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新装 Joe Becker Stadium 徘徊

諄いようだが、ジョプリンの街へ来たら「あそこ」を訪問しないと気が済まない。このブログを読んでいてくれる方々にはピンと来ると期待したいが(笑)、ご名答!Joe Becker Stadium のことだ。
忘れてしまった方や、最近訪問し始めてくれている方々は、ジョプリンがマイナーリーグチームを誘致する話、昨年4月に書いたこの記事を参照してもらいたい ⇩

http://www.toshi66.com/2018-04-30/

昨年9月、ジョプリンから南下する際にスタジアムに寄ってみた。前回はまだ工事をしていた部分もあったり、2年間プレイしたブラスターズが去ってしまった今となってはどうなっているのか、興味は尽きないわけで。。。

ということでスタジアム正面の駐車スペースに車を止めて正面玄関へ行ってみた。案の定門は閉まっている。平日の早朝だから仕方ないか。

でもどうしても中に入ってみたいので、以前は簡単に「侵入」できた裏へ廻ってみたが、工事が完了したのであろうか。しっかりそのような侵入経路はなくなっていた。気を取り直してもう一度正面玄関に回ってみると、一台の車が駐車場に入ってきて若いお兄さんがこちらへ向かってくる。
「ん?警備の人かな?まずいかな。」と、思っていると、気さくな笑顔で
「やあ、どうだい?早朝から珍しいね。観光?」と聞いてきた。
「まあ、そんなところだよ。新しくなったの知ってるから、一度見たいと思って」と、言うと「じゃあ見ていく?俺はお客さんとの面談があるから相手できないけど」。
人生真面目に生きてれば偶には良いことはあるものだ。
「そりゃ嬉しいけど、本当にいいの?」と聞き返すと「もちろんさ。ベースボール好きに悪い奴はいないよ」と笑いながら鍵を開けてくれた。
と、言うことでちょっとしたスタジアムツアーの開始だ!

スタジアムといったところで、大した大きさではないが、マイナーリーグとしては立派な?施設だ。早速コンコースを通ってメインスタンドへ。

おお、きれいになっているじゃないか。
これなら今年からプレイする Miners は力いっぱい出来るにちがいない。

基本的に事務所以外はどこへ行っても入ってもOKと許可をもらっているので図々しくグラウンドにも降りてみる。
こう書いていると随分と野球好きのように聞こえるが、ちなみに野球を実際にしたのは小学校時代のみと言ってもよい。そう、私の時代は野球をしないと友達が中々できない時代だったということがある。ただ、そういいながらも野球は大好きで、贔屓のオークランド・アスレチックスは10歳のころから応援しているので、現時点で40年を超えるファン歴だ。そんな「観る」が主体の私でも、スタジアム好きが合い重なって、マイナーリーグとは言え、グラウンドに立つと血が騒ぐのは肌で感じるってわけ(笑)

更にいい気になってベンチへ行って座ってみる。「あれ?まだベンチは改装途中なんだね」と思う方もいるかもしれないが、これは立派な完成形。木目ラインが素敵!とでもいうべきか。マイナーリーグではこの程度の、DIYの延長線にあるようなベンチは極めて普通だ。

ああ、ここから名前を呼ばれて出ていく時って感慨もひとしおだろうなぁと、しばし夢想の世界へ。

そして最後は VIP セクションへ。ここは作りは簡素なものの、システム的にはメジャーと一緒。屋根のついた部屋にはソファやモニター、そしてBARまであり、扉を出れば外の座席で観戦できるという代物。でもきっと値段はかなり安いんだろうな。マイナーリーグなら VIP ルーム、貸し切れるかも!スタジアムの外側からは向い建設中の駐車場もみえた。

一連の自主ツアーを終え、兄ちゃんに例を述べて帰る。
あ、チケット売り場も発見。シーズン席から当日席まで、しっかり窓口も違っている。なかなかニクイね。

最後は新しくできた看板をしっかり見学して。
往年の大スター、ミッキー・マントル氏と、このスタジアムの名前がとられているジョー・ベッカー氏のツ―ショットが素敵だ。MINERS の試合、絶対に来るぞ!

