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Powerhouse Museum 改装終了!


アリゾナ州キングマン。
ルート66沿いに鎮座する大きな給水塔が威厳をもって観光客を迎える。

そのキングマンの街で、これまでもこのブログで何度か紹介している「パワーハウス・ビジター・センター」が、約US$25万ドル(約2800万円ほど)かけた改装作業をやっと先月終了したらしい。まあ長かった ((´∀`))ケラケラ
同州 Historic Route 66 Association や、キングマン市等が筆頭となって資金を調達、改装請負業者 T.R.Orr 社も長い間一緒に頑張った賜物だ。

改装後はミュージアム内のウェルカムデスクや照明が一新され、サインボード、店舗表示も綺麗に。おまけに従業員用の新しいオフィスや収納スペースに加え、(州内最大規模の)アリゾナ州高速道路地図、約100を数える州内の街とアトラクションのパンフレットも充実しているという豪華さだ。

プロジェクトに尽力した館長の Josh Noble 氏は、この改装によって今まで制限されていたギフトショップでの収入増加を期待していると話す。実際売り場面積も少し大きくなり、相当数の商品の陳列が可能になった。私もこの夏前に訪れた時はまだ作業途中ではあったものの、随所にその片鱗を感じたものだ。
一昨年、大型チェーン書店だった Hastings が閉店。ネット社会が進み、Borders、B.Dalton、そして Waldenbooks と、馴染みの本屋さんが姿を消す中その波に呑まれた恰好だが、その「遺品」より多くの本棚、ラックを譲り受けることが出来、このパワーハウスのギフトショップはその前年より在庫が31%拡大、US$109,000 以上(約1,200万円)の収益を上げた。今回の改装プロジェクトによって今後は更に1.5倍の収益を見込んでいるそうだ。

実は今回この改装内容のサインボード、幾つかの言語でも紹介されるようになったのだけど、その日本語の部分を私が担当させて貰った。現地の展示でだけでなくウェブサイトからその一部は見られるので、時間のある方は是非パワーハウスの公式ページを訪問頂きたい。
http://www.gokingman.com/attraction-Powerhouse-Route-66-Museum

お土産屋さんの入り口ドアにもこのように貼り紙で、日本アソシエーションも協力させて貰っている旨、宣伝?してくれているのだ。

従来の Hilltop Motel や、私の友人夫婦が切り盛りする El Salvatore Motel、に加えRamada Hotel チェーンがルート66を前面に押し出したホテルを開業したことで街を上げてマザーロードをプロモートする街、キングマン。
今後の取り組みにも目が離せないよね!

 

キングマン在住の親友、ジムと

 

 

ジムとカークとアリゾナルート66

4月のとある週末、どうしてもやりたいことがあってアリゾナ州キングマンに行くことにした。ルート66にあまり興味のない家内には「ラスベガス訪問」を落とし処に、ちょっとした週末旅行だ。
地元オークランドからラスベガスにはたったの1時間ちょっと。今から約10年ほど前は仕事でロスアンゼルス~ラスベガス間を一日二往復、それを3、4か月続けたこともあり、ラスベガス空港は文字通り「庭」だ(笑)
相変わらずの景色に思わず微笑みが出た。


車を借りてパラダイス、ヘンダーソンとお馴染の街を過ぎ国道93号線を一気に南下する。1時間半も走ればアリゾナ州ルート66の一大拠点、キングマンだ。
まずはいつも儀式、Mohave Museum of History & Arts の前で写真を一枚。
ここは先住民モハべ族の歴史を紹介する博物館だが、この壁に描かれた絵が何とも私のお気に入り。本当は車が停まっている=入場者がいる、でないと困るのだが、この壁画の前に車が一台も停まっていないかどうかが、私のキングマンを訪れたときの「占い」なのだ。一台もいないとその旅はきっと素晴らしいものになる、そう何年も勝手に決めて必ずこの場所に来る。今回の結果はこうだ~ ⇩

