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Space Cowboy タルサに帰還!

ルート66上にも大都市、と呼んで差支えない街は幾つか存在するが、オクラホマ州タルサはその中でも私の最もお気に入り街の一つだ。
日本の読者の皆さんにはオクラホマ州と聞けば牧場や田舎を想像するかもしれないが(勿論その想像は正解だが 笑)、タルサはその歴史と国際色豊かな文化に溢れた、さらに言えば「お洒落なレストラン」なんかも多い、とても素敵な都市である。
私が通常カリフォルニア州サンフランシスコから中西部以東のルート66へ飛ぶとき、その場所柄と便宜上、タルサ又はセントルイスを使うことが多く、タルサ空港はそろそろ自身の「ホーム」空港の一つとして認識し始めているぐらい。
さて、そのタルサにこの5月11日(土)、大きな素晴らしい「贈り物」が届いた!

Buck Atom’s Cosmic Curios on 66は、昨年6月1日に Mary Beth Babcock 女史の手によってオープン。このルート66の新たな情報発信地+雑貨屋さんの存在を知ったのは、先日紹介した Route Magazine 内に掲載された我が友 Rhys のそのお店に関する記事を読んだ9月末のことだ。
ちょうどミズーリ州キューバにある Wagon Wheel Motel に宿泊時、オーナーのコニーと雑談をしていた朝に、郵便屋さんによって1箱の雑誌が届けられた。コニーが開けてみると、それは Route Magazine の10、11月版。一冊持っていけと言ってくれたので、有難く頂戴して拝読。その時に初めて Buck Atom’s と Mary Bethが目に留まった。
日頃お世話になっている Route 66 News で、以前何となくこのプロジェクトに関する記事を目にしたことを思い出したが、このことだったとはすぐには繋がらなかった。

その夜早速ネットでサーチ。そのお店はタルサ・ルート66である11番街にしっかりオープンしていることを確認できたので、その時の予定にタルサ行きは入っていなかったが、急遽予定変更して Buck Atom’s に立ち寄ることにした。願わくば Mary Beth が居るといいな、と思いながら。。。

Buck Atom’s の場所は1347 East 11th Street。よく考えるとそれはルート66上、歴史的な Meadow Goldのネオンサインのある建物のほぼ向かいだ。過去に何度も足を運んでいる、タルサでもお気に入りの場所だ。
「あ、そういえば」と思って、過去一回だけその場所を撮った写真を引っ張りだしてみた。もともとここはガソリンスタンドで、使用されなくなって長い。当時、(今では盛んになったが)フードトラックが1台寂しくいつも止まっていたぐらい。周りに特にオフィスがあるわけでも大きなショッピングエリアがあるわけでもない閑散とした場所だったから誰がここで買うんだろうかといつも要らぬお世話、経営者を心配していたものだ(笑)

お客のいない少し寂しいフードトラック

そしてその記事を読んだ数日後、私は Buck Atom’s を訪ねた。
その明朗で超、そう、まさに「超」フレンドリーな性格で、周りをハッピーにする彼女の姿は、私がお店に入る前から充分に視界に入ってきたのだ。「ラッキー!Mary Bethがいた!」そうワクワクしながら入店。彼女に自己紹介をし、彼女が一緒に仕事をしている Rhys は私の親友だと伝えると、一気にテンションは Max!
さすがアメリカ、友達の友達は「すぐに」友達だ。
し・か・も・他のお客さんも交えて話しは盛り上がるが、奇しくもその時、今日ここでトピックにする「マフラーマン」の像を立てるべくプロジェクトの建設許可がタルサ市から正式に下りた通知が届いたのだ!
これはラッキー&ラッキー!とばかりにBuck Atom’s を挟んで、はいピース!

