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週刊NY生活月イチ連載 SEASON 3: Vol.11 ミズーリのガスコナーデ橋を守れ!

毎月恒例の寄稿「魅惑の旧街道ルート66をフォーカス」SEASON 3、第11回目(02月号)は、先日もこのブログで紹介したガスコナーデ橋のお話です。

詳細は週刊NY生活ウェブサイト ⇩ まで (11ページです)
https://nyseikatsu.com/editions/760/760.pdf

Save the Gasconade River Bridge 最終章

ミズーリ州ラクレード群ヘイゼルグリーンという小さな街の郊外にあるガスコナーデ川橋。そう、この橋の運命については何度もこのブログで取り上げてきたけど、やっとその将来が決まる(かもしれない)という時期に差し掛かっている。

というのは、同州ルート66協会の会長であるリッチが、ガスコナード川橋の所有権を協会に引き継ぐことを望んでいると語ったからだ。

まだ現時点で結果を聞いてはいないが、リッチは1日(土)午後に開かれる理事会で、同協会に提案を承認するよう尽力しているようだ。

最近読み始めてくれた読者の皆さんのために簡単におさらいをすれば、ガスコナーデ川橋はルート66の歴史の一部としてとても重要なアイコンの一つ。だけど2014年12月、ミズーリ州運輸省が橋の劣化が理由で当面の通行封鎖を勧告した。同運輸省の査定では修理をするには約1億円程度の資金が必要であり、州財政を鑑みれば当面その「順番」は廻ってこないというものだった。しかし問題はそれだけでは済まず、たとえ修理したとしても構造そのものが現在の規制に合っておらず、更には通行できる車両の重さも制限されることから、解体=>新しい橋の設置というオプションまで議論されるに至った。

2015年春、そのリッチが音頭を取って初めて同地でラリーウォークを主催、ガスコナーデ川橋を守る意思を群や州を相手に鮮明にアピール。私もルート66日本のアソシエーションを運営する身としてリッチの活動に賛同し、2016年4月に行われた第二回ラリーウォークに参加したことは既に皆さんにもお伝え済みだ。スローガンは “Repair, Don’t Replace” ( 壊さずに修復を)。橋そのものを「残す」ことが必須だったのは言うまでもない。

David Schwartz 氏デザインの同イベント用ステッカー

これらの活動の結果、州政運輸省は一旦解体を見送ることになったので、リッチの行動の効果は充分にあったが、その後 同州運輸省は橋の新しい所有者を今年4月20日までに見つけることを条件に、橋を残すことを認めた。
そのリッチは昨年からミズーリ州ルート66アソシエーションの会長に就任。ガスコナーデ川橋の問題に向き合っている、というわけだ。

Facebook の Save the Gasconade River Bridge ページも多くの応援メッセージで溢れている。
https://www.facebook.com/groups/savethebridge/permalink/3668158949868693/

リッチを始めとした全ての関わる人達の行動に心から敬意を表するとともに、可能な限りのサポートができればと切に願っている。

66 Drive-In Theatre 70周年記念で青空市開催へ

「66ドライブイン」は今年70周年を迎えることにあたって、オープン・エア・マーケットという初めての試みを開催するらしい。

66ドライブイン・シアターはミズーリ州カ―セイジという街のほどない郊外にある。そう、ルート66で私の最も好きな街の一つ、カ―セイジだ。
開催日は今週末12日(土)と13日(日)の2日間。入場料は3ドル(約324円)で昨今流行りのフードトラックも幾つか登場するとのことだ。

ジャスパー郡裁判所を中心に街のダウンタウン地区

ドライブイン・シアターが最初にオープンしたのは 1949年9月22日。時代の流れの影響によって 1985年に閉鎖されたのだが、その 13年後に見事復活を遂げ、現在でも毎週金、土、日曜日に毎晩2本の映画が上映されている。