Joe Becker Stadium
1301 E. 3rd Street, Joplin MO 64801
http://www.joplinprobaseball.com/

 

Roamin’ Rich 新会長誕生!

Image From Route66News.com

“Roamin ‘Rich” の愛称で知られる Rich Dinkela 氏が、先週末のグループ選挙で、ミズーリ州ルート66アソシエーションの新会長へ就任することが決まった。
彼は YouTube 等のメディアでも露出度が非常に高い、ルート66界屈指の人気ソーシャルメディアプロモーターでもある。

ミズーリ州ルート66アソシエーションは過去約20年に渡って Tommy Pike 氏とその奥様である Tonya さんの二人三脚で大きな発展を遂げてきたが、今年一気に世代交代をし、さらにパワーアップしていく予感に溢れている。

Rich と私が初めて出会ったのが2015年秋にイリノイ州エドワーズビルで開催された「マイルズ・オブ・ポッシビリティー」、ルート66の歴史的意義やアメリカの偉大な財産として今後どのように保存、発展させていくかを教育的、学術的見地から意見交換をするカンファレンスでのことだった。
もちろん「その場所に居る」ことで、多くのルート66を愛する友人知人と楽しい時間を共有できることが何よりうれしいし、そこで彼に会えたことは非常に有意義なことだった。

彼はいつもいろいろなことを精力的にこなし、ルート66に多大なインパクトを与える。翌年2016年春には(実際にそれは第二回目になるのだが)、ミズーリ州のガスコナーデ橋を取り壊しから守るため、州政府を相手に多くの支持者をまとめ上げ、結果的に保存に成功した。この話は当ブログにも詳しく載せたが(2016年4月26日参照)、その時にも前年に日本ルート66アソシエーションを立ち上げた私にも檀上に上がってその紹介をするチャンスをくれた。
いきなりの指名に少し焦ったが、準備なしにしては上手く話せたと自画自賛、記憶している(笑)

Image From Roamin’ Rich’s Facebook Page

その後もドローンを飛ばすことでルート66を見たこともない世界に導いてくれたり、シールドペイントと言って、ルート66のサインが消えかかった、またはないルート上の重要な場所に一つ一つ出向いて、地道にルート66のプロモートに尽力してくれた。私が言うのもおこがましいが、行動で示す彼のリーダーシップがあればミズーリ州は安泰だ。

時を同じくして、オクラホマ州ルート66アソシエーションにも、私の親友 Rhys Martin 氏が新しく会長の座に就いた。ルート66は一気に世代交代をし、心からルート66を愛する素晴らしい友人たちの手によって発展して行く。まだまだ微力ながらお手伝いできる機会が山ほどありそうだ。

最後に Rich の素晴らしいドローンの世界をもう一度!

ミズーリの大空の下で

前回の訪問から約2年。その後どうなっているのか気になる二つの場所がお互いに5マイル(約8キロ)程度の距離に存在する。
2016年11月、Whitehall Mercantile は、在庫を全て売り切って閉店する、とのニュースが流れた。事の詳細は下記 Archiveを参照してもらいたいが、その後本当に閉まってしまったのかは不明のままだった。
「Whitehall Mercantileが閉まっちゃう」http://www.toshi66.com/2016/11/08/

昨年9月に立ち寄った時、お店は閉まっていたが(通常の営業時間内)中には未だ沢山の商品が残っていた。外観からは精気が余り感じられなかったのでここは引き続き調査が必要だなー。

さて、もう一箇所の方は未来ベクトルの「明るい、その後が気になる」場所。
時は同じく2016年、伝説のオーナー夫妻、Lena と Gary の Turner 夫妻が他界した後、娘のBarbara が後を継いだミズーリ州の観光名所 Gary Parita Sinclair Station、の「その後」を今日は紹介したい。

当時の詳細はこちらも下記 Archive を参照して頂きたい。
伝統の継承:バーブの決断   http://www.toshi66.com/2016-04-30/