Mary Beth は、今から数年前タルサのダウンタウンを活性化させるプロジェクトがタルサ市の先導の下始まった際、使われていない住居スペースを再利用することでお店を設立した (Dwelling Space Store)。彼女の熱意とクリエイティビティは他の多くのサポートを通して、すぐにコミュニティの柱になったと聞く。
Mary Beth によれば、ただその時はあまりルート66に関する商品を取り扱っていなかったけど、ルート66 を訪れる観光客があまりにも多いことに気付き、今回の新たなプロジェクトを行いたいと考え始めたそうだ。
実際、 この Buck Atom’s のアイデアもその頃にはあったらしく、地元のアーチスト、Jeremy Luther 氏に頼んでこの「宇宙カウボーイ」をデザインしてもらっている。
ではこの Buck Atom’s (宇宙カウボーイ)って何?という方に、Mary Beth の語るストーリーはこうだ。
Buck Atomは、ロデオカウボーイで Route 66 のあちこちにサーキットで試合に出ていたが、ある日どこからともなく来た宇宙船にさらわれ「エーテル」(Ether)に行ってしまう。その後彼が地球に戻ったとき、すっかり衰退してしまったルート66を見て、彼と同名である Buck Atom’s というお店と共にルート66の活性化に役立ちたいと願っている、という感じのようだ。

そして遂にそのマフラーマンの完成に目途が立った2019年春、Facebook にこのお披露目パーティの広告が載った。

21フィート(約6.4メートル)のファイバーグラス製のマフラーマンは、地元のアーチスト、Mark Cline 氏によって完成。お店に置くアイテムや商品を始め、地元を活性化することが重要な Mary Beth にとって「地元」へのこだわりは強い。
残念ながら(きわめて残念)その場へ行って祝福の輪に加わることはできなかったが、Buck Atom’s 公式ページを始め、多くの友人知人のポストがSNSに上がったため、あたかもそこにいるかのように多くの情報を集めることができた。現在技術に乾杯!

それらによれば、タルサ市長の G.T.Bynum 氏、州副知事の Matt Pinnell 氏、Tulsa FMAC のAbby Kurin 女史、American Giant Co. の Joel Baker氏、Route 66 Alliance の Ken Busby 氏、そして私たちルート66の父、Michael Wallis 氏も参加した豪華な歴史の1ページとなったようだ。

Mary Beth は言う。この地に、このプロジェクトを展開することになったのは全て彼女の「運命」であると、そして彼女は「それをありのままに受け入れるのだ」と。 さらに続けて、「私はルート66とその歴史を愛し、祝いたい。だけどそれと同時に、Route 66の未来も創造したい。」

Route 66 の歴史、その意義を、保存し、未来へ残したい、という私たちルート66のコミュニティ全員が共有する基本理念そのものが、ここにある。
私たちの未来は明るい!

Rhys & Mary Beth
https://buckatomson66.com/

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ミズーリの大空の下で

前回の訪問から約2年。その後どうなっているのか気になる二つの場所がお互いに5マイル(約8キロ)程度の距離に存在する。
2016年11月、Whitehall Mercantile は、在庫を全て売り切って閉店する、とのニュースが流れた。事の詳細は下記 Archiveを参照してもらいたいが、その後本当に閉まってしまったのかは不明のままだった。
「Whitehall Mercantileが閉まっちゃう」http://www.toshi66.com/2016/11/08/

昨年9月に立ち寄った時、お店は閉まっていたが(通常の営業時間内)中には未だ沢山の商品が残っていた。外観からは精気が余り感じられなかったのでここは引き続き調査が必要だなー。

さて、もう一箇所の方は未来ベクトルの「明るい、その後が気になる」場所。
時は同じく2016年、伝説のオーナー夫妻、Lena と Gary の Turner 夫妻が他界した後、娘のBarbara が後を継いだミズーリ州の観光名所 Gary Parita Sinclair Station、の「その後」を今日は紹介したい。

当時の詳細はこちらも下記 Archive を参照して頂きたい。
伝統の継承:バーブの決断   http://www.toshi66.com/2016-04-30/

待望の後継ぎ問題が解決した後も、夫妻の他界後約1年近くにわたって荒廃していた場所の再開には多くの時間の費用がかかるとみられていた。もちろん実際その通りで、Barbara と彼女の愉快な旦那さん George は、文字通り一生懸命来る日も来る日も Gay Parita Sinclair Station の再開に努力したことは想像に難しくない。

殆ど真夏の酷暑に近い快晴の9月下旬、私は彼らを訪問した。
押せ押せのスケジュールのため彼らには行くことを伝えていない。
忘れられてないだろうか?と一瞬心配になったが、SNSのおかげで今は遠くの友人知人の近況が簡単に手に入る。それは同時にいつ「本当に」会ったのかという記憶が曖昧になるという欠陥も含んでいるんだけれど(((´∀`))ケラケラ