今回のキングマン訪問の目的は二つ、友人ジム (Jim Hinckley) と一緒にアリゾナ・ルート66を走る、そして同州アッシュフォークにある Zettlers Route 66 Store を訪れてご主人のカークさん (Kirk Slack)に初対面することにある。
ルート66ファンでない方には取り立て何てことないように聞こえるかもしれないが、勿論そうではない。
ジムはルート66でもかなりの重鎮。歴史家、写真家、ツアーガイド、作家、旅行マーケティングコンサルタント、話家、と実に様々な顔を持つ。特にアリゾナ州とルート66を語らせたら彼の右に出るものはそうそう居ない。発行した書籍は実に20冊以上、と、こんな人物と一緒にルート66を走る意味は言葉では表現できない嬉しさと光栄さが入り混じる。
まずはそのジムと、これも街では有名な観光スポット、Powerhouse Museum パワーハウス博物館で落ち会うことに。こちらの博物館はインフォメーションセンター、お土産屋さん、展示品、歴史の説明をフルに備えたルート66中でも絶対に訪れて欲しい博物館の一つ。特に2階に展示されている大恐慌時代、オクラホマ州から仕事や普通の生活を求めてやってきた人達を描いたスタインベック作「怒りの葡萄」に出てくる幌馬車がそのまま再現されており、当時の様子がはっきり分かるようになっている。一枚撮ってくれるというのでポーズ。

 

少々手前味噌になるが、この博物館、初めて電気自動車の歴史についても展示しており、そのプロジェクトの責任者 ジョシュアと一緒に、ルート66日本アソシエーションとしてその展示品、説明分の和訳を全て担当させてもらった。
それについてお土産屋さんの前に張り紙がちょっとあったのでついでにご紹介。

車の中で何だかんだとルート66やお互いの近況について話をしていると、アッシュフォークの街に着いた。お腹が減っては戦は出来ずとばかりに街に新しく出来たであろう(前回訪問した時は無かった)BBQのお店で腹ごしらえ。
ジムと奥様のジュディと一緒に記念撮影。中々自然体で気に入っている(笑)


Zettlers Store は1930年にパン屋さんとして開業するが、1945年に食料品店に業態を変え2012年まえで営業してた。その後暫く閉鎖してたものを昨年、ご主人のカークが自身のお土産屋さんとして再開してくれたお店だ。
再開したお店にもカークにも(FBで繋がってたこともあり)是非会いたくてこの日を待ちわびていたのだ。

今日はちょうど先日仕入れたばかり、という年代物のレコードプレイヤーを修理中で、かなり歴史と年期の入った代物にジムと二人でテンションはマックス。所狭しと置いてある面白いお宝グッズや定番のお土産品も充実。アリゾナ・ルート66を走る方は是非訪れて欲しい。

右よりジム、私、カークと
お店の床一面に書かれたロゴの
前で記念撮影。
お店のFBページにも連日連夜
訪れた旅人達が紹介されている。

 

 

 

 

アッシュフォークを出た後は、セリグマンからオールドループを走り、ピーチスプリングスやトラックストンを経てキングマンに戻る経路をたどった。本当はこの沿線をもう少しゆっくり走りたかったのだが、夕方にキングマンの市長やアリゾナ州ルート66アソシエーションの人達と軽く夕飯を取る段取りをしてると言われ、思わずアクセルを踏み込む(笑)
本当にルート66の関わる人達は仲が良く、家族同様に見知らぬ者も受け入れてくれる。

ジム夫妻と一緒に走った今日の日は絶対に忘れない。
大きなプロジェクトに向かう私へのエールも忘れることなく、最新の出版書物も頂く。これには共通の友人、バンコクの世界一アホな敬愛すべきランナー、Kさん夫婦も載っている。ルート66は世界を繋ぎ、人を繋ぎ、そして過去と未来をも一本の道でしっかり繋ぐ。


