Page 2 of 17

週刊NY生活連載第26回:カリフォルニア州パート①


恒例の月イチ投稿。ルート66、第八番目そして最後の州、カリフォルニアに突入です。今回含め26回に渡って連載してきたシリーズもいよいよラストスパート!今月はニードルスから州東部、バーストウ手前までのご紹介、次回が最終回です。

https://www.nyseikatsu.com/editions/666/html5/index.html

 

Amarillo Inn & Suites 驚愕のコスパ

皆さんも経験あると思うけど、旅に出ると思わぬ出来事に出会う。散々なアクシデントから想像もつかなかった喜びまで多岐に渡る経験ができるからこそ旅は面白い。そんな中で今日はひょんなことから素敵な?ホテルに泊まれたというお話を。

それは2015年の夏、いつものようにルート66をクルージング中、テキサス州アマリロで起こる。オクラホマから西へその日に目的地に向かって走っていたが、毎度のことながらやはり色んなものに興味がわき途中停車の数が増えることに。その夜は夕方にはアマリロに着き、アートギャラリーを経営する友人、BOB と夕飯、そのまま彼の自宅に停めてもらう予定でいたが、その途中停車のおかげで着くころはすっかり夜8時近かった。さすがにこの時間からは迷惑だろうと思い、自分でモーテルを探すことにした。
最初にはっきりさせておくけど、アマリロは大きな街だ。もちろん州北部、パンハンドル地方と呼ばれる地域の一地方都市ではあるが、人口は約20万人。酪農や畜産が中心だが、近年では石油化学産業や製造業も伸びている。
街を東西に貫くインターステート40号線沿いには多くのホテル、モーテル、全米レストランチェーンが軒を並べる。ヒルトン、マリオット、ホリディインを筆頭に、ベストウェスタン、モーテル6、デイズイン、コンフォートイン、レッドルーフ、ベイモント、それにキャンドルスイーツと、かなりの数のチェーンがあるのだ。それだけに私は余裕をぶっこいて夕飯にステーキを食べ、その後ホテルを探した。が、しかし!
その夜に限っては全く空きがない。聞くところによると何か大学のスポーツの大きな試合が2つほどあり、有名チェーンは軒並み満室状態らしい。
結構この時はマジで焦ったことを今でも憶えている。10軒近くあたってどこも取れなかったことはかつてない。


そんな中、Amarillo Inn & Suites という今まで聞いたことのないホテル?モーテル?が検索サイトに現れた。評価は3.1、決して高くはない。が、時間は既に夜の10時近い。四の五の言ってる場合ではない。そして値段は、、、何と$33。
この(ルート66上としては)大きな街で$33。安いに越したことはないが不安な材料の一つであることに変わりはない。
しかしそうは言っても、まあ寝るだけだ。今までもっと悪い(であろう)所に何度か宿泊している。正直言えばモーテル拍が続いていたから、今晩ぐらいコートヤードとか、ダブルツリーあたりで、と考えていたのは事実だけど(笑)
とにかくiPhone でサイトから予約。立地はインターステート40号線沿いだと書かれているから車を飛ばした。

と、さてここからは楽しく素晴らしい驚きの連続だった。どう考えてもこのホテルでこの値段は安い。この後更に二度ほど宿泊しているが、この夜だけ安かったわけではないのだ。
この Inn & Suites、いわゆる Studio 又は1 Bed Room Suite のお部屋タイプだけど、全室バルコニーまたは部屋の前にテーブルセットが置かれている。ベッドルームは建物の内側に面していて大きな吹き抜け?のような作り。

どう?どう見たって$33 のホテル(モーテル)じゃないよね?
チェックインカウンターやロビーはこんな感じ。

それに屋内プールまであるのだ!


これはあくまでも2015年の話なので、とは言え2016、2017年も$40程度だったけど、今はどうなっているか分からないけど、とにかく良い意味で裏切られた素晴らしい体験だった。
あ、そうそう、しかも朝飯付きです!取り立ててそんな大したものではないし、すげー美味しいものではないけど、スクランブルエッグ、ベーコン、シリアル、トースト、ビスケットにフルーツ、そしてコーヒーがあるから文句を言う筋合いはない。席数だってあって、きれいなレストランだ。


レストラン自体もルート66をとても意識した作りになってるんだけど、ルート66という単語はホテル名にも、その他特にどこにも冠してない。
壁絵にルート66の有名な Club Cafe のデザインが描かれているけど、それはニューメキシコ州サンタローザにあるレストラン。

「せめてテキサスのものにしようぜ」と突っ込みながら、とても美味しくいただいた。
アマリロに行かれる際は是非泊まってみてはいかが?