通りから見る限りではすっきりと片付いた良い感じに見える。
特に人影は見当たらないが、開いているはずだ。

車を降りた瞬間に滝のような汗が流れる。今日のミズーリは9月とは信じられないほどの湿気と熱気だ。
「おやおや、珍しいのが来たな」、独特のハスキーボイスで George が人懐こい笑顔と共に迎えてくれた。
綺麗にアップグレードされているのは建物の外観だけではない。

(私のステッカーもしっかり貼ってもらっている)☝

2016年には実は2回、彼らを訪問する機会があった。1回目は4月、同州ヘイゼルグリーンでガスコナーデ橋を守るラリー運動に参加した際で、もう1回は同年8月にスプリングフィールドで開催された「第6回 Annual Festival」に参加した時に一瞬立ち寄った。とはいえ、その時は満足に話もできない挨拶程度のものだったが。。。
George はその後どのように修復作業や新しく購入したものの設置作業に奔走したかを相変わらずの早口で言葉も熱く語りまくった(笑)
ガレージはきちんと整理され、何と訪問客が座れるスペースまで出来ている。

ガレージの裏には1932年の International が鎮座。一回売却したものを再び買い戻したそうだ。George の計画では同じものがもう一台、欲しいらしい。

フロントに飾られたトラックも沢山の花が飾られる素敵なオブジェとして堂々と。

裏は団体客もエンターテイン可能な開放的なスペースにたくさんのピクニックテーブルが設置済だ。

そして両親への哀悼を形にしたファウンテンは立派に完成していた。

押せ押せのスケジュールとは言え、ここに来るときは(というか Barbaraと George に会うときは)長時間滞在になることは覚悟している(笑)とにかくふぃたりは話好きなのだ。Barbara のお父上そっくりだ。
滞在中にイタリアからの4人組の訪問もあり、場は大いに盛り上がる。
今回の米国滞在はわずか1週間、この歳になるとそれなりのエネルギーが必要になってくるが、こういう時間は本当に貴重で何にも代えがたい。
マスターカードの宣伝そのもの、まさに Priceless だ。

2016年より始まった「Annual Show Off Your Ride」と呼ばれるクラシックカーやバイクで皆でルート66を走るイベントも、毎年5月開催で定着したようだし、昨年はイリノイ州ルート66を牽引する Roamin’ Rich こと、Rich もこの Gary Parita の前の道に大きなルート66サインシールドをペイントして話題となった。
今後より一層、この二人の努力でGay Parita は発展して行くだろう。

最後に三人で、はいチーズ!

 

Wrinks Market の新女神達

今回のレバノン行きで一番楽しみにしていた訪問がここ、我がルート66の母、ラモナの経営するマンガ―モス・モーテルから目と鼻の先の距離にある、Wrinks Market だ。
2009年に完全に閉店して以来、約8年。遂に再開するというニュースを聞いたときには、かなりテンションが上がったことを憶えている。
下の写真はたぶん2013年頃に撮ったその姿。冬場ということもあり、とても寂しい印象は否めない。もちろん店の中もガランとして何も置いていなかった。

「ここが空いているうちにご主人と交流したかったなぁ」と、通って見る度に想ったことは2回や3回では済まない。

Wrinks Market は1950年、Glenn ”Wrink” Wrinkle 氏によって開業され、マンガ―モス・モーテルと共にルート66繁栄期に一役かった。後程紹介する新オーナーによれば、「彼女の祖父はルート66と、それを旅する人達を心から愛していた」とのことだ。
お店を訪れた旅行者の中には、大陸横断中に「おむつ」を買いに立ち寄った、名優クリント・イーストウッド氏もいたとのこと。

2005年になって82歳になった Glenn はこの世を去り、お店は閉店。その後息子さんが一時的に継いだが、当時の不況の影響で上手く行かず再度閉店となった。ちょうどその頃私も一度訪れているが、営業をしているのかしていないのかスルーした記憶がある。

という前置きの下、2018年9月、やっとこの地をまた訪れる機会があり、お店を訪問してみた。今回はしっかり営業している雰囲気がばっちりだ(笑)

恐る恐る店に入ってみると、明かりは完璧に点き商品もきちんと陳列され、どうやら100%営業中のようだ!

