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Harley & Anabelle 殿堂入りだ!

Photo by Oklahoma Route 66 Association

オクラホマ州エリックの希代のエンターテイナー、ハーレーとアナベルのラッセル夫妻がオクラホマ・ルート66の殿堂入りを果たす!と、同州ルート66アソシエーションのホームページに記事が掲載された。

オクラホマ・ルート66アソシエーションは毎 2年に1度、ルート66の普及と発展に貢献する人々にこの栄誉を授けてきた。聞くところによれば、今年の殿堂入りを含め、現在は25人が殿堂入りしている格好だ。
(批判じゃないけど)ある意味今までハーリーが選ばれていなかったことに少し驚きだけどね(笑)

選考にあたっては、数か月間の公募後アソシエーション内で構成された委員会によって選出される。アソシエーションによれば、選考に「これっ!」という明確な基準はなく、その受賞者の貢献は何でどのくらいのものだったのか、ルート66全体にどのくらいの影響を与えたのか、継続的に影響のある優れたプロジェクト、又はパフォーマンスなのか、等が議論されるらしい。良い意味で柔軟でルーズだ。そうでなくちゃね。

ハーレーはこの地、エリックで生まれた。学校教育を終了後、ギター1本持って旅に出る。その後、ここエリックに戻ってきたときに最愛の伴侶となる、アナベルに出会った。
もともと彼らの始めた店は健康食品のマーケット。失礼な言い方だが、「何もないこの田舎町で」、何と「健康食品」だよ。恐ろしいほどの時代の先取りである(笑)実際、レンガ造りの店の正面には「CITY MEAT MARKET」としっかり書かれているんだ。

ところが人生とは不思議な縁に溢れている。ある時ある旅行者の一団とのひょんな出会いから、彼らは自身の奏でる音楽パフォーマンスを持って、エリックの町を訪れるルート66愛好家や旅行者を迎えることを生業とするようになる。

しかし大変哀しいことに、アナベルは2014年、病気に倒れ帰らぬ人となった。ハーレーの落胆は言うまでもないことだが、彼女の願いを受け、ハーレーはその後もずっと一人で毎年多くの観光客に向けて魂のパフォーマンスを続けているのだ。
かく言う私もその「魅了された」一人だが、ハーレーはその時私にこう言った。「ワシは独りで演奏して歌っているが、いつもワシの隣にゃあアナベルが一緒に歌って踊っているんだよ。見えないかな、お前には(笑)」
その時の人懐っこい笑顔と愛情に満ちた眼を私は一生忘れない。
(宣伝っぽくで恐縮だが、下記 2回、ハーレーに関したポストがあるので、まだ読んでいない読者さんは是非)
https://www.toshi66.com/harleyrussell/
https://www.toshi66.com/2017-08-19-2/

Anabelle & Harley at their performance

おっと、すっかり話がそれた。今日はハーレーとアナベルが殿堂入りした、ってことが書きたかっただけなのに(笑)

「幸せは外からでなく、内から来るもの」と、アナベルは良く言っていたと聞く。彼らの今までの貢献度と、何百何千何万人の観光客を楽しませてきた実績は、その時間を共有した全ての人の心にはっきり刻まれている。
ハーレー、アナベル、本当におめでとう!
あなた達を心から祝福したい。

昨日の夜、ハーレーとメッセンジャーでやり取りをし祝福を伝えると共に来年の再会を約束した。またあのホスピタリティ精神に満ちた「愛と狂気のパフォーマンス」を奏でるハーレーに一日も早く会いたいなぁ。

シメに、オクラホマ・ルート66アソシエーションのホームページにその授与セレモニーの様子があったので、借りて貼り付け。
プレゼンターは同会会長であり、親友のRhys だ。イカシテるね(笑)



週刊NY生活月イチ連載 SEASON 3: Vol. 18 ルート66の名を世界へ広めた映画 “CARS”(追加書下ろし含)

毎月恒例の寄稿「魅惑の旧街道ルート66をフォーカス」SEASON 3、第18回目(09月号)は、「旅行に行きたいけど安心して行かれない」という皆さんへ「お家でルート66」をご紹介。ルート66の名前を世界中の様々な年代(特に子供たち)へ広めてくれた映画のお話です。
記事内容は多少ネタばれするけど、まだ観ていない方々も既にご覧になった方々も、もう一度この真夏の寝苦しい夜、CARSの醍醐味を楽しんでみてはどうだろうか。