キングマンの夕暮れと共に。

California Route 66 Museum


三月になると俄かに全米中のルート66で出会った友人らの動きがが活発になる。そう、いよいよシーズンの始まり、ってなわけで私も遅れをとってはならぬとばかりに(元々通る予定はなかったのだが)、幾つかの案件でLAエリアを訪問する途中ちょっとだけルート66を通ってみることにした。
残念ながらサンフランシスコに住んでいると、ルート66に交わるだけでも陸路片道 7時間ほど走らないとならない。不都合極まりないので、そろそろ潮時かと秘かに思っている(笑)

なので今回は Barstow ~ Victorville 限定ってことで、ここ何年かリピート率が非常に高い ベストウェスタン・デザート・ヴィラ・インに宿泊。このモーテル、「プラス」扱いではないが、非常に快適。充分なアメニティに冷蔵庫にレンジも完備。私には非常に重要なシャワーの水圧も完璧。ESPN も大型HDで見れるし Wifi あるし朝食付きだし、言うこと無し。更にこの一帯では値段が低めなのも嬉しい。

本当は Barstow まで来たらいつもお世話になっている、Route 66 Mother Road Museum の Manager、Debra さんに会いたいかったのだが、生憎ご家族の事情で今週は出勤しないとのことで泣く泣く見送り。
(ここは週末しかオープンしていないけど、立ち寄る価値はあるのでタイミングの合う方は是非!)
なので朝は朝食をしっかり食べ、少々ゆっくり目にモーテルを出発し、直ぐにフリーウェイに乗せようとするカーナビの指示を無視し、メイン通り(ルート66)をひたすら南下することにした。

Main Street Barstow

Barstow から南へ向かって走ること約15分。Hodge という小さなエリアに着く。ここは街とは言えず、寧ろ Settlement と呼ばれる。日本語でいうと「居留地」と言ったら当てはまるか。
その昔 Gilbert と Robert という Hodge 兄弟が牧場をこの地に展開し、そのままその名が使われるようになった。そこに “The Two 66 Sixes Co” という如何にも郷愁を誘う看板が残っていて、66 Roadies の間では有名なスポットの一つ。


看板は北側に向かってあるので、実は南から Barstow を目指して北上すると見落とす可能性が高い。かく言う私も過去に何度か見落とした経験もあって、最初に発見したのはいつだったか正確に憶えていないけど、やっと見つけた感がいっぱいの感動は忘れていない。FB に載せたところ、友人の一人がペイントし直してるよね、と鋭い指摘が。確かに最近きちんと看板を塗りなおした光沢と綺麗さが残っている。誰がしてくれているか分からないけど嬉しい限り。

そのまま道を進めば Halendale、Bryman、Oro Grande とお馴染の街が続くけど、昨年の11月の旅路でも触れたので今日はスルー(笑)、ご容赦!
次の目的地である California Route 66 Museum @Victorville では予想外の Happy なことが。届けものがあったので立ち寄る程度のつもりで訪問したんだけど、たまたま館長の Sue Bridge さんが早朝からいらした。この博物館には気の合う友人の一人、Delvin がボランティアで勤務しており彼を通じて Sue を紹介してもらった。まだアソシエーションを立ち上げたばかりだったが、当初から私たちの意志に賛同頂き、協力をしてくれた方々。久しぶりの再会に感動。ご本人曰く、写真に登場するのは余り好きではないらしいが、博物館内ピクチャースポットで記念撮影、貴重な一枚頂いちゃいました。

Delvin も毎週多くの訪れるお客さんに接しており、聞くところによれば日本人観光客も少ないないとか。日本人と分かるや、私やアソシエーションを常に紹介してくれているので、感謝の念は尽きない。そこから繋がって連絡をくれた人も実際にいるしね。
人と人との輪がルート66を通して世界中に!まさに私たち、ルート66に携わる者たちが描く夢と現実がここにある気がする。

With Delvin (Photo by Jax – our common good friend out of Missouri)

SALUTE to Route 66 !

