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6th Annual Birthplace of Route 66 Festival

今年で第6回目を迎えるこのイベント、いよいよ今週末開催です!

会場はミズーリ州 Springfield のダウンタウン中心部、Park Central Square

ヴィンテージカー&バイクのパレード、ライブバンド演奏、6.6Kラン、
多数のアーティストやベンダーブースが並び、なんと 約40,000人 の来場が見込まれています。

Route 66のシーズンを象徴する、大型イベントのひとつ。

私もちょっくら覗きに行ってきます。レポートはまた後ほど。

突然の閉店 ~ Fanning 66 Outpost と赤いロッキングチェア

マジかっ!

記事を見た瞬間、思わず声が出ました。
いやいやいや、それはないだろう…。本当に勘弁してほしい 😵‍💫

ミズーリ州 Fanning
ルート66ファンに長年愛されてきた Fanning 66 Outpost が突然の閉店。

あの「世界最大のロッキングチェア」がある店です。まさに寝耳に水。

レストランやモーテルが、オーナーの高齢化や経営難で閉まる話はこれまでも聞いてきました。
でも土産物店がいきなりクローズ、というのは珍しい。

趣のある、良い店だったのに。本当に残念 😭

店内はこんな感じでした。

ルート66の土産物はもちろん、日用品、簡単な食料品、酒類、
家畜用飼料からライフルまで。幅広いというか、もはや何でも屋。

閉店理由は「不況」だそうです。
確かにミズーリの冬は寒く、観光シーズンは短い。カリフォルニアやアリゾナとは事情が違います。

私が訪れた時も観光客は多くなかったけれど、地元の人たちは結構集まっていて、のんびり油を売っていました。

このエリアにはワイナリーもあって、
グラス一杯2ドル程度。ボトルは9.99ドル+税。
値段も雰囲気も、とにかくフレンドリー。
味については…ここでは触れませんが 😰

そして、忘れられないのがバーバラさん。

私が行くといつも「あれあれ、今日はまた珍客がいるなぁ」😏
と軽いジャブを飛ばしてくれる。
その一言で、「よそ者」の緊張が一瞬でほどける。

ある日、店内で猟銃を抱えた地元のハンター風の叔父さんが
「じゃあな先生、うちの孫娘よろしくな!」と、ウィンクして出ていきました。

「先生?何の先生?」と聞くと、「あれ、知らなかった?」

なんと彼女、地元小学校の校長先生。
週末や休暇中に、ここでボランティアしていたそうです。
肝っ玉かあちゃん、という言葉がぴったり。

そして、あのロッキングチェア。

この店は2007年にオープン。
翌年、オーナーのダニーが「客寄せパンダ」として製作。
当時のギネスに「世界最大のロッキングチェア」と登録されました。

確かに記念撮影の客は増えた。でもその全員が買い物をしたかどうかは
「気にしてない」らしい。意味不明(笑)💦

そして、あのロッキングチェア。

この店は2007年にオープン。
翌年、オーナーのダニーが
“客寄せパンダ”として製作。

当時のギネスに
「世界最大のロッキングチェア」と登録されました。

確かに記念撮影の客は増えた。
でもその全員が買い物をしたかどうかは
「気にしてない」らしい。意味不明(笑)

そして、あのロッキングチェア。

この店は2007年にオープン。
翌年、オーナーのダニーが
“客寄せパンダ”として製作。

当時のギネスに
「世界最大のロッキングチェア」と登録されました。

確かに記念撮影の客は増えた。
でもその全員が買い物をしたかどうかは
「気にしてない」らしい。
意味不明(笑)

その後、イリノイ州にさらに大きな椅子が登場。
するとダニーは即座に赤く塗り替え、「Route 66 Red Rocker」と改名。
負けず嫌い、ここに極まれり 😂