新オーナーは、Glenn のお孫さん、Katie Hapner さんと彼女の義妹 Sarah Carney さんのお二人。さらには Katie の娘さんがこの日はお店をお手伝い、と店内は活気にあふれていた。

小腹を空かしていた私はサンドイッチを注文し、さっそく雑談開始。最初にお相手してくれたのは Sarah さんだが、日本人だと告げると「まあ!Katie は日本の血が少し入っているのよ!オ、キ、ナ、ワ?かしら。そこで育ったって。」
それならと、早速バックヤードを作業をしていた Katie さんを呼んでもらった。
Katie さんもそうだが、彼女の娘さんも大の日本好きで、近いうちに日本へ行くことをとても楽しみにしているそうで、矢継ぎ早の質問を受ける。が、ご存知の通り在米30年の私は今一つ日本文化には疎い。

当初は15~20分程度の滞在予定だったけど、気が付けばゆうに1時間超え。
でも全然へっちゃら。素敵な女神たちとの交流だものね。最後はとびっきりの笑顔の一枚を頂戴した。

地元テレビ局KY3が、お店の再開時にニュースとして取り上げたので最後にご紹介したい。

 

 

 

 

Terri & Sprague Super Station の壮大なプロジェクト


皆さんはイリノイ州ノーマル (Normal)、という街の名前を聞いたことがあるだろうか。ノーマルはイリノイ州のほぼ真ん中あたりに位置し、通常近郊のブルーミントン (Bloomington) と一緒に「ブルーミントン・ノーマル・メトロポリタン地域」等と呼ばれたりするが、ノーマル単体では人口約55,000人程の小さな街だ。かく偉そうに語る私も実はルート66を走り始めるまで勿論聞いたこともなかった。
ノーマルはシカゴから140マイル(約224キロ)、車で2時間ほどルート66を南に向かったところにある。街で最も有名なものは州の公立大学としては最古のイリノイ州立大学のメインキャンパスがあることで、街のほとんどの人達がこの大学か、ステートファームまたはカントリーフィナンシャル(ともに保険会社)で働いているとうから驚きだ。
そんなノーマルには昔から素晴らしい歴史的建造物がある。1931年、ウィリアム・スプラーグ氏によって建てられたチューダー建築様式のガソリンスタンド「スプラーグ・スーパーサービス・ステーション」だ。これはルート66に現存する僅か3か所の建物中最も大きな2階建てもので、当時は一階がステーションとカフェ、二階はオーナーと従業員がクラスアパートだったそうだ。

The Station in 1966

ガソリンスタンドはルート66の発展と共に繁盛し、1940年代~60年代はその頂点を極めたが、高速道路の発展により徐々に衰退。1971年に最後の給油販売をし閉店。1979年にはガスポンプ自体が撤去されたと記述が残っている。その後この場所は溶接会社、ボイラー会社、レンタカー会社と姿かたちを変えて残るが、そこに颯爽と登場したのが本日の主人公、テリー・リバーン女史である。
イリノイ州立大の講師であり、かつルート66の歴史家でもあるテリーは夫のウィリアム・サンダース氏(2011年他界)と共に2006年、22万ドル(約2400万円)の資金でこのステーションを購入、歴史的建造物復活への第一歩を踏むこととなる。

Terri Ryburn 女史

テリーの構想はこのステーションを多角化してルート66の発展に役立てることで、インフォメーション・センター、カフェ、ダイナー、ソーダ・ファウンテン、ベッド&ブレックファスト、イベントスペースとしての将来的計画を持つ。聞くところによると総額120万ドル(約1億5千万)相当の野心的なプロジェクトだそうだ。
この「完全なる修復」プラスアルファのプロジェクトは、オーナー自身からの更なるポケットマネーや、市や街、そして国立公園サービス(政府)からの助成金を始め、マッチンググラントや各州ルート66アソシエーション団体からの寄付金等、多くのルート66を愛する者達からの支援する気持ちで成り立っている。こんなところはいかにも「ルート66は一つの大きなファミリー」のコンセプトが体現されている。