California Route 66 & Joshua Tree N.P.:その②

感謝祭当日は一部のスーパーやカフェを除き、ほぼどこも空いていないのでルート66を散策することに。カホンパスまで下ってみようとも思ったけど、昼食をできれば Emma Jean’s で食べたかったのでとにかくヴィクタービルまで。
だけど着いた時は既に午後3時近く。うーん、やっぱり出るのが少し遅かったな。
とは言え、今日営業していたかどうかは定かではないけどね。
これ 👇 前回食べたときのハンバーガー。なかなか美味しんだよ。

気を取り直し?閉まっていると分かっていながらルート66博物館へ。ここはルート66アソシエーション日本でもお世話になっているところ。基本毎週日曜日には友人の Delvin がボランティアで来客を案内しているので、もし日曜に
行くことがある方は、トシの友人だ!って言ってみてください(笑)
取りあえず愛車とともに、彼に見せる証拠写真を一枚。

vicmuseum1124
さて、ヴィクタービルから北へ延びる National Trails Hwy、ルート66号線。こういう道を走っていくんだけど、多分、多くの日本の方にはルート66のイメージってこういうんじゃないのかな、と思ったり。やっぱりカリフォルニアやアリゾナは日本人観光客にはきっと馴染みやすいし、荒野っていうのか西部劇っていうのか、そんなイメージだよね。途中で列車なんか走ってくると「鉄キチ」でなくともテンション上がる。

nationalhwy

そうこうしていると出てくるのが Oro Grande の街。ちょっと前に写真だけFBアカウントにも掲げたけど、結構いつもそれなりに人がいるんだよね。ピザ屋さん、それなりに人気あるし、この壁絵の前もいつも100%何等かの車が停まってる。でもさすがに今日ばかりは誰もいないね。ほんと、だーれもいなかった。得した気分。

Oro Grande の街を抜けて約7マイルぐらい走ると出てくるのが、この奇妙な?Elmer’s Bottle Tree Ranch。カリフォルニア・ルート66 ではトップ3を争う観光スポット。所有者はこのボトルを使った多くの傑作を生み出す Elmer Long 氏。彼のお父さんと一緒に旅した幼少時代からの収集品を溶接したものだとか。着いたときの時刻はもう午後4時すぎ。何と夕陽の時間だ。これから5時には真っ暗になっちゃう冬の季節。どっか行くにもこの時間帯までが限度か。ってことでちょっと夕方の雰囲気になってます。

たまたま YouTubeでBottle Tree Ranch の歴史を語るご本人のビデオを発見したので貼ってみる。

Route 66 フェスティバル@LA:その③

折角パサディナまで来たのだから、と土曜日の午後は久しぶりにカリフォルニア・ルート66を少し走ってみることに。この辺りに住んでいるわけではないけど、同州にいることが多いせいか、つい休みがあると州外へ出がちなだけに中々ここは走る機会が意外に少なかったりする。
ルートはパサディナの東、アズサあたりからグレンドラ方面へ。いきなり出てきたのが、おびただしい数の星条旗。そうか、Veterans Day だな。ちょっと車から降りて散策。このメモリアルパークの石碑に「Freedom Is Not Free」と。
本当だ。安全な生活をさせてくれる方々に改めて感謝。

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ここは Foothill Blvd という大通りだけど別名はもちろん「ルート66」。信号の標識までそう書いてあるとやっぱり少しワクワクする。

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いつかこのルート66上に住んで自分の家の住所を、OOOO Route 66、OOOO CA とか買いてみたいものだ。話は逸れるけど若い時、まだメールなんか無く遠く離れた友人とは手紙で連絡を取り合った頃だけど、住所に「Beverly Hills」って書きたいがために、ビバリーヒルズの住所が使える一番隅っこに無理して住んでみたこともあった(笑)少しの間だけど面白い経験だったな。

