Category: Motel & Hotel

待ちに待った Fabulous 40’s Motel の再開

「Fabulous 40 Motel、そうか40年代にあったものなんだろうな。結構荒れてんなぁ。どうするんだろう、これ。」
私が1996年に初めてルート66、エイドリアンの街を通ってこのモーテルの「廃墟」を見た時の感想だ。

@1996撮影

エイドリアンはテキサス州オールドハム郡の、人口200人に満たない街だ。昨年10月のブログでも紹介した Midpoint Cafe そして、Fran Hauser さんの経営するお土産屋さん Sunflower Station が連なるルート66のメイン通り上にその Fabulous 40 Motel は存在する。
2016年5月に Ramona と Roy 夫妻がその権利を買い取り、10月初旬からモーテルを再開させた、という話は友人伝手に聞いていたが、実際にその雄姿を見るまでにそこから半年かかってしまった。
今年4月にオクラホマ・ルート66を旅した時にテキサス州アマリロから帰路に経つ予定だったから、この機会を逃してはなるまいとばかりにエイドリアンまで最終日の早朝から車を飛ばした。
残念なことに Fran のお店はまだ空いていなかったが、Midpoint Cafe で朝飯にパイとコーヒーをもらい Dennis と談笑。
その後満を持してモーテルへ向かった。ご存知の方もいると思うが、私はルート66 の歴史を文化を次世代へ継承する目的で多くのルート66の活動に参加させて貰っている。日本からの旅行者がルート66を走った時に少しでも暖かい歓迎をしてもらえるように、と行く先々のモーテルやお土産屋さん等でご協力も仰いでいる。
エイドリアンから一番近い宿泊施設の多い街は同州アマリロだ。ここは人口20万人を超えるルート66では大都市なのでデラックスなホテルからモーテルまで幅広く供給はある。が、なぜかルート66っぽいモーテルが無いのも事実だ。
私自身はアマリロに滞在する際、ルート66を思いっきり前面に出しているビジネスホテルっぽいところがあるのでそこに概ね滞在するのだが(このホテルはまた近いうちに紹介したい)、やっぱり「モーテル」がルート66には相応しい。
ってことで、この Fabulous 40 が再開したと聞いた時は是非オーナーさんと親交を深め今後の協力をお願いするため、モーテルを訪れた。

こんな素敵な姿に

時間は午前10時過ぎ、早朝チェックアウトが終わりちょうど良い時間だ。
ドア前に行きベルを押してみる。無反応。
ドアは鍵がかかっていて開かない。
仕方ないので周辺をうろついてみたら、「外出中なので用事のある人は携帯に電話せよ」との張り紙。早速電話する。

「ああ、こんにちは。私はトシってものだけど、XXX という活動をしていることもあって、是非一度会って話がしたいんです。何時ごろ戻られますか?」
「トシって?カリフォルニアの?そう、名前は聞いてるわ。訪ねてきてくれて嬉しいわ。今馬に乗ってバックヤードで仕事してるの。5分ぐらい待てる?すぐ行くわ」と、快諾してくれたのが Ramona さんだった。
ミズーリ州のMunger Moss Motel の「お母さん」も Ramona。どうやら Ramona という女性に悪い人はいないようだ(笑)


ちょっとして現れた Ramona さんは再開したばかりの、まだ改装中の部分も含めて部屋やモーテル周り、そして宿泊者の集うレクリエーション・ルームなんかも説明しながら魅せてくれた。

小さな街の小さなモーテルだけど、Ramona さんのお客さんに対する愛情や気遣いはとても大きい。Midpoint Cafe や Sunflower Station も含めて一泊するのにとても素敵な場所だ。レクリエーション・ルームでは夜まで様々な街、州、そして国からの旅行者が集まり情報交換したり親交したり、まさにルート66のファミリー感覚を経験するのは最高の場所と感じた。

エイドリアンまで足を伸ばす際は是非予約を入れ、泊まってみて頂きたい。
モーテルは現在 10部屋が使用可能(将来的には20部屋に拡張)で、宿泊客はレクリエーションルームでコンチネンタル朝食を無料で食べられるとのこと。
特に公式ウェブサイトはないので、Facebook アカウント “Fabulous 40’s Motel” で検索。


