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パワーハウスビジターセンターとのお仕事


今年の春ごろの話になるが、アリゾナ州キングマンにあるアリゾナ・ルート66博物館、通称「パワーハウスビジターセンター」は、1997年に開館して以来、200万人の来訪者を超えたと発表した。
この博物館の目玉展示物の一つに、かの著名米国人作家ジョン・スタインベックの書いた「Grape Of Wrath(怒りの葡萄)」にも登場する幌馬車がある。当時の様子そのままに再現された原寸の模型は臨場感満載だ。
その展示物が見たくてミシガン州からやってきたリサとトムのマレティック夫妻が見事当選、400ドル相当のギフトバスケットが贈呈された。

とは言いながらも実は、2009年(正確な月日も不明)まで、開館して12年ほど経つわけだけど、最初の来館者から100万人目まではきちんと数えていないらしい。このあたり如何にもアメリカっぽくて良いのだが(笑)
当然その時は「あなたが100万人目です!」などと言うセレブレーションは行われていないわけだが、重要なことは100万人~200万人目までは10年かからず、年々来訪者の数は増加している、ということらしい。


私の友人でもある博物館の観光責任者であるジョシュア・ノーブル氏は、2017年までで、米国50州と世界71か国より約12万3000人もの来館者数があったと報告している。が、これは来館時に旅行者が記帳するサインブックからのデータ収集で、「訪れる人の20%が記帳する」という仮説に立ってのものだ。
実にアバウトである。

そんなパワーハウスビジターセンターのジョシュアから「博物館のガイド・パンフレットを外国人客のことを考えて何か国語かでも作ろうと思うから、よかったら協力してくれないか」と打診をもらったのが2016年。
私とジョシュアの共通の友人、ジム・ヒンクリー氏を経ての依頼だった。

ジュリー&ジム・ヒンクリー夫妻と

ルート66に役に立つことが出来る話を断る理由はどこにもない。快諾して日本語版を請け負って完成したのがこれ。


全21点の飾られている作品の解説が書かれた簡単なものだが、博物館を訪れた日本の方々のお役に少し立てれば嬉しいってものだ。

パワーハウスビジターセンターは、2017年にギフトショップの拡大を含む 25万ドルの改装工事を完了した。仲間と一緒に活動しているルート66日本アソシエーションの事柄も一時期、ショップのドアに貼られていた。


これからアリゾナ州ルート66を走る計画を立てている皆さん。是非パワーハウスビジターセンターへも足を運んでみて!

Powerhouse Route 66 Museum
120 W. Andy Devine Avenue
Kingman, AZ 86401
958.753.9889
Open 9:00-17:00
http://www.gokingman.com/attraction-Powerhouse-Route-66-Museum

 

ルート66生誕地、スプリングフィールド


シカゴ~サンタモニカまで続く2,448マイル(約 3,940キロ)のルート66。
“Mother Road” とも呼ばれる、このアメリカのメインストリートの話をする度に一番よく聞かれる質問が「いつ、どこで始まったの?」である。

先に正解を言えば、今から92年前、1926年4月30日が66号線としての称号、そして”66″の数字を正式に国から頂戴した日だ。更に言えば、どこ?つまり場所はルート66のスタート地点であるシカゴでもなく、終着点サンタモニカでもない、ミズーリ州スプリングフィールドという街なのだ。当時の大統領カルビン・クーリッジが国土交通省の責任者と、この地で面談し正式承認のテレグラムを州議会に向けて打ったことから始まる。余談だけどルート66には、国として「最初の大陸横断ハイウェイ」という意味合いだけでなく、世界各地からの旅行者が継続的に訪れ、アメリカの発展が永続的なものになるようにという想いも込められていたんだ。

その後、ルート66が文字通り「66周年」を迎えた1992年、ミズーリ州ルート66協会はスプリングフィールドをルート66の正式な生誕地として指定、記念プレートを街の中心であるPark Central Squareの東側に設置した。
そのプレートがこちら ⇩


