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ジョプリンにベースボールが帰ってくる!


何と嬉しいニュースだろうか。ジョプリンの街にベースボールが帰ってくる!
やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。Yes! Yes! Yes!

赤字経営に加え将来のプランに関して中々合意できないジョプリン市と球団オーナーのガブリエル・スアレス氏の不和によって球団移転の噂話が起こったのが2016年9月。結果的にその溝は埋まらず、ブラスターズ側からの支払も滞ったことで、球団は消滅し、ジョプリン市はチームを失うだけでなく、改装中の本拠地であったジョー・ベッカー・スタジアムの負債をも背負うことになった。
*ブラスターズにまつわるお話は、3月31日付けのブログを参照:http://www.toshi66.com/2017-03-31/

その後話は法廷へと持ち込まれることになったが、そんな暗い話が続く中、サウスウェスト独立リーグの一員としてジョプリンの街は球団を誘致。ホーム、アウェイをそれぞれ56試合づつ合計112試合を戦うリーグ戦が2019年春より始まるそうだ。
現在予定されている参加チームは、テキサス州ウェイコが本拠地のブルーキャッツ、そして同州ロイスシティのグリフィンズだが、更に3球団追加されて合計6球団になる予定だ(7月1日までに決まるとのこと)
http://www.swlbaseball.com/teams/

Ballpark Digest社の発表によれば、ジョプリンの新球団名は700件以上の応募から選ばれたマイナーズとなったが、実はルート66に因み、66ERSも検討されていたらしい。結果その名前は選ばれなかったが、ルート66は確実にチームのロゴに繁栄されている。


そんなこと知らないよ!と一笑されるかもしれないが、米国野球マイナーリーグの歴史を紐解けばジョプリン・マイナーズというチームは1902年~1954年の49年間存在した。しかも!驚くべきことにその後NYヤンキースでスーパースターとなり殿堂入りも果たした、ミッキー・マントル氏がプレイしたことでも知られているのだ。1950年のシーズンにミッキーは特大のホームランを量産し、チームの上部組織であるヤンキースに引っ張り上げられた。こう書くと少しは興味を持ってくれる方もいるのでは?(笑)


今回球団名に決まったマイナーズ(地域が長らく鉛、亜鉛鉱業として発展した街の歴史を反映)を提案したリー・アン・ケラーさんはチームから生涯有効のシーズン・チケットを獲得し、テキサス州デントンのアラン・ビームス氏はジョプリンの街とルート66との長い歴史関係を考慮したルート66のシールドをロゴの一部にする素晴らしいデザインを完成させた。

来年のシーズン開幕が待ちきれないのと同時に、こんどこそジョー・ベッカー・スタジアムで思う存分ジョプリンの応援をしたい。

Exciting Sneak Preview : )

Meteor City 再開へ向けて

アリゾナ州メテオ・シティ。現地語?で書けば Meteor City、ちょっと風変わりだよね。実は「シティ」とは言ってもそれは都市ではなく、街でも、村ですらないのが現状なのだ。メテオ・シティは州中東部、ココノ郡にありナバホ、ホピの両居住区の南側に位置するエリアで、2012年に閉鎖してしまった(当時は人気の高かった)ドーム型のトレーディングポストが廃墟目前の様態で残っているだけ、というのがここ数年の姿。


でもそんなメテオ・シティがそのトレーディングポストを起点に復活しようとしているのだ~
復活かも?の噂を聞いたのが確か今年の初旬。その後ルート66日本アソシエーションとしてもお世話になっているロンのニュース記事にも載っていたように、いまや一歩一歩確実な情報として私達ルート66ファンのテンションを上げている。

ジョアンとマイケルのブラウン夫妻はルート66からは遠く離れたインディアナ州ジェファーソンヴィル在住。でも元々の生まれはカリフォルニア、ルート66南西部が大好きで特にアリゾナ州の Two Guns を愛して止まない二人だったようだ。現在の仕事に区切りを付けこの南西部に住みたい、そんな強い気持ちからこのメテオ・シティを復活させるべくトレーディングポストを正式に購入、取得したのが今年の3月だった。ジョアンは決心するまで何度も悩んだそうだが、彼らの地元でしばしばアリゾナ州の州ナンバーを付けた車を見かけた時なんかは「自分たちは正しい方向に進んでいる!」と信じたみたい。

