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Arcadia にて(2018年度晩)


東京に軟禁されて早1年4か月。今年の春に渡米したとは言え、半年に1回ぐらい「我が家の空気」を吸わねば窒息する!とばかりに、日本ではシルバーウィークと呼ばれる期間を利用して放浪の旅に出させてもらった。
ちょうど?休みを取れる期間がこのあたりだったので、ルート66上では何かイベントがあるだろうかと検索したら何と!
昨年3月~5月の間で5回に渡ってお伝えした、アーケディアのネオン祭りが、ちょうど第2回目がその期間の週末金、土、日で開催されるというではないか!

イベントというもののは頻繁に旅に出れない場合は非常に有益で、その場所一つで色々な州や街から来ている友人、知人に一気に会えるという優れもの。
今回の休暇もルートに出られるのは正味5日間なので、とても素晴らしいタイミングに恵まれた。

ネオン・フェスタの内容自体は昨年とほぼ大きくは変わらないが(いや変わる必要はないのだ)ともかく一番の共通目的は「Family Reunion」、一つの大きな家族である皆との再会を楽しむものだ。

初日は金曜日であることや、しかもその日はオクラホマ州は大雨だったこともあり、昨年ほど人の集まりはなかったが、それでも盛況の幕開けとなった。
早めの午後には開催場所近くのGlass Boy Studioにてガラス細工の作成デモ+実体験イベントがあり(私は行程上間に合わなかったが)、それに参加して一旦帰った人達もいたようだ。

わずか数時間のこの集まりのために片道10時間のフライト+800マイルを走っていくわけだが、ある意味とても贅沢な話だ。


今回私は金曜のセッションしか参加できなかったが、それでも約20人ほどの友人らと近況報告をしながら飲み、談笑し、とても楽しい時間を過ごすことができた。こういう「ガス抜き」がないとホテル商売なんぞやってられない(笑)

 

Blue Whale ~ 愛の贈り物

「何だこの風変りな(可愛くない)巨大クジラは?」
私がオクラホマ・ルート66を通行中、初めてこの ”Blue Whale” を見た時の感想である。
それはオクラホマ州タルサの街から東へ約16マイル(26キロ)程行った、Catoosa という街にある、地元民は当然、多くのルート旅行者に人気のあるアトラクション施設だ。ウォーターフロントの構造と言われるが、いわゆる大きな池で水遊びが出来る規模であり、リゾート感覚溢れるそれとは大きく異なる。

ルート66上にあるが、Blue Whale 自体はルート66の歴史と共に歩んできたわけではない。事の発端は、1970年代初めに Hugh Davis という男性が、鯨の置物集めが好きな奥様、Zelta さんに記念日の贈物として青いクジラを造った。(何とも壮大な贈物だが)元々は家族限定の遊び場であったが、余りにも地元の人達から人気があったため、砂で海岸っぽいものを造り、ピクニックテーブルなどを設置して、一般に開放することとなったらしい。

その後自然が大好きであった Davis 氏は、”The Fun and Swim Blue Whale and the Animal Reptile Kingdom” と、名称を代え、更に彼の義理の弟、生粋のアコマインディアンの部族長である Wolf Rob Hunt 氏の絵画や銀細工を、通りを渡ったところにお店を展開して販売した。店の跡地は中々目を引くフォトジェニックな建物である。


1990年に Davis 氏が、そして奥様の Zelta さんも 2001年に亡くなった後、誰も世話する人がいなくなりBlue Whale は一時的に衰退するが、それから約10年後、地元 Catoosa の人達と、ご近所さんの(我がファミリー!)Hampton Inn の従業員さん達の手で資金調達とボランティアが開始。オリジナルである明るい青色にピクニックエリアも復元した。冒頭の写真は復活後の姿。
現在園内にはギフトショップもでき、インディアンの地を引く心優しい LINDA さんが代表となって切り盛りしている。
最初に出会ったときも “I know you! I saw you on Facebook!” と向こうから気さくに話しかけて来てくれたものだ。
こうして背景をよく聞き、実際に運営している人達と知り合うと、冒頭に述べた鯨さんも可愛く見えてくるから不思議だ(笑)今では結構の癒しキャラで大好きだ。


