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Save the Gasconade River Bridge 最終章

ミズーリ州ラクレード群ヘイゼルグリーンという小さな街の郊外にあるガスコナーデ川橋。そう、この橋の運命については何度もこのブログで取り上げてきたけど、やっとその将来が決まる(かもしれない)という時期に差し掛かっている。

というのは、同州ルート66協会の会長であるリッチが、ガスコナード川橋の所有権を協会に引き継ぐことを望んでいると語ったからだ。

まだ現時点で結果を聞いてはいないが、リッチは1日(土)午後に開かれる理事会で、同協会に提案を承認するよう尽力しているようだ。

最近読み始めてくれた読者の皆さんのために簡単におさらいをすれば、ガスコナーデ川橋はルート66の歴史の一部としてとても重要なアイコンの一つ。だけど2014年12月、ミズーリ州運輸省が橋の劣化が理由で当面の通行封鎖を勧告した。同運輸省の査定では修理をするには約1億円程度の資金が必要であり、州財政を鑑みれば当面その「順番」は廻ってこないというものだった。しかし問題はそれだけでは済まず、たとえ修理したとしても構造そのものが現在の規制に合っておらず、更には通行できる車両の重さも制限されることから、解体=>新しい橋の設置というオプションまで議論されるに至った。

2015年春、そのリッチが音頭を取って初めて同地でラリーウォークを主催、ガスコナーデ川橋を守る意思を群や州を相手に鮮明にアピール。私もルート66日本のアソシエーションを運営する身としてリッチの活動に賛同し、2016年4月に行われた第二回ラリーウォークに参加したことは既に皆さんにもお伝え済みだ。スローガンは “Repair, Don’t Replace” ( 壊さずに修復を)。橋そのものを「残す」ことが必須だったのは言うまでもない。

David Schwartz 氏デザインの同イベント用ステッカー

これらの活動の結果、州政運輸省は一旦解体を見送ることになったので、リッチの行動の効果は充分にあったが、その後 同州運輸省は橋の新しい所有者を今年4月20日までに見つけることを条件に、橋を残すことを認めた。
そのリッチは昨年からミズーリ州ルート66アソシエーションの会長に就任。ガスコナーデ川橋の問題に向き合っている、というわけだ。

Facebook の Save the Gasconade River Bridge ページも多くの応援メッセージで溢れている。
https://www.facebook.com/groups/savethebridge/permalink/3668158949868693/

リッチを始めとした全ての関わる人達の行動に心から敬意を表するとともに、可能な限りのサポートができればと切に願っている。

復刻!ネオンサイン:Meadow Gold 編

ここ1、2年に渡ってルート66では、「ネオンサインの復刻」がいわゆるブームだ。看板そのものが長い間使われていなかった、ヒューズが切れたまま放置されたモーテルサインの点灯式はすっかり毎年のイベントとなりつつある。
そんなネオンサインの一つで最も象徴的なものの一つがオクラホマ州タルサにある「Meadow Gold」だ。
私もこの建物とネオンサインは大好きで、タルサを通る時はできる限り11番街に立ち寄ることにしている。
現在は、このブログでも紹介した、Buck Atom のお店が通りを挟んだ正面に出来たことで一層訪問の確立は高まったわけで。

1934年、Beatrice Foods は、Meadow Gold Milk を宣伝すべく大きなネオンサインを掲げた。それはその後何十年にも渡り、11番街とルイス通り角のランドマークだったが、1967年に当時の市長であった James Hewgley 氏は同年9月に「Scrap Old Sign Week」を導入、独自の公共イメージを促進しタルサの街を美化することを Greater Tulsa Sign Association と共に主導した。
それは「見苦しい」または「危険な」と指定されたサインは取り壊されるというものであったが、幸い1967年はまだ Beatrice Foods は営業中であったため、その難を逃れる。しかし会社はその後廃業、1970年代のある時期にサインは荒廃、その点灯は消えた。

Photo by Beryl Ford Collection, Rotary Club Tulsa

その後 2004年になり、ネオンサインが設置されている建物の所有者が建物を取り壊そうとした際に、Meadow Gold の看板は存続の危険にさらされるが、Tulsa Foundation For Architecture は歴史保存キャンペーンを主導、保存に必要な基金を設置し、看板は無事慎重に解体されることとなった。当時のルート66オクラホマ・アソシエーションの会長であった Rich Schmigle 氏は看板はタルサの歴史であり、ルート66の歴史。捨てることは絶対にできない、と解体保存に尽力したと聞いた。

