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「ルート66生誕100周年」へ向けての法整備

アメリカ合衆国 国会議事堂

現在コロナ・ウイルスのパンデミックで世界は揺れているが、皆さんもご存知の通り、今月より英国を筆頭にアメリカでもワクチンの接種が始まった。今後は接種患者さんの経過及び結果観察が重要なんだけど、ウイルスが全滅するとは言わないまでも、一定の効果が表れ、収束に向けて落ち着きを取り戻して行く「はず」だ。
で、何が言いたいかと言うと、来年2021年は、その「はず」に期待してルート66業界でも大きな進歩が起こることが期待できるかもしれない、と言うことなのだ!

上院議会

今、アメリカでも(私の従事する)ホテル・旅行業界を始め、飲食、製造、卸売・小売業界と挙げればキリがないほど多くの産業が苦境に喘えいでいるが、何と同様のことが政治の世界も起きているらしい。つまり感染拡大を恐れるあまり、予定されている会議や勉強会が中止、または延期。その結果、様々な法案の審議が遅々として進まず、多くが棚上げ状態になっていると聞く。だから、これから民主党政権に代わり状況が少し安定することに加え、その「はず」の効果で、停滞している動きが2021年には加速するのでは?とアメリカ国民は議会に期待をしているのだ。

下院議会

そこで今日の本題だけど、その「棚上げになっている」法案の一つが、2019年1月~2021年1月の第116回アメリカ合衆国議会に提出されている “The Route 66 Centennial Commission Act” (ルート66、100周年記念委員会法)だ。これは2019年1月にイリノイ州民主党下院議員 Rodney Davis 氏によって提唱され(HR66 )、同年4月に上院にて議論され通過、そして先週12月8日に下院も通過し、イリノイ州民主党上院議員である Tammy Duckworth女史によって大統領へ提出された。(S1014)
今日現在トランプ大統領の「署名待ち」の状態だ。(署名がさっれば正式は法案として執行される)
https://www.congress.gov/116/bills/hr66/BILLS-116hr66rfs.pdf
https://www.congress.gov/116/bills/s1014/BILLS-116s1014enr.pdf

この「100周年記念委員会法」案は、2026年にルート66が生誕100周年を迎えることを記念して「ルート66を称えるための」ルート66百周年記念委員会を設立することを定めるものだ。その法案は、委員会の任務、委員資格、権限、報告要件を規定、明記することとなる。
(尚、同委員会の権限は2026年12月31日をもって終了)

もっと細かいことを言えば、仮にこの法案が署名され確定された場合、運輸省長官(ルート66は運輸省の管轄下)、上院・下院の代表者、そしてルート66が横断する8州の州知事から推薦を受けた、総勢15名の委員が大統領によって任命されることになっている。当然任命される委員は、ルート66の歴史とその歴史上の人物や出来事の重要性、そしてルート66に関する相当な知識と理解、そしてその価値を多くの人々に伝えることに献身的でなければならない、と明記されている。ちょっと傲慢かもしれないけど、私だって日々そういう気持ちで向き合ってるんだけどなぁ。大統領から任命されるなんて、そういう立場でホワイトハウス、行ってみたい!笑

更に書けば、委員会は100周年記念用として記念コイン、メダル、サーティフィケーション、や切手の発行はもちろんのこと、記念行事や各種イベント、祝賀会等の設定、準備、そして関連書籍(電子書籍含)、パンフレット、映画、その他教育教材の作成から出版、配布まで全ての権限を有するとのことだ。

これら一連の流れは2016年、Route 66 Road Ahead Partnership という団体がイリノイ州民主党下院議員 Darin LaHood氏に、ルート66を国定歴史トレイルに指定するよう働きかけたことが発端となった。これが第115回アメリカ合衆国議会に2017年2月に提出された “Route 66 National Historic Trail Designation Act” (ルート66国史跡指定法)と呼ばれるもので、(HR801)イリノイ州シカゴからカリフォルニア州サンタモニカまでの約 2,400 マイルのトレイルを「ルート 66 ナショナル・ヒストリック・トレイル」として指定するために、全米トレイル・システム法を改正するものだった。(管轄は国立公園局)
https://www.congress.gov/115/bills/hr801/BILLS-115hr801rfs.pdf