なんて事を言ってると見えてきたのがストレージ屋さん、そう「貸倉庫」だ。今まで何度か利用した経験があるけど、ルート66と謳われた倉庫は初めて。無条件で借りたくなるよね。入り口ドアの取っ手まで、この凝りようったら。

しかも!駐車場にはどれにもルート66のシールドが貼ってあるではないか!気が利いてるというか、ファンの心を鷲掴み。この辺に住んでたらマジ危なかった。
用事はないけど愛車を停めて取りあえず一枚。

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そして「America’s Main Street Route 66」などと書かれた橋の下を通行。いったいこんな装飾いつ作られたんだろうか。見た感じ新しいけど、それだけ最近来てなかったことだなと反省。

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長くなったけど、本日の最終目的地は Rancho Cucamonga のこちら Richfield Service Station。先月確かアソシエーションのホームページでも紹介したんだけど、100年以上の歴史を持つルート66のランドマークなんだ。(1915年開業)

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1970年代に閉まってからはずっと倉庫として使用されてきたんだけど、Route 66 Inland Empire California ちAssociation の努力によって博物館となってつい先日より復活。木~日の営業だから行ってみたら、”!!!!!!”
今朝一緒に朝飯を食べた友人と偶然の遭遇!ってことで、そのカリフォルニア・アソシエーションの役員でもある David Dunlap 氏と、フランスから来ているルート66大ファンの友人カップル、Silvie と Freddy と4人で記念撮影。エクストラに楽しい時間が過ごせましたとさ。ちゃん🎶 ちゃん♪

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SHOW ME 66: MAIN STREET THROUGH MISSOURI

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全部で8州にまたがっているリート66。その中でもミズーリ州は私の中でもトップランクの一つ、とは再三叫んできたけど、ミズーリ州歴史博物館が一年以上もかけて取り組んできた「SHOW ME 66: MAIN STREET THROUGH MISSOURI 」というドキュメンタリー映画が遂に完成。11月10日に同博物館内劇場で無料で公開され、その月末から数回に渡ってテレビやその他の劇場でも見られるらしい。
そこで今日はそのトレーラー映像を皆さんにお届けしましょう。
インタビューにはルート66界重鎮のマイケル・ウォリス氏を始め、私の愛すべき友人達、ジム・ロス氏、テッド・ドリュー氏、ジョー・ソンダーマン氏も登場します。

 

Route 66 Corridor Preservation Program その①

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先日私も運営に携わっている、とあるルート66関連のホームページでも少し触れたんだけど、ここでは更に詳しく、ルート66に関連する建築物や店舗が享受しているアメリカ国立公園局主導の助成金プログラムについて紹介します。ルート66とアメリカ合衆国国立公園局、実は密接な関係にあって、8州に渡って数多くの街、ガスステーション、映画館、劇場、モーテル、そしてレストラン等が国家歴史登録財の認定を受けています。その公園局がアメリカン・エクスプレス社や世界記念建造物保護財団などと組んで行っているのが「The Route 66 Corridor Preservation Program」という助成金プログラム。歴史の保存にかけては超敏感ないかにもアメリカらしい活動ですよね。

今年2016年は合計8件の(コストシェアを含む)助成金 USD103,000 (約1000万円)の支給が決定。同プログラムは2001年に開始され、支給は今日までに122件ものプロジェクト数におよび、USD1.9 Million と、コストシェア USD3.1 Million、合計USD5 Million(約5億1千万円)がルート66の保全に使用されています。

ではここからは、今年このプロジェクトの支援を受けた案件を何回かに分けて紹介します。

Historic Navajo County Courthouse Roof Preservation Plan
Location: Holbrook, Arizona
Recipient: Navajo County
NPS Grant: $7,000; cost-share match: $7,000