尚、このスプリングフィールドでは毎年 “Birthplace of Route 66 Festival” 「ルート66誕生地最」と銘打って8月の第二週週末に盛大なお祭りが開かれる。

昨年2017年は仕事の都合で参加できなかったのだが、その前年2016年はしっかり訪れ、多くの友人らとキャッチアップをして楽しんだ。(詳細は2016年8月のブログを参照)

スプリングフィールドの街の中心である Park Central Square に建つ、歴史博物館では現在特別展示で「母なるルート66の記憶」を開催している。これは聞くところによると、スプリングフィールドの街と街の所属するグリーン郡に焦点をあて、ルート66沿いにある多くの観光ポイントや企業らも紹介されているようで、今年いっぱいは展示が続くとのこと。
https://historymuseumonthesquare.org/

今年2018年のお祭りは8月10日、11日。
何とか仕事の都合をつけて足を運びたいと思っている。


そうそう、スプリングフィールドで思い出しだしたが、昨年8月、ドナルド・トランプ大統領は、税制改革に関する講演会を子の街で開催している。大統領がここを選択した理由は、ルート66との歴史的リンクを象徴的と魅せるためである。
この街を選ぶにあたってホワイトハウス高官は、「ルート66はアメリカのメインストリートであり、大統領の計画は国をメインストリートに戻すことだ」と再三記者団に語ったらしい。アメリカのメインストリートを、米国製の製品を米国国産のトラックが運搬し、アメリカの消費者に届ける - こんな筋書きはトランプ大統領の目指す “America First” (アメリカ第一主義)にピタリと合致する。
過去の政治家たちも、例えばジョン・マケイン前上院議員はセントルイスにある有名な Ted Drew’s Frozen Custard で一般市民とアイスを食べ、オバマ前大統領は同州レバノンにある Bell’s Restaurant へサプライズで現れてお客達を喜ばせた。
そう、アメリカとルート66は切っても切れない。

実際ミズーリ州、カンザス州、オクラホマ州などの地域ではトランプ大統領は抜群の人気を誇る。日本の皆さんには信じられないこのような看板をみかけることも少なくはないのだ。

 

Baxter Springs の再開発

全長2,448マイル(約3,980キロ)に及ぶ道の長さの中で、僅か13マイル(約21キロ)しかないカンザス州ルート66。しかしながらその全体の0.01%にすら満たない13マイルの中には見どころも多く、私の大好きなパートでもあるのだ。
カンザス・ルート66を代表するものは何か?と聞かれればガレナにある Cars On the Route や、リヴァ―トンのグローサリーストアを想像することが多いと思うけど、今日は伏兵(と言ったら失礼千万w)?バクスター・スプリングスの街をご紹介したい。と言うのも、ここ数日、新しい「街復興」のニュースが飛び込んできたからだ。

バクスター・スプリングスはその街名の通りミネラルや亜鉛が出て、当時の原住民にとって夏のキャンプ場でもあったらしいのだが、それに目を付けた John J. Baxter 氏が160エーカーの土地で宿場と雑貨屋を1853年に始めたことから街の歴史は動いている。土地柄数々の紛争へ経て、1868年にバクスター・スプリングスという名前になり、当時需要の高かった牛肉の輸送鉄道の北部への中継地点として街は飛躍的な発展をした。しかし時代の流れと共に鉱業に頼っていた経済は衰退し、今ではメインストリートも少し寂しいものになってしまった。