さらに言えばこのドライブイン・シアターは、US’s Very Best Drive-In Theatre で何と 6位にランク付けされたこともあり(微妙な順位だけど)、ルート66上で今日現在稼働している唯一ドライブイン・シアターでもあるのだ。 (2003年に米国国立史跡に登録済)

地元のニュース

最近の流れだけど、このような広大な面積を誇るドライブイン・シアターは季節限定の営業なので、冬の間は「ただの空き地」と化してします。そんなところに目を付けた人々がオープンマーケットや、ウィンターマーケット、または冬季版移動遊園地などを開催して収益を増やす傾向がある。
こちらのオーナーさんである、マクドナルド夫妻もそのチャンスを逃さなかったようだ。

私はまだここで映画を実際に観たことがないが、70年前のアメリカのノスタルジーを誘う、ネオン、子供の遊び場、チケットブース、コンセッションスタンド/プロジェクションブース、そして高さ66フィートのスクリーンなど、ほぼすべてが2019年の今日も変わらず多くの人たちの人気を集めている。

そうそう、カ―セイジの名物モーテルのインキーパーであり、大の友人でもある Debbie が、以前到着前に連絡をして夕飯を一緒にできるかどうか聞いた時、こんなことを言っていた。
「今晩映画を観る予定になってるから、オープンシアターだけど、トシも来るか?」
腹が超減っていたのでその時は遠慮してまず自分で腹ごしらえしたのだが。。。次はその手の誘いには是非乗ってみようと思う。

モーテルを買うタイミングは未だ遠い?

Photo from Route 66 News

残念な話だけどルート66では、毎年幾つかのモーテル、ダイナー、そしてお土産屋さん、が閉店となる。理由はオーナーの高齢化、または健康上の問題、それに伴う後継ぎがいない、さらには不況が原因であったり、様々だ。
ルート66の素晴らしい文化と後世に残したい、と日々大なり小なり努力をする仲間たちにもとても心の痛い話題なんだよね、こういう「現実」は。
かく言う私はホテルマンの端くれとして、いつかはこのルート66上でモーテルを再生経営したいと機会があれば言っている。
もっと言えば、その「正しい」タイミングが来る時に向かって各ホテルで経験を積みながら資金を作っているところだ。

昨年のことだけど、ミズーリ州サリヴァンにある「Shamrock Court Motel」もオーナーが売却に舵を取った。現在のオーナーはシカゴ出身の Weiland 兄弟だが、ある程度のメンテナンスはしているものの、宿泊として販売するレベルではなくここ10年以上空き家になっているものだ。

所説あるものの、Shamrock Court Motel は1945年、イタリアからの移民石工である Berti 氏によって作られたらしい。47年、または48年という記録もあるけど、まあそこはどっちでも(笑)

写真を見てもらえるとわかるように、その歴史はもとより、建築も非常に美しく目を引くよね。昔の盛況時のポストカードも披露しちゃいます。
実際、このモーテルが売りに出てから直ぐに購入を希望する人から連絡があったらしいけど、その人物、何と建物を壊したいと申し出たそうだ。何という大バカ者!もちろんオーナーは NO と言って断ったらしいが、こういうルート66の歴史と意義をわかっていない金だけ持っている輩が最近増えているのも頭の痛い現実なのだ。

でもね、売却希望金額は125,000ドルなんだって。日本円で約1,400万円ぐらいかな。東京で住宅を買うことを考えると破格に安い。
このくらいなら私が!と正直思うところもあるんだけど、やっぱりサリヴァンという場所がネックだ。。。
この地域のモーテルといえば「Wagon Wheel」と、実際私のブログでも紹介している素晴らしいモーテルがわずか18マイル(約29キロ)先にあるのだ。
車で走れば所詮20分程度だ。繁忙期はお客をスプリットできそうだけど、それ以外の時期はどうかな~、悩むな~。