そして2009年。
Meadow Gold の看板は、元の場所から約1マイル西にあるルート66上に帰還。土地は11番街のコーナー・カフェのオーナーとピオリア・アベニューから寄付された。

昨年、その当時の貴重な映像が Tulsa History Series によって YouTube に上がったので、それを皆さんにもシェア。National Park Service も関わるルート66の歴史的意義そしてアメリカにとって大きな意味を持つことを感じて貰えたら嬉しいかな(笑)

Neon Sign by illustrated touch version by Toshi (2015)

アルバカーキでの一大ビジターセンター計画

地元ニュースで取り上げられた建設地域の映像

ニューメキシコ州、アルバカーキ市議会は先週、「ルート66ビジターセンター」用の費用を含む、スポーツ観光パッケージを承認した。
これは総額約3,000万ドル(約31億円)のパッケージで、その内、ルート66ビジターセンターには250万ドル(約2億7千万円)ほどが含まれるようだ。
ビジターセンターにかかるコストは過去3年間で、340万ドル(約3億6千万円)から1,290万ドル(約14億円)まで急激に増大した。
それは当初の予定にタップルーム、博物館、ドライブインシアター、さてはカンファレンスホールまで追加設置し、一大センターとしての利用価値を上げようとするものだ。

下記は同市議会会議で、総額1,300万ドルを投入して建造しようとしているビジターセンター計画のプレゼンテーションが行われている映像だ。
開始より14分ほどの所から約12分間に渡ってプレゼンテーションが行われているので、興味のある方は是非ご覧になって頂きたい。

地元媒体である、アルバカーキ・ジャーナルは、ティム・ケラー市長先導で提案された観光パッケージは、地元のグレーター・アルバカーキ・ホテル・アンド・ロッジング協会からの積極的な賛成が得られないにもかかわらず、承認プロセスは問題なく進んだと報道。市と債権財務担当者は、市場は活況のため、迅速な債権販売を進めたかったのだろうと読んでいる。

そもそも2016年12月に同州参議院議員である、クラリッサ・ペーニャ女史によってこのルート66ビジターセンターを建造することの重要性が提案され、同センターはコミュニティにとって重要な案件であると提起され続けてきた。ペーニャ女史の言葉を借りれば、同センターは地域経済の活性を推進する大きな力となり、人々が誇りを持つことができるものになる、ということだ。
先に挙げたように、このプロジェクトの費用は約1,300万ドルと予測されており、市は300万ドル(約3.1億円)を割り当て、今年11月の投票の一般債務債において、さらに100万ドル(約1.1億円)を見込んでいるようだ。
今後の動向に注視したい。

Space Cowboy タルサに帰還!

ルート66上にも大都市、と呼んで差支えない街は幾つか存在するが、オクラホマ州タルサはその中でも私の最もお気に入り街の一つだ。
日本の読者の皆さんにはオクラホマ州と聞けば牧場や田舎を想像するかもしれないが(勿論その想像は正解だが 笑)、タルサはその歴史と国際色豊かな文化に溢れた、さらに言えば「お洒落なレストラン」なんかも多い、とても素敵な都市である。
私が通常カリフォルニア州サンフランシスコから中西部以東のルート66へ飛ぶとき、その場所柄と便宜上、タルサ又はセントルイスを使うことが多く、タルサ空港はそろそろ自身の「ホーム」空港の一つとして認識し始めているぐらい。
さて、そのタルサにこの5月11日(土)、大きな素晴らしい「贈り物」が届いた!

Buck Atom’s Cosmic Curios on 66は、昨年6月1日に Mary Beth Babcock 女史の手によってオープン。このルート66の新たな情報発信地+雑貨屋さんの存在を知ったのは、先日紹介した Route Magazine 内に掲載された我が友 Rhys のそのお店に関する記事を読んだ9月末のことだ。
ちょうどミズーリ州キューバにある Wagon Wheel Motel に宿泊時、オーナーのコニーと雑談をしていた朝に、郵便屋さんによって1箱の雑誌が届けられた。コニーが開けてみると、それは Route Magazine の10、11月版。一冊持っていけと言ってくれたので、有難く頂戴して拝読。その時に初めて Buck Atom’s と Mary Bethが目に留まった。
日頃お世話になっている Route 66 News で、以前何となくこのプロジェクトに関する記事を目にしたことを思い出したが、このことだったとはすぐには繋がらなかった。