そんな中聞こえてきたのが、街近辺、オクラホマ州マイアマ―に拠点を置く非営利法人「Decades of Wheels」の代表、David Hickmott 氏の発案、街のメイン通り、ミリタリーアベニュー(ルート66)の1100ブロックの西側で大規模な街の再開発の計画だ。そこでは車博物館、ゴーカート・トラック、地ビール工場、そしてレストランやバーを展開するという。博物館「Decades of Wheels」では常時30台程度の映画に出てくる著名車を中心に展示、さらにそれらを定期的に入れ替えをすることでリピーターを作ることも忘れていない。エリアはいつもライブミュージックやレストラン、子供向けのアトラクションも設け、カンザス・ルート66が多くの観光客を集められるよう「家族で過ごせる場所」の提供に尽力するそうだ。

開店は今年の10月13日(土)、秋のルート66旅はカンザス州を目指したいね!
公式ページはこちら ⇩
https://www.decadesofwheels.com/

バクスター・スプリングスのメイン通りいには現在は閉鎖されているカフェ、著名なレストラン「Angels on the Route」を始め、薬局、質屋、そしてお土産屋さんが細々と営業しているのみ。ただ、最近再開店したリッツ劇場のオーナーさんはこの再開発にただ一人反対中と聞く。素晴らしい計画だけに一日も早く和解して、皆で同じ方向に向いて発展して行って欲しいね!

 

 

父の遺志を受継いで何処までも、そして次世代へ

FB、Ken の投稿より

2018年2月13日、ルート66を語る上で最も敬愛すべき大切な友人の一人を、また私達は失った。Cyrus Steven Avery II、彼はオクラホマ州タルサ発の Route 66 Alliance と共に Route 66 Experience Museum Complex(ルート66体験型博物館)の建設に尽力、「まだ」85歳だった。
http://www.route66alliance.org/

名前を聞いてピンと来る方も多いかもしれないが、彼は「ルート66の父」として知られている Cyrus Stevens Avery 氏(1963年没)のお孫さんなのだ。
Avery 氏は米国高速道路66協会の創設を推進し、ルート66の舗装に努め、現在の高速道路システムの基礎を築き上げ、また1929年には同協会の副理事も務めた伝説のヒーローだ。

私の良き友人である Route 66 Alliance のエグゼクティブディレクター兼CEO、Ken Busby 氏は、先日 Cyrus の死後、Facebookに下記のメッセージを投稿した。
Ken の言葉のニュアンスを変えたくないので原文そのままを記載したい。
「We lost another intrepid soul yesterday. … Cyrus Avery (Cyrus Stevens Avery II), the grandson of the Father of Route 66, passed away at his home. He was 85 years young!! I had the good fortune of working directly with Stevens, as he was called, for the past three years as Stevens, Michael Wallis, and I have been securing funds to build the Route 66 Experience near the plaza that bears his illustrious grandfather’s name. Our work continues in honor, and now in memory, of a man who was devoted to all things Route 66 – the Main Street of America! Godspeed, my friend. …」

そんな Cyrus Avery II 氏に、私は一度直接お会いして食事をする機会を貰った。
2015年の夏のことだ。タルサ市のとあるダイナーで、彼と Ken、そして同市出身の親友フォトグラファー Rhys、そして伝説のタトゥーマン Ron という豪華な顔ぶれだ。当時はまだ Route 66 Alliance のプロジェクトが発足してそれほど時間が経っていなく、そのプロジェクトの重要性、価値を一生懸命に Ken と Cyrus が夢と希望に満ち溢れた眼を輝かせて説明してくれた。
僭越ながら私はルート66日本アソシエーションの代表をやらせてもらい、その立場でじっくり話を聴いた。すぐには実現が難しいが、きっと遠くない将来何等かの形でこのプロジェクトに個人的にも、アソシエーションとしても協力させて貰いたい旨を伝えた。わずか2時間弱の対面ではあったが Cyrus が放った情熱と言葉の力強さはとても 80歳を超えた人間には思えなかったことを良く記憶している。