⇧ 夫妻は更に、1920年代のPhillips 66コテージスタイルのガソリンスタンドも併せて購入。ここはお土産店として活用する計画もあるんだとか。

次に訪れるときはどんな様相になっているのか今から楽しみで堪らない。そんな事を考えながらテキサス・ルート66をアマリロへ。

 

週刊NY生活⑲:ニューメキシコ州

恒例の月一寄稿。今月は遂にニューメキシコ州に入りました!が、ニューメキシコ州について四の五の語っていたら結局トゥクムキャリの街までしか紹介できませんでした(汗)さあ、先は長いぞ~!お時間のある方は下記のURLで、13ページをご覧ください!

https://www.nyseikatsu.com/editions/639/html5/index.html

Art’s Motel の復活


イリノイ州ファーマーズヴィルにある ART’S MOTEL。そう聞いてあの独特な目を引く赤い看板を想像出来る人はかなりのルート66ファンだ。モーテル自体はかならい長い間休業中だったけど、この看板は2006年にイリノイ州史跡保存会の有志が中心になって修復されたもので、モーテル自体も1995年にイリノイ・ルート66の殿堂に選ばれている。
そんな Art’s Motel が去る2月、何と再オープンしたと聞いたからこれは超興奮ものだ!

このモーテルの元を辿れば1920年、当時は Hendrick’s Brothers Cafe という名前のガソリンスタンド。1937年に Art McAnarney 氏が購入し僅か6部屋でスタートしたと記録には残っている。1952年の大火災の後、Art 氏が亡くなり、二人の息子さんが後を継いだがその後経営は尻すぼみで気が付いたら閉まっていたそうだ。

Art Motel の部屋は基本二つのダブルベッドに、ケーブルTV、冷蔵庫、それに電子レンジ完備としっかりと最低限のニーズは満たしてる。値段は聞くところによれば何と一泊$50。昨今のホテル、モーテルの値段高騰から考えると非常にリーズナブルだね。(全11室とのこと)

となると、当然?気になるのはレストラン。そう、実は元々この敷地内には Art’s BBQ というレストランもあったようで、その建物、内装はしっかり残っていたんだ。訪れるたびにここはまだまだ使えるのに、と思っていたものだけど、やはり建物リーズでカフェ経営をする人を募集中らしい(笑)
新しくアメリカでカフェやレストランを開きたい方、是非いかがだろうか?

Reichardt 氏のお宝映像①


さて皆さんは Anthony Reichardt という人を知ってますか?
な~んて偉そうに聞いてるけど、実は私も彼の存在を知ったのはここ僅か2年弱。ルート66の大ファンでない限り余り耳にしない名前だから仕方ない(笑)
と言うわけで、今日はその Reichardt さんの映像作品群をご紹介したい。

Reichardt さんはカリフォルニア州サンタアナ在住で、US Postal Service、郵便局のトラック運転手さんだ。自慢の1959年製キャデラックに乗って1992年~1998年にかけてルート66を数回旅したそうで、その時の映像や写真を多数 YouTube に載せて私たちを楽しませてくれている。
公式サイト:
https://www.youtube.com/channel/UCkH__8wqUEOm4FAp_DjAowQ

その Reichardt さん、何がそんなに凄いのか?その答えは彼が旅した時期にあるんだ。今となっては当たり前のスマホや SNS。だけど、90年代にそんなものは存在しなかった。たった20年前だけど、そうだった。つまりインターネットが普及する前の映像(記録)を見せてくれるのだ!
ルート66の世界にとってそれはもはや宝以外何ものでもない。
もう既に他界してしまった人々や、朽ちて無くなってしまったランドマーク等、いろいろ貴重な「お宝映像」が見れるってこと!