では実際に指定されるとどうなるのか?
つまりルート66を「国のトレイル・システムの一部」と名付けることによって、道路はきちんと保護されることになる。そして国としてルート66を維持、開発、促進していくための連邦資金を授与することができるようになるわけだ。それは該当地域の観光、雇用、生活の質のさらなる向上を促進、さらには「市民の誇り」を地域社会に還元することにつながり、世界中から旅行者や愛好家がもっとルート66を訪れ、ルート沿いの地元企業や観光産業に継続的な経済的利益を提供することができる、という勝ちの連鎖まで産んでしまう嬉しい悲鳴。

結果、残念ながらこの法案は2018年7月に全会一致で下院を通過したものの、議会終了までに全手続きを終えることが出来ず、未だ法案成立には至っていない。理由としては、同年12月から翌年2019年1月まで政府が部分的閉鎖になったことが原因だ。その後も議会がトランプ大統領に対する弾劾手続きにより力を入れているため、を当てている法案審議が停滞しているらしい。

Route 66 Road Ahead Partnership は、ルート66が通過する8つの州のメンバーで構成される非営利組織で、国立公園局と世界モニュメント基金の支援を受けて2015年に設立された。

Route 66 Road Ahead の皆さん

彼らの使命は、プロモーション、保存、研究、教育、経済発展に焦点を当てたパートナーシップを通じて、国内および国際的なアイコンとしてのRoute 66を活性化し、維持すること、と彼らのホームページでも謳われている。(http://route66roadahead.com/
実際、Route 66 Road Ahead Partnershipはルート66の生誕100周年のイベントへ向けても既にリーダーシップを発揮しているようだ。生誕祭へ向けては5年間の一連の取り組みを計画しているらしく、それはつまり翌年2021年には始まることを意味する。
私のボードメンバーの何人かとは親交があり、情報交換することも少なくないが、International Advisory という立場でいつか大きく貢献できればと思っている。

Road Ahead の代表、Bill Thomas 氏

そして今年2020年9月、イリノイ州民主党下院議員 Darin LaHood氏が再び動いた。カリフォルニア州共和党下院議員である、Grace Napolitano 女史と共同で、Route 66 National Historic Trail Designation Actを再度提唱。(HR8240)オリジナルの法案に幾つか文言変更を加えたものだ。
https://www.congress.gov/116/bills/hr8240/BILLS-116hr8240ih.pdf

議会で演説をする LaHood下院議員

繰り返しになるけど、来年2021年、ルート66は95歳の誕生日を迎える。あと5年、への節目だ。そんな年にルート66が国定史跡トレイルとして認可されれば、こんなに相応しい誕生日プレゼントはないだろう。

生誕100周年は迫っている。現議会の有効性を鑑みれば、ルート66が国定史跡に指定される可能性は、2021年以降~2022年の議会会期時となろうか。目が離せない2021年がやってくる。

週刊NY生活月イチ連載 SEASON 3: Vol. 20 アメリカを自分の足で走破した男

毎月恒例、週刊NY生活紙の寄稿「魅惑の旧街道ルート66をフォーカス」SEASON 3、第20回目(11月号)は、スポーツの秋!マラソン、とそれに因んだ私の「超クレイジーな」友人を改めてご紹介。
このブログでも過去何回か触れていますので過去記事も併せて楽しんで!

このクレイジーな男の奮闘記は、アマゾン電子書籍
「永遠を駈ける: アメリカ横断5000キロ・ランニング日記 Kindle版」
で絶賛発売中!

