最後は、私が個人的に「異星」と表現するエリア、Hooker Cut。私と同世代の方々は Steven Spielberg 監督の名作「未知との遭遇」はよくご存じだろう。あの映画の撮影はワイオミング州のデビルス・タワー(おっ!デビルズ被りだ)だが、私にとっての未知との遭遇は、まさにここだった。 きれいに削られた岩山の間をまっすぐ走る片道二車線の道、そしてまっ昼間にもかかわらず、車がほとんど通らない静寂さ・・
話の始まりは1939年、欧州で第二次世界大戦が始まった後、アメリカの参戦が決まる翌年、米国陸軍は近隣の St. Robert の街に “Fort Leonard Wood” 訓練所を設置。砦の建設には多くの労働力と建築資材が必要なわけだが、これを運搬するのに、上のデビルズ・エルボーでは都合が悪かったわけで。つまり、山道は険しく、道の舗装は悪い。トラックの横転が相次いだことから荷物泥棒も増加。ルート66は “Bloody 66” という悪しきニックネームまで頂戴した。 で、そんな環境を一気に変えようとして1941年~42年にかけて行われたのが Hooker Cut という建設大工事。岩山を爆破して現存する「切通しルート」を造ったという場所である。ぜひ行ってみて頂きたい!
ルート66を西へ走っていくと、道はゆるやかなカーブで左に曲がる。すると周りが緑に溢れる景色の中から現れるのが、この Johnson Creek Bridge だ。ルート66オリジナルの橋で、まだ国道として制定される前、1923年に架けられたものだ。この景色を見ると、何となくホッっとするのだが、分かって頂けるだろうか。。。💦🤔
という、ところで乾燥時間を待つ間、お昼+休憩という流れになる。 お昼は裏のパティオで皆でホットドッグにソーダ。久しぶりに会えた Gary や Richard に加え、SNSで繋がっていたものの今回初めて会えた Ed とランチからの談笑タイム。そうそう、こういう時間が Precious なんだよな。 (マスターカードかっ!)
ただ運の悪いことに、その年は「大恐慌」と呼ばれる、アメリカを発端に世界的に起こった深刻な経済恐慌があったことはご存じの通りで、この「キャンプ」も例外でなく、何度も所有者と経営者が変わったらしい。1948年、キャンプは場所を当時あったところより更に2ブロックほど西へ移動させ、敷地は “Rockwood Motor Court” と名付けられ、それ以降今日まで70年以上にも渡り受け継がれている。
次にご案内したのが Route 66 State Park(ルート66州立公園)、セントルイスの郊外、車で約 30分ぐらいの所にある。1999年、この公園は広さ 419エーカーを有し、公園周辺の環境とメラメック河 ルート66橋を含む、境界内のルート66の一部を解説、展示したビジターセンターで出来ている。付け加えると、このエリアは昔、タイムズ・ビーチという名の労働者階級のリゾート地域であったが、1980年代に広範囲でダイオキシン汚染が発見され、米国環境保護局によって除染後、解体された黒歴史を持つ 😰
公園の一部はメラメック河の東河畔にあり、ビジターセンターもそこにある。ビジターセンターは9時~16時半まで。上述した地域のルート66に関する結構な展示物に加え、大きなギフトショップも備わっているのは嬉しい限りだね。お店の品揃えは中々のもので、今回は 1946年に出版された J. Rittenhouse 緒の「A Guide Book to Highway 66」を購入した 😊
そんなこんなで思ったより長いしてしまい、ここからキューバまでは飛ばしても 1時間ぐらいかかるので、昨日に引き続きドタバタと焦ることに!🤣 ってことだが、その前に Sullivan にてワンクッション置くことにした。 サリヴァンと言えば、そう「シャムロック・コート」である。 このブログに訪れてくれておいる読者さんなら未だ記憶に新しい(はず)のネオンサイン点灯式の、あの一件だ。 (忘れている人。下記のリンクを参照してください) シャムロック・コート復活の狼煙 https://www.toshi66.com/2022-03-20/(opens in a new tab)
キューバは、(ルート66沿いの)「壁画の街」と呼ばれている。街のロゴにも “Mural City” と記載されているほど。その理由は2001年に始められた “Viva Cuba Murals Project”といい、「美しいキューバ(の街)」を目指し、1984年に設立された Viva Cuba 団体の主導の下、2007年の、キューバの街設立150周年を記念して、街中に12枚の野外壁画を設けようとしたことが始まりなのだ。言うまでないが、著名なワゴン・ウィール・モーテルを含むダウンタウンの歴史地区は、「国定歴史地区」に登録されている。