待望の後継ぎ問題が解決した後も、夫妻の他界後約1年近くにわたって荒廃していた場所の再開には多くの時間の費用がかかるとみられていた。もちろん実際その通りで、Barbara と彼女の愉快な旦那さん George は、文字通り一生懸命来る日も来る日も Gay Parita Sinclair Station の再開に努力したことは想像に難しくない。

殆ど真夏の酷暑に近い快晴の9月下旬、私は彼らを訪問した。
押せ押せのスケジュールのため彼らには行くことを伝えていない。
忘れられてないだろうか?と一瞬心配になったが、SNSのおかげで今は遠くの友人知人の近況が簡単に手に入る。それは同時にいつ「本当に」会ったのかという記憶が曖昧になるという欠陥も含んでいるんだけれど(((´∀`))ケラケラ

通りから見る限りではすっきりと片付いた良い感じに見える。
特に人影は見当たらないが、開いているはずだ。

車を降りた瞬間に滝のような汗が流れる。今日のミズーリは9月とは信じられないほどの湿気と熱気だ。
「おやおや、珍しいのが来たな」、独特のハスキーボイスで George が人懐こい笑顔と共に迎えてくれた。
綺麗にアップグレードされているのは建物の外観だけではない。

(私のステッカーもしっかり貼ってもらっている)☝

2016年には実は2回、彼らを訪問する機会があった。1回目は4月、同州ヘイゼルグリーンでガスコナーデ橋を守るラリー運動に参加した際で、もう1回は同年8月にスプリングフィールドで開催された「第6回 Annual Festival」に参加した時に一瞬立ち寄った。とはいえ、その時は満足に話もできない挨拶程度のものだったが。。。
George はその後どのように修復作業や新しく購入したものの設置作業に奔走したかを相変わらずの早口で言葉も熱く語りまくった(笑)
ガレージはきちんと整理され、何と訪問客が座れるスペースまで出来ている。

ガレージの裏には1932年の International が鎮座。一回売却したものを再び買い戻したそうだ。George の計画では同じものがもう一台、欲しいらしい。

フロントに飾られたトラックも沢山の花が飾られる素敵なオブジェとして堂々と。

裏は団体客もエンターテイン可能な開放的なスペースにたくさんのピクニックテーブルが設置済だ。

そして両親への哀悼を形にしたファウンテンは立派に完成していた。

押せ押せのスケジュールとは言え、ここに来るときは(というか Barbaraと George に会うときは)長時間滞在になることは覚悟している(笑)とにかくふぃたりは話好きなのだ。Barbara のお父上そっくりだ。
滞在中にイタリアからの4人組の訪問もあり、場は大いに盛り上がる。
今回の米国滞在はわずか1週間、この歳になるとそれなりのエネルギーが必要になってくるが、こういう時間は本当に貴重で何にも代えがたい。
マスターカードの宣伝そのもの、まさに Priceless だ。

2016年より始まった「Annual Show Off Your Ride」と呼ばれるクラシックカーやバイクで皆でルート66を走るイベントも、毎年5月開催で定着したようだし、昨年はイリノイ州ルート66を牽引する Roamin’ Rich こと、Rich もこの Gary Parita の前の道に大きなルート66サインシールドをペイントして話題となった。
今後より一層、この二人の努力でGay Parita は発展して行くだろう。

最後に三人で、はいチーズ!

 

Wrinks Market の新女神達

今回のレバノン行きで一番楽しみにしていた訪問がここ、我がルート66の母、ラモナの経営するマンガ―モス・モーテルから目と鼻の先の距離にある、Wrinks Market だ。
2009年に完全に閉店して以来、約8年。遂に再開するというニュースを聞いたときには、かなりテンションが上がったことを憶えている。
下の写真はたぶん2013年頃に撮ったその姿。冬場ということもあり、とても寂しい印象は否めない。もちろん店の中もガランとして何も置いていなかった。

「ここが空いているうちにご主人と交流したかったなぁ」と、通って見る度に想ったことは2回や3回では済まない。

Wrinks Market は1950年、Glenn ”Wrink” Wrinkle 氏によって開業され、マンガ―モス・モーテルと共にルート66繁栄期に一役かった。後程紹介する新オーナーによれば、「彼女の祖父はルート66と、それを旅する人達を心から愛していた」とのことだ。
お店を訪れた旅行者の中には、大陸横断中に「おむつ」を買いに立ち寄った、名優クリント・イーストウッド氏もいたとのこと。