記事全文は週刊NY生活ウェブサイト ⇩ まで (18ページです)
https://nyseikatsu.com/editions/796/796.pdf

アダムス通り橋、絶賛再建中⁈~シカゴが起点のお話

ほんの数か月前、今毎月Zoom配信している「ルート66妄想ツアー」イリノイ州編で、シカゴのダウンタウンを走るアダムス通りの橋が(工事のため)しばらく全線通行不可能になるから注意、と話をしたのだけど、早速そのアップデートがシカゴを基点に活動する、ルート66のエキスパート、David Clark 氏からのアップデートが掲載された。

これは、Jane Byrne Interchange のために撮影したものらしく、Kennedy Expressway に架かる Adams Street Bridge を解体している様子を捕らえたもの。全体の解体作業は1か月足らずで終わったんだって(アメリカらしくないスピーディな?作業だねw)
あ、Jane Byrne Interchange とは、巨大な高速道路のサークル状になっているもので、今のルート66であるアダムス通りを西へ向かって走って行くとインターステート90号線にぶち当たるんだけど、そこから南へ数ブロック下がったところに大きな「高速道路の交差点」と想像して貰えればいいかな。インターステート90、94、そして 290号線が一堂に出くわす姿はまさに多くの旅行者が想像する「アメリカ」の景色だ。

アダムス通りの話題が出れば、ルート66の起点の話をしないわけにはいかない。何をいまさら!と思った貴方は、中々のルート66通。先日の、ルート66の歴史の講義でも勿論取り上げたが、その後幾つかメールでお問合せを頂戴したので、ここでもう一回復習しておこう。

シカゴはルート66の始まりか、終わりか?これはいつも必ず聞かれる定番の議題だ。様々な意見や検証があるが、私はシカゴをいつも「出発点」と考えている。なぜなら昔人々はシカゴから新しい生活や仕事、または休暇を求めて「西へ」移動したからである。アメリカ開拓史は東から西だ。

ルート66の前身は Pontiac Trail(ポンティアック・トレイル)だ。1893年にアメリカで初めてガソリンエンジン車が誕生し、1902年にシカゴにてAAA(アメリカ自動車協会)が結成される20世紀初頭、同年に補発足した National Good Road Association に代表されるよう、自動車の利用拡大に伴って「まともな」道路の要求が高まった。そこで1915年に登場したのがポンティアック・トレイル、シカゴとセントルイスを結ぶために造られた表面の堅固な道路だったわけ。

ここからもルート66の前身だって通る街を見れば一目瞭然だよね。
ただ問題になったのはお金。もともと民間企業によって造られたので資源は限られていて、その負担を背負う必要があったのは当然?イリノイ州だったわけだ。そしてこの事実が州の道路としての Route 4 (州内幹線道路)となる。なので、1928年に発行された下の地図を見てもらえれば、ルート66がルート4と同一に記載されているのが分かる

ではルート66の出発点は?という話の流れになるのが自然だよね(笑)
これには諸説あるのだけど、現状一番支持が多いのは、本当の出発点はJackson と Michigan Ave の交差点、「Historic Route 66 “End” Sign」と書かれている場所だ。ほら、やっぱり”End” なんじゃん!((´∀`))ケラケラ
だけど実はそれ、交通規則の便宜上のことだ。下の地図は現在のシカゴ・ダウンタウン。地図のほぼ中央、Jackson Drive は東向きの一方通行、その1本上(北)が、Adams Street なのだが、これは逆に西へ向かっての一方通行だ。当時はこのように一方通行でなく、Jackson Drive も両通だった。1957年に Jackson Drive は一方通行に変更されたので、それ以来西へ向かう Adams Street の方が”BEGIN”、そして Jackson Drive の方は “End” サインとなったというわけ。

また、1956年の Shell Oil Company による道路地図(下記参照)では、Jackson Drive を更に東伸ばし、現 Lake Shore Blvd と言われるアウター・ドライブと交差しており、赤の矢印でルート66の起点が記されてもいる。
歴史とはかくも面白いものだ。

From David Rumsey Collection

おっと、そう言えば橋のアップデートがまだだった。タイムラプスでの面白い映像、ご覧あれ!