今日はその中でも一際お宝度の高い、ニューメキシコ州トゥクムキャリにある Blue Swallow Motel の伝説、Lillian Redman さんをフォーカスしたこの映像をご覧あれ。Lillian さんの姿をこれだけ捕らえた映像は他に中々類を見ない。
Lillian さんは1958年、旦那さんと一緒にモーテルを購入。それから引退するまでの40年、ホスピタリティ精神に溢れたそのキャラクターは、ルート66を走る沢山の旅人に愛された。
私が最初に走ったのは1996年。Lillianさんの引退の2年前だけど、とうとう彼女に直接会うことは出来なかった。私もホテルマンの端くれとして、色々聞きたい話はあったんだけどね。


最後にLillian さんの有名な一言で。
“When Route 66 was closed to the majority of traffic and the other highway came in, I felt just like I had lost an old friend. But some of us stuck it out and are still here on Route 66.”
— Lillian Redman

 

 

 

遂に La Castaneda Hotel の中へ!

lacastanedam
ラスベガスまで来るとどうしても気になることが一つある。今回特にプラザホテルに泊まってるわけだし。
ここ3年あたり、ずっと確認を続けてきた。一回入ってみたい、散策してみたいと思って行ってみるけど、いつも鉄柵で囲まれてどうにもならない。
そう、La Castaneda Hotel 。ラスベガスの街のアムトラック駅の横にある、ニューメキシコ州の誇るべくハーヴィーハウスの生きる伝説である。

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ハーヴィーハウスとは、話が長くなるから簡単に言えば(笑)レストラン事業で成功した Fred Harvey 氏が、Atchison, Topeka & Santa Fe Railroad という鉄道会社と共にビジネスを拡大した駅に付随するレストランや宿泊施設を提供した時に建てた建物。カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコの各州には今でも幾つかの建物が残っていて、多くのトラベラーがその恩恵に授かってきたわけ。
で、La Castaneda Hotel は、ニューメキシコ州では Mission Revival Style と呼ばれそのカテゴリーでは最も古い。ホテルは1899年1月1日に開業され、閉鎖される 1948年まで、約50年間続きました。現在は、アリゾナ州ウィンスローにある、La Posada Hotel を見事に復活させた、Allan Affeldt 氏によって2014年に買い取られ、再開の日を待っている状態。(Allan 氏は 同街のプラザホテルのオーナーでもある)
余り期待をせず、朝早くホテルを立った私は街を出る前に「一応確認」と思って寄ってみた。ら、何と言うことか!鉄柵が開いているではないか!
中には人が何人か居て何やら準備中。「こんにちは!今日は何かあるの?」聞いてみると、「地元アーチストの展示会だよ。11時からだけど、兄ちゃん早いね。まだ待って貰わないと品物も揃ってないよ」と普通に言われる。ホテルとして復活させる話の他に、時折小規模な音楽会やら催し物をやっていることは聞いているが、何せここに住んでるわけじゃないので、そうそう滅多に来ることはできない。「ねえ、申し訳ないんだけど出来たら中を散策していいかな、邪魔しないようにするから」とダメ元で聞いてみたら「Be my guest」って。え?マジ?いいの?
ほーらやっぱりラスベガスくんだりまで来て本当に良かった!ということで、この後いろいろ予定はあったものの、一瞬で全て吹っ飛び、1時間近く我を忘れて散策し回った。

Allan 氏が購入した後、2015年にはオープンするのではないか?との憶測と期待が多くの人々の間に流れたけど、2016年10月、まだその兆しは残念ながらない。
元々は40部屋ほどあったらしいが、バス・トイレが各部屋に付いていなかったため、改装後の部屋数は多く見積もっても25部屋だそうだ。25部屋で採算を取ろうとすると、結構高級志向にしないと難しいのでは?とも思うが、どのような仕上がりになるのか、楽しみで仕方がない。

かく言う私は、まだ Allan 氏に直接会ったことはない。様々な友人から彼のことは聞いていて、もし彼に会う時が来たら決して初めてとは思えないぐらい色々な話が出来ると思う(笑)そんな日を夢見ながらサンタフェへ向かって出発した。

 

ラスベガスでのリユニオン

サンタローザの街を出て、朝の州道84号線を北に走る。土曜の朝だからか、他の車は少ないが、前を走っているバイクにちょっとルート66っぽさを感じる。

State Road 84 North
ラスベガスっていうと、殆どの人はネバダ州のラスベガス、すなわちカジノとエンターテイメントの街を思い浮かべるだろう。が、今日は違うラスベガス。人口は約15000人程度。街の中心には「プラザ」と呼ばれる公園があり、昔のコロニアル風な趣のある静かな街だ。とは言え、サンタフェトレイルが開通した時はそれはそれは栄えた街で、南西部では結構大きい街だったとか。バイカ―の愛する映画「イージー・ライダー」のロケ地でも有名らしく、私の友人も何かとうるさい(笑)