こうやって、
また一つ、Route 66 の風景が変わっていく。

でもきっと、あの赤い椅子の前で撮った写真や、
バーバラさんの笑顔は、私たちの記憶からは消えない。

それがせめてもの救いです。

John’s Modern Cabin ~ 運命に背中を押された朝

John’s Modern Cabin――長い間、私の頭の片隅に残り続けていた“宿題”。

初めてルート66を走破して以来、ミズーリを何度も訪れながらも、なぜか行けなかった場所。
ずっーーーと取れなかった「シコリ」が、やっと外れた、というお話です。

以前紹介したUnoccupied Route 66 の作品「The Missouri Maze」。
ネタバレ防止で内容には触れませんでしたが、題材となっているのが、ミズーリ州アーリントンにあるこのキャビン。

この場所、少し奥まったところにあって、注意深く探さないと見逃してしまう。特に冬は難易度が上がる。雪でも積もっていれば、ほぼアウト。

そんな“タイミングの悪さ”も重なって、実は一度も訪れたことがありませんでした。

「今年の4月後半、ミズーリに行く。今回は絶対に時間を見つけて行こう。」そんな軽い決意をしていた、ある春の日。
何の前触れもなく、小さなパッケージが届きました。

差出人はSharon Ward さん。
アリゾナ在住、ルート66界ではよく知られるMike Ward 氏の奥様です。

「何だろう?」と思いながら開封すると――そこには、額に収められた美しい手刺繍。

しかも、デザインはJohn’s Modern Cabin
一瞬、言葉を失いました。

聞けば、シャロンさんはルート66のアイコンを刺繍にするのが大好きで、
友人たちにプレゼントしているとのこと。
わざわざ私のために作ってくれたと知り、すぐに感謝の連絡を入れました。

でも、なぜ“ジョン”なのか?

このキャビンを見たことがない、見てみたい――そんな話を、誰かに熱心にした覚えもない。

なのに届いたのが、この刺繍。

この際理由はどうでもいい。それがその「ジョン」だった、という事実がすべて。

「今回は逃すな。必ず行け。」そんな声が、どこかから聞こえた気がした。
(勝手な解釈だけどね 😊)

ラリーウォーク当日の早朝、同じモーテルに滞在していた友人
Rhys Martin に頼み、現地へ連れて行ってもらうことに。

モーテルから約40分。インターステートを降り、横を寂しげに走る旧ルート66へ入る。

この界隈にはVernelle’s Motelという、今も営業しているが少し勇気の要るモーテルもある。そんな場所に、ひっそりと佇んでいました。

これが、そのキャビン。

廃墟具合が、秀逸。美しい、とさえ思えた。

全部は紹介できないけれど、被写体として30枚以上は撮った。
家内に見せたら、高速で左スワイプされそうだけど(笑)。

このキャビンは1930年代初頭、「Bill & Bess’s Place」という名のビアホールとして誕生。当時は“バイカーのオアシス”だったそうです。

1950年代にジョンと妻リリアンが購入し、現在の名に。

ジョンはかなりユニークな人物だったらしい。
日曜のアルコール販売が禁止だった時代に、構わず売り続けたため「Sunday John」と呼ばれていたとか。

1960年代にジョンが亡くなった後、この場所は徐々に劣化し、廃墟となりました。

何年越しだろう。やっと出会えたジョンの山小屋。

遅かれ早かれ訪れていたはずだけど、シャロンの刺繍が背中を押してくれたのは間違いない。

迷信や運命を信じるタイプではないけれど、自分ではコントロールできない何かが働いたような、そんな出来事でした。

その後、ラリーウォークの会場でシャロンさんに直接お礼を伝えることもできました。

もちろん、この刺繍は、今も大切に飾っています。

再び灯ったネオン ~ ブーツ・コート・モーテルの夜

少し前の出来事になるけれど、この行事は本当に行きたかった。

多くの友人たちが参加していて、Facebook に次々と上がる写真を見ながら、ひとりため息をついていた😭

ここはミズーリ州 Carthage にあるBoots Court Motel
長らく消えていたネオンが、ついに再び灯りました。

点灯式当日は、カ―セイジ市長の Mike Harris 氏、Powers Museum のキュレーター Michelle Hansford さん、ミズーリ州ルート66アソシエーション代表 Tommy Pike 氏、そしてモーテルのオーナーである Debye Harvey さん、Priscilla Bledsaw さんらをはじめ、200人以上が参列したそうです。