2005年になって82歳になった Glenn はこの世を去り、お店は閉店。その後息子さんが一時的に継いだが、当時の不況の影響で上手く行かず再度閉店となった。ちょうどその頃私も一度訪れているが、営業をしているのかしていないのかスルーした記憶がある。

という前置きの下、2018年9月、やっとこの地をまた訪れる機会があり、お店を訪問してみた。今回はしっかり営業している雰囲気がばっちりだ(笑)

恐る恐る店に入ってみると、明かりは完璧に点き商品もきちんと陳列され、どうやら100%営業中のようだ!

新オーナーは、Glenn のお孫さん、Katie Hapner さんと彼女の義妹 Sarah Carney さんのお二人。さらには Katie の娘さんがこの日はお店をお手伝い、と店内は活気にあふれていた。

小腹を空かしていた私はサンドイッチを注文し、さっそく雑談開始。最初にお相手してくれたのは Sarah さんだが、日本人だと告げると「まあ!Katie は日本の血が少し入っているのよ!オ、キ、ナ、ワ?かしら。そこで育ったって。」
それならと、早速バックヤードを作業をしていた Katie さんを呼んでもらった。
Katie さんもそうだが、彼女の娘さんも大の日本好きで、近いうちに日本へ行くことをとても楽しみにしているそうで、矢継ぎ早の質問を受ける。が、ご存知の通り在米30年の私は今一つ日本文化には疎い。

当初は15~20分程度の滞在予定だったけど、気が付けばゆうに1時間超え。
でも全然へっちゃら。素敵な女神たちとの交流だものね。最後はとびっきりの笑顔の一枚を頂戴した。

地元テレビ局KY3が、お店の再開時にニュースとして取り上げたので最後にご紹介したい。

 

 

 

 

Bob’s Gasoline Alley: 大人の遊園地

そこは視界が開くと突然現れる、ルート66、古き良きアメリカのワンダーランド。ミズーリ州キューバのダウンタウン地区から西へわずか5マイル(約8キロ)へ行ったところに ”Bob’s Gasoline Alley”はある。
インターステート44号線からはアクセス出来ないので嫌でも下道、ルート66を走って行かざるを得ない(とは言っても嫌なわけがないのだが)。
地元では「ZZ」と呼ばれるルート66をひたすら走り、Beamer Lane という余り目立たない小道を入る。こんな感じだ。


ここを抜けると一瞬で視界をカラフルなサイン、サイン、サインで塞がれるのである。

あまり沢山の資料がないので、詳しくは書けないのだが、Bob Mullen 氏が長い月日をかけて収集したガソリンステーションのサインや、ネオン、ガスポンプは勿論、その他関連の小物で埋め尽くされた鑑賞用の大人の遊園地なのだ。

建物の中では食事をとれる施設もあるが、ここは残念ながら春~夏季で予約限定らしい。外にも沢山のピクニックテーブルも置かれているので、大家族や友人らとのパーティには絶好だろうか。

裏庭?はインターステートに向けて気持ち良く広がった草原が素敵な上に、ラバやラマ等が飼育されていた。

横にはひっそりと住宅も建っていたが、今日はお留守のようなので1時間ほど見学して失礼することにした。

ここに来るのも今回で3度目。次はそろそろオーナーさんに会いたいものだ。

ちょうど YouTube で面白い映像が上がっていたので拝借。

 

キューバとコニーとワゴンウィ―ル


ミズーリ州キューバ。ルート66に興味がなければこの街を知る人は少ない証拠だと思うが、街の話をすると「ん?キューバ?」と大体聞き返されることが多い。かく偉そうに言う私ももちろん、うん十年前はその一人である。パリ、マドリッド、ミラノ、そしてローマと、歴史の浅いアメリカには、欧州でも指折りの著名な街名が着いた街がしっかりあるのだ。それを考えるとキューバという街名があっても然程驚かないのが本音か(笑)
そんな話はさておき、キューバに到着したのは夜の9時少し前。ルート66上のモーテルは夜が早い。簡単に言えば全体的にモーテルのオーナーは高齢の方が多いからであり、お客の到着が遅いと鍵だけ置いてさっさと寝てしまうのだ。
さて今夜はどうだろうと考えながら目的地近くに行くとネオンは点いている。良かったと思う反面、悪いなという気持ちで車を停める。