向かって一番左が Cyrus Avery II 氏

前にも書いたが「一期一会」の言葉はルート66 に関わるようになってから身を持って経験することが増えた。もちろんルートに携わる多くの方々が年配であることは事実だが、何と言っても全長 2,347 マイル (約3,800キロ)もあるルート66だ。そうそう皆に頻繁に会うことはできない。
Packard Museum の Laurel を私達が失った時も急であり、私個人としては「やっと会えた」たった一回の面会だった。(www.toshi66.com/2016-01-28 参照)
しかし、そんな一回でも、たった数分の会話だったとしても、共通の思考(嗜好と書くべきか)や夢を持つ仲間たちとの出会いや繋がりは一生心の中から消えない。あの時会えて良かった、あの時話が出来て幸せだった、という想いは私の中に数多く存在する。ルート(道)と真剣に向き合うようになってからの私自身の財産である。

生前 Cyrus はこんな事を教えてくれた。「私のお爺ちゃんのモットーはな、”Live with Ants in Your Pants” だ。自分もそう心がけている。分かるな?」
これは言い回しの一つで直訳すれば「パンツの中の蟻と生活する」だが、意味は好奇心旺盛に常に活動しろ、ということだ。
私はどちらかと言えば好奇心が旺盛な人間ではないので、この言葉はそれ以降常に頭の片隅に存在し私を刺激し続ける。

Cyrus はタルサ・ルート66 沿いにある ローズヒル メモリアル公園に、彼のお爺さんと一緒に眠るらしい。お疲れ様でした。後は私達に任せてください。ルート66は永遠に!

Powerhouse Museum 改装終了!


アリゾナ州キングマン。
ルート66沿いに鎮座する大きな給水塔が威厳をもって観光客を迎える。

そのキングマンの街で、これまでもこのブログで何度か紹介している「パワーハウス・ビジター・センター」が、約US$25万ドル(約2800万円ほど)かけた改装作業をやっと先月終了したらしい。まあ長かった ((´∀`))ケラケラ
同州 Historic Route 66 Association や、キングマン市等が筆頭となって資金を調達、改装請負業者 T.R.Orr 社も長い間一緒に頑張った賜物だ。

改装後はミュージアム内のウェルカムデスクや照明が一新され、サインボード、店舗表示も綺麗に。おまけに従業員用の新しいオフィスや収納スペースに加え、(州内最大規模の)アリゾナ州高速道路地図、約100を数える州内の街とアトラクションのパンフレットも充実しているという豪華さだ。

プロジェクトに尽力した館長の Josh Noble 氏は、この改装によって今まで制限されていたギフトショップでの収入増加を期待していると話す。実際売り場面積も少し大きくなり、相当数の商品の陳列が可能になった。私もこの夏前に訪れた時はまだ作業途中ではあったものの、随所にその片鱗を感じたものだ。
一昨年、大型チェーン書店だった Hastings が閉店。ネット社会が進み、Borders、B.Dalton、そして Waldenbooks と、馴染みの本屋さんが姿を消す中その波に呑まれた恰好だが、その「遺品」より多くの本棚、ラックを譲り受けることが出来、このパワーハウスのギフトショップはその前年より在庫が31%拡大、US$109,000 以上(約1,200万円)の収益を上げた。今回の改装プロジェクトによって今後は更に1.5倍の収益を見込んでいるそうだ。

実は今回この改装内容のサインボード、幾つかの言語でも紹介されるようになったのだけど、その日本語の部分を私が担当させて貰った。現地の展示でだけでなくウェブサイトからその一部は見られるので、時間のある方は是非パワーハウスの公式ページを訪問頂きたい。
http://www.gokingman.com/attraction-Powerhouse-Route-66-Museum

お土産屋さんの入り口ドアにもこのように貼り紙で、日本アソシエーションも協力させて貰っている旨、宣伝?してくれているのだ。

従来の Hilltop Motel や、私の友人夫婦が切り盛りする El Salvatore Motel、に加えRamada Hotel チェーンがルート66を前面に押し出したホテルを開業したことで街を上げてマザーロードをプロモートする街、キングマン。
今後の取り組みにも目が離せないよね!