ボブさん、安らかに

ルート66は、ルート66で結ばれた私たち大きな家族は、大切な友人を亡くした。50年近くに渡ってマンガーモス・モーテルを切盛りしてきたボブ・リーマンは、先日天国へと旅立った。

ボブに最後に会ったのは2016年の春、モーテルで行われた「ルート66ファミリー」のイベントだ。
その時からあまり体調が良くないと言っていた。
癌を発見されたのは昨年の夏。
それ以来ボブは化学療法や、放射線治療を受けながら懸命に闘ったようだ。

アイオワ州出身のボブとラモナのレーマン夫妻は、ミズーリ州を旅していた時にひょんなことからレバノンの街でその「モーテル」に出会った。
不動屋の熱心に語るルート66とその歴史にすっかり魅了された二人は、短期間でそのモーテルを購入を決め、今日まで大勢の旅行者に愛されてきたわけだ。
私が彼らに最初に話をした時ははっきり憶えていないが、知らないうちにミズーリ州の父と母のような存在になった。
取り分けラモナはいつもとびきりの笑顔とキスで迎えてくれて、到発着時にはいつも1時間は悠にかかるほどお互いの近況を話混んで交流をしてきた。
いつもその背後でゆったり椅子に座りながら、その大きな目で見つめながら頷いていたボブは、次はもう居ない。

昨年9月にシカゴからオクラホマ・シティまで旅をしたとき、実はマンガーモスにも立ち寄っている。ここ最近一連のブログでマンガーモスのことに触れなかったのは、その時の訪問で初めてラモナに笑顔がなかったからだ。
ボブの病気について話をしてくれたが、とても辛く悲しそうで、返す言葉もうまく見つからなかった。

ボブの亡くなった後、多くの「家族」や友人からお悔やみの言葉が私のFacebookページを占領した。どれだけ多くの人に彼が愛されたのかこれだけでも良く分かる。
その後、ラモナが皆に充てて投稿した文章を原文のまま載せたい。

“I want to thank all our Route 66 friends who have sent their love, their esteem of my Bob, and their sadness for his passing. Bob found out last summer he had cancer… he was brave and took the chemo and radiation as prescribed… the cancer was very aggressive..In December it was found also in his brain.. He had 14 days of radiation… It really weakened him.. about 2 weeks ago he lost the strength in his legs… so we had hospice for a week and two days.. they sure are wonderful people. My husband now is at peace..I am so thankful for my two daughters, who were at his side and mine.. funeral is Monday the 4th of March. at Colonial Chapel here in Lebanon.. visitation at 2 p.m. God bless all of you..”

ここに書かれている通り3月4日にお葬式がある。あまりにも急であった上、さすがに東京から駆け付けるのは難しい。
だから 2日の土曜日、私はラモナに電話を入れ、葬儀に出席できない旨をわびた。
彼女は自分の悲しみを圧して、遠くから電話をくれたことを喜び、そして感謝の念と共にこう言ってくれた。

「トシ、ルート66が好きで集まった仲間は皆、一つの大きな家族よ。遠く離れた場所にいても、そうやってボブを想ってくれて電話をくれる。それで充分。私は大丈夫、娘たちも一緒にいてくれるしね。ここは閉めないわ。愛する家族たちが返ってくる日を思いながら、ここで待ってるわよ。」

仕事の途中で泣いてオフィスに戻るわけにはいかない。
グッと我慢して「また必ず行くからね」、そう言って電話をきった。

ボブ、安らかに。

新装 Joe Becker Stadium 徘徊

諄いようだが、ジョプリンの街へ来たら「あそこ」を訪問しないと気が済まない。このブログを読んでいてくれる方々にはピンと来ると期待したいが(笑)、ご名答!Joe Becker Stadium のことだ。
忘れてしまった方や、最近訪問し始めてくれている方々は、ジョプリンがマイナーリーグチームを誘致する話、昨年4月に書いたこの記事を参照してもらいたい ⇩

http://www.toshi66.com/2018-04-30/

昨年9月、ジョプリンから南下する際にスタジアムに寄ってみた。前回はまだ工事をしていた部分もあったり、2年間プレイしたブラスターズが去ってしまった今となってはどうなっているのか、興味は尽きないわけで。。。