Blue Whale をちょっと有名にしたのが、Snapchat から発売されたメガネ型カメラ、Spectacles に動画コミュニケーションの一部として採用されたこと。
当初日本未発売であったので、もしご存知ない方はこちらの記事を ⇩
https://www.movie-times.tv/topic/9155/

Youtube でも紹介されているので是非見て頂きたい。

そんな Blue Whaleにちょっと前、4月の終わりに悲しい事件が発生した。
何物かが夜分に侵入してピクニックテーブルを破壊し池に投げ込み、さらにはごみまでまき散らすという蛮行をはたらいた。当然監視カメラを付ける等の警備強化が施されたが、何とも残念な出来事である。

This picture from Route66News.com

 



父の遺志を受継いで何処までも、そして次世代へ

FB、Ken の投稿より

2018年2月13日、ルート66を語る上で最も敬愛すべき大切な友人の一人を、また私達は失った。Cyrus Steven Avery II、彼はオクラホマ州タルサ発の Route 66 Alliance と共に Route 66 Experience Museum Complex(ルート66体験型博物館)の建設に尽力、「まだ」85歳だった。
http://www.route66alliance.org/

名前を聞いてピンと来る方も多いかもしれないが、彼は「ルート66の父」として知られている Cyrus Stevens Avery 氏(1963年没)のお孫さんなのだ。
Avery 氏は米国高速道路66協会の創設を推進し、ルート66の舗装に努め、現在の高速道路システムの基礎を築き上げ、また1929年には同協会の副理事も務めた伝説のヒーローだ。

私の良き友人である Route 66 Alliance のエグゼクティブディレクター兼CEO、Ken Busby 氏は、先日 Cyrus の死後、Facebookに下記のメッセージを投稿した。
Ken の言葉のニュアンスを変えたくないので原文そのままを記載したい。
「We lost another intrepid soul yesterday. … Cyrus Avery (Cyrus Stevens Avery II), the grandson of the Father of Route 66, passed away at his home. He was 85 years young!! I had the good fortune of working directly with Stevens, as he was called, for the past three years as Stevens, Michael Wallis, and I have been securing funds to build the Route 66 Experience near the plaza that bears his illustrious grandfather’s name. Our work continues in honor, and now in memory, of a man who was devoted to all things Route 66 – the Main Street of America! Godspeed, my friend. …」

そんな Cyrus Avery II 氏に、私は一度直接お会いして食事をする機会を貰った。
2015年の夏のことだ。タルサ市のとあるダイナーで、彼と Ken、そして同市出身の親友フォトグラファー Rhys、そして伝説のタトゥーマン Ron という豪華な顔ぶれだ。当時はまだ Route 66 Alliance のプロジェクトが発足してそれほど時間が経っていなく、そのプロジェクトの重要性、価値を一生懸命に Ken と Cyrus が夢と希望に満ち溢れた眼を輝かせて説明してくれた。
僭越ながら私はルート66日本アソシエーションの代表をやらせてもらい、その立場でじっくり話を聴いた。すぐには実現が難しいが、きっと遠くない将来何等かの形でこのプロジェクトに個人的にも、アソシエーションとしても協力させて貰いたい旨を伝えた。わずか2時間弱の対面ではあったが Cyrus が放った情熱と言葉の力強さはとても 80歳を超えた人間には思えなかったことを良く記憶している。


向かって一番左が Cyrus Avery II 氏

前にも書いたが「一期一会」の言葉はルート66 に関わるようになってから身を持って経験することが増えた。もちろんルートに携わる多くの方々が年配であることは事実だが、何と言っても全長 2,347 マイル (約3,800キロ)もあるルート66だ。そうそう皆に頻繁に会うことはできない。
Packard Museum の Laurel を私達が失った時も急であり、私個人としては「やっと会えた」たった一回の面会だった。(www.toshi66.com/2016-01-28 参照)
しかし、そんな一回でも、たった数分の会話だったとしても、共通の思考(嗜好と書くべきか)や夢を持つ仲間たちとの出会いや繋がりは一生心の中から消えない。あの時会えて良かった、あの時話が出来て幸せだった、という想いは私の中に数多く存在する。ルート(道)と真剣に向き合うようになってからの私自身の財産である。

生前 Cyrus はこんな事を教えてくれた。「私のお爺ちゃんのモットーはな、”Live with Ants in Your Pants” だ。自分もそう心がけている。分かるな?」
これは言い回しの一つで直訳すれば「パンツの中の蟻と生活する」だが、意味は好奇心旺盛に常に活動しろ、ということだ。
私はどちらかと言えば好奇心が旺盛な人間ではないので、この言葉はそれ以降常に頭の片隅に存在し私を刺激し続ける。

Cyrus はタルサ・ルート66 沿いにある ローズヒル メモリアル公園に、彼のお爺さんと一緒に眠るらしい。お疲れ様でした。後は私達に任せてください。ルート66は永遠に!

