と相談したら、お店が終わってからニューメキシコまで来てくれるとの事。
かくして州境のグレンリオという街にある Russell’s Track Center というトラックドライバーさんの憩いの場にあるレストランで再開。お互いの近況、彼の健康の話から売却の件まで、沢山ゆっくり話ができた。

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気がついたら外は真っ暗。今晩泊まる ブルースワローモーテルのミュラー夫妻が「あいつはまだか?」と気を揉んでいる姿が想像できる。早く行かなきゃ。

「トシ、お前やるか?」会話の中身を思い出しながら、暗闇の向こうに延びる40号線を飛ばした。冗談にせよ、候補に挙げてくれるだけでも嬉しいものだ。

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