ということでスタジアム正面の駐車スペースに車を止めて正面玄関へ行ってみた。案の定門は閉まっている。平日の早朝だから仕方ないか。

でもどうしても中に入ってみたいので、以前は簡単に「侵入」できた裏へ廻ってみたが、工事が完了したのであろうか。しっかりそのような侵入経路はなくなっていた。気を取り直してもう一度正面玄関に回ってみると、一台の車が駐車場に入ってきて若いお兄さんがこちらへ向かってくる。
「ん?警備の人かな?まずいかな。」と、思っていると、気さくな笑顔で
「やあ、どうだい?早朝から珍しいね。観光?」と聞いてきた。
「まあ、そんなところだよ。新しくなったの知ってるから、一度見たいと思って」と、言うと「じゃあ見ていく?俺はお客さんとの面談があるから相手できないけど」。
人生真面目に生きてれば偶には良いことはあるものだ。
「そりゃ嬉しいけど、本当にいいの?」と聞き返すと「もちろんさ。ベースボール好きに悪い奴はいないよ」と笑いながら鍵を開けてくれた。
と、言うことでちょっとしたスタジアムツアーの開始だ!

スタジアムといったところで、大した大きさではないが、マイナーリーグとしては立派な?施設だ。早速コンコースを通ってメインスタンドへ。

おお、きれいになっているじゃないか。
これなら今年からプレイする Miners は力いっぱい出来るにちがいない。

基本的に事務所以外はどこへ行っても入ってもOKと許可をもらっているので図々しくグラウンドにも降りてみる。
こう書いていると随分と野球好きのように聞こえるが、ちなみに野球を実際にしたのは小学校時代のみと言ってもよい。そう、私の時代は野球をしないと友達が中々できない時代だったということがある。ただ、そういいながらも野球は大好きで、贔屓のオークランド・アスレチックスは10歳のころから応援しているので、現時点で40年を超えるファン歴だ。そんな「観る」が主体の私でも、スタジアム好きが合い重なって、マイナーリーグとは言え、グラウンドに立つと血が騒ぐのは肌で感じるってわけ(笑)

更にいい気になってベンチへ行って座ってみる。「あれ?まだベンチは改装途中なんだね」と思う方もいるかもしれないが、これは立派な完成形。木目ラインが素敵!とでもいうべきか。マイナーリーグではこの程度の、DIYの延長線にあるようなベンチは極めて普通だ。

ああ、ここから名前を呼ばれて出ていく時って感慨もひとしおだろうなぁと、しばし夢想の世界へ。

そして最後は VIP セクションへ。ここは作りは簡素なものの、システム的にはメジャーと一緒。屋根のついた部屋にはソファやモニター、そしてBARまであり、扉を出れば外の座席で観戦できるという代物。でもきっと値段はかなり安いんだろうな。マイナーリーグなら VIP ルーム、貸し切れるかも!スタジアムの外側からは向い建設中の駐車場もみえた。

一連の自主ツアーを終え、兄ちゃんに例を述べて帰る。
あ、チケット売り場も発見。シーズン席から当日席まで、しっかり窓口も違っている。なかなかニクイね。

最後は新しくできた看板をしっかり見学して。
往年の大スター、ミッキー・マントル氏と、このスタジアムの名前がとられているジョー・ベッカー氏のツ―ショットが素敵だ。MINERS の試合、絶対に来るぞ!

Joe Becker Stadium
1301 E. 3rd Street, Joplin MO 64801
http://www.joplinprobaseball.com/

 

Roamin’ Rich 新会長誕生!