詳細は週刊NY生活ウェブサイト ⇩ まで (18ページです)
https://nyseikatsu.com/editions/788/788.pdf

【追加書下ろし】
そうそう、記事のスペースの都合上書ききれなかった内容を少し2つほど書いてみたい。
まずは、声優さんたち。我々ルート66の重鎮、マイケル・ウォリス氏のことは内容に盛り込ませてもらったが、その他オーウェン・ウィルソン氏、ポール・ニューマン氏、そしてマイケル・キートン氏と錚々たる俳優さんも参加しているのだ。
さらには!実在するレーサーさんたち、マイケル・シューマッハー氏、デイル・アーンハートJR氏、マリオ・アンドレッティ氏なども同様に華を添えている。
最後にスポーツファンとして忘れちゃいけないのは、ボブ・コスタス氏やジェイ・レノ氏のようなキャスターさんたちの「参戦」も無視できない。こういう細部まで徹底的に姿は、やはりディズニー・ピクサーたる所以か、好感度バツグンだ。

Fillmore (Image from Disney-Pixar)

そしてもう一つ。
本文記事にも触れているが、ヒッピーのVWバン「フィルモア」は、あの伝説のルート66アーチスト、ボブ・ウォルドマイヤー氏がベースになっていると言われている。が、ディズニーピクサー側もはっきりとした明言は避けている。ウォルドマイヤー氏は厳格なベジタリアン。当然映画がヒットした末にはマクドナルドの「付録おもちゃ」として登場するであろうVWバンにウォルドマイヤー氏の名前を就けるのは難しいだろう。映画の外でもいろいろな葛藤があるようだ。




未来への灯、タルサにて

2020年9月6日(水)午前9時半に差し掛かる頃、そのイベントに参加している現地の皆の歓声が上がった。
“Wow!” “Bravo!” “Fantastic!” “Light is on now!”
エイヴリー・プラザ・サウスウェストでは、ネオンサインパークの新規設置を祝う点灯式が開催されている。

今回レプリカとして設置されたのは、Will Rogers Motor Court、Tulsa Auto Court、そして Oil Capital Motel の三つだ。
ネオンサインの高さは約20フィート(6m)、実際に過去に存在したものを可能な限り正確に再現したものなのだ。

イベントにはタルサ市長である、G.T. Bynum 氏、市議会議員である Jeannie Cue 女史、さらにはタルサ郡委員会から Karen Keith 女史も駆けつけ、このイベントが如何に郡、市、そして地域にとって大切な意義のあるものなのかが伺える。

市長のカウンタダウンの下、点灯された瞬間

勿論友人である、Route 66 Alliance の Ken Busby 氏、今や同州ルート66アソシエーションの代表を務める Rhys Martin 氏の参加は言うまでもない。

イベントで挨拶をする Rhys Martin 氏

事実、この制作にかかった費用(US$ 50万ドル= 5,200 万円)は、”Vision 2025 Route 66 Project” から捻出されているものだ。今から20年近くも前に、この2025ヴィジョンを含んだ税金徴収案は有権者の皆さんに歓迎され可決されている。(そう、ルート66の保存については、もはや国家プロジェクト並みなのだよ 笑)

イベント後、Bynum 市長は自身の Facebook アカウントでこのように投稿している。

このネオンサイン・パークの建設に関する報道を最初に目にしたのが、今年の4月、Route 66 News に載った記事。
「サイラス・エイヴリー・ルート66百周年記念広場」と “East Meets West” のブロンズ彫刻がある橋の西側を利用してパークを造成する、というものであった。
Route 66 Commission によれば、この計画は2018年には提唱されていたらしいけどね。

今まで何度も訪れたことのある私の大好きなエリアであるだけに、その興奮は止まらなかった。コロナ禍が無ければ、間違いなく4月の渡米予定時には、そのスケジュールに組み込んだことだろう。残念!(泣)

これは Tulsa Planning Office の公式サイトによる、上空写真。設置場所がはっきり示されている。

赤い円で囲んだのが、今回設置されたネオンサイン・パーク、そして河の上部に青い円で囲ったのが、百周年記念公園の場所だ。

Route 66 News のサイトではより詳しく、このようなイメージが掲載された。


イベントの席で Bynum 市長は、前市長である LaFortune 氏が立ち上がった資金提供の「未来をみた」行動に感謝すると同時に、ルート66がいかに全世界の旅行者やルート66ファンに影響を与えているかを雄弁に語った。
また、レプリカをデザインしたアーチストの David Hoffer 氏は、前述しらように、それらネオンサインを可能な限り歴史的に正確なものにするため、Rhys と一緒に相当な努力をしてくれたようようだ。古い写真しか残っていないような状態のものもあったそうだが、そこから大きさ、色、質感など、不明確な情報が多い中その苦労は相当なものであったと想像する。
本当に敬服ものだ。