Into LV
インタステート25号線を降りて、ユニバーシティ通りをまっすぐ走って行くと、河を越えたあたりからこのような目抜き通りが現れる。とは言っても今は閉じている店も多い。
そこを更に行くとプラザに出るのだ。

着いたときは午後2時ちょっと前。茂さんの出番は3時ぐらいと聞いてたから、ピッタリ。今晩はプラザの真横に建っている由緒あるホテル、Plaza Hotel に泊まるので先にチェックインを済ませようとしたら、何とまだ準備が出きていないらしい。(このあたりは由緒ないなw)一応ホテルの名誉を守るために言っておけば、1882年創業の歴史があり、アメリカ国家歴史登録財にも指定されている素敵なホテルですよ。

さて、そんなことはさておき。車を停めてプラザへ皆さんを探しに。
あ、居た居た!ということで、パチリ。

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今日パフォーマンスする茂さんと奥様の美子さん、そしてゲンタさんに黒さん。皆さん私が日本でちょっと暮らした時にルート66がきっかけで知り合いになった素敵な方々。ルート66ってのは本当に色んな人を惹きつけるんだ。そうやって知り合えて、そしてルート66上の街で実際に会える。感動だよね。
茂さんを始め、このご三方には運営しているアソシエーションの一周年記念会でも演奏頂いた。その時の様子はアソシエーションのホームページ、6月20日付けで紹介しているので是非!

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あ、そんな事を言ってるうちに茂さんのステージが始まった。茂さん夫妻はこの日より一週間ぐらい早めに米国入り。現地の他のミュージシャンの皆さんと何度もリハをしたそうだ。
折角なので、ご本人様にも許可を頂いたのでその時の様子を30秒だけ。

全部で3、4ほどバンドが出てたけど贔屓目無しで茂さんのバンドが一番の喝采を浴びてし、本当に楽しい土曜日になった。茂さん夫妻は地元NMのサントドミンゴ・プエブロの方々達ともずっと親交があって、彼らもラスベガスまで駆けつけてくれた。皆で一緒にハイ、チリ・ヴェルデ!

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最後は近くのウォルマートや酒屋で仕入れ業務をしてお疲れ様会@茂さん夫妻の広い素敵なアップグレード部屋。あ、このホテルオバマ大統領夫人、ミシェルさんや、俳優のジェームズ・ウッズ、それに州知事のスサナ・マルティネスさんも泊まったことがあるらしいよ。
以前住んでたにも拘わらず、ちょっと空気の薄さにやれたのか最後は気分が悪くなって死んでしまいましたが。。。楽しい一日でした。おやすみなさい。。。。

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10月1日、トゥクムキャリの朝

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10月1日の朝は肌寒い。日中はまだまだ暑いが、朝夕は結構冷えるのがニューメキシコの10月だ。昨晩のうちに大体の日の出時間を聞いておいたので、時差があるとは言え、朝に強い私には楽勝だ。

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、ということで窓からの日の出も拝み、新月は始まった。

Tee Pee Curious を営む友人に挨拶してからの出発と決めていたので、朝8時の開店前にダウンタウンを散策に行った。

downtown-tucumacri土曜の朝はまず人っこ一人居ない。余裕をかまして車道に堂々と出て写真を撮っていたら「トシ!トシだろ!?」とトラックから呼ばれる。
おいおいちょっと待ってくれ、このエリア一体で人口6000人のこの小街でいきなり名指しかよ?と思って振り向けば、その Tee Pee Curious の友人、Garwin Engman 氏(通称 GAR)何でも早起きして開店前に散髪に行くんだとか。朝から心臓に悪いよ~(笑)