武蔵野の逃げ水@Texola, OK


私は決して廃墟マニアではない。と、常日頃から発信しているが廃墟にはどうも惹かれるものがあるらしい。ルート66ファンであれば皆が知っている Texola の街も一見そんな様子だが、実は人々が堂々と生活している街?村?集落だ。そのTexola を目指して更に西へ。


Texolaの歴史は1900年代初頭に遡るらしく、当時は Texokla とか Texoma と呼ばれていたらしい。オクラホマ州にあるのだけど、もう数マイル(も、無いかな)行けばそこはテキサス、なるほど頷ける呼び名かもしれない。Texokla はフランス人や ネイティブアメリカン(いわゆるインディアン)の支配時期を過ごした後、1907年オクラホマ州がアメリカ合衆国46番目の州になるけど、実際には1901年12月12日、ルーベン・H・グライムスが最初の郵便配達官となってコミュニティを設立したとの歴史があるのだ。

上の写真はメイン通り(ルート66)だけど、車も通らなければもちろん歩いている人もいない。廃墟群?と思いきや今でも約40人ほどが住んでいるとのこと。
(確かに人が住んでいる気配の家も幾つかある)

左端はTexola では一番有名な Magnolia Service Station。開業は1930年頃で建物はいわゆる「民家風」、周りの景色に馴染むよう設計されたそうだ。当時東に向かって旅する人々にとってはオクラホマ州最初の給油所だった。

大通りはせいぜい数百メートルの距離だけに、車を降りていつものように一歩一歩街を散策してみる。4月の後半だと言うのに今日の気温は88度(摂氏約31度)。
路上にペイントされた色あせたルート66のシールドを撮影している先には幾つもの「実際には無い水たまり」が見える。逃げ水とは良く言ったものだと感心した。

 

安らぎを求めてErickへ

アーケディアのネオンフェスタ後、今回の最終訪問地であるテキサス州アマリロに向けて私は西へ西へと車を走らせる。
次の大きな目的は Erick という小さな街の偉大なエンターティナーに会うためだ。
Harley Russell、自らを「二流」と呼ぶルート66を代表する「一流」は今日もまた観光客を持て成す。
街の中心を横切るルート66を Sheb Wooley 通りで左折すると、見慣れた標識と看板で覆われた宮殿が見えてくる。変わっていない、そう変わるわけないか(笑)


ちょうど到着した時は建物の前に何も停まっていないシャッターチャンス。中からはもう帰るであろう観光客とHarley が会話をしているのが聴こえた。


「やあ、Harley 調子はどうだい?」内に開く網状の扉を開ける。
「おやおや誰かと思えば珍しい客だな」と、言葉と裏腹な人懐こい笑顔を顔いっぱいに出迎えてくれる。

相変わらず元気そうだ。「最近はどうしてる?」「今回はどこまで行くんだ?」「日本のツアー客はまだかい?」矢継ぎ早に質問の集中砲火。まあいつものことだ。とは言え、彼は特に質問の答えを早急に求めているわけではないのだ。

 

 

 

「まあ、いい。後ろの家の方でゆっくり話そうじゃないか、今日はもう予約は入ってないからな」笑顔そのまま「宮殿」から一本隔てた自宅へと導かれる。


「好きなとこに座んな。アイスティーでいいかな。これは俺の特製さ、美味いんだ、きっと気にいるさ」そう言われたら要らないとは言えない(笑)

そうやって私とHarley のゆっくりとした時間は様々な話をしながら過ぎた。なぜかこの場所に来ると、Harley と話をしていると気持ちが安らぐ。不思議な感覚だ。ルート66を愛し、音楽を愛し、旅を愛する。そんな共通点が国も人種も文化も全く違う人間を出会わせ何度か同じ空間に置く。何度も繰り返すが、これがルート66に魅了された楽しさの一つだ。私達の大きな違いは、彼は「一流」のエンターティナー、私は(そこそこ一流の)人見知りという点だ(笑)