出来上がりまではまだ暫くかかりそうだけど、どんな橋に仕上がるのか、今からとても楽しみだ。
あ、忘れてたけど、David のホームページはこちら ⇩
https://www.windycityroadwarrior.com/
興味のある人は是非。

H.I.S.コラボ企画「行ってみた~い!憧れのアメリカ・ルート66横断リモート妄想ツアー・オクラホマ州編」開催のお知らせ

日系大手旅行会社、H.I.S フロリダ州オーランド支店さんとのコラボで、全行程 7 回にわたってお送りしています「行ってみた~い!憧れのアメリカ・ルート66横断リモート妄想ツアー」。
第3回、オクラホマ州編は、11月8日(日)午前10時(日本時間)出発!
「ツアー」とは言え、スライドのイメージ画像から皆さんに「妄想」してもらうだけですが、検索からだけでは見つからない「生の情報」「現地の裏話」も交えてお話します。
有料となりますが、興味のある方は是非参加してください!

<出発時間>
日本時間11月8日(日)午前10時、
アメリカ東部時間11月7日(土)夜8時

H.I.S.コラボ企画「行ってみた~い!憧れのアメリカ・ルート66横断リモート妄想ツアー・ミズーリ州編」開催のお知らせ

日系大手旅行会社、H.I.S フロリダ州オーランド支店さんとのコラボで、全行程 7 回にわたってお送りしています「行ってみた~い!憧れのアメリカ・ルート66横断リモート妄想ツアー」。
第2回目ミズーリ州編は、10月4日(日)午前10時(日本時間)の出発となります!

「ツアー」とは言え、スライドのイメージ画像から皆さんで「妄想」してもらうだけですが、検索だけでは見つからない「生の情報」「現地の情報」も交えてお話します。
有料参加となりますが、興味のある方は是非参加してくださいね!

<出発時間>
日本時間10月4日(日)午前10時、
アメリカ東部時間10月3日(土)夜9時

詳細はこちら ⇩ まで

https://tour.his-usa.com/city/orl/detail.php?tid=6795

未来への灯、タルサにて

2020年9月6日(水)午前9時半に差し掛かる頃、そのイベントに参加している現地の皆の歓声が上がった。
“Wow!” “Bravo!” “Fantastic!” “Light is on now!”
エイヴリー・プラザ・サウスウェストでは、ネオンサインパークの新規設置を祝う点灯式が開催されている。

今回レプリカとして設置されたのは、Will Rogers Motor Court、Tulsa Auto Court、そして Oil Capital Motel の三つだ。
ネオンサインの高さは約20フィート(6m)、実際に過去に存在したものを可能な限り正確に再現したものなのだ。

イベントにはタルサ市長である、G.T. Bynum 氏、市議会議員である Jeannie Cue 女史、さらにはタルサ郡委員会から Karen Keith 女史も駆けつけ、このイベントが如何に郡、市、そして地域にとって大切な意義のあるものなのかが伺える。

市長のカウンタダウンの下、点灯された瞬間

勿論友人である、Route 66 Alliance の Ken Busby 氏、今や同州ルート66アソシエーションの代表を務める Rhys Martin 氏の参加は言うまでもない。

イベントで挨拶をする Rhys Martin 氏

事実、この制作にかかった費用(US$ 50万ドル= 5,200 万円)は、”Vision 2025 Route 66 Project” から捻出されているものだ。今から20年近くも前に、この2025ヴィジョンを含んだ税金徴収案は有権者の皆さんに歓迎され可決されている。(そう、ルート66の保存については、もはや国家プロジェクト並みなのだよ 笑)

イベント後、Bynum 市長は自身の Facebook アカウントでこのように投稿している。

このネオンサイン・パークの建設に関する報道を最初に目にしたのが、今年の4月、Route 66 News に載った記事。
「サイラス・エイヴリー・ルート66百周年記念広場」と “East Meets West” のブロンズ彫刻がある橋の西側を利用してパークを造成する、というものであった。
Route 66 Commission によれば、この計画は2018年には提唱されていたらしいけどね。