そして2017年8月、スプラーグ・スーパーサービス・ステーションは万感の想いを乗せて再開した。昨年より仕事の都合でルート66よりかなり遠い場所に住んでいるため開店日には行けなかったが、それから1年経った今年、やっと念願かなっての訪問となった。もちろんまだ観光センター+お土産屋+イベントスペースの部分しか完成していないが、今後少しずつ確実にプロジェクトを進めて行くことだろう。

知ったかぶりにずらずらと書いてきたが、今回の訪問時にテリーさん本人に話してもらったことだ(笑)優しい笑顔と暖かい人柄に加え、亡き夫との夢に向かって進むテリーさんからは芯の真っすぐ通った強い意志も同時に感じることができた。とても貴重で有意義な時間だったことは言うまでもない。

最後になったけど、スプラーグ・スーパーサービス・ステーションは、2008年4月25日、国家歴史登録財に指定され、翌年2009年にイリノイ州名誉勲章殿堂協会にも選出、そして2011年8月15日には地元の歴史的ランドマークとして指定されている。

Sprague Super Station – Ryburn Place
http://www.ryburnplace.com/
305 Pine Street, Normal, IL 61761

待ってろよ Launching Pad


あまり好ましいことではないのだが、どれだけ思い続けていても中々「ご縁」が無いこともある。ルート66上では私にとってそれは、6月生まれの双子座である私と同じ冠名を持っている “Gemini Giant” を擁するイリノイ州はウィルミントンにある、Launching Pad のことを意味する。
ウィルミントンはシカゴより約60マイル(約96キロ)、車でおよそ1時間弱の距離にある。ルート66を旅する者にとって、旅の始まりであり、かつ終わりであるシカゴから僅か1時間しかないという距離をその縁遠い理由に挙げるのは少々乱暴だが、中らずとも遠からずと言った具合であろうか。
私は1996年からルート66を旅し始めて、何度かこのレストランの前を通る機会があったが、営業時間外であったり、私側の理由で素通りせざるを得ない場合であったり、はたまた祝祭日期間であったりと、とにかく訪問する機会に恵まれなかった。そうこうしている間に2010年、Launching Pad は突然閉店してしまいます。
そのニュースを聴いてから初めて訪れたのが2014年。当時はこんな感じで寂れていた。

冒頭で触れた “Gemini Giant” は、ファイバーグラス製で高さ30フィート(約9メートル)の大きな像で、1960年頃アメリカで “Muffler Man” (マフラーマン)と呼ばれ人気があったらしい。当時ほとんどのこの像が「カウボーイ」又は「木こり」であったが、当時のオーナーは「目立つように」と、宇宙飛行士をモチーフに特注したという逸話がある。

Launching Pad と Gemini Giant は、両方供2000年にイリノイ州のRoute 66に殿堂入りしたが、ビジネスとしての存続は難しくオーナーは売却を決意。当時の売値は65万ドル(当時で約610万円)だったらしいが、閉店したのであるから買い手がつかなかったことは想像に難しくないか。

ところが2017年10月、事は急展開を見せた。何と Launching Pad に新しいオーナーが現れ、改修後2018年春には再開する見込みとの記事がルート66界を震撼させる(大袈裟だよ!笑)
本当だろうかと半信半疑で居たところ、早速10月18日には、”Miles of Possibility” というイリノイ州ルート66協会が中心となって行われている、ルート66の歴史や今後の保存プロジェクト等、教育的観点から毎年行われているカンファレンスにて正式にオーナーが発表された。

©Route 66 News より

新オーナーの Tully Garrett 氏 と Holly Barker さんは、少しでも早い再開を目指し、12月にクラウド・ファンディングを設立して有志からの寄付を募る行動も見せた。
そのかいあってか、Launching Pad は2018年5月、ソフトオープンを迎えた。まだレストラン機能が100%回復するには2019年まで待つ必要があるらしいが、観光案内所およびお土産屋さんとして無事復活を遂げたのだ!