「お前がトシかい?」と見慣れない中年男性が笑顔で迎えてくれる。
「そうだよ、コニーはもう寝ちゃったかい?」
「ああ、とっくに休んでるさ。オレも9時になったら帰ろうと思ってたんだ。はっはっは。まあ間に合って良かったな、ほら鍵だ。コニーは明日朝8時にはいるはずだよ」と言いたいことだけ言って、お休みと言わんばかりに後ろ手を振って彼は去っていった。
明日は7時には起きて朝飯に行く予定だったから8時なら丁度良い。そこそこの距離を運転しているだけに早めに横になろうと部屋に入る。

これだけ見ると豪華には決してみえないが、ここ ”Wagon Wheel Motel”は、ルート66上に建つモーテルとしては中々立派なのである。現在の総数は19部屋。シングルからファミリー用、そしてスイートまであり、WiFi 完備という心意気だ(端に田舎なので電波が悪いという説もあり)。建物の前には中庭があり、仲間内でゆっくりBBQをして過ごせるスペースもある。
部屋の中はベッドはもちろん、一応TVもある。洗面台、シャワー、トイレと不足なものはないのだ。


ルート66を旅する醍醐味の一つが早朝の美しさだ。もちろん晴天でないとそうは行かないのだが、幸運にも私は晴れ男。ルート66を走って雨にやられるケースは結構は少ない方だ。
昇る朝陽もワゴンウィ―ルの看板と重なっていい感じである。

朝7時、さっそく楽しみにしていた「イベント」に心を躍らせる。モーテルあら歩いて5分ほど行ったところに ”Shelly’s Route 66 Cafe” とダイナーがある。結構友人仲間では好評はダイナーだが、まだそこで実際食べた経験がないのだ。ダイナーは朝6時~午後3時まで。そう、朝と昼専門だ。そして月曜日がお休みなわけだが、過去何回かなぜかワゴンウィ―ルに泊まって朝を食べようとすると月曜の朝にあたるわけで、夕方通り過ぎた回数を含めると相当数なチャンスをふいにしてきた。
それだけに今回はとても楽しみにしていたというわけ。

メニューはお決まりのアメリカンな朝食だが、やっぱり美味い、落ち着く。
定番の目玉焼2個とソーセージパテ、ハッシュブラウンにトースト+コーヒー、でわずか約4ドル強。凄まじい。

ゆっくり朝食を撮った後は、Mural City(壁画の街)と呼ばれる所以である街のいたるところに描かれている画をチェックしに散策。毎度見てみるものだけにきちんとあるかの確認作業みたいなものだ(笑)Cuba Mural Project が始まったのが2001年頃。それから7年ほどかけて地元のアーチスト達が先駆となり合計12の壁画を完成させた。その後2つ加えて今は14となっている。地元の人達の街愛はこんなところでも溢れている。

さて8時過ぎ、約3年ぶりのコニーに対面。この早朝時は(きっと昨晩の宿泊客も少なかったのか)ほぼ誰もロビーに現れないので、たっぷり1時間ほどかけてお互いの近況を報告しながら談笑。

コニーももう70歳を過ぎているがお孫さんが後を継いでくれるまでもう数年は一線で頑張るのだそう。最近の商売は良い感じだと言っているのが非常にうれしい。でも満室(19室だが)になると部屋の掃除や洗濯が大変らしく、あまり満室にはなって欲しくないと笑って言う。本音は10室ぐらい毎晩入ってくれるのが最高なんだとのこと。同じホテル業でも事情が変われば話が変わって面白い。
次回また会えることを約束し、愛情溢れるハグを頂戴した。

Wagon Wheel Motel
901 East Washington Blvd.
Cuba, MO 65453
(573)885-3411

Shelly’s Route 66 Diner
402 South Laurence Street
Cuba, MO 65453
(573)885-6000

 