今まで何度も訪れたことのある私の大好きなエリアであるだけに、その興奮は止まらなかった。コロナ禍が無ければ、間違いなく4月の渡米予定時には、そのスケジュールに組み込んだことだろう。残念!(泣)

これは Tulsa Planning Office の公式サイトによる、上空写真。設置場所がはっきり示されている。

赤い円で囲んだのが、今回設置されたネオンサイン・パーク、そして河の上部に青い円で囲ったのが、百周年記念公園の場所だ。

Route 66 News のサイトではより詳しく、このようなイメージが掲載された。


イベントの席で Bynum 市長は、前市長である LaFortune 氏が立ち上がった資金提供の「未来をみた」行動に感謝すると同時に、ルート66がいかに全世界の旅行者やルート66ファンに影響を与えているかを雄弁に語った。
また、レプリカをデザインしたアーチストの David Hoffer 氏は、前述しらように、それらネオンサインを可能な限り歴史的に正確なものにするため、Rhys と一緒に相当な努力をしてくれたようようだ。古い写真しか残っていないような状態のものもあったそうだが、そこから大きさ、色、質感など、不明確な情報が多い中その苦労は相当なものであったと想像する。
本当に敬服ものだ。

オクラホマ州はルート66への熱がすごい。(他州はそうではないと言ってるわけではないよ 笑)
取り分けタルサは実に多くの「情熱家」が集まってその歴史を文化的意義を後世に残そうとするその尽力は半端ではない。
ネオンサインに関しても、今年の5月には Historical Route 66 Village に点灯され、新名所、Buck Atoms の点灯式の様子も同様にここでお伝えした通りだ。

My friends, Buck Atoms Owner, Mary Beth & Samantha Extance Martin from Mary Beth’s Facebook Post


点灯式に際して Rhys は言った。
「ネオンサインはただ単にカッコいいから(それは勿論そうだが)その歴史が称賛されたり、人々に人気があるわけではないんです。ネオンサインは「ファミリー」の象徴なのです。これらサインの背後にある、そのビジネスを支える人々があって初めて存在する。ルート66の体験は、その人々との繋がりを感じること無しでは絶対完結しないのですよ!」
何と粋な言葉だろう。友よ、君は最高だ!
こんな素敵な友人らと関われる人生に、感謝の念は尽きないよね。

末筆になるけど、YouTubeでエイヴリープラザの空からの映像があったので是非ご覧になっていただきたい。
そしてコロナ禍が終息した暁には、是非足を運んでルート66の過去と未来を体験して欲しい。


H.I.S コラボ企画「ルート66 横断リモート妄想ツアー・イリノイ州編」追加配信決まりました!😊

おー、ついに?やっと?HISさん主催の「行ってみた~い!憧れのアメリカ・ルート66横断リモート妄想ツアー(全 7 回)~第1回 イリノイ州編 」の配信が終わった(笑)
お疲れ様~、という疲労感もなく、とても楽しい時間を過ごさせてもらった。こういうのは何度やっても面白いね!っていうほど何度もやったことはないのだけれど。

折角申し込んでくれたお客様には可能な限り沢山の情報をお伝えしたいのだけれど、時間の制約上そうも行かないのがジレンマ。
今日我が儘聞いてもらって、少し時間を延長させてもらって話したイリノイ州の内容だって、話たいことの10%ぐらいしかカバーできていない。

結局は自分自身のタイム・マネージメントってとこも否定できないのだけれど、そういう意味では今日参加してくださったお客様、100%合格!とは言えない内容にお付き合いいただき本当にありがとうございました!

このシリーズは毎月1回、それぞれの州を写真イメージと私の軽い?トークで「妄想しながら」ツアーをしている気分になって頂く、という企画。
全部で7回予定しているので、回を追うほどに内容は整理され、タイム・マネージメントも良くなる「はず」なので、どうか最後までお付き合いいただきたい。

私の属するホテル業界も含め、現在旅行業界が史上類を見ないほど低迷しているとはいえ、各企業の経営トップはそれを逆手にとって「新しい」アイデアや提案で未来のスタンダードを創造している。
番組開始から14年半、TV東京系、日経スペシャル「カンブリア宮殿」は、その第700回目のゲストとして、日本のベンチャーの草分けで、今や経済界を代表する経営者とも言える、エイチ・アイ・エスの澤田秀雄会長兼社長を迎える。
常に苦難を乗り越えてきた”逆境のプロ”、澤田氏が、この局面にどんな戦い方を提案するのか?
HISさんの手掛ける、オンラインでのオプショナルツアーにも触れられる、と聞いてます。9月10日(木)午後10時、チャンネルはTV東京です!