 

キングマン在住の親友、ジムと

 

 

ジムとカークとアリゾナルート66

4月のとある週末、どうしてもやりたいことがあってアリゾナ州キングマンに行くことにした。ルート66にあまり興味のない家内には「ラスベガス訪問」を落とし処に、ちょっとした週末旅行だ。
地元オークランドからラスベガスにはたったの1時間ちょっと。今から約10年ほど前は仕事でロスアンゼルス~ラスベガス間を一日二往復、それを3、4か月続けたこともあり、ラスベガス空港は文字通り「庭」だ(笑)
相変わらずの景色に思わず微笑みが出た。


車を借りてパラダイス、ヘンダーソンとお馴染の街を過ぎ国道93号線を一気に南下する。1時間半も走ればアリゾナ州ルート66の一大拠点、キングマンだ。
まずはいつも儀式、Mohave Museum of History & Arts の前で写真を一枚。
ここは先住民モハべ族の歴史を紹介する博物館だが、この壁に描かれた絵が何とも私のお気に入り。本当は車が停まっている=入場者がいる、でないと困るのだが、この壁画の前に車が一台も停まっていないかどうかが、私のキングマンを訪れたときの「占い」なのだ。一台もいないとその旅はきっと素晴らしいものになる、そう何年も勝手に決めて必ずこの場所に来る。今回の結果はこうだ~ ⇩

今回のキングマン訪問の目的は二つ、友人ジム (Jim Hinckley) と一緒にアリゾナ・ルート66を走る、そして同州アッシュフォークにある Zettlers Route 66 Store を訪れてご主人のカークさん (Kirk Slack)に初対面することにある。
ルート66ファンでない方には取り立て何てことないように聞こえるかもしれないが、勿論そうではない。
ジムはルート66でもかなりの重鎮。歴史家、写真家、ツアーガイド、作家、旅行マーケティングコンサルタント、話家、と実に様々な顔を持つ。特にアリゾナ州とルート66を語らせたら彼の右に出るものはそうそう居ない。発行した書籍は実に20冊以上、と、こんな人物と一緒にルート66を走る意味は言葉では表現できない嬉しさと光栄さが入り混じる。
まずはそのジムと、これも街では有名な観光スポット、Powerhouse Museum パワーハウス博物館で落ち会うことに。こちらの博物館はインフォメーションセンター、お土産屋さん、展示品、歴史の説明をフルに備えたルート66中でも絶対に訪れて欲しい博物館の一つ。特に2階に展示されている大恐慌時代、オクラホマ州から仕事や普通の生活を求めてやってきた人達を描いたスタインベック作「怒りの葡萄」に出てくる幌馬車がそのまま再現されており、当時の様子がはっきり分かるようになっている。一枚撮ってくれるというのでポーズ。

 

少々手前味噌になるが、この博物館、初めて電気自動車の歴史についても展示しており、そのプロジェクトの責任者 ジョシュアと一緒に、ルート66日本アソシエーションとしてその展示品、説明分の和訳を全て担当させてもらった。
それについてお土産屋さんの前に張り紙がちょっとあったのでついでにご紹介。

車の中で何だかんだとルート66やお互いの近況について話をしていると、アッシュフォークの街に着いた。お腹が減っては戦は出来ずとばかりに街に新しく出来たであろう(前回訪問した時は無かった)BBQのお店で腹ごしらえ。
ジムと奥様のジュディと一緒に記念撮影。中々自然体で気に入っている(笑)


Zettlers Store は1930年にパン屋さんとして開業するが、1945年に食料品店に業態を変え2012年まえで営業してた。その後暫く閉鎖してたものを昨年、ご主人のカークが自身のお土産屋さんとして再開してくれたお店だ。
再開したお店にもカークにも(FBで繋がってたこともあり)是非会いたくてこの日を待ちわびていたのだ。