Image From Route66News.com

“Roamin ‘Rich” の愛称で知られる Rich Dinkela 氏が、先週末のグループ選挙で、ミズーリ州ルート66アソシエーションの新会長へ就任することが決まった。
彼は YouTube 等のメディアでも露出度が非常に高い、ルート66界屈指の人気ソーシャルメディアプロモーターでもある。

ミズーリ州ルート66アソシエーションは過去約20年に渡って Tommy Pike 氏とその奥様である Tonya さんの二人三脚で大きな発展を遂げてきたが、今年一気に世代交代をし、さらにパワーアップしていく予感に溢れている。

Rich と私が初めて出会ったのが2015年秋にイリノイ州エドワーズビルで開催された「マイルズ・オブ・ポッシビリティー」、ルート66の歴史的意義やアメリカの偉大な財産として今後どのように保存、発展させていくかを教育的、学術的見地から意見交換をするカンファレンスでのことだった。
もちろん「その場所に居る」ことで、多くのルート66を愛する友人知人と楽しい時間を共有できることが何よりうれしいし、そこで彼に会えたことは非常に有意義なことだった。

彼はいつもいろいろなことを精力的にこなし、ルート66に多大なインパクトを与える。翌年2016年春には(実際にそれは第二回目になるのだが)、ミズーリ州のガスコナーデ橋を取り壊しから守るため、州政府を相手に多くの支持者をまとめ上げ、結果的に保存に成功した。この話は当ブログにも詳しく載せたが(2016年4月26日参照)、その時にも前年に日本ルート66アソシエーションを立ち上げた私にも檀上に上がってその紹介をするチャンスをくれた。
いきなりの指名に少し焦ったが、準備なしにしては上手く話せたと自画自賛、記憶している(笑)

Image From Roamin’ Rich’s Facebook Page

その後もドローンを飛ばすことでルート66を見たこともない世界に導いてくれたり、シールドペイントと言って、ルート66のサインが消えかかった、またはないルート上の重要な場所に一つ一つ出向いて、地道にルート66のプロモートに尽力してくれた。私が言うのもおこがましいが、行動で示す彼のリーダーシップがあればミズーリ州は安泰だ。

時を同じくして、オクラホマ州ルート66アソシエーションにも、私の親友 Rhys Martin 氏が新しく会長の座に就いた。ルート66は一気に世代交代をし、心からルート66を愛する素晴らしい友人たちの手によって発展して行く。まだまだ微力ながらお手伝いできる機会が山ほどありそうだ。

最後に Rich の素晴らしいドローンの世界をもう一度!

ミズーリの大空の下で

前回の訪問から約2年。その後どうなっているのか気になる二つの場所がお互いに5マイル(約8キロ)程度の距離に存在する。
2016年11月、Whitehall Mercantile は、在庫を全て売り切って閉店する、とのニュースが流れた。事の詳細は下記 Archiveを参照してもらいたいが、その後本当に閉まってしまったのかは不明のままだった。
「Whitehall Mercantileが閉まっちゃう」http://www.toshi66.com/2016/11/08/

昨年9月に立ち寄った時、お店は閉まっていたが(通常の営業時間内)中には未だ沢山の商品が残っていた。外観からは精気が余り感じられなかったのでここは引き続き調査が必要だなー。

さて、もう一箇所の方は未来ベクトルの「明るい、その後が気になる」場所。
時は同じく2016年、伝説のオーナー夫妻、Lena と Gary の Turner 夫妻が他界した後、娘のBarbara が後を継いだミズーリ州の観光名所 Gary Parita Sinclair Station、の「その後」を今日は紹介したい。

当時の詳細はこちらも下記 Archive を参照して頂きたい。
伝統の継承:バーブの決断   http://www.toshi66.com/2016-04-30/