というところでもう一度、宣伝:)
第1回の配信は無事、9月6日に終わりましたが、それに「乗り遅れた!」という方に朗報です。
HISさんのご厚意で、日本時間9月26日(日)午前8時半より(アメリカ東部時間同月25日夜7時半)臨時追加便が出ることになりました!
お時間のある方、お聞き逃しなく!?

https://tour.his-usa.com/city/orl/detail.php?tid=6530#detail_tour

末筆になるけど、HIS オーランド支店さん、特に窓口になってサポートして頂いている井手田 健(タテシ)さん、本当に素晴らしい機会を頂きありがとうございます!

H.I.S.コラボ企画「行ってみた~い!憧れのアメリカ・ルート66横断リモート妄想ツアー・イリノイ州編」開催のお知らせ

大手旅行会社、H.I.S フロリダ州オーランド支店さんとのコラボで、全7回にわたり、題して「ルート66横断リモート妄想ツアー」をお送りすることになりました。
(ツアーとは言え、イメージ画像を見ながらあーだこーだとお話をするだけですが。。笑)
有料参加となりますが、興味のある方は是非。

記念すべき第1回目は、ルート66の簡単な歴史とイリノイ州編です。

日本時間9月6日(日)午前10時、アメリカ東部時間同月5日夜9時の出発です。乗り遅れないように!
詳細はこちら ⇩ まで

追記:9月5日に乗り遅れた方に!
HISさんのご厚意で日本時間9月26日(日)午前8時半より(アメリカ東部時間同月25日夜7時半)臨時追加便が出ることになりました!
お聞き逃しなく!?


https://activities.his-j.com/TourLeaf/ORL0142/

4th of July

日本にやってきて丸っと3年。4度目の “July 4th” を異国で迎えることになった。Memorial Day、Thanksgiving と米国との繋がりを感じる年次イベントは少なくないけど、やはり7月4日は特別なものがある。

私は日本生まれの日本育ち、だ。もっと細かく言えば「逗子生まれの名古屋育ち」って感じか。ただ重要なのはその「育ち」ってとこだと思う。
この場合の育ちはあくまでも「教育を受けた」時期。
人間形成の根幹部分はこの時期に造られる、という人も多いけど、私にとって真の育ちは「社会に出てから」だと思っている。
その意味では人生の半分以上を過ごしている米国、取り分け「育ち」に関しては98%近く米国で「育ててもらった」自分としては、やはり7月4日は大きな意味を持つのだ。

ルート66を人生のテーマとしている自身には、元軍人、退役軍人を始めとする友人は多い。仕事上の知人も米国国防省、米国海軍、そして米国疾病予防管理センターや各州政府まで多岐に渡る。
彼らの誰からと、この3年間ほぼ毎日SNSを通じてやり取りをしていると、the Stars & Stripes とは切っても切れない縁を感じる。

ただ、今年の7月4日はいろいろな意味で今までとは異なる。言うまでもなく、コロナ禍の影響だ。
報道によればトランプ大統領は4日、新型コロナウイルスの戦いに取り組んできた医療従事者数百人を招き、独立記念日を祝う式典をホワイトハウスで開いた。そこでは、アメリカが新型コロナウイルスとの戦いで「素晴らしい勝利」を収めつつあると強調したという。そうは言うものの、前日3日の新規感染者は5万2300人と過去最多を記録したらしいし、亡くなった人達は13万人にも及ぶ。