その夜早速ネットでサーチ。そのお店はタルサ・ルート66である11番街にしっかりオープンしていることを確認できたので、その時の予定にタルサ行きは入っていなかったが、急遽予定変更して Buck Atom’s に立ち寄ることにした。願わくば Mary Beth が居るといいな、と思いながら。。。

Buck Atom’s の場所は1347 East 11th Street。よく考えるとそれはルート66上、歴史的な Meadow Goldのネオンサインのある建物のほぼ向かいだ。過去に何度も足を運んでいる、タルサでもお気に入りの場所だ。
「あ、そういえば」と思って、過去一回だけその場所を撮った写真を引っ張りだしてみた。もともとここはガソリンスタンドで、使用されなくなって長い。当時、(今では盛んになったが)フードトラックが1台寂しくいつも止まっていたぐらい。周りに特にオフィスがあるわけでも大きなショッピングエリアがあるわけでもない閑散とした場所だったから誰がここで買うんだろうかといつも要らぬお世話、経営者を心配していたものだ(笑)

お客のいない少し寂しいフードトラック

そしてその記事を読んだ数日後、私は Buck Atom’s を訪ねた。
その明朗で超、そう、まさに「超」フレンドリーな性格で、周りをハッピーにする彼女の姿は、私がお店に入る前から充分に視界に入ってきたのだ。「ラッキー!Mary Bethがいた!」そうワクワクしながら入店。彼女に自己紹介をし、彼女が一緒に仕事をしている Rhys は私の親友だと伝えると、一気にテンションは Max!
さすがアメリカ、友達の友達は「すぐに」友達だ。
し・か・も・他のお客さんも交えて話しは盛り上がるが、奇しくもその時、今日ここでトピックにする「マフラーマン」の像を立てるべくプロジェクトの建設許可がタルサ市から正式に下りた通知が届いたのだ!
これはラッキー&ラッキー!とばかりにBuck Atom’s を挟んで、はいピース!

Mary Beth は、今から数年前タルサのダウンタウンを活性化させるプロジェクトがタルサ市の先導の下始まった際、使われていない住居スペースを再利用することでお店を設立した (Dwelling Space Store)。彼女の熱意とクリエイティビティは他の多くのサポートを通して、すぐにコミュニティの柱になったと聞く。
Mary Beth によれば、ただその時はあまりルート66に関する商品を取り扱っていなかったけど、ルート66 を訪れる観光客があまりにも多いことに気付き、今回の新たなプロジェクトを行いたいと考え始めたそうだ。
実際、 この Buck Atom’s のアイデアもその頃にはあったらしく、地元のアーチスト、Jeremy Luther 氏に頼んでこの「宇宙カウボーイ」をデザインしてもらっている。
ではこの Buck Atom’s (宇宙カウボーイ)って何?という方に、Mary Beth の語るストーリーはこうだ。
Buck Atomは、ロデオカウボーイで Route 66 のあちこちにサーキットで試合に出ていたが、ある日どこからともなく来た宇宙船にさらわれ「エーテル」(Ether)に行ってしまう。その後彼が地球に戻ったとき、すっかり衰退してしまったルート66を見て、彼と同名である Buck Atom’s というお店と共にルート66の活性化に役立ちたいと願っている、という感じのようだ。

そして遂にそのマフラーマンの完成に目途が立った2019年春、Facebook にこのお披露目パーティの広告が載った。

21フィート(約6.4メートル)のファイバーグラス製のマフラーマンは、地元のアーチスト、Mark Cline 氏によって完成。お店に置くアイテムや商品を始め、地元を活性化することが重要な Mary Beth にとって「地元」へのこだわりは強い。
残念ながら(きわめて残念)その場へ行って祝福の輪に加わることはできなかったが、Buck Atom’s 公式ページを始め、多くの友人知人のポストがSNSに上がったため、あたかもそこにいるかのように多くの情報を集めることができた。現在技術に乾杯!

