
95年前の今日、ルート66はその産声をあげた。合衆国連邦と各州の道路委員会の面々がノースキャロライナ州パインハーストで開催された公式会議にて、「66」が正式に割り当てられ、ルート66が誕生した瞬間だった。
ルート66の歴史についてここで触れるつもりはないが、今回はその歴史に「乗っかった」お話を一つ。
昨年より大手旅行代理店 H.I.S の井手田氏と一緒に同社主催のオンライン・ツアーで「ルート66 妄想ツアー」を担当させて貰っていることは、ちょくちょくこのブログやSNSでも宣伝しているつもりだが、今年の夏前から個人的事情で半年近くお休みを頂いた後、先日久しぶりに妄想ツアーの配信を行った。(視聴参加の皆さんありがとうございました)
11月11日ー
そう、再開するのは 11月11日と決めていたわけで、もはや言うまでもないルート66の誕生日の設定だ。アメリカと日本がちょうど同じ11日になるためには、日本時間 11日の午後10時という、ある意味ギリのベストチャンスに設定が必要だったわけで、平日の夜という「集客」の観点からすれば(一番大事な要因に)疑問符の付く時間帯に快く許可をしてくれた井手田氏には感謝だ。
せっかく 11月11日なのだから、今までとは何か違うことをしたいね、という二人の願いの下、従来のスライドを使った100%講義型から、新しい手法を二つ用意してみた。
一つは現地シカゴからのライブ配信。井手田氏はこれを実現するためにお休みを利用して何と自費でシカゴへ飛び、ダウンタウン、アダムス通りに立つルート66のスタート地点サインポスト、及びそこから少し離れた著名ダイナー「Lou Mitchell 」から何と私のいつも注文する朝食アイテムを実際にオーダーして店内を紹介するという大胆なことをやってくれた。
こういうフットワークの軽さは H.I.S の強みであり、それを実行する井手田氏が多くの同業者に愛される由縁だろうか。
そしてもう一つの企画はスペシャルゲストを招いてのちょっと対談+ライブ音楽、そうミスター・ジャーニーマン、茂村泰彦氏の登場だ。
シゲ兄こと茂村泰彦氏は、島根県出身、広島育ちのプロのミュージシャンである。歌手、作詞家、作曲家、編曲家、ギタリストそしてプロデューサーと活躍の幅は広い(広すぎる🤠)
TUBE、高橋真梨子、中森明菜、黒沢健一、19(ジューク)を始め多くのアーチストの作品に携わり、自身でもバンド「KACTUS(カクタス)」を結成し、毎年全国ツアーに精を出している素敵な「兄貴」だ。
そんな正真正銘のプロに出演をお願いするなど、大した出演料も出せない失礼さも含め😅、かなりガッツの要る話ではあったが、何とシゲ兄は二つ返事で快諾してくれた。

私がシゲ兄と初めて会ったのは、数年前のルート66アソシエーション・オブ・ジャパンの年次会合でのことだった。アーチストだというのにとても気さくで話しやすく、すぐに好印象を持ったことを憶えている。なーんて書くと上から目線っぽくて恐縮だけど、その後シゲ兄の歌を直に聴いたときの感動も忘れていない。もともとウェストコーストサウンドがお好きなようで、ロックとポップスが融合した心地良いサウンドは、同年代ということもあってか、シゲ兄のちょっとハスキーな歌声も加わって、心によく響いた。あとで聞いたらイーグルス、ジャーニー等80年代のアメリカン・ポップスも大好きなようで趣味は完全に一致した😄
そんなシゲ兄に何と 3曲もご披露頂き、私がただただルート66の魅力について語っている番組の価値は何十倍にも膨れ上がったってわけ。
この場を借りて再度、心からお礼を申し上げたい。本当にありがとうございました。
シゲ兄はこの後もまだ今年のツアーが少し残っているのに、その合間をぬって時間を調整してくれた。あと6本ライブはあるのでもし興味のある方は是非足を運んでみて欲しい。平日だけど、東京では 12月3日(金)原宿があるよ!

最後に、シゲ兄が書き下ろした最新作「The River」をご紹介して今日はおしまいに。
曰く「原爆の事を知らない人たち、知るきっかけがなかった人たちに伝えたい。」広島で育った彼だからこその逸品ではないだろうか。
2022年、また以前と同様にルート66を訪れることができる日がくる。今度は私がシゲ兄に少しでも恩返しする番である。
知名度も実績もある人に僭越ながら、ルート66のイベントで一つでも多く歌ってもらうのが私の夢の一つなのだ。そしてその積み重ねは2026年へと続く。私にはまだまだやりたいことが山ほどあるのだ😎
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