ブーツ・コート・モーテルは1939年、Arthur Boots 氏によって建てられました。当時ここは、国道66号と71号が交差する場所に近く、
アメリカの交差点」と呼ばれていたそうです。

ルート66が東西を結ぶ大動脈だった一方、ルート71は南北を縦断し、
北はミネソタ州インターナショナルフォールズ、南はルイジアナ州の国道190号線付近まで続いていました。なるほど、そう呼ばれた理由も納得です。

このモーテルの大きな特徴は、
内装を1940年代のスタイルに忠実に保っていること

部屋にテレビはありません(泣)。
代わりに置かれているのは、当時の雰囲気そのままのラジオ。
そこから流れる音楽を聴きながら、
静かに当時に思いを馳せながら優雅な時間を楽しむ~そんなクラシックな空間です。

私も初めて泊まったとき、ESPN が見られないことに一瞬焦りましたが(笑)、思い切って Wi-Fi にも繋がず、文明から少し距離を置いてみたら、
驚くほど落ち着いた、リフレッシュした時間を過ごすことができました。たまには、こういう時間もいいものです。

ちなみに、かの名俳優 Clark Gable 氏も生前、大陸横断旅行の際に何度かこのモーテルに宿泊しており、6号室は彼が滞在した部屋として知られています。


夕暮れのルート66、ジェリーと

MO Road

2016年4月23日。
ガスコナーデ橋でのラリーを終えたあと、私は友人ジェリーの車の助手席に座り、
次のイベントが行われるマンガー・モス・モーテルへと戻っていました。

橋から街へ戻るには、もっと早く着けるインターステートもあります。
けれどその日は、あえてそれを使わず、
ルート66を、風を感じながらゆっくり走ることにしました。
こうした選択が自然にできるのは、同じ道を愛する者同士だからこそ、なのかもしれません。

ミズーリ名物の「リボンロード」。
上下に大きくうねるその道を進みながら、
ふと、こんなことを考えていました。

数年前―いや、ほんの3年、5年前でもいい。
その頃の自分が、
ルート66の世界では名の知れたアーティストであるジェリーと並んで、
このミズーリの道を走っている姿を、
果たして想像できただろうか。

夕陽を横目に、ぼんやりとそんなことを思います。

インターステートが造られたとき、
当時の人々はどんな気持ちだったのだろう。
今日の自分のように、それを横目に見ながら、
それでもあえてルート66を選んだ人はいたのだろうか。

目の前に広がるこの景色は、
その頃と同じように見えていたのだろうか。

90年も経てば、風景は大きく変わるのが普通です。
けれど、砂利道と太陽、緑の木々だけが視界に入るこの光景は、
きっと、ほとんど変わっていない。

夕陽が正面に沈み、
そしてまた昇る。
そうやって、時間はゆっくりと流れていく。

やがて、夕陽が少し霞んで見えました。

“The Missouri Maze” ~迷宮への誘い

KC, Nancy & Nick

本日は少しだけ、ご紹介を。

映像プロデューサーの KC Keefer 氏が、
パートナーの Nancy Barlow 氏、
そして友人の Nick Gerlich 氏とともに手がけるユニット
Unoccupied Route 66 が、新作をリリースしました。

彼らはこれまで、Painted Desert Trading Post や Exit Zero など、
今は廃墟となったルート66沿いの歴史的スポットを題材に、
独自の視点でドキュメンタリー作品を制作してきました。

そして、この6月に発表された最新作が、
The Missouri Maze。
直訳すれば「ミズーリの迷宮」。
タイトルを聞いただけで、思わず引き込まれる響きがあります。

つい先日、このDVDを、私たちが運営するルート66アソシエーション・オブ・ジャパンにも寄贈してくれました。
まずは、下記のトレーラー(予告編)をご覧ください。
作品の空気感が、きっと伝わるはずです。