そんなジョアンからFBを通じて友人申請があったのが4月の頭。いまやルート66の仲間たちはFBで300名近く繋がっている「一大家族」なので、きっと誰かから私の事を聞いたのだろう。通常会ったことない人とは繋がらない主義だけど、ルート66は別。友人、親友の友人はもちろん大歓迎。丁寧にご挨拶を戴き「近いうちにどこかルート66で会えるといいね」、そんな会話をしてた矢先、その「奇跡」は起こった(笑)

場所はテキサス州エイドリアン、もう皆さんよーくご存じの「ルート66の中間地点」だ。4月23日 親友のデニスを訪ねてその中間地点のミッドポイント・カフェで彼ら自慢のパイを頬張りながら談笑していた時、突然デニスが「ジョアンを知ってるか?」と聞く。全く予期していない質問に「ジョアン?ジョアン?どこのジョアンだ?」と聞き返すのが精一杯。何となく最近聞いた名前だな、とその3秒後あたりに思っただろうか、でも記憶の中で繋がらない。デニスはそのまま接客でレジへ行ってしまったその時、「Are you Toshi?」年配のカップルの女性が驚きの表情のまま近づいてきた。
「Hi Toshi、I’m Joan from Meteor City」
その一言で私は一瞬にして数日前のFBでのやり取りに引き戻された(笑)


ルート66。30年以上も前にその役目を終え、今年設立91周年を迎えるその道からはもう、そうそう新しいものは生まれない。だけどそこへ行く度に、その沿線に立つ旅に新しい出会いと友人は生まれる。人と人が繋がってできる道、それがルート66なんだと心から思う。

トレーディングポスト再開は早ければ、8月1日だそうだ。

Art’s Motel の復活


イリノイ州ファーマーズヴィルにある ART’S MOTEL。そう聞いてあの独特な目を引く赤い看板を想像出来る人はかなりのルート66ファンだ。モーテル自体はかならい長い間休業中だったけど、この看板は2006年にイリノイ州史跡保存会の有志が中心になって修復されたもので、モーテル自体も1995年にイリノイ・ルート66の殿堂に選ばれている。
そんな Art’s Motel が去る2月、何と再オープンしたと聞いたからこれは超興奮ものだ!

このモーテルの元を辿れば1920年、当時は Hendrick’s Brothers Cafe という名前のガソリンスタンド。1937年に Art McAnarney 氏が購入し僅か6部屋でスタートしたと記録には残っている。1952年の大火災の後、Art 氏が亡くなり、二人の息子さんが後を継いだがその後経営は尻すぼみで気が付いたら閉まっていたそうだ。

Art Motel の部屋は基本二つのダブルベッドに、ケーブルTV、冷蔵庫、それに電子レンジ完備としっかりと最低限のニーズは満たしてる。値段は聞くところによれば何と一泊$50。昨今のホテル、モーテルの値段高騰から考えると非常にリーズナブルだね。(全11室とのこと)

となると、当然?気になるのはレストラン。そう、実は元々この敷地内には Art’s BBQ というレストランもあったようで、その建物、内装はしっかり残っていたんだ。訪れるたびにここはまだまだ使えるのに、と思っていたものだけど、やはり建物リーズでカフェ経営をする人を募集中らしい(笑)
新しくアメリカでカフェやレストランを開きたい方、是非いかがだろうか?

週刊NY生活⑯

恒例の月一寄稿。やっとテキサス州に入りました!
アマリロまでのパンハンドル西部をご紹介しています。
お時間のある方は下記のURLで、13ページをご覧ください!

http://www.nyseikatsu.com/editions/627/html5/index.html

週刊NY生活⑪

毎月恒例の寄稿。早いものでもう第11回目、2016年残すところ僅かです。今月はどっぷりミズーリ州、レバノン、スプリングフィールド、ホールタウンを中心にお伝えしています。

http://www.nyseikatsu.com/editions/608/html5/index.html

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週刊NY生活 その⑩

人の縁とは、いつどこで何が起こるか分からない。
彼に会ったのは確か2005年あたり。私がニューヨークで旅行の仕事をしていて、彼は大手メディア離れて起業したばかりの頃。小さな広告を載せて頂くことぐらいしか協力できなかったけど、あれから11年。彼はニューヨーク日系社会の中で大きな成功をして、私の与太話を掲載してくれるようになりました。
後で判明したのは同学年、同じヘビメタ好き(笑)まだまだ楽しいことがいっぱいありそうです。