今日はちょうど先日仕入れたばかり、という年代物のレコードプレイヤーを修理中で、かなり歴史と年期の入った代物にジムと二人でテンションはマックス。所狭しと置いてある面白いお宝グッズや定番のお土産品も充実。アリゾナ・ルート66を走る方は是非訪れて欲しい。

右よりジム、私、カークと
お店の床一面に書かれたロゴの
前で記念撮影。
お店のFBページにも連日連夜
訪れた旅人達が紹介されている。

 

 

 

 

アッシュフォークを出た後は、セリグマンからオールドループを走り、ピーチスプリングスやトラックストンを経てキングマンに戻る経路をたどった。本当はこの沿線をもう少しゆっくり走りたかったのだが、夕方にキングマンの市長やアリゾナ州ルート66アソシエーションの人達と軽く夕飯を取る段取りをしてると言われ、思わずアクセルを踏み込む(笑)
本当にルート66の関わる人達は仲が良く、家族同様に見知らぬ者も受け入れてくれる。

ジム夫妻と一緒に走った今日の日は絶対に忘れない。
大きなプロジェクトに向かう私へのエールも忘れることなく、最新の出版書物も頂く。これには共通の友人、バンコクの世界一アホな敬愛すべきランナー、Kさん夫婦も載っている。ルート66は世界を繋ぎ、人を繋ぎ、そして過去と未来をも一本の道でしっかり繋ぐ。


キングマンの夕暮れと共に。

California Route 66 Museum


三月になると俄かに全米中のルート66で出会った友人らの動きがが活発になる。そう、いよいよシーズンの始まり、ってなわけで私も遅れをとってはならぬとばかりに(元々通る予定はなかったのだが)、幾つかの案件でLAエリアを訪問する途中ちょっとだけルート66を通ってみることにした。
残念ながらサンフランシスコに住んでいると、ルート66に交わるだけでも陸路片道 7時間ほど走らないとならない。不都合極まりないので、そろそろ潮時かと秘かに思っている(笑)

なので今回は Barstow ~ Victorville 限定ってことで、ここ何年かリピート率が非常に高い ベストウェスタン・デザート・ヴィラ・インに宿泊。このモーテル、「プラス」扱いではないが、非常に快適。充分なアメニティに冷蔵庫にレンジも完備。私には非常に重要なシャワーの水圧も完璧。ESPN も大型HDで見れるし Wifi あるし朝食付きだし、言うこと無し。更にこの一帯では値段が低めなのも嬉しい。

本当は Barstow まで来たらいつもお世話になっている、Route 66 Mother Road Museum の Manager、Debra さんに会いたいかったのだが、生憎ご家族の事情で今週は出勤しないとのことで泣く泣く見送り。
(ここは週末しかオープンしていないけど、立ち寄る価値はあるのでタイミングの合う方は是非!)
なので朝は朝食をしっかり食べ、少々ゆっくり目にモーテルを出発し、直ぐにフリーウェイに乗せようとするカーナビの指示を無視し、メイン通り(ルート66)をひたすら南下することにした。

Main Street Barstow

Barstow から南へ向かって走ること約15分。Hodge という小さなエリアに着く。ここは街とは言えず、寧ろ Settlement と呼ばれる。日本語でいうと「居留地」と言ったら当てはまるか。
その昔 Gilbert と Robert という Hodge 兄弟が牧場をこの地に展開し、そのままその名が使われるようになった。そこに “The Two 66 Sixes Co” という如何にも郷愁を誘う看板が残っていて、66 Roadies の間では有名なスポットの一つ。


看板は北側に向かってあるので、実は南から Barstow を目指して北上すると見落とす可能性が高い。かく言う私も過去に何度か見落とした経験もあって、最初に発見したのはいつだったか正確に憶えていないけど、やっと見つけた感がいっぱいの感動は忘れていない。FB に載せたところ、友人の一人がペイントし直してるよね、と鋭い指摘が。確かに最近きちんと看板を塗りなおした光沢と綺麗さが残っている。誰がしてくれているか分からないけど嬉しい限り。