どの位時間が経ったのだろうか。春から夏に移行する中世部は陽が長いが、もう夕方か。互いの近況や事情を一通り話し合った。楽しく、そしてゆっくりと落ち着いた時間をまた過ごさせてもらった。本当に寛げる安らぎに時間を与えてくれる Harley に感謝だ。

次の再会を約束して私はゆっくり腰を上げた。さて、いよいよテキサスだ。

追伸①:例のアイスティーは美味しかったけど、ちょっと甘いなぁ(笑)

追伸②:今日8月19日は、UKからの訪問客と元気にFBに載っている。人気者 Harley の夏はまだまだ終わらない。
(写真は彼自身のFBページより)

 

 

西へ進むよ、日曜日。


夢心地の宴から一夜が明けた朝は絵に描いたような快晴となる。これこそルート66に相応しい。晴れ男の異名、回復の朝だ(笑)
何度も通っているオクラホマシティ内最大の湖、オーバーホルスター湖を左手に見ながら橋を渡る。インターステート40号線の北側をほぼ並走するルート66をゆっくり走る。冷たい風が気持ち良い。

Yukon、El Reno、と街を越えるともうすぐ今日の第一目的地、ポニーブリッジだ。ポニーブリッジがあるのは Bridgeport という街だが、ここは特筆する観光スポットは無い。ほぼゴーストタウンと言っても差支えないかもしれない。前述した街々も決して大きくないので、足早にインターステートを通ってテキサスに急いだのならこの橋にお目にかかることはないのだ。
ポニーブリッジはカナディアン河にかかる橋で、全長約4000フィート、38個のトラスが使われており、1933年7月1日に完成した。映画「怒りの葡萄」の中にも登場している。
今日は日曜日の早朝、当然ルート66を走るものは殆どいない。誰ともすれ違わないし、追い抜かれも追い越しもしない。(やっとこの橋ですれ違うことが出来たんだけど)だからラジオステーションを大好きなカントリーミュージックに合わせのんびり横断してみる。

橋を渡った後は Hinton の街を抜け、西へ向かって更に E1020 Road を走る。E1020 Roadとはこの区画上でのルート66の別称だ。特に民家も多くのないこのあたり一帯では東西に走る道は「E」、南北に走る道は「N」を冠した道番号となっている。Hinton を抜けて更に10マイル強走るとそこは Hydro の街。E1020 Roadは限りなくインターステートに近づき並走する。Hydro の街には郵便局、教会、薬局、そしてピザ屋さんと、必要最低限のものしかない。ただその小さな街をルート66上でも極めて有名なスポットに変えたのが Lucille’s Service Station。1929年に建てられた古典的なガソリンスタンドで、1941年ハモンズ一家が運営を引き継ぎ、ルート66史上に残る「マザーロードの母」と呼ばれて親しまれたルシールさんは彼女が亡くなる2000年まで、約60年に渡って多くの旅人と接してきた。
私も1993年以来何度か通ったが、残念なことにまだネットもSNSも確立していなかった頃。ついぞ彼女に会うことは出来なかったのがとても残念だ。

ちゃっかり貼らせて貰っている、日本ルート66協会のステッカーの有無を確認し、先を急ぐ(笑)

オクラホマ州ベッカム郡セイヤー。聞いたことがある人は殆どいないはずだ。実際私も初めて訪れた時まで聞いたことすらなかった。当時は人口3000人ほどの街だったが、最近の国勢調査では4500人程度まで増加しているらしい。凄まじい伸びではなかろうか。セイヤーの街を一番有名にしているのがベッカム郡の郡裁判所。

こう見えても?郡都なのである。
ドーム型のデザインが施されている裁判所はオクラホマ州全域を見渡しても数カ所しかない稀有なものなのだ。観光スポットとして有名な Owl Drug Store のあるダウンタウンの交差点を見ていると、とてもそんな人口にいる街には思えない。日曜日の力は偉大だ。


ルート66に興味のない人にとっては多分一回訪れたら二回目はないような場所だ。いや、訂正、一回すら来ないかもしれない。
でもなぜかこの街の持つ独特な空気感、ゆったりと包み込むような雰囲気が私は好きだ。訪れる度に座ってゆっくり眺める「マイスポット」もそのまま、暫く妄想にふける時間が過ぎた。
おっと、今日はアマリロあたりまで出来たら行かないとマズい。そんなばかりはしていられない、とオクラホマ州最後の街へ向かうべく重い腰をあげた。