感染者数は現在39州で増加しており、最近ではアラバマ、アラスカ、カンザス、ノースカロライナ、そしてサウスカロライナの、少なくとも5州が1日あたりの最多記録を更新したとNY Times も報道している。民主党の Joe Biden大統領候補は自身の Twitterで、「今年の7月4日に、みんなにできる最も愛国的な行動はマスクをつけることだ」と呼びかけた。

アメリカ独立記念日の関心事と言えばやはり「花火大会」だが、今年は多くの州市街村が中止を発表したが、自治体や個人レベルでは結構な花火が上がったとSNS上では動画が散見されていた。
ちょうど動画サイト Youtube にニューヨークのイーストリヴァーでの花火が上がっていたのでご紹介。

こんなこと言うと少々不謹慎かもしれないけど、個人的にはやっぱりMLBのオールスターゲームが中止になったことが結構打撃かな。夏の風物詩じゃないけど、オールスターウィークはアメリカはやはりベースボールの国だ、ということを再認識させてくれる一大イベントが無いのは寂しいよ。
調べたらオールスター戦の中止は第2次世界大戦以来初めてだそうだ。

ここで今更だけど「アメリカの独立記念日ってどんな日なの?」という方に簡単にご説明。独立記念日又は Independence Day は、米国では冒頭にも書いた “July 4th” または “4th of July” と呼ばれる、1776年にアメリカ独立宣言が公布されたことを記念して毎年7月4日に定められている米国の祝日なのだ(池上氏のような気分になってきた)アメリカを最も象徴する祝日であり、独立記念日の一週間は Thanksgiving や Christmas Holiday と並び全米が祝日モード一色になる。
今年2020年は、第244回目の誕生日のお祝い、ってわけだ。
でもここでアメリカの独立の経緯や歴史的考察をするつもりは全くないので、その辺りの詳しい話は Google 先生に聞いて欲しい(笑)
ただ、この国の歴史は、18世紀絶対王政の時代圧倒的権力を持っていた英国王政に「勇敢に立ち向かい」、多大な苦難を乗り越えて勝利=独立を「勝ち取った」という、いかにもアメリカらしいストーリーで歴史は始まったところが大きなポイントだろうか。

毎年この日には数年前に経験した宣誓、 Oath of Allegiance を一番強く思い返す。日本語に訳すと「忠誠の誓い」となり、日本人的感覚には少し重いものかもしれないが、内容はこうだ。
“I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.”
このフレーズ、結構気に入ってたりするんだけど、ルート66の仲間であるオクラホマ州タルサの、Route 66 Alliance のリーダーである Ken Busby 氏が自身のSNSにポストした内容がとても心に刺さった。
いろんなことで毎日を100%楽しめていない中、ちょっと救われた気がした。以下、彼のポストより。

“America is a nation with a mission — and that mission comes from our most basic beliefs. We have no desire to dominate, no ambitions of empire. Our aim is a democratic peace — a peace founded upon the dignity and rights of every man and woman.” ~ George W. Bush

As this Independence Day comes to a close, I’ve been thinking a lot about events of the past several weeks – events that have shaken our nation to its very core.  We cannot correct past injustices with one speech or one program or one event.  All we can do is pledge to do better tomorrow than we did today.

We need to give each other grace when we fall short.  And we need to acknowledge that most of us are doing the best that we can, based on what we know and have experienced.

As Maya Angelou once noted, “I did then what I knew how to do. Now that I know better, I do better.”

Here’s to a better tomorrow for all of us!!

by Ken Busby at his Facebook on July 4, 2020

最後にネットで見つけた History Channel からの面白いトリビア。何とアメリカの「誕生日」は、同時に過去の何人かの大統領の「命日」なんだとか。 知らなかった!