だが、やはり遠いご縁は早々簡単には復縁しないらしい。今回私はLaunching Padへの「初訪問」、そして(既にFBでは繋がっている)新オーナーの2人に会えることを旅の楽しみの一つとしてシカゴからオクラホマ・シティまで走る計画を立てたのだが、その日も朝8時にシカゴを出発した私はその開店時間である9時を目指して上機嫌で走った。

到着したのは9時ちょっと前。駐車場にはまだ車の一台もない。Gemini Giant は変わらず堂々と鎮座している。天気も秋晴れ、何の問題もない。
が、オーナーさんが到着している気配もなく嫌な感じがした私は、再度開店時間をGoogleさんと確認。そこには「9時」と記載されている。
念のため入り口に貼られている営業時間を確認。そこに記されていたのは無残にも「10時」の文字だった。。。
生まれ変わった Launching Pad の中だけ(窓の外から撮影)

きっと皆さんはたった1時間のことだから待てば良いだろうと思っているはずだ。そう、たったの1時間だ。が、しかし!短い旅行の関係上予定はかなり濃密に組まれており、1時間の誤差を後を大きく狂わせる。午後には重要な知人、友人とのアポも入っており計画の変更は様々なものに影響を与える。
10分弱悩んだが、今回は諦める決断をし、ノートを残して先に進むことにした。

2018年、未だに訪問できずにいる Launching Pad だが、見方を変えれば2019年のレストランオープンを待て、という神様の思召しかもしれない。
もう一回少なくともここに戻って来れるという仏さまのご意志であろう、と前向きな私は勝手にそう思いこんで、ルート66アソシエーション・ジャパンのステッカーを貼らせて頂き次の目的地にアクセルを踏んだ。

最新映像を含んだ Launching Pad の歴史。詳しくみたい方はこちら ⇩

 

 

Jack Rabbit の新商品

アリゾナ州ウィンスローとホルブルックのほぼ中間地点にある小さな街、ジョゼフ・シティ。同州ルート66中、セリグマンにあるエンジェルさんのお店と人気を二分する「ジャックラビット・トレーディングポスト」は、インターステート40号線沿いに建つ。

ちょっと前までは、東方面から来るとインターステートの出口が封鎖されていたため、トレーディングポストを横目に一旦通り過ぎて、先の出口から戻る必要があったものの、今年の春に行ったときは開通していて、こんな ⇩ 一本道出楽だった。


現在トレーディングポストを営むのは、シンディとアントニオのジャック夫妻。
二人共とても気さくで良い人達だ。
ご主人のアントニオとは訪れる度に色々と話をする。息子さんも大きくなり、何年か前は故障した車を親子で一生懸命直している姿を憶えている。

シンディとアントニオ

お店の中は「うさぎさん」ものを中心に、書籍、Tシャツ、モカシン、キーホルダー、アクセサリー、プリントもの等、一連のお土産は全て揃うラインナップだ。
我が師の一人、大塚氏の本もサイン入りで陳列されている。

お店の外にはファイバーグラス製のうさぎの置物があり、ピクチャースポットとしても人気抜群だ。

そんなトレーディングポストでは、今年から新しいサービスを開始した。
今年の春に訪問した際に見た真っ黄色の(ウサギのロゴ以外)何も書かれていないボードの山積みがあったので、「これ何?」って聞いたら、新商品のマイルポストだとか。

要はここのトレーディングポストから訪問者(または注文者)の自宅なり所定の場所まで「何マイルか」を表示してくれるものだ。
著名な観光地までは例えばニューヨークまでOOOマイル、だとか、ロスアンゼルスまでOOOマイルとかの表示ポストが建っている。
まあ、そういう手のものだ。
黄色の看板とブラックのウサギは一目見て「それ」と分かるので人気が出ること間違いなし、だ。良いところに目を付けるなあと感心した。

実際この春以降、注文者が少しずつ増え始め、FACEBOOK等のSNSでもルート66ファンの間に拡散されたため、多くの友人知人がGETしている姿が散見される。

Pics from Jack Rabbit Facebook Page

折角だから私も頼んでみよう。と、シンディへメッセンジャーを使って連絡。日本まで送って貰うと無駄にコストがかかるので、ベイエリアの友人宅まで郵送してもらうことで注文完了。
それから約2週間、約束通り届いた素晴らしいプレートがこちら! ⇩

5,929マイルは日本のキロ換算をすれば、約 9,540 キロだ。日本列島の最北と最南の距離が約3,300キロ。約3倍か、やっぱり遠いな~。
因みにトレーディングポストからの5,929マイルの距離は我がホームタウン、名古屋だ。米国内では今後どこに住むか未定なので、まずは普遍のルーツ、名古屋での注文をしてみたってわけ。
中々私より遠い奴は少ないだろう、と思っていたら、オーストラリアの友人、Dave は颯爽と7,000マイルを持って笑顔を振りまいていた(笑)

興味がある方は、下記まで連絡してみて!