そのまま道を進めば Halendale、Bryman、Oro Grande とお馴染の街が続くけど、昨年の11月の旅路でも触れたので今日はスルー(笑)、ご容赦!
次の目的地である California Route 66 Museum @Victorville では予想外の Happy なことが。届けものがあったので立ち寄る程度のつもりで訪問したんだけど、たまたま館長の Sue Bridge さんが早朝からいらした。この博物館には気の合う友人の一人、Delvin がボランティアで勤務しており彼を通じて Sue を紹介してもらった。まだアソシエーションを立ち上げたばかりだったが、当初から私たちの意志に賛同頂き、協力をしてくれた方々。久しぶりの再会に感動。ご本人曰く、写真に登場するのは余り好きではないらしいが、博物館内ピクチャースポットで記念撮影、貴重な一枚頂いちゃいました。

Delvin も毎週多くの訪れるお客さんに接しており、聞くところによれば日本人観光客も少ないないとか。日本人と分かるや、私やアソシエーションを常に紹介してくれているので、感謝の念は尽きない。そこから繋がって連絡をくれた人も実際にいるしね。
人と人との輪がルート66を通して世界中に!まさに私たち、ルート66に携わる者たちが描く夢と現実がここにある気がする。

With Delvin (Photo by Jax – our common good friend out of Missouri)

SALUTE to Route 66 !

California Route 66 & Joshua Tree N.P.:その②

感謝祭当日は一部のスーパーやカフェを除き、ほぼどこも空いていないのでルート66を散策することに。カホンパスまで下ってみようとも思ったけど、昼食をできれば Emma Jean’s で食べたかったのでとにかくヴィクタービルまで。
だけど着いた時は既に午後3時近く。うーん、やっぱり出るのが少し遅かったな。
とは言え、今日営業していたかどうかは定かではないけどね。
これ 👇 前回食べたときのハンバーガー。なかなか美味しんだよ。

気を取り直し?閉まっていると分かっていながらルート66博物館へ。ここはルート66アソシエーション日本でもお世話になっているところ。基本毎週日曜日には友人の Delvin がボランティアで来客を案内しているので、もし日曜に
行くことがある方は、トシの友人だ!って言ってみてください(笑)
取りあえず愛車とともに、彼に見せる証拠写真を一枚。

vicmuseum1124
さて、ヴィクタービルから北へ延びる National Trails Hwy、ルート66号線。こういう道を走っていくんだけど、多分、多くの日本の方にはルート66のイメージってこういうんじゃないのかな、と思ったり。やっぱりカリフォルニアやアリゾナは日本人観光客にはきっと馴染みやすいし、荒野っていうのか西部劇っていうのか、そんなイメージだよね。途中で列車なんか走ってくると「鉄キチ」でなくともテンション上がる。

nationalhwy

そうこうしていると出てくるのが Oro Grande の街。ちょっと前に写真だけFBアカウントにも掲げたけど、結構いつもそれなりに人がいるんだよね。ピザ屋さん、それなりに人気あるし、この壁絵の前もいつも100%何等かの車が停まってる。でもさすがに今日ばかりは誰もいないね。ほんと、だーれもいなかった。得した気分。

Oro Grande の街を抜けて約7マイルぐらい走ると出てくるのが、この奇妙な?Elmer’s Bottle Tree Ranch。カリフォルニア・ルート66 ではトップ3を争う観光スポット。所有者はこのボトルを使った多くの傑作を生み出す Elmer Long 氏。彼のお父さんと一緒に旅した幼少時代からの収集品を溶接したものだとか。着いたときの時刻はもう午後4時すぎ。何と夕陽の時間だ。これから5時には真っ暗になっちゃう冬の季節。どっか行くにもこの時間帯までが限度か。ってことでちょっと夕方の雰囲気になってます。