前置きが長くなったが、その歴史地区を代表する建物の一つ、旧フィリップス66 のガスステーション跡こそが、今日ノーランに会う場所だ。 時計は遡って 1932年、Paul T Car 氏がこのガスステーションを建設した。1968年になって Bill Wallis 氏がこの土地を購入、モービル社のガソリンを販売しつつ Wallis Oil Company のオフィスとしても利用した。その時に建物を 1930年代の当時の姿に復元した、と言われている。
Weir On 66 ホームページより
その後 ジョアン・ウィアーさんが 2016年、The Four Way という名でレストランをオープン、現在の “Weir On 66” となった。 ワシントン通り(旧街道ルート66)と フランクリン大通りの交差点に佇むレストランはこんな感じ。
で、今度開く St Robert の街は Route 66 Diner で有名だけど、聞くところによると住所が 1106 Old Route 66 だって!まさにダウンタウンのど真ん中、紛れもないルート66コミュニティビジネス。そんなに遠いわけじゃなくてもルートから外れない!ってとこがメチャ嬉しい。St Robert に行くのが楽しみになってきたなー
実際、ルート66も今年で95歳。ボビー・トゥループの名曲「Get Your Kicks on Route 66」や、文豪ジョン・スタインベックの小説「The Grapes of Wrath」を産みだし、アメリカの文化に多大な影響を与えてきたわけで。
ボビーの唄うルート66
「怒りの葡萄」映画化のポスター
とあるメディアでは、ミズーリ州大学の大学図書館長である Thomas Peters 氏の言葉、「人類の歴史上、ルート66ほど世界中の人々に認知されている道はないと思います」と語った記事が紹介されていた。Peters 氏は「中国とインド、西洋を結んだシルクロードのような古代の偉大な道路でさえ、ルート66には及ばない。」との見解を述べているのだ!
前置きが長くなってしまったが、そうそう、今回のテーマは「All American Road」だ。 アメリカには「National Scenic Byway」という法制化された「道」がある。Scenicは「景観の良い」、Bywayは「脇道、」とか「寄り道」という訳が適切かと思うけど、要は車で走る観点から①考古学的、②文化的、③歴史的、④自然的、⑤レクリエーション的、そして⑥景観的、という6つの本質的価値のうち、1つ以上のものが米国運輸省によって認められた道路のことを National Scenic Byway と呼ぶ。つまり認定を受けるわけだ。
更には、この認定を受ける一連の過程を含む計画全体を National Scenic Byway Program と呼ばれるのだが、そのプログラムは(景観は良いけど)一般的に交通量の少ないアメリカ国内の道路を保全・保護し、観光と経済発展を促進することを目的として、1991年に議会によって設立され、米国連邦道路局によって運営されている。
ご存知の通りカンザス州ルート66はその距離僅か 17マイル、今後もどうなるかは分からない。そしてテキサス州ルート66も他州と比べると短いが、選ばれないのはそれ自体が理由ではなく、テキサス州としてこのナショナル・シーニック・バイウェイ・プログラムに参加していないからだ。どこまでも我が道を行く「Lone Star State」テキサス、見上げ根性だよね(笑)
そうは言ってもマザーロードに、自国アメリカの支持者がいないというわけでは決してない。ミズーリ州の多くのファンは何十年もの間、ミズーリ・ルート66の保存に取り組んできていて、事実ルート66が廃線に追い込まれた後、1989年には早々と「Route 66 Association of Missouri」が設立されている。そして翌年 1990年には法案でミズーリ州ルート66は「歴史的建造物」(National Register of Historic Places)に指定された。こういう迅速な動きが 「All-American Road」の認定を受けることになった始まりだったことは明白であり、長年に渡ってルート66の普遍的価値を追求してきたミズーリ州ルート66協会の努力の結晶であったと言っても過言ではないと思う。(因みに私も同アソシエーションの会員である😁)
そして経済と言えば(「本質的価値」に相当するためここで触れないわけにはいかない)毎年スプリングフィールドで行われる「Birthplace of Route 66 Festival」(ルート66誕生際)だろうか。アメリカ人の車への情熱と放浪の旅を称える、年に一度の大きなイベントであり、今年2021年は8月13、14日が予定されている。市の広報担当によれば、マスクの着用が義務付けられるのか、現在の対策はどうなっているのか、など、具体的なことはまだ決まっていないが開催は決定とのこと。パンデミックの際に活躍した地域の「ヘルスケア・ヒーロー」を、フェスティバルの特徴であるクラシックカーのパレードやその他のアクティビティで称えることを計画しているらしい。🥰