John’s Modern Cabin

またしても廃墟ネタ。
ここまで来るときっと私は廃墟フリークだと思われている気もするが、もう一度はっきり否定したい(笑)
廃墟って絵にはなるけど、何となくやはり怖い。日中に訪れれば大丈夫な場合も多いが、そんな時でも空気感はヒンヤリ気味。ホラー映画の見過ぎが、こんな時にふと何かが起こる感じがして気が気でならないのが本音だ。
元々幽霊は嫌いだし、肝試しなんて超苦手だ。20代後半ハロウィン時に友人らとユニバーサルスタジオの幽霊屋敷に行って酷い目に会ったし。。

と、まあ廃墟が好きなのか嫌いなのかという微妙なスタンスだが、ルート66を旅するようになってずっと気になっていた廃墟、”John’s Modern Cabin” は、ミズーリ州、ニューバーグというエリアにある。
このエリアは過去何回か通ったが、立ち寄る時間がなかったり、立ち寄っても見つけられない旅も何度かあり、つい最近まで個人的には「未開の地」状態であった。

そんな John’s Modern Cabin、2年前にやっと訪れることが出来た。
いや、「導かれた」と私は勝手に思いこんでいる。

まずはその John’s Modern Cabin について3分間でまとまった映像があるので興味のある方は。

2015年秋、その初訪問の前年、イリノイ州で開かれたあるルート66のカンファレンスで、友人 Mike Ward の奥様、Sharonよりあるプレゼントを頂いた。
Sharonはとても聡明で手先の器用な方。中でも刺繍を得意としていて、ルート66にまつわる建物や場所を独自のセンスでアレンジし、小さなハンカチサイズの刺繍を作成しては、ルート66上のモーテルや博物館、レストラン、お店やさんを営んでる人達に順次プレゼントしていた。

With Mrs. Sharon Ward

カンファレンスで会った時「トシ、今日はあなたにプレゼントを持ってきたわ。会えてよかった」と、いつもの優しい笑顔でハグしてくれた。
その時に頂いたものが、これだ。

!!! 何とその題材は “John’s Modern Cabin”!!!
私はこのキャビンがずっと気になっていて行きたくても未だ辿り着けていない、なんて誰にも言ったことは無いし、もちろんこのブログにも、FBにも書いていない。なぜ彼女はこのキャビンを私にくれる題材として選んだのだろう?
(余りの驚きにその際この重要な質問をするのを忘れてしまった)

だから私は思った。そう「呼ばれている」と!(笑)
次にミズーリ州に行く時は何が何でも行かなきゃならない。この時強く誓ったことを憶えている。

それから1年後、ミズーリ州でのイベントに参加した際に友人のRhys と「その場所」へと向かった。

With Rhys Martin

彼は何回かそこを訪れているので場所は知っているとのこと。イベントの始まる前の早朝、わざわざ6時半ごろ起きて一緒に訪問してくれたのだ。車で片道30分、決して近い距離ではない。

John’s Modern Cabin はルート66から少し外れた雑木林の中にひっそりと佇んでいる。当時はこの辺りも開かれていたのだろうが、今ではすっかり忘却の彼方に建っているようだ。

初めてみる荒れ果てたその姿は郷愁と共に感動を憶える。今まで何度か見つけられなかった苦い記憶と、嬉しさが入り混じった不思議な気分で写真を撮りまくった。

キャビンは、1931年ベアトリスとビルのベイレス夫妻によって “Bess’s Place” という名前でオープン。当時はダンスホールと6部屋のログキャビンがあり、旅人にホテル、モーテルとは違う「格安」な宿泊所を提供し人気を博した。夫妻はそれから約10年後にそのキャビンを売却、その後数人の所有者を経て、1951年、ジョンとリリアンのダーシュ夫妻が$5000ドルで買収。ジョンは当時の地元の法律(禁酒法)に反旗を翻し、周7日ビールを販売して地元民の人気者でもあった。
が、1957年の区画整理によってキャビンは大通りから奥に場所を移さざるを得なくなり(だから見えなかった!)、ダンスホールは破棄されることになり、近隣の Vernelle’s モーテルもレストランをたたむ羽目になったと言う。
結局このキャビンは Lilianの死後、Johnは閉鎖を決意。1971年以来破棄された建物は腐食と崩壊を免れず今日に至っている。