そうそう、一つ忘れてた。この Owl Drug Store 跡、きれいなオレンジ色の Rexall の文字が魅力的なんだけど、何とこれと同じ看板で現在も元気に営業しているお店が、自身の住む街サンフランシスコにあったのだ!
あまりの感動に写真を撮りまくっていたが、傍から見ればただの薬局。変な奴とばかりにジロジロ見られたことが記憶に新しい(笑)

 

 

Arcadia Neon Fest 2017 ⑤:Arcadia の夜は永遠に

“Hey Toshi, Let’s meet to dine with us around 17:00! Will call ya later.” と、簡単なSNS メッセ―ジが届いたのはその日の午後2時すぎ。おいおい、こっちにも予定ってのがあるんだよ。そうならそうと早く言えよ!と腕時計と睨めっこしながら間に合う距離にいるのか再確認。
もちろん皆で一緒に夕飯するのは大きな楽しみの一つだけど、自分の予定は曲げられない。でもちょっとばかり足早気味に行動、彼らからの場所の連絡を待ちながらBristow、Depew、Stroud の街での撮影に精を出す。


時間を見ればもう4時を回っている。が、一向に連絡の兆しはない。まあこのままArcadia に向かえば5時過ぎには着くはずなのでピッタリだろうとばかりに(それでもフリーウェイには乗らず)ルート66をひたすら走った。

さて、時間は午後5時17分、Arcadia の街に入る。予定より若干遅れたが許容の範囲だ。が、一向に連絡がない。
“hey guys, where you all? Ain’t know the place yet.”
“Oh Toshi, forgot to text ya. We all at XXX.”
とまあいつもこんな感じだ(笑)
指定された店は典型的なアメリカン・フード。オクラホマのアメ食だ。心からホッとする。美味い。


どうやら結局かなりの大人数で行くことになったらしく、誰が行くのか何人行くのか誰もつかめておらず(最終的には30人を超えていたらしい)店には流れてきたものの適当にバラバラに座りそれぞれ楽しんでいる状況だ。
こういうの本当に楽で良い。苦手な方もいるだろうが、私はこういう方が断然性に合っている。

陽もすっかり暮れはじめ、まだ夜は肌寒いオクラホマ州の4月。Arcadia Neon Festa の2日目が始まった。昨日は Jim と Shelle のサプライズ結婚式だったが、今宵は仲間内ですっかり談笑。近隣 Yukon の街よりエルヴィスも甦り(笑)素敵なパフォーマンスで会を盛り上げてくれた。
ご本人の許可を貰っているのでちょっとだけその雰囲気を味わって頂きたい。

今回8州にわたるルート66のうち、5つの州から多くの友人が集まった。毎年夏場を中心にルート66沿線上各地でいろいろなお祭りや催しものが開催されるが、いつも一大家族のリユニオンのようだ。互いの元気な姿を確認し、最近どうだい?と仕事の話、家族の話、悩み話、下らないゴシップから政治の話までまるで本当の家族のように本音で気取らず楽しめる。
元々この集まりには最初から参加する予定では居たものの、今年の春に実は少々大きな決断をするに至った。だからこのフェスティバルで彼らに会うことは、オクラホマからテキサスを走っておくことは今回非常に重要だったのだ。

沢山の笑い声とアップビートな音楽に包まれてアーケディアの夜は更けて行く。

 

Arcadia Neon Fest 2017 ③:サプライズ結婚式


夕方のフェスタに向かってタルサから南下するわけだけど、一向に雨が止む気配が無く全く写真の撮れる状況にない。Sapulpa から Rock Creek Bridge を抜けて Ozark Trail を走る。本来であれば爽快感が半端ないこの道も今日ばかりは泥道と化していて走行すら覚束無い箇所もチラホラ。こりゃ本当に無事に辿り着けるんだろうか?(笑)
天気予報によれば明日には雨が上がりだいぶマシになるらしい。ので、今日は全ての予定を取りやめて明日に廻すことに決めた。一旦そう決めると後ろ髪は引かれない。一気に目的地のアーケディアまで車を飛ばした。
そうそう、一つだけ。どうしても行きたかった道、Warwick から Davenport という小さい街間だけど、レンタカーのスペックじゃどうしても諦めざるを得ない場所があった。自分の愛車 FJ なら楽勝なのだが。。。