 

週刊NY生活連載第25回:アリゾナ州パート④

https://www.nyseikatsu.com/editions/662/html5/index.html

恒例の月イチ投稿、2018年第一回は既に数えて25回目。丸2年、本当に経ちました。今月で4回にも渡ったアリゾナ州はようやく終了。ルート66南西部最大の街、キングマンを中心にお届けしています。

Exciting Sneak Preview : )

明けましておめでとうございます!


皆様、新年明けましておめでとうございます。
いつも当ブログの与太話をご愛読ありがとうございます。
今年も一年またお付き合い頂けますようよろしくお願いします。

あれよあれよという間に年を越えてしまったけど、仕事の都合で来日以来早8ヶ月近くが経とうとしているわけで。8ヶ月間も車の運転をしていないことも、そして「HOME」を離れたことも、この30年近く無かった経験をしながら奮戦の毎日。S日本では12月25日のクリスマスが祝日でなかったことが、2017年を通しての最大の驚きだったけど、さすがに「師走」と呼ばれるだけのことがあり、その時期になっても一向に仕事のボリュームは落ちなかったことも更に驚きの発見だった。
私の顧客は欧州も多いのだが、国によっては?(企業やエージェントさんによっては?)クリスマス直前まで忙しくしていて、あと数日で今年も終わるのにロシアのお客さんは結構アグレッシブだったり。
アメリカは12月も前半2週も終わるとすっかり閑古鳥。2週目後半からはほぼ書類整理や机の周りの清掃がメインの仕事に変わり、上司に至っては休暇に入ってしまい何か聞きたくても連絡すら取れない始末なのに。
多分年末年始期間にこれだけ働いたのは人生初の経験ではなかろうか。

という感じなので今回の年末年始はどこにも行っていない。というか、行けていない。でも3日ほど実家の名古屋に戻り、それも何十年ぶりかの正月を両親と妹家族と迎えるというアウェイ感たっぷりの経験を楽しんで帰京。またすぐに3日より仕事ってわけだ。

あるSNSには「On This Day」という去年やその前の「今日」は何をしていたかという、このような状況では非常に迷惑な(笑)思い出し機能で毎日郷愁の雨あられ攻撃を受けた。
例えば昨年(2016年~2017年)は地元の親友とタンパからマイアミ、キーウェストを周った。キーウェストに続くセブンマイルブリッジの写真がいきなりSNSで現れた時の私の気分は察して頂けると思う。

2015年の年末は移動でバタバタしていたが、そのドサクサに紛れてレイクタホ方面にある、Truckee という街ヘ行ってみた。
ネットでこの写真 ⇩ を見て一瞬で心を鷲掴みされて以来何年経つのか。

スキーをしない私はレイクタホはほぼ無縁なので行く機会がなかったが、1日、2日時間が出来たときに意を決してドライブ。走り始めたときは予定になかった豪雪に途中降られ、こんな極寒の中を愛車の4駆で駆け抜けた。


2014年~2015年の時はアリゾナ州ルート66をフラッグスタッフから東方面を散策。王道だな。

その前の年はふと思い立ち、懐かしのミラノからエミリア・ロマーニャの親友を訪ねた。当時少しハマっていた自分の撮った写真をグリーティングカードとしてその場で送れるアプリを使ってこんなものを掲載している(笑)


知ってる人も多いと思うけどクリスマス休暇時のイタリアは殆どものが開店休業状態(いや閉店休業かも)で、買い物も観劇も何も出来ない。ホテルですら人が少なくサービスは期待できない。そういうことを百も承知で友人を訪ねるだけに渡航したから、航空券と電車代以外は一切お金を使わない旅だった(笑)

と、まあ過去数年はこんなことを同期間中にやっていたようだ。今年の年末は何をやっているだろうか。同プロジェクトに従事して毎日切磋琢磨していると想像するが、人生一瞬先は闇、ではなく希望である。自分の人生、運を除けば自分次第だ。自分の望むことが出来なかった昨年末、自分はまだまだだなと痛感した。
今年は頑張るぞ!
ということで、皆様改めて今年もよろしくお願いします。

2018年1月吉日

 

Merry Christmas & Happy Holiday

読者の皆様、
今年も一年お付き合い頂きありがとうございました。
少し仕事が忙しく、寄稿の間隔が長くなってきていますが、来年も頑張りたいと思います。素敵なホリデーシーズン、ならびに年末年始をお過ごしください。
2018年もよろしくお願い致します。