幻のビジターセンター

バーストウからダゲットの交差点方面へ

ルート66に携わって以来結構な年月が経つけど、知らないことってまだまだあるなぁというお話。
もちろんそうは言っても私は歴史家でもツアーガイドでもなく、ルート66に存在する多くのエキスパートである友人知人から見れば、私の知識なんぞ小学生程度のものだ。毎度その歴史や背景に通じる仲間から多くのことを教えてもらうのが、楽しみなのは言うまでもない。

でも今日は「え?なぜ今まで見落としてた?」という大反省する出来事があったので自省を込めて書き記しておきたい。
ということで、今回の舞台はカリフォルア州ダゲット(Daggett)だ。

Route 66 News によれば、ダゲットのルート66沿いに建つ、「有名な」スキーロッジルーフハウスが修復されることになり、本来在ったビジターセンターとして復活するとのことだ。建物の正面には元々「WELCOME」と書かれていたそうで、今回の修復も同様に行われる予定だがそのスケジュール詳細はまだ決まっていないようだ。

同州ビクタービルにあるカリフォルニア・ルート66博物館で働く友人、Delvin も自身のFBで同様のニュースを先週載せていた。
この建物の通りを挟んで東にある、もう使われていないガソリンスタンドが1940年に出来た際に、「スキーロッジルーフハウス」は民間に売却されたそうだ。

カリフォルア州ダゲットの街は、同州ルート66の拠点バーストウより東へ僅か10マイル(約16キロ)に位置し、車で走ればものの15分かかるかかからない距離にある。さらにその先には例の「Bagdad Cafe」が建つ、ニューベリースプリングスの街がまたまた僅か16マイル(約26キロ)にある。バーストウで宿泊した際には朝飯を食べるにBagdad Cafeまで行くのが私の常套なため、ダゲットに立ち寄れる機会は限られていた、というのが「言い訳」だ(笑)。

ダゲットの人口は約230人。街の交差点から唯一目視で営業が確認できる食料雑貨店「デザート・マーケット」以外は歴史を感じるのみの静かな場所だ。ルート66を離れて北方向へ15分程度車を飛ばせば、Yermo という街にたどり着き、多くのファンが訪れる「Peggy Sue Old 50’s Diner」という著名なダイナーがある。

街の歴史は1880年代まで遡る。ダゲットの北にはそのエリアの鉱山から銀が採れることで一躍有名になった Calico という街があり、当時ダゲットを通過していたサザンパシフィック鉄道は「Calico Junction」という駅名を付けていたが、Calico の街との分別に紛らわしいことを理由に、街名を1883年当時の同州の政治家であった John Daggett 氏の名前から命名する。
その後サザンパシフィック鉄道は、このダゲットを東西運搬の基点の一つにする予定だったが、鉱山の影響もよって土地の価格が高騰、基点はバーストウへと移行して行くという歴史もあるのだ。

そんな哀しい?背景があるせいなのか、その事実を知った後の自身の勝手な想い込みかは知らないが、私はここの線路の真ん中に座ってじっと先の景色を見るのが好きだ。(良い子は真似しないように)
危ないと思う方も多いだろうが、実は今はもうそんなに頻繁に列車は通らない。通る時もかなり遠くの距離からけたたましいサイレンが鳴るので、事故に巻き込まれることは無いのだ。

話は脱線したが、そう。私は何度もここを通っていながら、この建物の存在を知らなかったのだ!このニュースを見たとき「え?どの建物の話?そんなのあったっけ?」と久しぶりに「狼狽えた」。最近ことの他、記憶には自信を無くしているが、それとこれとは別物である。
自慢じゃないが、シカゴからサンタモニカの全長2,347マイル(約3,755キロ)に及ぶルート66の道はターン・バイ・ターンに「ほぼ」説明できるのだ。(ターン・バイ・ターンの和訳が上手く付けられない、泣)

そこで、自身で撮った写真からダゲットの風景を探してみた。
おおおお、あるじゃないか。
その建物は撮っていないが、その横の旧印刷会社は何枚もレンズに収めている。興味が引かれなかったのか、見る目がないのか。
下記の写真、右端の赤丸部分に映っているのが確認できる!(笑)

次回ダゲットを訪れる時は徹底的に観察しようと思う。
それまでにはビジターセンターになっていて、いやでも目に着くようになっていることを祈って!

デザート・マーケット正面(イラスト風デザインで)

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