HistoricNavajoCountyCourthouse

ナバホ郡群立裁判所は1898年、アリゾナが未だアメリカ合衆国の領土だった頃に建てられ、アリゾナ州に存在する二つのリチャード二アン・ロマネスク様式による裁判所の一つです。裁判所は永きに渡ってルート66上のランドマークでしたが、今日それはホルブルック地域の文化と生活を伝えるアリゾナ州インフォーメーションセンターとナバホ郡歴史社会博物館として親しまれています。毎年夏に行われるネイティブ・アメリカンのダンスイベント等でご存じの方もいるでしょうか。
裁判所は1978年に国家歴史登録財に認定されましたが、2012年に「Historic Structures Report」の発表によって建物の著しい劣化が指摘されました。その中でも特に酷い状態にある屋根部分を今回NPSは助成金を出すことによって修理、修復の計画を立てるとのことです。

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Rialto Square Theatre Marquee Restoration Project
Location: Joliet, Illinois
Applicant: Rialto Square Theatre Foundation
NPS Grant: $27,855; cost-share match: $27,855

Rialto Square Theatre
リアルト・スクエア劇場は、1926年11月の国家高速道路条例が出される数か月前に、ルート66を世に知らしめる手段の一つとして建てられました。当時のアメリカは、装飾に溢れた劇場と「音声のある」映画を国民に提供すること、そして流行の最先端であった自動車(旅行)を実現させる高速道路、の二つが国が発展して行くための重要な要因でした。出費を全く惜しまず造られた「ジョリエットの宝石」と呼ばれるに相応しく、その建築スタイルはギリシア建築、新ローマン・ロココ建築、そしてイタリアン・ルネサンスのエッセンスを多岐に渡る要素を含んだものになっていました。
しかし1970年代に入るとルート66もこの劇場も荒廃の一途を辿ります。1978年にはこの場所を駐車上に変えようとする動きまで出てきました。そこで Will County Cultural Arts Association が立ちあがり劇場を守ったことで、その後国家歴史登録財となり1980年代には再開業できるまでの状態に戻りました。
今日劇場はマチネでの上映とコミュニティセンターとして活躍していて、年間10万人以上の訪問者数があるとのことです。今回の助成金は劇場マーキーを1926年時の外観に戻すことに使用されます。

(続く)

Bill さんの見守る調印式

Shea Museum 1
イリノイ州でルート66の発展に大きく寄与する(と期待される)法案に昨日州知事が署名。オートバイのナンバープレートがルート66仕様の新しいデザインがオプションとして追加された。車両に対しては既にこのようなナンバープレートがあるが、バイクに対しては初めての試み。私はバイクに(未だ)乗らないので、直接的な影響は少ないけどこのようなニュースは嬉しいものだ。

イリノイ州ルート66プレート

イリノイ州ルート66プレート

法案署名の式典が行われたのは、旧 Shea Museum にあったガスステーションをそっくりそのまま移動した先、@同州スプリングフィールドのピザ屋さん。
式典には先日スプリングフィールドで開催されたお祭りの時に挨拶させて貰った、イリノイ州ルート66シーニックバイウェイの事務局長、Bill Kelly 氏も同席したそうだ。次に会う時はイリノイ州の今後のプロジェクトに関して意見交換をさせて頂く予定なので、その時にこの件も色々聞かせて貰おうと楽しみにしている。

その式典はさておき、今日ちょっと触れたいのは Shea Museum。先に述べたように現在ピザ屋さんがオーナーになってガスステーションはきちんと保存してくれている。
知ってる人も多いと思うけど、Shea Museumは、元々テキサコ系のガスステーションだったものがマラソン系に変わり、その後 Bill さんと Helen さんの夫婦によってルート66上でも最も著名なアイコンの一つ、”Museum” として生まれ変わった。

ビルさん

ビルさん

Museum には50年以上に渡って収集されたオリジナルのガスポンプ、木製電話ボックス、サイン、写真等、ルート66に関するありとあらゆるものが展示されていたんだ。今まで何人が訪れたんだろう?以前ゲストのサインブックを見せてもらったとき、何冊もある電話帳かと思ったことを憶えてる。
1993年にその功績を讃えられ、BillさんとMuseumはルート66の殿堂入り。彼の家族もその後確か2002年頃だったと思う、殿堂入りした。