 

Route 66 と パンケーキ


皆さんは「Cracker Barrel」というアメリカのパンケーキ・チェーン店をご存知だろうか。パンケーキと言うと語弊があるかもしれないが、要はファミレスだ。なぜパンケーキ・チェーンと言いたくなるかはズバリ、私が最も推す商品に他ならないからだ(笑)


Cracker Barrel、そのフルネームはロゴにある通り「Cracker Barrel Old Country Store」と言う。1969年に Dan Evins 氏によって設立され、会社の本社、そして店舗の第一号はテネシー州レバノンという街にある。ルート66ファンにとっての「レバノン」は勿論ミズーリ州。レバノンと聞いた最初は一瞬テンションが上がったが、テネシー州と言われ頭の中はクエスチョンマークの嵐となった。
レストランのメニューは伝統的な南部料理がベース。ミートローフ、カントリー・フライドステーキ、ローストビーフ、キャットフィッシュフライ、そしてポークチョップと私の好きなお皿のオンパレードだ。取り分け朝飯メニューのラインナップには感涙もので、イチ推しのパンケーキから、ビスケット、スクランブルエッグ、ハムのステーキ等、目新しいものではないが本物の伝統がそこにある。

これがパンケーキだっ!

お店の外観、そして内装はどの店舗に行っても「これこそチェーンの醍醐味」と言わんばかりに、ほぼ同じ。実際40店舗ぐらい訪問している身としてはたまにどこに自分がいるのか分からなくなるぐらいだ。店前のポーチには木製のロッキングチェアが売られ、石の暖炉や地元の装飾品が並ぶ上、店内インテリアは基本、アンティーク家具、古い壁のカレンダーや広告用ポスター、写真など、地域の地元の歴史に関するアート関連が含まれている。

そもそも私が最初にこの店と出会ったのは偶然、1993年にフロリダ州マイアミに住んでいた時のことだ。アメリカっぽい朝飯を食べに行こうと思い立って北に向かって少しドライブ。West Palm Beachという場所でたまたま入った店が Cracker Barrel だったのだ。そこで初めてパンケーキ食べた時の感動は凄まじいもので、それまで数多くのパンケーキを食べてきたが、文句なく1等賞ものだった。そしてパンケーキにかける彼らのオリジナルであるメイプル・シロップがこれまた絶品なのだ。
その経験以来約25年、事あるごとにチャンスがあれば同店を訪れ、可能な限り友人知人にも薦めている。(親善大使にして欲しいぐらいだ)当の Cracker Barrel は1990年代に急激に業績を伸ばしたが、そこに目をつけて?私は当時通っていた大学院のレストラン経営学に関するクラスの最終論文にこの Cracker Barrel Old Country Store を題材として取り上げた。そのぐらい Cracker Barrel LOVE ♥ だ。
もう一つ言わせて貰えれば、ニューヨーク在住の時はマンハッタンやロングアイランドにこの店舗は当時なく、70マイル(約110キロ)ほど離れたコネチカット州ミルフォードにあるお店まで1時間30分かけて車でよく出かけたものだ。「わざわざパンケーキを食べに90分も車で行くバカはお前ぐらいだ」と、よく友人に言われたが、一回食べさせれば納得してもらえた。(と、思っている)

前置きが長くなったが、なぜ今回こんな話をしているかと言うと、この Cracker Barrel Old Country Store、全米で43州に渡って店舗経営をしているのに、私の長く住むカリフォルア州には実は一店舗もない。全米チェーンのお店でこれは余りお目にかかれない事実である。その理由は一つ「儲からないから」だそうだ。同社が長い間リサーチを重ねた結果だと言うが、真偽は定かでない。
ロスアンゼルスに住んでいた時には一番近い店舗があったのは、アリゾナ州グッドイヤー。距離にして370マイル(約600キロ)、時間は約6時間のドライブだ。

そんな中、先日驚きべきニュースが流れてきた。Cracker Barrel が第一号店をカリフォルア州ヴィクタービルにオープンすると!しかも彼らは同街の我らがアイコン、California Route 66 Museum と提携してビジネスを行うとまで発表された!