JMC, in August 1966, courtesy of Renee McHenry at MoDOT

最近はこのような場所からネオンサインや、お金になりそうな残された物品が盗まれるという残念なニュースが頻発しているが、同ミズーリ州に住むルート66に多大な貢献をしている、Rich Dinkela 氏(通称 Roamin’ Rich)が先日このキャビンを荒廃や盗難から救うため立ちあがってくれた。
これは Rich と彼の有志によって素晴らしいプロジェクトが行われた記録の一つ。
次回訪れる時は何等かの形で貢献したいと思っている。
そして Sharon にも大切なこと聞かないと!

 

ルート66生誕地、スプリングフィールド


シカゴ~サンタモニカまで続く2,448マイル(約 3,940キロ)のルート66。
“Mother Road” とも呼ばれる、このアメリカのメインストリートの話をする度に一番よく聞かれる質問が「いつ、どこで始まったの?」である。

先に正解を言えば、今から92年前、1926年4月30日が66号線としての称号、そして”66″の数字を正式に国から頂戴した日だ。更に言えば、どこ?つまり場所はルート66のスタート地点であるシカゴでもなく、終着点サンタモニカでもない、ミズーリ州スプリングフィールドという街なのだ。当時の大統領カルビン・クーリッジが国土交通省の責任者と、この地で面談し正式承認のテレグラムを州議会に向けて打ったことから始まる。余談だけどルート66には、国として「最初の大陸横断ハイウェイ」という意味合いだけでなく、世界各地からの旅行者が継続的に訪れ、アメリカの発展が永続的なものになるようにという想いも込められていたんだ。

その後、ルート66が文字通り「66周年」を迎えた1992年、ミズーリ州ルート66協会はスプリングフィールドをルート66の正式な生誕地として指定、記念プレートを街の中心であるPark Central Squareの東側に設置した。
そのプレートがこちら ⇩


尚、このスプリングフィールドでは毎年 “Birthplace of Route 66 Festival” 「ルート66誕生地最」と銘打って8月の第二週週末に盛大なお祭りが開かれる。

昨年2017年は仕事の都合で参加できなかったのだが、その前年2016年はしっかり訪れ、多くの友人らとキャッチアップをして楽しんだ。(詳細は2016年8月のブログを参照)

スプリングフィールドの街の中心である Park Central Square に建つ、歴史博物館では現在特別展示で「母なるルート66の記憶」を開催している。これは聞くところによると、スプリングフィールドの街と街の所属するグリーン郡に焦点をあて、ルート66沿いにある多くの観光ポイントや企業らも紹介されているようで、今年いっぱいは展示が続くとのこと。
https://historymuseumonthesquare.org/

今年2018年のお祭りは8月10日、11日。
何とか仕事の都合をつけて足を運びたいと思っている。


そうそう、スプリングフィールドで思い出しだしたが、昨年8月、ドナルド・トランプ大統領は、税制改革に関する講演会を子の街で開催している。大統領がここを選択した理由は、ルート66との歴史的リンクを象徴的と魅せるためである。
この街を選ぶにあたってホワイトハウス高官は、「ルート66はアメリカのメインストリートであり、大統領の計画は国をメインストリートに戻すことだ」と再三記者団に語ったらしい。アメリカのメインストリートを、米国製の製品を米国国産のトラックが運搬し、アメリカの消費者に届ける - こんな筋書きはトランプ大統領の目指す “America First” (アメリカ第一主義)にピタリと合致する。
過去の政治家たちも、例えばジョン・マケイン前上院議員はセントルイスにある有名な Ted Drew’s Frozen Custard で一般市民とアイスを食べ、オバマ前大統領は同州レバノンにある Bell’s Restaurant へサプライズで現れてお客達を喜ばせた。
そう、アメリカとルート66は切っても切れない。

実際ミズーリ州、カンザス州、オクラホマ州などの地域ではトランプ大統領は抜群の人気を誇る。日本の皆さんには信じられないこのような看板をみかけることも少なくはないのだ。

 

ジョプリンにベースボールが帰ってくる!