残念ながら2013年12月、ビルさんは91歳の若さで永眠。(奥様ヘレンさんはその約1年後に永眠)Museum の記念品は全てオークションにかけられることになったんだ。私がBillさんと話がで出来たのは一回だけ。彼の体調や私の旅程なんかで中々タイミングが合わず、「じゃあまたね!」の約束を果たすことが出来なかった。

その後私が訪れることができたのは2014年10月。夕方のちょっと冷たい風と掃除されていない黄色い落ち葉の山が寂しさを一層煽っていた。完全に施錠されて閉まっている Museum を外から眺めていると、車椅子に乗った髭もじゃのオジサンが寄ってきて「ここは奴が居なくなってからずっとこのままさ。これからどうなるんだろうな。」と言いたいことだけ言って去ってった。

今回の調印式に数多くある幾つかのスプリングフィールドのアイコンで、なぜこの場所が選ばれたのかの経緯は知らないけど、BillさんとShea一家の功績が今一度スポットライトを浴びることになって本当に良かったと思う。
姿身は亡くなったけど、彼の魂はきちんと受け継がれ、そしてその形を変えて次世代に確実に受け継がれて行く。きっと天国から調印式を誇らしげに見てるんじゃないかな。ちょっと心が温かくなった。

 

 

 

 

翻訳のお仕事頂きました

アリゾナ州キングマンにある アリゾナ・ルート66 ミュージアム、通称「パワーハウス・ミュージアム」。ルート66ファンのあなたなら当然知ってるよね?(笑)で、そのミュージアムが近い将来、英語圏以外の観光客の皆さんのために数か国語でパンフレットやそしてミュージアム内の説明表示盤を作っちゃおうって。
更に驚くべきことは、何とその日本語版の担当として一緒にお仕事をすることになっちゃいました~
この上ない名誉、頑張ります!

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ミュージアムの公式ホームページはこちら ↓
http://www.gokingman.com/attraction-Powerhouse-Route-66-Museum#_=_

お疲れ様、Laurel

Laurel
2016年1月28日、ルート66は大きな財産をまた一つ失った。ローレル・ケインさん(Laurel Kane)、オクラホマ州アフトンにあるパッカードミュージアムで多くのルート66愛好家を持成してくれた「母」だ。
前夫デイビッドによると、彼自身とローレルの娘さん、そしてローレルの長年の親友ロイ・マッコイさんらに看取られ静かに永遠の眠りについたという。

コネチカット州出身のデイビッドとローレルは、1930年代に 建てられた DX Gas Station を買って、1998年に2年間の月日をかけて修復。
2002年にオクラホマ州に移住しローレルは毎週毎週ルート66とミュージアムに訪れる観光客達に笑顔を振りまいた。
記録によればローレルは生前、約18か国から来た7000人以上のお客さんを持て成したらしい。

私が彼女に会ったのは実はたったの一回、それもわずか2時間程度だ。暑い8月の土曜日の午後だった。「早く来ないと閉めちゃうからな」、そうロンに言われてなぜか必要以上に車を飛ばした。私は残念ながら「虫の知らせ」のようなデリケートな感覚は持ち合わせちゃいない。それまでにミュージアムは合計3回ほど立ち寄ったけど、一度もローレルには会ったことがなかった。だからだろうか?「今回はどうしても会わないと帰れない」、なぜかそう思ったことは憶えている。

「一期一会」、この言葉を今日ほどはっきり、強く、鮮明に感じたことはない。
あの夏に出会えて良かった。本当に短い時間だったけど、話が出来て本当に良かった。日本でルート66のアソシエーションを立ち上げたことを心から喜んでくれた。

彼女の笑顔は、ホスピタリティの心は、そしてルート66への情熱は、この共通の「道」を愛する大勢の旅人の中に永遠に残ると思う。
ローレル、お疲れ様。安らかに。

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