Jack Rabbit Trading Post
3386 Rte 66, Joseph City, AZ 86032, USA
928-288-3230
jackrabbit66route@gmail.com
www.jackrabbittradingpost.com

お店にはもちろん日本アソシエーションのステッカーも貼ってあるよ!

 

 

Route 66 と パンケーキ


皆さんは「Cracker Barrel」というアメリカのパンケーキ・チェーン店をご存知だろうか。パンケーキと言うと語弊があるかもしれないが、要はファミレスだ。なぜパンケーキ・チェーンと言いたくなるかはズバリ、私が最も推す商品に他ならないからだ(笑)


Cracker Barrel、そのフルネームはロゴにある通り「Cracker Barrel Old Country Store」と言う。1969年に Dan Evins 氏によって設立され、会社の本社、そして店舗の第一号はテネシー州レバノンという街にある。ルート66ファンにとっての「レバノン」は勿論ミズーリ州。レバノンと聞いた最初は一瞬テンションが上がったが、テネシー州と言われ頭の中はクエスチョンマークの嵐となった。
レストランのメニューは伝統的な南部料理がベース。ミートローフ、カントリー・フライドステーキ、ローストビーフ、キャットフィッシュフライ、そしてポークチョップと私の好きなお皿のオンパレードだ。取り分け朝飯メニューのラインナップには感涙もので、イチ推しのパンケーキから、ビスケット、スクランブルエッグ、ハムのステーキ等、目新しいものではないが本物の伝統がそこにある。

これがパンケーキだっ!

お店の外観、そして内装はどの店舗に行っても「これこそチェーンの醍醐味」と言わんばかりに、ほぼ同じ。実際40店舗ぐらい訪問している身としてはたまにどこに自分がいるのか分からなくなるぐらいだ。店前のポーチには木製のロッキングチェアが売られ、石の暖炉や地元の装飾品が並ぶ上、店内インテリアは基本、アンティーク家具、古い壁のカレンダーや広告用ポスター、写真など、地域の地元の歴史に関するアート関連が含まれている。

そもそも私が最初にこの店と出会ったのは偶然、1993年にフロリダ州マイアミに住んでいた時のことだ。アメリカっぽい朝飯を食べに行こうと思い立って北に向かって少しドライブ。West Palm Beachという場所でたまたま入った店が Cracker Barrel だったのだ。そこで初めてパンケーキ食べた時の感動は凄まじいもので、それまで数多くのパンケーキを食べてきたが、文句なく1等賞ものだった。そしてパンケーキにかける彼らのオリジナルであるメイプル・シロップがこれまた絶品なのだ。
その経験以来約25年、事あるごとにチャンスがあれば同店を訪れ、可能な限り友人知人にも薦めている。(親善大使にして欲しいぐらいだ)当の Cracker Barrel は1990年代に急激に業績を伸ばしたが、そこに目をつけて?私は当時通っていた大学院のレストラン経営学に関するクラスの最終論文にこの Cracker Barrel Old Country Store を題材として取り上げた。そのぐらい Cracker Barrel LOVE ♥ だ。
もう一つ言わせて貰えれば、ニューヨーク在住の時はマンハッタンやロングアイランドにこの店舗は当時なく、70マイル(約110キロ)ほど離れたコネチカット州ミルフォードにあるお店まで1時間30分かけて車でよく出かけたものだ。「わざわざパンケーキを食べに90分も車で行くバカはお前ぐらいだ」と、よく友人に言われたが、一回食べさせれば納得してもらえた。(と、思っている)