それらによれば、タルサ市長の G.T.Bynum 氏、州副知事の Matt Pinnell 氏、Tulsa FMAC のAbby Kurin 女史、American Giant Co. の Joel Baker氏、Route 66 Alliance の Ken Busby 氏、そして私たちルート66の父、Michael Wallis 氏も参加した豪華な歴史の1ページとなったようだ。

Mary Beth は言う。この地に、このプロジェクトを展開することになったのは全て彼女の「運命」であると、そして彼女は「それをありのままに受け入れるのだ」と。 さらに続けて、「私はルート66とその歴史を愛し、祝いたい。だけどそれと同時に、Route 66の未来も創造したい。」

Route 66 の歴史、その意義を、保存し、未来へ残したい、という私たちルート66のコミュニティ全員が共有する基本理念そのものが、ここにある。
私たちの未来は明るい!

Rhys & Mary Beth
https://buckatomson66.com/

Route 66 Passport でスタンプラリー


スタンプラリー。
皆さんもこの名を耳にしたことはあるはず。JRを始め、多くの鉄道会社や旅行会社、または地方都市の観光協会が企画する、一定のテーマの下、スタンプを集める行動だ。企画や特典がなくとも個人的な趣味で行う人も少なくなく、神社の「御朱印」を集めるのもその一種だ。
このスタンプラリー、実はアメリカではそう多くは見かけない企画なのだが、「Route 66 Navigation」を作った友人、Marian Pavel 氏によってその「企画」が発表された。今日はそんな素晴らしい旅のお供を紹介したい。

Marian Pavel 氏

企画(商品)、その名は、何と!ちょっとベタだが、「Route 66 Passport」だ!
アーティスト、Joyce Cole 氏によるイラストが満載の「Route 66 Passport」は、Route 66 の旅行者に、楽しく情報満載で、インタラクティブな記念に残る商品を提供。 でも本当にすごいのは、ベネフィットを受けるのは、旅行者だけではなく、Route 66沿いのコミュニティにプロモーション機会と収益の流れを提供するように設計されている点、その仕組みはこうだ。
パスポートには州ごとに選定されたビジターセンターでスタンプをゲット。旅行者はビジターセンターを訪れることにより、スタンプと共にモーテルやレストランを始め、各地のイベント情報等を一緒に聞ける利点があるわけだし、その一方ビジターセンター側としても、集客が見込まれるためお土産品の販売機会も増える。
更には、このパスポートを作った Marian の会社は Touch Media といい、「Route 66 Navigation」というApp まで開発しているため、ビジターセンターはパスポートと 7日間または1年間の Subscription 付きの App を販売するオプションもあるというわけだ。まさに Win‐Win の関係だね!

Touch Media の開発した App はこれ ⇩

iTunes でも Google Play でもダウンロードできるので、気になる方はチェック!
https://www.route66navigation.com/
残念ながら日本語バージョンはないけど、ルート66のニュース、ビジット先情報はもちろんのこと、イベント予定表や ターン・バイ・ターンのナビゲーションソフトで道に迷う心配も解消だ!(個人的には迷うのが旅の醍醐味ってとこはあるけど)

尚、Touch Media のCEO である Marian は、このパスポートプロジェクトを開発するために、オランダルート66協会の共同創設者、ルート66ロードアヘッドパートナーシップ国際諮問委員会委員長、オランダ市場向けのルート66ガイド、そしてオランダを拠点とする米国バイカールート66ツアーのガイド、と多彩な顔を持つ Dries Bessels 氏を含む複数のコンサルタントのサービスを利用。現地アメリカでも、私の親友の一人、ルート66とアリゾナ州のプロモーションプロジェクトを開発している観光開発コンサルタント、歴史家、そして作家の Jim Hinckley 氏コンサルタントに起用する徹底ぶり。App とパスポートでルート66の旅が一層楽しくなるのは言うまでもない!よね(笑)

最後に YouTube に出ているプロモをちょっとお見せします。

 

 

 

Roamin’ Rich 新会長誕生!