Cracker Barrel は確かにアメリカの歴史上流れる「先祖代々の遺産」や「物語」を非常に大事にする。その顕著なものが上で述べた店内デコレーションや、メニューだ。その考え方はルート66を愛する者たちが持つ精神そのものだと感じるので、正にそこが大きな理由の一つになったのだろう。
Cracker Barrel と Route 66 Museum は、来月9日「Building Our House Heritage Event」と名付け、お互いのパートナーシップや意義についてお互いに認識を深め合うイベントを開催するとのことだ。
California Route 66 Museum の President は私の良き友人の一人、Delvin だ。

デルヴィンと@ヴィクタービルのバー

次回彼に会った時にはどんな話をしようか。こんなことも聞いてみたいし、あんなことも議論したい。

12月24日、クリスマス・イヴにサンタさんから降ってきた最高のプレゼントだ。
皆様、MERRY CHRISTMAS !!

 

 

 

週刊NY生活連載第24回:アリゾナ州パート③

恒例の月イチ投稿、今月で丸二年となりました。24回もお付き合い頂いている読者の皆さん、我慢強く使ってくださる久松社長を始め編集者の皆さんへの感謝は尽きません。今回はフラッグスタッフより西へ、国立公園へのゲートウェイシティを含む、西部のハイライトとなるアリゾナルートのご紹介です。

https://www.nyseikatsu.com/editions/659/html5/index.html

 

Road Crew – America’s Route 66 Band


2016年のニューイヤーズディよりスタートしたこのブログ。最初の題材は、夜中のネットサーフィンで何気なく発見した「Songs from the Mother Road」という、私のハートを一瞬で鷲掴みにしたタイトルのCDだった。すぐさまダウンロードして聴いた時の興奮と喜び、「こりゃ良いものに出会ったなぁ。次の旅のお供はこれだよ、これ!」は、今でもはっきり憶えている。
実際すぐには旅に出るチャンスはなかったものの、スマートフォンに落とし込みチャンスがあれば聴いていた。それから10か月、イリノイ州エドワーズヴィルで行われる「Miles of Possibility」という、イリノイ州ルート66アソシエーションが主催するカンファレンスで、Road Crew というバンドがゲスト出演するという情報を得た私は、それまで実は行こうかどうか迷っていたけど、主催者に即レス、参加する旨を伝えた。(Debyjo、Chery すまないw)


イリノイ州とは言え、エドワーズヴィルがあるのは州のかなり南、ほぼミズーリ州との境近辺だ。だから金曜日を一日だけ有給取れば、3日間は余裕で週末の素敵なルート66 小旅行に変わる。
Miles of Possibility は決してルート66愛好家の同窓会でなく、様々なテーマを決め、その分野の第一人者の講演や、各組織のプレゼン等を含んだ立派なカンファレンスだ。もちろん顔見知りの大所帯でのレクリエーションもきっちり行うので同窓会の側面もあるけどね(笑)

ルート66は8州に渡って 2,347 マイル(約3,945キロ)だけに、各地域の友人知人に会おうと思うと一苦労だけど、こういう集まりがあると沢山の友に一度に一カ所で会えるという最高の利点がある。この手のカンファレンスに出席するのは実は初めてだったけど、今後は可能な限り来ようと誓った。

話はいつものようにズレちゃったけど、その Road Crew の皆さんに会いたいのがメイン目的でサンフランシスコから飛んできたわけで。ちょっとでも話せたら嬉しいな。握手なんかできたら最高だろうな、なんて思いながら、小学生の時に松阪慶子さんに会いに行った時と似たような感覚でその夜まで過ごした。


その夜のステージは最高だった。
例のアルバムから数曲、知らなかった曲も幾つか、そして新しくリリ―スしたばかりのアルバム「Under The Neon」から。ルート66の生ける伝説、Tattoo Man、Ron を唄ったにした軽快なナンバーも心地よい。後でミーハーにも、ジャケットにサインまで頂戴したw


何もかもに満足したのに、その上何と彼らは非常に素敵な人達だった。全く気取らず、奢らず、普通の友人のように話してくれて、一緒に笑ってくれる。
やはりルート66のホスピタリティ精神は著名なミュージシャンであれ何の変わりもない。特にその中でもVocalとGuitarを担当する Joe は会う以前よりFBで繋がってもらったこともあり、とても仲良くしてくれる友人の一人だ。

自らを「America’s Route 66 Band」と呼ぶ Road Crew の4人組。今後も、いやずっと応援して行きたい。
最後に Road Crew の公式ウェブサイトとビデオクリップをどうぞ!
http://roadcrew.weebly.com/

 