待望の後継ぎ問題が解決した後も、夫妻の他界後約1年近くにわたって荒廃していた場所の再開には多くの時間の費用がかかるとみられていた。もちろん実際その通りで、Barbara と彼女の愉快な旦那さん George は、文字通り一生懸命来る日も来る日も Gay Parita Sinclair Station の再開に努力したことは想像に難しくない。

殆ど真夏の酷暑に近い快晴の9月下旬、私は彼らを訪問した。
押せ押せのスケジュールのため彼らには行くことを伝えていない。
忘れられてないだろうか?と一瞬心配になったが、SNSのおかげで今は遠くの友人知人の近況が簡単に手に入る。それは同時にいつ「本当に」会ったのかという記憶が曖昧になるという欠陥も含んでいるんだけれど(((´∀`))ケラケラ

通りから見る限りではすっきりと片付いた良い感じに見える。
特に人影は見当たらないが、開いているはずだ。

車を降りた瞬間に滝のような汗が流れる。今日のミズーリは9月とは信じられないほどの湿気と熱気だ。
「おやおや、珍しいのが来たな」、独特のハスキーボイスで George が人懐こい笑顔と共に迎えてくれた。
綺麗にアップグレードされているのは建物の外観だけではない。

(私のステッカーもしっかり貼ってもらっている)☝

2016年には実は2回、彼らを訪問する機会があった。1回目は4月、同州ヘイゼルグリーンでガスコナーデ橋を守るラリー運動に参加した際で、もう1回は同年8月にスプリングフィールドで開催された「第6回 Annual Festival」に参加した時に一瞬立ち寄った。とはいえ、その時は満足に話もできない挨拶程度のものだったが。。。
George はその後どのように修復作業や新しく購入したものの設置作業に奔走したかを相変わらずの早口で言葉も熱く語りまくった(笑)
ガレージはきちんと整理され、何と訪問客が座れるスペースまで出来ている。

ガレージの裏には1932年の International が鎮座。一回売却したものを再び買い戻したそうだ。George の計画では同じものがもう一台、欲しいらしい。

フロントに飾られたトラックも沢山の花が飾られる素敵なオブジェとして堂々と。

裏は団体客もエンターテイン可能な開放的なスペースにたくさんのピクニックテーブルが設置済だ。

そして両親への哀悼を形にしたファウンテンは立派に完成していた。

押せ押せのスケジュールとは言え、ここに来るときは(というか Barbaraと George に会うときは)長時間滞在になることは覚悟している(笑)とにかくふぃたりは話好きなのだ。Barbara のお父上そっくりだ。
滞在中にイタリアからの4人組の訪問もあり、場は大いに盛り上がる。
今回の米国滞在はわずか1週間、この歳になるとそれなりのエネルギーが必要になってくるが、こういう時間は本当に貴重で何にも代えがたい。
マスターカードの宣伝そのもの、まさに Priceless だ。

2016年より始まった「Annual Show Off Your Ride」と呼ばれるクラシックカーやバイクで皆でルート66を走るイベントも、毎年5月開催で定着したようだし、昨年はイリノイ州ルート66を牽引する Roamin’ Rich こと、Rich もこの Gary Parita の前の道に大きなルート66サインシールドをペイントして話題となった。
今後より一層、この二人の努力でGay Parita は発展して行くだろう。

最後に三人で、はいチーズ!

 

Wrinks Market の新女神達

今回のレバノン行きで一番楽しみにしていた訪問がここ、我がルート66の母、ラモナの経営するマンガ―モス・モーテルから目と鼻の先の距離にある、Wrinks Market だ。
2009年に完全に閉店して以来、約8年。遂に再開するというニュースを聞いたときには、かなりテンションが上がったことを憶えている。
下の写真はたぶん2013年頃に撮ったその姿。冬場ということもあり、とても寂しい印象は否めない。もちろん店の中もガランとして何も置いていなかった。