時間は午後7時45分。予定より15分遅れての到着だ。このシリーズ①でもお伝えした、Jim と Shelle の自宅はまるで小さなルート66博物館。いつも訪れる度に楽しい気持ちにしてくれる。実際車を近くに停めて家向かって歩き始めた時、とあるカップルに呼び止められこの家が何か聞かれた(笑)やはり博物館かギャラリーだと思ったらしい。

ネオンフェスティバルは今晩、明日の晩と週末全部を使って皆で楽しむイベントになっている。特に他州から来る場合、金曜に間に合わない仲間もいるのでメインは土曜と勝手に考えていたが、実は。。。?

何と凄すぎるサプライズ、Jim と Shelle が結婚するって!
これにはびっくり。ずっと長い間パートナーとして仲良くしてきたのはずっと見てるし、今更ってのは失礼だけど、その手の「形」に拘るようには見えなかったし。
いずれにせよ嬉しい知らせだ。ネオンフェスティバルの行事に相応しい。あー本当に来て良かった。無理したわけではないけど金曜日に仕事を休んでカリフォルニアからオクラホマまで飛んでくるのは決して簡単じゃないよ。でもルート66の仲間の人生の重要な 1ページに同席出来る幸せはどんな言葉にも代え難い。「心の底からおめでとう!本当に嬉しいよ。呼んでくれてありがとう!」満面の笑みで彼らとハグしながらそう伝えた。いつもは男勝りの Shelle がちょっと涙ぐんでいる表情が何とも言えない。


更にその式の誓約証人として取り持ったのが、あの Micheal Wallis 氏。自身のFBでも少し触れたけど、ルート66では知らない人はいない著名な歴史家であり、作家であり、ジャーナリスト。ディズニーピクサー映画「CARS」では声優さんとしてシェリフの役で登場。現在タルサ国際空港では彼の「ボイス」が観光客を待ち受けることでも有名だ。そんな Wallis 氏、私は実は今まで実際に会ったことはなかったんだ。何度かメールのやり取りはしたことがあったんだけど、いつもすれ違いが多くて。彼の書いた本「Route 66 Mother Road」は、私がまだ若い頃読んでルート66に引きずり込まれた書物の一つ。何十年越しの対面に滅多に緊張しない私の表情に多少の堅さ見られるのは我ながら面白い。ははは。
彼は日本のアソシエーションのことをとても気にかけてくれていて、出来ることがあれば何でも協力すると言ってくれた。大御所にそんな言葉をかけて貰えるなんて柄にもなく言葉にも詰まる(笑)

終日雨模様だったオクラホマも何故か?この式典の時は小雨からほぼゼロになり、集まった50人強の仲間たちも想い想いに楽しい時間を過ごすことが出来たと思う。ちょっと未だ肌寒いオクラホマの夜は更けて行く。

Arcadia Neon Fest 2017 ①:スタートは雨!?

 


そうこうしている間に月が変わって今年も既に5月。新緑の季節、とは言ったものだけど、先月後半からアメリカの天気は巡るましく変わっている。アメリカ、何て言うとサイズがデカ過ぎるけど、同じ日に雪の降っている街もあれば、台風や洪水で大変になっている街、かたや摂氏30度を超え夏本番の姿を見せている街、と国土の広さと気候の違いに改めて気付かされる。
そうそう、これを書いている時はミズーリ州から、オクラホマ州、テキサス州と大災害が起こり、ルート66の名所 Devil’s Elbow を始め多くの場所で尋常ならぬ被害が起こっている。被災された方々が一日も早く通常の生活に戻れる日を願ってやまない。

さて今回の旅はオクラホマ~テキサスの一定区間、目的は友人 Jim Ross と Shelle Graham が彼らの自宅で主催する “Arcadia Route 66 Neon Fest 2017” への参加だ。Jim と Shelle は二人とも才能溢れる作家、写真家+アーチストであり、ルート66の世界では知らない人はいない。彼らは1997年から正真正銘のルート66であるこの場所に住み移り、Phillips 66 Gas Station をモチーフに自身の家を博物館のようにしてしまったのだ!