オクラホマ州はルート66への熱がすごい。(他州はそうではないと言ってるわけではないよ 笑)
取り分けタルサは実に多くの「情熱家」が集まってその歴史を文化的意義を後世に残そうとするその尽力は半端ではない。
ネオンサインに関しても、今年の5月には Historical Route 66 Village に点灯され、新名所、Buck Atoms の点灯式の様子も同様にここでお伝えした通りだ。

My friends, Buck Atoms Owner, Mary Beth & Samantha Extance Martin from Mary Beth’s Facebook Post


点灯式に際して Rhys は言った。
「ネオンサインはただ単にカッコいいから(それは勿論そうだが)その歴史が称賛されたり、人々に人気があるわけではないんです。ネオンサインは「ファミリー」の象徴なのです。これらサインの背後にある、そのビジネスを支える人々があって初めて存在する。ルート66の体験は、その人々との繋がりを感じること無しでは絶対完結しないのですよ!」
何と粋な言葉だろう。友よ、君は最高だ!
こんな素敵な友人らと関われる人生に、感謝の念は尽きないよね。

末筆になるけど、YouTubeでエイヴリープラザの空からの映像があったので是非ご覧になっていただきたい。
そしてコロナ禍が終息した暁には、是非足を運んでルート66の過去と未来を体験して欲しい。


R.I.P Esther…..

Esther C. Hollister/ Image from her Facebook

何と言ったらいいのか言葉が見つからない。
8月18日(火)は朝からSNS を見て混乱した。
“Missing Person – Esther Hollister”
明るくジョークの好きな友人だ。今度は何を企んでるんだ?

だが共通の友人のポストやレスポンスは次から次と心配とお悔やみの言葉が並んで追加されてくる。
「行方不明」の記事を載せた友人にメッセージを打ってみる。
「おいおい、これは冗談だろ?」
自分を安心させてくれる返信は終ぞ無かった。

15日(土)、Esther はハイキング中に姿を消して以来戻って来ていない。彼女が運転していたであろう車は見つかっているが周囲にEsther の姿はなく、携帯電話に応答もない。
娘さんが必死の捜索をしている様子が6,000マイルも離れたところから、文面でも伝わってきた。

そして遂に一番聞きたくなかったことが伝えられた。

時差のせいもあるし、私がSNS を見るタイミングもある。
だからこの一連は、私のスレッドには殆ど連続に近いスピードで現れた。

Esther は亡くなった。

17日(月)リバーサイドの建設現場で遺体で発見されたとの報道だった。検死が行われるようだが、地元警察によると犯罪に巻き込まれた疑いはないようだ。
土曜の朝、地元のジムでワークアウトしている様子を投稿していたこともあり、熱中症の可能性が語られている。

Esther はまだ53歳だ。
私と「同級生」なのだ。
最後に会ったのが2015年、ルート66の仲間大勢で集まった時だ。
SNS ではお互いに共通の友人が120人ほどいる。
そのうちの多くがそこに居た、とてもスペシャルな時間だった。
Esther は、そこでいつものように “Miss Route 66 California” の襷をまとって、盟友の Monica と一緒に周りの皆に笑顔を振りまいていたことははっきりと瞼に焼き付いている。

With Monica (left) & Esther (Right)

彼女のSNS はいつも多くの友人らとの笑顔に溢れている。

Esther は事あるごとにルート66の保存と普及を呼び掛けていた。それはまさに私が日本でルート66アソシエーションを結成して行って行きたいことと寸分も違わない。

ルート66が全盛期の時、人々はそこを車で走り、その町に立ち寄り、モーテルに泊まり、お金を落としていた。そのすべての行為が、商業として独立、繁栄した地域社会を生み出していたものだ。
懐古主義だとか、夢物語だとか言われることも無くは無いが、そういう旅と商業を取り戻す手助けがしたい。
アメリカの素晴らしい歴史であるルート66を未来永劫、何世代にも渡って後世に伝え残したい。
そういう想いをいつも抱いていて、中々実際に顔を合わせることはできなかったが、よくメッセージのやり取りをしたものだ。

本当に残念でならない。未だに実感としてわかない。
悲しみがきちんと表現できない。
来年ルート66 のフェスティバルに参加することが出来れば、必ずそこで会える気がする。
Esther、また会う日まで。

All my prayers and condolences to her family and friends.
Rest in peace, my friend. So long.