何と嬉しいニュースだろうか。ジョプリンの街にベースボールが帰ってくる!
やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。Yes! Yes! Yes!

赤字経営に加え将来のプランに関して中々合意できないジョプリン市と球団オーナーのガブリエル・スアレス氏の不和によって球団移転の噂話が起こったのが2016年9月。結果的にその溝は埋まらず、ブラスターズ側からの支払も滞ったことで、球団は消滅し、ジョプリン市はチームを失うだけでなく、改装中の本拠地であったジョー・ベッカー・スタジアムの負債をも背負うことになった。
*ブラスターズにまつわるお話は、3月31日付けのブログを参照:http://www.toshi66.com/2017-03-31/

その後話は法廷へと持ち込まれることになったが、そんな暗い話が続く中、サウスウェスト独立リーグの一員としてジョプリンの街は球団を誘致。ホーム、アウェイをそれぞれ56試合づつ合計112試合を戦うリーグ戦が2019年春より始まるそうだ。
現在予定されている参加チームは、テキサス州ウェイコが本拠地のブルーキャッツ、そして同州ロイスシティのグリフィンズだが、更に3球団追加されて合計6球団になる予定だ(7月1日までに決まるとのこと)
http://www.swlbaseball.com/teams/

Ballpark Digest社の発表によれば、ジョプリンの新球団名は700件以上の応募から選ばれたマイナーズとなったが、実はルート66に因み、66ERSも検討されていたらしい。結果その名前は選ばれなかったが、ルート66は確実にチームのロゴに繁栄されている。


そんなこと知らないよ!と一笑されるかもしれないが、米国野球マイナーリーグの歴史を紐解けばジョプリン・マイナーズというチームは1902年~1954年の49年間存在した。しかも!驚くべきことにその後NYヤンキースでスーパースターとなり殿堂入りも果たした、ミッキー・マントル氏がプレイしたことでも知られているのだ。1950年のシーズンにミッキーは特大のホームランを量産し、チームの上部組織であるヤンキースに引っ張り上げられた。こう書くと少しは興味を持ってくれる方もいるのでは?(笑)


今回球団名に決まったマイナーズ(地域が長らく鉛、亜鉛鉱業として発展した街の歴史を反映)を提案したリー・アン・ケラーさんはチームから生涯有効のシーズン・チケットを獲得し、テキサス州デントンのアラン・ビームス氏はジョプリンの街とルート66との長い歴史関係を考慮したルート66のシールドをロゴの一部にする素晴らしいデザインを完成させた。

来年のシーズン開幕が待ちきれないのと同時に、こんどこそジョー・ベッカー・スタジアムで思う存分ジョプリンの応援をしたい。

夏だ!祭りだ!ルート66

例年のように4月の声を聴くと人々はルート66へ旅に繰り出す。そして6月になると各地で催し物が開かれ始め、7月にそれらは一気に加速し、8月には大きなお祭りが目白押しとなる。
Birthplace of Route 66 Festival、今回で7回目を迎えるこの祭典は今週11日~12日、今年もミズーリ州スプリングフィールドで開催される。

街の様子

今年の夏はとにかく、我慢だ。毎日のようにSNSにポストされる仲間や友人らの旅の記録が羨ましくて仕方ない。彼らの楽しんでいる様子をとても嬉しく思う反面、同時にとても気分がダウンする時も正直ある。ルート66が、アメリカが最も恋しくなる瞬間だ。
SNSに上がる写真の景色をみればそこがどこか一瞬で分かるし、そこに写っていないその周りの空間も容易に想像できる。あたかも自分がそこに居るかのような景色が眼の前に広がり、たった数秒間のタイムスリップが心地よい満足間を与えてくれる。
今これを書いている時、スプリングフィールドは土曜日の午前10時30分。今日も楽しい一日が始まる。友人からのポストが楽しみだ !

(Route 66 Association of Missouri の投稿写真より)

 

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