Image From Route66News.com

“Roamin ‘Rich” の愛称で知られる Rich Dinkela 氏が、先週末のグループ選挙で、ミズーリ州ルート66アソシエーションの新会長へ就任することが決まった。
彼は YouTube 等のメディアでも露出度が非常に高い、ルート66界屈指の人気ソーシャルメディアプロモーターでもある。

ミズーリ州ルート66アソシエーションは過去約20年に渡って Tommy Pike 氏とその奥様である Tonya さんの二人三脚で大きな発展を遂げてきたが、今年一気に世代交代をし、さらにパワーアップしていく予感に溢れている。

Rich と私が初めて出会ったのが2015年秋にイリノイ州エドワーズビルで開催された「マイルズ・オブ・ポッシビリティー」、ルート66の歴史的意義やアメリカの偉大な財産として今後どのように保存、発展させていくかを教育的、学術的見地から意見交換をするカンファレンスでのことだった。
もちろん「その場所に居る」ことで、多くのルート66を愛する友人知人と楽しい時間を共有できることが何よりうれしいし、そこで彼に会えたことは非常に有意義なことだった。

彼はいつもいろいろなことを精力的にこなし、ルート66に多大なインパクトを与える。翌年2016年春には(実際にそれは第二回目になるのだが)、ミズーリ州のガスコナーデ橋を取り壊しから守るため、州政府を相手に多くの支持者をまとめ上げ、結果的に保存に成功した。この話は当ブログにも詳しく載せたが(2016年4月26日参照)、その時にも前年に日本ルート66アソシエーションを立ち上げた私にも檀上に上がってその紹介をするチャンスをくれた。
いきなりの指名に少し焦ったが、準備なしにしては上手く話せたと自画自賛、記憶している(笑)

Image From Roamin’ Rich’s Facebook Page

その後もドローンを飛ばすことでルート66を見たこともない世界に導いてくれたり、シールドペイントと言って、ルート66のサインが消えかかった、またはないルート上の重要な場所に一つ一つ出向いて、地道にルート66のプロモートに尽力してくれた。私が言うのもおこがましいが、行動で示す彼のリーダーシップがあればミズーリ州は安泰だ。

時を同じくして、オクラホマ州ルート66アソシエーションにも、私の親友 Rhys Martin 氏が新しく会長の座に就いた。ルート66は一気に世代交代をし、心からルート66を愛する素晴らしい友人たちの手によって発展して行く。まだまだ微力ながらお手伝いできる機会が山ほどありそうだ。

最後に Rich の素晴らしいドローンの世界をもう一度!

Wrinks Market の新女神達

今回のレバノン行きで一番楽しみにしていた訪問がここ、我がルート66の母、ラモナの経営するマンガ―モス・モーテルから目と鼻の先の距離にある、Wrinks Market だ。
2009年に完全に閉店して以来、約8年。遂に再開するというニュースを聞いたときには、かなりテンションが上がったことを憶えている。
下の写真はたぶん2013年頃に撮ったその姿。冬場ということもあり、とても寂しい印象は否めない。もちろん店の中もガランとして何も置いていなかった。

「ここが空いているうちにご主人と交流したかったなぁ」と、通って見る度に想ったことは2回や3回では済まない。

Wrinks Market は1950年、Glenn ”Wrink” Wrinkle 氏によって開業され、マンガ―モス・モーテルと共にルート66繁栄期に一役かった。後程紹介する新オーナーによれば、「彼女の祖父はルート66と、それを旅する人達を心から愛していた」とのことだ。
お店を訪れた旅行者の中には、大陸横断中に「おむつ」を買いに立ち寄った、名優クリント・イーストウッド氏もいたとのこと。

2005年になって82歳になった Glenn はこの世を去り、お店は閉店。その後息子さんが一時的に継いだが、当時の不況の影響で上手く行かず再度閉店となった。ちょうどその頃私も一度訪れているが、営業をしているのかしていないのかスルーした記憶がある。

という前置きの下、2018年9月、やっとこの地をまた訪れる機会があり、お店を訪問してみた。今回はしっかり営業している雰囲気がばっちりだ(笑)

恐る恐る店に入ってみると、明かりは完璧に点き商品もきちんと陳列され、どうやら100%営業中のようだ!

新オーナーは、Glenn のお孫さん、Katie Hapner さんと彼女の義妹 Sarah Carney さんのお二人。さらには Katie の娘さんがこの日はお店をお手伝い、と店内は活気にあふれていた。

小腹を空かしていた私はサンドイッチを注文し、さっそく雑談開始。最初にお相手してくれたのは Sarah さんだが、日本人だと告げると「まあ!Katie は日本の血が少し入っているのよ!オ、キ、ナ、ワ?かしら。そこで育ったって。」
それならと、早速バックヤードを作業をしていた Katie さんを呼んでもらった。
Katie さんもそうだが、彼女の娘さんも大の日本好きで、近いうちに日本へ行くことをとても楽しみにしているそうで、矢継ぎ早の質問を受ける。が、ご存知の通り在米30年の私は今一つ日本文化には疎い。