たまたま YouTubeでBottle Tree Ranch の歴史を語るご本人のビデオを発見したので貼ってみる。

Route 66 フェスティバル@LA:その③

折角パサディナまで来たのだから、と土曜日の午後は久しぶりにカリフォルニア・ルート66を少し走ってみることに。この辺りに住んでいるわけではないけど、同州にいることが多いせいか、つい休みがあると州外へ出がちなだけに中々ここは走る機会が意外に少なかったりする。
ルートはパサディナの東、アズサあたりからグレンドラ方面へ。いきなり出てきたのが、おびただしい数の星条旗。そうか、Veterans Day だな。ちょっと車から降りて散策。このメモリアルパークの石碑に「Freedom Is Not Free」と。
本当だ。安全な生活をさせてくれる方々に改めて感謝。

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ここは Foothill Blvd という大通りだけど別名はもちろん「ルート66」。信号の標識までそう書いてあるとやっぱり少しワクワクする。

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いつかこのルート66上に住んで自分の家の住所を、OOOO Route 66、OOOO CA とか買いてみたいものだ。話は逸れるけど若い時、まだメールなんか無く遠く離れた友人とは手紙で連絡を取り合った頃だけど、住所に「Beverly Hills」って書きたいがために、ビバリーヒルズの住所が使える一番隅っこに無理して住んでみたこともあった(笑)少しの間だけど面白い経験だったな。

なんて事を言ってると見えてきたのがストレージ屋さん、そう「貸倉庫」だ。今まで何度か利用した経験があるけど、ルート66と謳われた倉庫は初めて。無条件で借りたくなるよね。入り口ドアの取っ手まで、この凝りようったら。

しかも!駐車場にはどれにもルート66のシールドが貼ってあるではないか!気が利いてるというか、ファンの心を鷲掴み。この辺に住んでたらマジ危なかった。
用事はないけど愛車を停めて取りあえず一枚。

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そして「America’s Main Street Route 66」などと書かれた橋の下を通行。いったいこんな装飾いつ作られたんだろうか。見た感じ新しいけど、それだけ最近来てなかったことだなと反省。

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長くなったけど、本日の最終目的地は Rancho Cucamonga のこちら Richfield Service Station。先月確かアソシエーションのホームページでも紹介したんだけど、100年以上の歴史を持つルート66のランドマークなんだ。(1915年開業)

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1970年代に閉まってからはずっと倉庫として使用されてきたんだけど、Route 66 Inland Empire California ちAssociation の努力によって博物館となってつい先日より復活。木~日の営業だから行ってみたら、”!!!!!!”
今朝一緒に朝飯を食べた友人と偶然の遭遇!ってことで、そのカリフォルニア・アソシエーションの役員でもある David Dunlap 氏と、フランスから来ているルート66大ファンの友人カップル、Silvie と Freddy と4人で記念撮影。エクストラに楽しい時間が過ごせましたとさ。ちゃん🎶 ちゃん♪

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SHOW ME 66: MAIN STREET THROUGH MISSOURI

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全部で8州にまたがっているリート66。その中でもミズーリ州は私の中でもトップランクの一つ、とは再三叫んできたけど、ミズーリ州歴史博物館が一年以上もかけて取り組んできた「SHOW ME 66: MAIN STREET THROUGH MISSOURI 」というドキュメンタリー映画が遂に完成。11月10日に同博物館内劇場で無料で公開され、その月末から数回に渡ってテレビやその他の劇場でも見られるらしい。
そこで今日はそのトレーラー映像を皆さんにお届けしましょう。
インタビューにはルート66界重鎮のマイケル・ウォリス氏を始め、私の愛すべき友人達、ジム・ロス氏、テッド・ドリュー氏、ジョー・ソンダーマン氏も登場します。

 

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