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2014年、NYでの「同期会」@アッパーウェスト。
写真左奥が久松氏。手前は同じく同学年、ヘビメタ好きの音楽関係の仕事でNYにて活躍する河野氏。

読んでくれる皆さんにも、辛抱強く使ってくれる久松茂氏に感謝。

今月は連載開始から区切りの良い連載第10回目。
ミズーリ州前半を旅しています。13ページ、宜しくどうぞ!
http://www.nyseikatsu.com/editions/604/html5/index.html

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週刊NY生活 その⑨

毎月恒例の寄稿。今週からやっと?ミズーリ州に入りました!

http://www.nyseikatsu.com/editions/600/html5/index.html

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アイデア閃くスプリングフィールド訪問

Festival
少々時間が経ったけど、先月ミズーリ州スプリングフィールドであった「6th Birthplace of Route 66 Festival」へ8月13、14日の2日間行ってきた。ルート66生誕の地、とはいやはや何とも大胆な名前を付けたものだ。本当はフェスは金曜日に始まってるんだけど、どうしても仕事の都合で一日遅れの土曜入り。。。あーあ、これで飯が食えりゃ72時間ずっと居れたのにな。

Park Central Squareフェスの中心はここ、パークセントラル・スクエア、ダウンタウンでも心臓部にあたる場所。そこを中心に東西約1マイルを文字通り「完全封鎖」。南北も2ブロックぐらいは交通制限がしっかりなされ、街をあげてのお祭りです。車で可能な限り近くまで行こうと思ったけどかなり苦労しました。でもね、街のほぼ中心の公共駐車場、一日停めて幾らだと思う?全米一リビングコストの高い街、サンフランシスコから行くと驚くことが多いんだよね。何と$5。はぁ?サンフランシスコじゃ1時間も停められない(笑)

At the festival公式発表だと最も賑わったのは土曜日で約28,000人が訪れた模様。前後の金、日併せて今年は約38,000人もの集客とのこと。フェス公式ホームページでは、2014年は4,000人、昨年は28,000人。確実に毎年大きく成長してます。私は土曜の昼過ぎにタルサ入りしたので、着いたのは夕方手前。友人仲間との夕食会に滑り込んだってわけ。

スクエアから徒歩1分。Civil Kitchen にての「家族」合同夕食会。勿論フェスそのものも楽しむけど、一番の目的は彼らに会うこと。いつもの仲間がいつものように楽しい時間を共有する。まさしくルート66は一つの大きなファミリーだ。

フェスティバルの内容は盛沢山。恒例の6.6Kマラソンや、「モーターサイクルビレッジ」と名付けられた場所で数々のバイクの展示、クラシック・カーによるパレード、著名アーチスト等による展示即売会などあらゆる催し物が。
Lindsay Ell
更には3日間にわたって入れ代り立ち代わりバンド演奏もあったけど、自分が一番見たかったのが、これ。
カナダ出身のカントリー・シンガー、リンゼー・エル(Lindsay Ell)
マジかよ!?って言うぐらい近くで観れてテンションは上がる。(決して人気ないわけじゃないですよ、汗)

たった2日間(正確に言えばきっと1日半)だったけど、皆には会えたし、Gary さん所にも立ち寄れたし、Boots Court Motel のネオン撮影もできたし、カージナルス(マイナー)の試合にも無料で入れてもらえたし、盛沢山どころか1週間ぐらい居た気分。(快く送り出してくれる家内に感謝)

来年も又来るぞと決心しながら、冒頭に書いた「これで飯が食えりゃ」に一歩近づくアイデアを得ながら帰宅の途に着いた。
2017年9月には何がお伝えできるだろうか(笑)

 

 

 

 

週刊NY生活 その⑧

連載第8回目が掲載されました。
7か月に渡って旅をしてきたイリノイ州も遂に終了。次回からはミズーリ州がスタートします。

http://www.nyseikatsu.com/editions/596/index.html

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