この企画は結構早くから聞いていたので仕事も何もかなぐり捨てて現地へ赴くことが出来てラッキーだった。ルート66をこれだけ長く走っていると各地に友人知人が出来る。もちろんSNSやメール等で近況報告をし合うわけだけど、シカゴからロスアンゼルスまでストレッチされた距離で全て友人らに定期的に会うのは不可能だ。そんな時こういう集まりがあるとかなり相当数の友人らと一箇所で会うことが可能になる。今回もそんな集まり、まさにルート66のファミリーリユニオンだ。

                                   向かって左の二人がJim とShelle

そんな素敵な集まりにまるで少年のように何日も前からウキウキしながら地元、オークランド空港より出発。デンバーを経由して(いつもの?)タルサ空港に到着する。馬鹿にするわけでなく、タルサ空港はいつも空いている。

勿論混んでいる時もあるのかもしれないが、私の10回+ぐらいの利用経験ではそう断言して良い(笑)到着時は勿論、出発時でさえ、チェックインカウンターそしてセキュリティゲートでもまず並んだ憶えはない。素晴らし過ぎる。
25年もアメリカに住んで色々な場所に住んだが、私の好きな空港は、①アルバカーキ、②タルサ、③フォートローダーデールである。

更に。私は「晴れ男」である。アメリカ国内では滅法強い。旅行に出かけて天気の悪い経験は錚々ない。例えばハリケーンが近づいていても、行った時には台風の目に入り晴れている、そんな感じだ。
が、しかし!今回はいつもと様相が違った。タルサは何と雨だ!
あまりにも珍しい光景に暫し眼を疑う。「マジで?」大袈裟な言い方だがロッタリ―に当ったかのように自問自答してしまった(笑)


車を借りて街に出る。ルート66を走ってみる。本当に雨だよ。
これから起こる物事にルート66は泣いてくれているのか。こうして旅は始まった。

 

住むならタルサ!


皆さんはオクラホマ州タルサという街をご存じだろうか?もちろんルート66好きなら誰でも知ってるけど、そうでないと余り馴染みがないかもしれないね。
「ルート66に住むならどこに住みたい?」とてもよく聞かれる質問。田舎暮らしもとても素敵だけど、現実問題やっぱり多少の「文化」が欲しいのが本音、だから私は大体いつもこう答えるんだ「タルサかな」。


これはオクラホマの友人への挨拶でもお世辞でも何でもない、所謂「マジレス」だ。州単位で言えば、ミズーリ州やニューメキシコ州が好き、と何度もこのブログでも言ってるけど、暮らすとなればタルサに落ち着く。
何が魅力なの?と聞かれれば、やはり適度なサイズの中都市であり、ちょっと走れば田舎もあるし、市内には何と140を越える公園(つまり緑が多い)、ギルクリース博物館、ジューイッシュアート美術館、フィルブルック美術館に代表されるアート鑑賞や、オペラ、バレエと言った一流の娯楽も揃っている。ゴルフ場だって当然あるし、リバーパークはアーカンソー河に沿って30キロ以上に及ぶ舗装道が通っている。それに驚くなかれ、アメリカにしちゃ(って言葉悪いけど)結構美味しいレストランも多いんだよ。偏見かもしれないけど、オクラホマっていうイメージからは思いもよらない、テーブルクロスの高級店だって!(笑)
メジャースポーツはないけど、マイナーリーグ系はしっかり揃っているしね。

そんなタルサ、アートのセンスも良いんだ。ルート66に限っても、街のあちらこちらを飾る色々なデコレーション系のデザインが本当にカッコいい。

これは最近のことだけど、タルサ市とタルサ美術委員会が「Route 66 Rising」と名付けた新しい巨大彫刻をアドミラル・トラフィック・サークルと呼ばれる場所に設置することを発表したんだ。(制作者はタルサの人でなく、ニューメキシコ州アルバカーキ出身の Eric Garcia 氏なんだけどね)
その完成デザインがこれ ⇩


シャープ感満載でスタイリッシュだよね。まさに次世代のルート66。中には否定的な意見もあるようだけど、私は好きかな。
この彫刻、高さは約11メートル、幅は27メートル、重さは何と25トンだって!
モンスター級だね。年末までには完成するらしいので、来年は是非見に行ってみたい。とか言いながら今月末タルサにまた行ってきます(笑)

それでは最後にタルサ観光局の街紹介ビデオをご覧ください。

 

 

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