前置きが長くなったが、なぜ今回こんな話をしているかと言うと、この Cracker Barrel Old Country Store、全米で43州に渡って店舗経営をしているのに、私の長く住むカリフォルア州には実は一店舗もない。全米チェーンのお店でこれは余りお目にかかれない事実である。その理由は一つ「儲からないから」だそうだ。同社が長い間リサーチを重ねた結果だと言うが、真偽は定かでない。
ロスアンゼルスに住んでいた時には一番近い店舗があったのは、アリゾナ州グッドイヤー。距離にして370マイル(約600キロ)、時間は約6時間のドライブだ。

そんな中、先日驚きべきニュースが流れてきた。Cracker Barrel が第一号店をカリフォルア州ヴィクタービルにオープンすると!しかも彼らは同街の我らがアイコン、California Route 66 Museum と提携してビジネスを行うとまで発表された!

Cracker Barrel は確かにアメリカの歴史上流れる「先祖代々の遺産」や「物語」を非常に大事にする。その顕著なものが上で述べた店内デコレーションや、メニューだ。その考え方はルート66を愛する者たちが持つ精神そのものだと感じるので、正にそこが大きな理由の一つになったのだろう。
Cracker Barrel と Route 66 Museum は、来月9日「Building Our House Heritage Event」と名付け、お互いのパートナーシップや意義についてお互いに認識を深め合うイベントを開催するとのことだ。
California Route 66 Museum の President は私の良き友人の一人、Delvin だ。

デルヴィンと@ヴィクタービルのバー

次回彼に会った時にはどんな話をしようか。こんなことも聞いてみたいし、あんなことも議論したい。

12月24日、クリスマス・イヴにサンタさんから降ってきた最高のプレゼントだ。
皆様、MERRY CHRISTMAS !!

 

 

 

Powerhouse Museum 改装終了!


アリゾナ州キングマン。
ルート66沿いに鎮座する大きな給水塔が威厳をもって観光客を迎える。

そのキングマンの街で、これまでもこのブログで何度か紹介している「パワーハウス・ビジター・センター」が、約US$25万ドル(約2800万円ほど)かけた改装作業をやっと先月終了したらしい。まあ長かった ((´∀`))ケラケラ
同州 Historic Route 66 Association や、キングマン市等が筆頭となって資金を調達、改装請負業者 T.R.Orr 社も長い間一緒に頑張った賜物だ。

改装後はミュージアム内のウェルカムデスクや照明が一新され、サインボード、店舗表示も綺麗に。おまけに従業員用の新しいオフィスや収納スペースに加え、(州内最大規模の)アリゾナ州高速道路地図、約100を数える州内の街とアトラクションのパンフレットも充実しているという豪華さだ。

プロジェクトに尽力した館長の Josh Noble 氏は、この改装によって今まで制限されていたギフトショップでの収入増加を期待していると話す。実際売り場面積も少し大きくなり、相当数の商品の陳列が可能になった。私もこの夏前に訪れた時はまだ作業途中ではあったものの、随所にその片鱗を感じたものだ。
一昨年、大型チェーン書店だった Hastings が閉店。ネット社会が進み、Borders、B.Dalton、そして Waldenbooks と、馴染みの本屋さんが姿を消す中その波に呑まれた恰好だが、その「遺品」より多くの本棚、ラックを譲り受けることが出来、このパワーハウスのギフトショップはその前年より在庫が31%拡大、US$109,000 以上(約1,200万円)の収益を上げた。今回の改装プロジェクトによって今後は更に1.5倍の収益を見込んでいるそうだ。

実は今回この改装内容のサインボード、幾つかの言語でも紹介されるようになったのだけど、その日本語の部分を私が担当させて貰った。現地の展示でだけでなくウェブサイトからその一部は見られるので、時間のある方は是非パワーハウスの公式ページを訪問頂きたい。
http://www.gokingman.com/attraction-Powerhouse-Route-66-Museum

お土産屋さんの入り口ドアにもこのように貼り紙で、日本アソシエーションも協力させて貰っている旨、宣伝?してくれているのだ。

従来の Hilltop Motel や、私の友人夫婦が切り盛りする El Salvatore Motel、に加えRamada Hotel チェーンがルート66を前面に押し出したホテルを開業したことで街を上げてマザーロードをプロモートする街、キングマン。
今後の取り組みにも目が離せないよね!

 

キングマン在住の親友、ジムと

 

 

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