「ここが空いているうちにご主人と交流したかったなぁ」と、通って見る度に想ったことは2回や3回では済まない。

Wrinks Market は1950年、Glenn ”Wrink” Wrinkle 氏によって開業され、マンガ―モス・モーテルと共にルート66繁栄期に一役かった。後程紹介する新オーナーによれば、「彼女の祖父はルート66と、それを旅する人達を心から愛していた」とのことだ。
お店を訪れた旅行者の中には、大陸横断中に「おむつ」を買いに立ち寄った、名優クリント・イーストウッド氏もいたとのこと。

2005年になって82歳になった Glenn はこの世を去り、お店は閉店。その後息子さんが一時的に継いだが、当時の不況の影響で上手く行かず再度閉店となった。ちょうどその頃私も一度訪れているが、営業をしているのかしていないのかスルーした記憶がある。

という前置きの下、2018年9月、やっとこの地をまた訪れる機会があり、お店を訪問してみた。今回はしっかり営業している雰囲気がばっちりだ(笑)

恐る恐る店に入ってみると、明かりは完璧に点き商品もきちんと陳列され、どうやら100%営業中のようだ!

新オーナーは、Glenn のお孫さん、Katie Hapner さんと彼女の義妹 Sarah Carney さんのお二人。さらには Katie の娘さんがこの日はお店をお手伝い、と店内は活気にあふれていた。

小腹を空かしていた私はサンドイッチを注文し、さっそく雑談開始。最初にお相手してくれたのは Sarah さんだが、日本人だと告げると「まあ!Katie は日本の血が少し入っているのよ!オ、キ、ナ、ワ?かしら。そこで育ったって。」
それならと、早速バックヤードを作業をしていた Katie さんを呼んでもらった。
Katie さんもそうだが、彼女の娘さんも大の日本好きで、近いうちに日本へ行くことをとても楽しみにしているそうで、矢継ぎ早の質問を受ける。が、ご存知の通り在米30年の私は今一つ日本文化には疎い。

当初は15~20分程度の滞在予定だったけど、気が付けばゆうに1時間超え。
でも全然へっちゃら。素敵な女神たちとの交流だものね。最後はとびっきりの笑顔の一枚を頂戴した。

地元テレビ局KY3が、お店の再開時にニュースとして取り上げたので最後にご紹介したい。

 

 

 

 

Bob’s Gasoline Alley: 大人の遊園地

そこは視界が開くと突然現れる、ルート66、古き良きアメリカのワンダーランド。ミズーリ州キューバのダウンタウン地区から西へわずか5マイル(約8キロ)へ行ったところに ”Bob’s Gasoline Alley”はある。
インターステート44号線からはアクセス出来ないので嫌でも下道、ルート66を走って行かざるを得ない(とは言っても嫌なわけがないのだが)。
地元では「ZZ」と呼ばれるルート66をひたすら走り、Beamer Lane という余り目立たない小道を入る。こんな感じだ。


ここを抜けると一瞬で視界をカラフルなサイン、サイン、サインで塞がれるのである。

あまり沢山の資料がないので、詳しくは書けないのだが、Bob Mullen 氏が長い月日をかけて収集したガソリンステーションのサインや、ネオン、ガスポンプは勿論、その他関連の小物で埋め尽くされた鑑賞用の大人の遊園地なのだ。

建物の中では食事をとれる施設もあるが、ここは残念ながら春~夏季で予約限定らしい。外にも沢山のピクニックテーブルも置かれているので、大家族や友人らとのパーティには絶好だろうか。

裏庭?はインターステートに向けて気持ち良く広がった草原が素敵な上に、ラバやラマ等が飼育されていた。

横にはひっそりと住宅も建っていたが、今日はお留守のようなので1時間ほど見学して失礼することにした。

ここに来るのも今回で3度目。次はそろそろオーナーさんに会いたいものだ。

ちょうど YouTube で面白い映像が上がっていたので拝借。

 

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