待ちに待った Fabulous 40’s Motel の再開

「Fabulous 40 Motel、そうか40年代にあったものなんだろうな。結構荒れてんなぁ。どうするんだろう、これ。」
私が1996年に初めてルート66、エイドリアンの街を通ってこのモーテルの「廃墟」を見た時の感想だ。

@1996撮影

エイドリアンはテキサス州オールドハム郡の、人口200人に満たない街だ。昨年10月のブログでも紹介した Midpoint Cafe そして、Fran Hauser さんの経営するお土産屋さん Sunflower Station が連なるルート66のメイン通り上にその Fabulous 40 Motel は存在する。
2016年5月に Ramona と Roy 夫妻がその権利を買い取り、10月初旬からモーテルを再開させた、という話は友人伝手に聞いていたが、実際にその雄姿を見るまでにそこから半年かかってしまった。
今年4月にオクラホマ・ルート66を旅した時にテキサス州アマリロから帰路に経つ予定だったから、この機会を逃してはなるまいとばかりにエイドリアンまで最終日の早朝から車を飛ばした。
残念なことに Fran のお店はまだ空いていなかったが、Midpoint Cafe で朝飯にパイとコーヒーをもらい Dennis と談笑。
その後満を持してモーテルへ向かった。ご存知の方もいると思うが、私はルート66 の歴史を文化を次世代へ継承する目的で多くのルート66の活動に参加させて貰っている。日本からの旅行者がルート66を走った時に少しでも暖かい歓迎をしてもらえるように、と行く先々のモーテルやお土産屋さん等でご協力も仰いでいる。
エイドリアンから一番近い宿泊施設の多い街は同州アマリロだ。ここは人口20万人を超えるルート66では大都市なのでデラックスなホテルからモーテルまで幅広く供給はある。が、なぜかルート66っぽいモーテルが無いのも事実だ。
私自身はアマリロに滞在する際、ルート66を思いっきり前面に出しているビジネスホテルっぽいところがあるのでそこに概ね滞在するのだが(このホテルはまた近いうちに紹介したい)、やっぱり「モーテル」がルート66には相応しい。
ってことで、この Fabulous 40 が再開したと聞いた時は是非オーナーさんと親交を深め今後の協力をお願いするため、モーテルを訪れた。

こんな素敵な姿に

時間は午前10時過ぎ、早朝チェックアウトが終わりちょうど良い時間だ。
ドア前に行きベルを押してみる。無反応。
ドアは鍵がかかっていて開かない。
仕方ないので周辺をうろついてみたら、「外出中なので用事のある人は携帯に電話せよ」との張り紙。早速電話する。

「ああ、こんにちは。私はトシってものだけど、XXX という活動をしていることもあって、是非一度会って話がしたいんです。何時ごろ戻られますか?」
「トシって?カリフォルニアの?そう、名前は聞いてるわ。訪ねてきてくれて嬉しいわ。今馬に乗ってバックヤードで仕事してるの。5分ぐらい待てる?すぐ行くわ」と、快諾してくれたのが Ramona さんだった。
ミズーリ州のMunger Moss Motel の「お母さん」も Ramona。どうやら Ramona という女性に悪い人はいないようだ(笑)


ちょっとして現れた Ramona さんは再開したばかりの、まだ改装中の部分も含めて部屋やモーテル周り、そして宿泊者の集うレクリエーション・ルームなんかも説明しながら魅せてくれた。

小さな街の小さなモーテルだけど、Ramona さんのお客さんに対する愛情や気遣いはとても大きい。Midpoint Cafe や Sunflower Station も含めて一泊するのにとても素敵な場所だ。レクリエーション・ルームでは夜まで様々な街、州、そして国からの旅行者が集まり情報交換したり親交したり、まさにルート66のファミリー感覚を経験するのは最高の場所と感じた。

エイドリアンまで足を伸ばす際は是非予約を入れ、泊まってみて頂きたい。
モーテルは現在 10部屋が使用可能(将来的には20部屋に拡張)で、宿泊客はレクリエーションルームでコンチネンタル朝食を無料で食べられるとのこと。
特に公式ウェブサイトはないので、Facebook アカウント “Fabulous 40’s Motel” で検索。


⇧ 夫妻は更に、1920年代のPhillips 66コテージスタイルのガソリンスタンドも併せて購入。ここはお土産店として活用する計画もあるんだとか。

次に訪れるときはどんな様相になっているのか今から楽しみで堪らない。そんな事を考えながらテキサス・ルート66をアマリロへ。

 

Page 2 of 17

Powered by WordPress & Theme by Anders Norén

Translate »