当初は15~20分程度の滞在予定だったけど、気が付けばゆうに1時間超え。
でも全然へっちゃら。素敵な女神たちとの交流だものね。最後はとびっきりの笑顔の一枚を頂戴した。

地元テレビ局KY3が、お店の再開時にニュースとして取り上げたので最後にご紹介したい。

 

 

 

 

Bob’s Gasoline Alley: 大人の遊園地

そこは視界が開くと突然現れる、ルート66、古き良きアメリカのワンダーランド。ミズーリ州キューバのダウンタウン地区から西へわずか5マイル(約8キロ)へ行ったところに ”Bob’s Gasoline Alley”はある。
インターステート44号線からはアクセス出来ないので嫌でも下道、ルート66を走って行かざるを得ない(とは言っても嫌なわけがないのだが)。
地元では「ZZ」と呼ばれるルート66をひたすら走り、Beamer Lane という余り目立たない小道を入る。こんな感じだ。


ここを抜けると一瞬で視界をカラフルなサイン、サイン、サインで塞がれるのである。

あまり沢山の資料がないので、詳しくは書けないのだが、Bob Mullen 氏が長い月日をかけて収集したガソリンステーションのサインや、ネオン、ガスポンプは勿論、その他関連の小物で埋め尽くされた鑑賞用の大人の遊園地なのだ。

建物の中では食事をとれる施設もあるが、ここは残念ながら春~夏季で予約限定らしい。外にも沢山のピクニックテーブルも置かれているので、大家族や友人らとのパーティには絶好だろうか。

裏庭?はインターステートに向けて気持ち良く広がった草原が素敵な上に、ラバやラマ等が飼育されていた。

横にはひっそりと住宅も建っていたが、今日はお留守のようなので1時間ほど見学して失礼することにした。

ここに来るのも今回で3度目。次はそろそろオーナーさんに会いたいものだ。

ちょうど YouTube で面白い映像が上がっていたので拝借。

 

2019 Rockin’ Route 66

過去5年に渡ってニューメキシコ州ルート66と、トゥクムキャリの街の発展に尽力してくれた夏の風物詩、「Rockabilly On The Route」が今後のイベント計画を一切白紙にすると発表されたのが昨年の2月。
ルート66のファンは勿論のこと、多くのロカビリーファンにも衝撃を与えたのはまだ記憶に新しい。
何でも主催者側と市職員の間で知的財産権を巡る意見の不一致があったとかなかったとか言われているが真相は明らかにされていない。

そんな中、Facebook、Instagram 等のソーシャルメディアを通じて新しいイベント企画の発表が先月あった。その名も「Rockin’ Route 66」だ。
ロカビリーからロックへ、個人的な意見を言えば私は前者の方が好きだが、この際細かいことは端に置こう。
同地域共通の目的と趣旨を持ったイベントが行われるということはそれだけでもハッピーだ。

主催者の発表によれば、イベントは ①50年代回帰、そして ②ニューメキシコ州の特色、の二点にフォーカス。
古き良き時代にルート66を行き来したクラッシックカーを走らせ、様々な音楽や生活の違いが世界中の旅行者からもたらされ、変化と発展に溢れた楽しい時代、をテーマに多くの仕掛けが用意されるようだ。
「ニューメキシコ独特の食文化も世界中に発信したい」、この一言に私は最も惹かれたのだが、この新しい試みが大成功し、より多くの人にニューメキシコの良さをもっと知ってもらうことに元住人としては興奮を隠せない(笑)
今から来年、2019年6月27日~30日は決定だな。

公式ウェブサイトはこちら ⇩
http://rockinroute66.com/

前回の Rockabilly On The Route、興味ある方はこちらを!