彼らのオフィシャルサイトはこちら!
http://www.unoccupiedroute66.com/

“Gay Parita” を継ぐということ

ゲイリー・ターナー
ルート66のファンで、彼の名を知らない人は、ほとんどいないでしょう。
ミズーリ州アッシュグローブにある Gary’s Gay Parita の名物オーナーです。

「名所だから、ちょっと立ち寄ってみよう」
そんな軽い気持ちで訪れると、旅程が大きく狂います。
それほどまでに彼は話好きで、
ルート66にまつわる歴史、裏話、最新情報まで、何でも知っていました。

人懐こい笑顔とあふれるホスピタリティ。
訪れる何千、何万という旅人にとって、
彼はまさにこの場所の象徴でした。

そのゲイリーが他界してから、すでに1年と4か月。
享年70歳。
あまりにも早すぎる別れでした。

彼の死後、Gay Parita Station は空き巣被害に遭うなどし、
かつての賑わいが嘘のような、静かな場所になってしまいました。
私自身も二度ほど訪れましたが、
そこにいたのは私一人だけ。
看板があったはずの場所は、ぽっかりと空いていました。

そんな折、
「Gay Parita が娘さんの手で再開されるらしい」
という話が耳に入ってきました。

半信半疑でした。
「本当なのか?」
「どこからの情報だ?」
返ってきた答えは、「正式なルート。ただし、まだ内密に」。

そして2016年4月。
正式発表を受け、私はゲイリーの娘、バーバラ・ターナー(通称バーブ)に会いに行きました。

そのわずか2週間前、
バーブは長年暮らしてきたサウスカロライナの自宅を売却し、
劇場マネージャーとしての仕事も辞め、
この場所へ戻ってきたばかりでした。

彼女はこう語ってくれました。

「悩みに悩んだけど、両親が残したものを、きちんと次の世代に伝えることが私の使命だと、ようやく分かったの。もっと多くの人に、この場所を見てほしい。ここで終わらせるわけにはいかない。私が、続けなきゃいけないのよ。」

隣で話を聞く夫のジョージさんとともに、
迷いのない表情で語るバーブの姿が、とても印象的でした。

今後、二人はゲイリーと妻のためのメモリアルガーデンを造る計画も進めているそうです。
さらに魅力を増した Gary Parita が再び多くの旅人を迎える日を、
心から楽しみに、そして応援したいと思います。

Munger Moss 70周年の夜

ミズーリ州レバノンのアイコン、Munger Moss Motel が、今年で生誕70周年を迎えました。
昼間はラリー、そして夜は祝賀パーティー。ルート66ファンだけでなく、地元の住民の方々も集まり、大きなお祝いとなりました。

名物のネオンサインは、この日も健在。
西へ向かって走り、レバノンの街に入ると左手に見えてくるあの光は、やはり特別な存在です。クラシックカーとの相性も抜群で、何度見ても飽きません。

Party

Bob and Ramona Lehman

オーナーのラモナとボブ・リーマン夫妻にとっては、70周年に加え、もう一つの節目の年でもあります。
二人でこのモーテルを経営し始めて45周年になるのだそうです。

夫妻はアイオワ州出身。
モーテル経営を志し、物件を探していた際に偶然レバノンへ辿り着き、ガソリンスタンドで出会った不動産エージェントの紹介でこのモーテルと巡り合ったといいます。まさに「事実は小説より奇なり」。
一目で気に入り、購入を決めたそうです。

私も数年前からお付き合いがあり、ラモナは私にとって「ルート66のお母さん」のような存在です。

JessCar
そしてこの夜、もう一つの楽しみがありました。

ふと駐車場に目をやると、場違いなほど存在感のある一台が目に入りました。
今ではあまり見かけなくなった、あの無骨な「ハンマー」です。
……いや、車種の話は正直どうでもいい。

問題は、その車でした。
これは、私がずっと好きで聴いてきたカントリー歌手、
Jess McIntyre のツアー用車両。
写真や記事で何度も目にしてきた“あの車”が、目の前に停まっていたのです。