一通り写真を撮り終えて8時15分、お店に行ったら店番は奥様の Heidi さんのみ。FBでは繋がっているものの、奥様との対面が実は初。でもお互いに全くそんな感じはしない。「あれ、GARは?」「今さっき来たけど、お腹すいたらしくキックスに食べ行ったよ」「了解、じゃあ捕獲してくるよ」
お店から1ブロック西へ行ったダイナーのカウンターで朝飯が出てくるのを待つ彼に無事に会えた。ちょっと昨晩から食べ過ぎの私はコーヒーだけ貰って、あーだこーだとGARと近況報告をし合った。

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さあ、この後はサンタローザに停まって、今回の目的地ラスベガスに向けて出発だ。FBを見ると日本からの友人は昨日無事に街に着き、皆で既に楽しんでいるようだ。彼らに会うのが楽しみ。そしてまた今日も延々とルート66を走るのだ。

Tucumcari Tonite 🎶

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30日の夜はトゥクムキャリ泊。この街には宿泊する Blue Swallow Motel の他にも、Historic Route 66 Motel、Motel Safari、Roadrunner Lodge、Pow Wow、Palomino Motel、Americana というルート66の名物モーテルを始め、Days Inn、Travelodge 等のお馴染のチェーン系もありチョイスには事欠かない。が、やっぱりいつもここに泊まる時は Blue Swallow を選んでしまう。
現在のオーナー夫妻は、ミシガン州からやって来たケヴィンとナンシーのミュラー夫妻。とても気さくでラブリーなカップルだ。
デニスとの夕飯が長引いたから到着は夜9時近く。それはここトゥクムキャリでは「ほぼ真夜中」だ(笑)
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「トシが最後の客だよ~、寝ちゃうよ~」と、いきなりジョークをかまされ和む。
今回のお部屋は部屋番号1番。天気が良ければ部屋の窓から朝日が見える、なんて聞いたのでそこを予約してみた。

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トゥクムキャリに泊まるとこんなネオンが見れる。携帯でだってこんなにきれいに撮れるんだから堪らない。(モーテルと、近くのお土産屋さん Tee Pee Curious )


おやすみなさい~

Boots Court のネオン

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ちょっと前の話になるけど、この行事本当に行きたかったんだよね。多くの友人が結構参加してて、FBで上がる写真を見てはため息をついてました(涙)
上の写真、きれいでしょ?友人KC Keefer の撮ったもの。

これはミズーリ州カ―セイジにある、ブーツコート・モーテル(Boots Court Motel)。暫く壊れていたネオンがやっと灯ったんだ。点灯式当日は、カ―セイジ市長の Mike Harris 氏、Powers Museumのキュレーター Michelle Hansford さん、ミズーリ州ルート66アソシエーション代表の Tommy Pike 氏、そして同モーテルのオーナーである Debye Harvey さん、Priscilla Bledsaw さんらを始め、200人以上が参列したらしく、同市ミドルスクールの子供たちの「America the Beautiful」とアメリカ国家でセレモニーは大変盛り上がったと聞いた。

ブーツ・コート・モーテルは1939年、Arthur Boots 氏によって当時、国道66号と71号が交わる「アメリカの交差点」と呼ばれた場所近くに建てられた。ルート66が東西を結ぶ主要道であったように、ルート71は南北に伸びた道で北はカナダとの国境であるミネソタ州インターナショナルフォールズから南端はルイジアナ州ポートバレとクロッツスプリングスの間を通る国道190号線までを結んでいたから、そのように呼ばれたんだって。

With Debbie Dee

   モーテルマネージャーのデビー・ディーと

ブーツのオーナーさんは内装を1940年代形式にすることに拘ったそうで、つまり部屋にテレビは無くて(泣)、当時のスタイルのラジオで当時の音楽をかけてお客様の到着を待つというクラシックな感じ。私も初めて泊まった時 ESPN が見られないことに少し焦ったけど、敢えてWi-Fiにも繋げないことでちょっとだけ文明から自分自身を遮断してみたらとても落ち着いたリフレッシュした時間を過ごせたことを憶えてる。たまにはいいかも!
俳優 クラーク・ゲーブルさんも生前何度か大陸横断旅行をしたけど、このモーテルの部屋6号室は彼が宿泊したことでも有名なんだよ~。

 

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