 

John’s Modern Cabin

またしても廃墟ネタ。
ここまで来るときっと私は廃墟フリークだと思われている気もするが、もう一度はっきり否定したい(笑)
廃墟って絵にはなるけど、何となくやはり怖い。日中に訪れれば大丈夫な場合も多いが、そんな時でも空気感はヒンヤリ気味。ホラー映画の見過ぎが、こんな時にふと何かが起こる感じがして気が気でならないのが本音だ。
元々幽霊は嫌いだし、肝試しなんて超苦手だ。20代後半ハロウィン時に友人らとユニバーサルスタジオの幽霊屋敷に行って酷い目に会ったし。。

と、まあ廃墟が好きなのか嫌いなのかという微妙なスタンスだが、ルート66を旅するようになってずっと気になっていた廃墟、”John’s Modern Cabin” は、ミズーリ州、ニューバーグというエリアにある。
このエリアは過去何回か通ったが、立ち寄る時間がなかったり、立ち寄っても見つけられない旅も何度かあり、つい最近まで個人的には「未開の地」状態であった。

そんな John’s Modern Cabin、2年前にやっと訪れることが出来た。
いや、「導かれた」と私は勝手に思いこんでいる。

まずはその John’s Modern Cabin について3分間でまとまった映像があるので興味のある方は。

2015年秋、その初訪問の前年、イリノイ州で開かれたあるルート66のカンファレンスで、友人 Mike Ward の奥様、Sharonよりあるプレゼントを頂いた。
Sharonはとても聡明で手先の器用な方。中でも刺繍を得意としていて、ルート66にまつわる建物や場所を独自のセンスでアレンジし、小さなハンカチサイズの刺繍を作成しては、ルート66上のモーテルや博物館、レストラン、お店やさんを営んでる人達に順次プレゼントしていた。

With Mrs. Sharon Ward

カンファレンスで会った時「トシ、今日はあなたにプレゼントを持ってきたわ。会えてよかった」と、いつもの優しい笑顔でハグしてくれた。
その時に頂いたものが、これだ。

!!! 何とその題材は “John’s Modern Cabin”!!!
私はこのキャビンがずっと気になっていて行きたくても未だ辿り着けていない、なんて誰にも言ったことは無いし、もちろんこのブログにも、FBにも書いていない。なぜ彼女はこのキャビンを私にくれる題材として選んだのだろう?
(余りの驚きにその際この重要な質問をするのを忘れてしまった)

だから私は思った。そう「呼ばれている」と!(笑)
次にミズーリ州に行く時は何が何でも行かなきゃならない。この時強く誓ったことを憶えている。

それから1年後、ミズーリ州でのイベントに参加した際に友人のRhys と「その場所」へと向かった。

With Rhys Martin

彼は何回かそこを訪れているので場所は知っているとのこと。イベントの始まる前の早朝、わざわざ6時半ごろ起きて一緒に訪問してくれたのだ。車で片道30分、決して近い距離ではない。

John’s Modern Cabin はルート66から少し外れた雑木林の中にひっそりと佇んでいる。当時はこの辺りも開かれていたのだろうが、今ではすっかり忘却の彼方に建っているようだ。

初めてみる荒れ果てたその姿は郷愁と共に感動を憶える。今まで何度か見つけられなかった苦い記憶と、嬉しさが入り混じった不思議な気分で写真を撮りまくった。

キャビンは、1931年ベアトリスとビルのベイレス夫妻によって “Bess’s Place” という名前でオープン。当時はダンスホールと6部屋のログキャビンがあり、旅人にホテル、モーテルとは違う「格安」な宿泊所を提供し人気を博した。夫妻はそれから約10年後にそのキャビンを売却、その後数人の所有者を経て、1951年、ジョンとリリアンのダーシュ夫妻が$5000ドルで買収。ジョンは当時の地元の法律(禁酒法)に反旗を翻し、周7日ビールを販売して地元民の人気者でもあった。
が、1957年の区画整理によってキャビンは大通りから奥に場所を移さざるを得なくなり(だから見えなかった!)、ダンスホールは破棄されることになり、近隣の Vernelle’s モーテルもレストランをたたむ羽目になったと言う。
結局このキャビンは Lilianの死後、Johnは閉鎖を決意。1971年以来破棄された建物は腐食と崩壊を免れず今日に至っている。

JMC, in August 1966, courtesy of Renee McHenry at MoDOT

最近はこのような場所からネオンサインや、お金になりそうな残された物品が盗まれるという残念なニュースが頻発しているが、同ミズーリ州に住むルート66に多大な貢献をしている、Rich Dinkela 氏(通称 Roamin’ Rich)が先日このキャビンを荒廃や盗難から救うため立ちあがってくれた。
これは Rich と彼の有志によって素晴らしいプロジェクトが行われた記録の一つ。
次回訪れる時は何等かの形で貢献したいと思っている。
そして Sharon にも大切なこと聞かないと!

 

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