初めて実物を見るはずなのに、不思議と見覚えがある。
頭の中で、点と点がゆっくりつながっていきます。
――ということは。
――ということは、だ。

「……ジェス、ここにいるよな?」

誰に言うでもなく、心拍数だけが少し上がっていきました。

 

実は、彼がこのパーティーに参加してミニライブを行うこと自体は、事前に本人から聞いていました。
Facebookでつながり、何度かやり取りもしていた。
でも、“情報として知っている”のと、“同じ場所にいると実感する”のとでは、まったく違います。

ほどなくして対面したジェスは、驚くほど気取らない人物でした。
スター然としたところは一切なく、気さくで、よく笑う。
ルート66の音楽を歌う理由が、そのまま人柄に表れているような、そんな人です。

こういう人に出会えるから、この道の旅はやめられません。

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ライブが始まるまで、会場は食事や歓談でにぎやかな雰囲気。
やがてジェスの演奏が始まり、ネオンの光の下で音楽が響きます。

JessontheShow

途中、ラモナ自らが切り分けた記念ケーキも登場。
甘さはかなり強烈でしたが、それもまたアメリカらしいお祝いの味でした。

夕方4時半に始まった宴は、気がつけば夜11時を過ぎていました。

TOSHI MUNGER MOSS SIGN DSC_0200

ネオンの前で写真を撮り、部屋へ戻ろうとしたところ、ロビーで再び歓談に加わることに。
最後の一枚は、ほぼ午前2時近く。

長い一日でしたが、70年という時間の重みと、この場所を支えてきた人たちの想いを、改めて感じる夜となりました。

Allstars

“Save the Gasconade Bridge” ラリーウォーク in 2016

2016年4月23日(土)。
ミズーリの澄み切った青空の下、“Roamin’ Rich” ことリッチ・ディンケラ氏に率いられたSave the Gasconade Bridge ラリーウォーク が開催されました。
このイベントは、昨年3月に続く2回目。
私は前回、諸事情で参加できなかったため、今年が初参加となりました。

対象となっている橋は、昨年12月から車両通行が完全にブロックされています。とはいえ、徒歩や自転車での通行は可能で、今も人の行き来が続いている場所です。

開始は正午の予定でしたが、あまりの好天に、朝10時頃にはすでに人が集まり始めていました。クラシックカーの列も次々と到着し、会場は次第に賑わいを見せます。

このラリーの目的は明確です。
老朽化を理由に州政府が検討している「解体」に対し、
壊すのではなく、修復を——
ルート66にとって重要なアイコンを残そう、という意思表示です。

どの国でも、行政の決定を覆すのは簡単ではありません。
だからこそ、多くの人が集まり、声を上げ、民意の力を示すことに意味があります。

当日は地元テレビ局、警察関係者、州や自治体の関係者なども参加し、
「壊さずに修復を」というメッセージが、はっきりと共有されました。

そんな中、壇上で挨拶が続く最中、突然リッチがマイクを握り、こう叫びます。「Toshi、どこだ? 何か一言どうだ?」

……完全に不意打ちです💦
アメリカで “You like to say something?” は、お願いではなく、ほぼ命令😂
周囲の拍手に背中を押され、引き下がる選択肢はありませんでした。

結果的に、昨年立ち上げたルート66アソシエーション・オブ・ジャパンの紹介と、今回この場に参加した理由について、短く話すことになりました。

思いがけない場面もありましたが、イベントは大成功。
暑さのため多少早めの終了となったものの、多くの人と想いを共有し、語り合い、ルート66に関わることの意味を改めて感じる一日でした。

🤩 Tee for Rally 到着 🤩

Rally Tee

やった~ 🤩 やった~ 😎 遂に来た~ 🥰

今年のミズーリ州「Save the Gasconade Bridge」ラリーイベントのTシャツが、ついに届きました。
昨年はグレーでしたが、今年はブルー。なかなかいい色です。

あと4日。
このTシャツを身にまとい、ミズーリ州へ向かいます。✈️

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