タルサのビジネスプランとルート66

Tulsa, Oklahoma

タルサが熱い!
夏ではあるが今、タルサの街は「暑い」のではなく「熱い」のだ。
私のこの街に対する愛情と思い入れは再三伝えてきたつもりだが、このオクラホマ州の一大都市はテキサス州オースティンとの戦争、真っ只中だ。
もちろんCOVID絡みの話では毛頭ない。
(残念ながらパンデミックが原因でそれに関するプロセスの遅延に多方面で影響が出ていることは否めないが)

そう、現在タルサの街はタルサはオースティンと競合して、「テスラ・モーターズ」の新トラック工場の建設を巡って「健全な招致戦争」を展開しているのだ。
テスラについては今更説明の必要はないと思うけど、カリフォルニア州パロアルトに本社を置く電気自動車の開発、製造、販売で自動車業界を席捲している企業だ。
この巨大企業を地元に誘致できれば、それは街にいや州にとっても大きなビジネスチャンスとなる。

地元メディアである「タルサ・ワールド」の報道によれば、同州商工会議所のCEOである Mike Neil 氏は「自動車産業の導入は、今後何年にもわたって(州にとって)Game Changer になり得る」と考えているようだ。招致が成功すれば雇用だって格段に上がる。見込みでは10,000~20,000の新規雇用の可能性があるらしい。
当然テスラ社へのオファーは給与のカバー、減税やその他支援プログラムを含むインセンティブパッケージが用意されたようである。

取り分けここで強調したいのは「タルサは本気です」と言わんばかりに、私達ルート66ワールドの重鎮、Michael Wallis 氏をそのPRに起用しようと考えた。

私のブログにお付き合いをしてくれている方々に Michael って誰?という人はいないと確信しているが、念のために簡単に紹介すれば、Michael Wallis はアメリカのジャーナリスト、作家、そして歴史家であり、ルート66 の各団体を引っ張るリーダーの一人だ。
彼の著書の一つ「Route 66:Mother Road」は不朽の名作であり、今でも絶大な人気を誇る書物で、私自身もこの本との出会いで強烈にこの世界に引き込まれたものだ。
Michael はジョン・スタインベック賞、Oklahoma Center for the Book からアレル・ギブソン生涯功労賞、ウィル・ロジャース・スピリット賞、を受賞。Oklahoma Writers Hall of Fame、Writers Hall of Fame of America、そして Oklahoma Historians Hall of Fame にも選出されていて、「オクラホマ・ルート66 の殿堂」に最初に選ばれている。
また、ディズニーピクサーの映画「CARS」でのシェリフの声を担当していることでも有名だ。

さて、何とタルサに本拠を置く「ルート66アライアンス」は、Michael の協力を得て、この 2分間のビデオを招致活動の一環として発表した。

カッコイイ。

このようなタルサ市の熱心な勧誘に応えるべく今月当初、テスラ社のCEO である Elon Mask 氏は自身の自家用機でタルサを訪問している。同社の政策・政府問題担当ディレクターである Craig Hulse 氏と一緒に Elon は工場建設予定地に直行し、Kevin Stitt 州知事、Sean Kouplen 商務長官や土地の所有者と面会している。(もちろんその「場所」は秘密のままだが)
タルサ ABC局によれば、実は Stitt 州知事と Kouplan 商務長官は5月、Space X の打ち上げの際に Elon とはフロリダで既に会ってこのタルサ訪問の約束を取り付けていたのだとか。さすがである。
Elon が「直感」と「個人的感触」をとても大事にしていることを知っているので、あえてダウンタウンから予定工場敷地までの「ドライブ」を体験させたらしい。
Stitt 州知事は後にインタビューにこう答えている。「私たちは彼に敷地計画を説明し、敷地内がどのようになっているかを見せました。公共施設へのアクセス、水や天然ガスへのアクセスなど、敷地周辺の基本的なことを話し、テスラの工場がその土地でどのように見えるかを視覚化しようとしました。」
その面会は一定の成功を収めたようで、彼自身のSNS で次のように掲載している。

かつて世界の石油の首都であったタルサは今、電気や風力などの新しい種類のエネルギーを取り入れている。2020年の時点で、オクラホマ州には、一人当たりの電気自動車用急速充電器の数が、他のどの州よりも多く設備されていることは余り広く知られていない。同街に本社を置く「フランシス・ソーラー社」は、この地域全体に急速充電器を供給するリーダーであり、電気自動車の所有者は、州内のどこにいても 50マイル以内に充電ステーションを見つけることができるのだ。

石油首都時代の街のシンボル「Golden Driller」も Tesla を歓迎している。
こういう柔軟なスタンス、アメリカらしくて良いよね。

更に最近は COVID-19 対策?の一環でこんな姿まで(笑)

Tesla 社を招致するPR支援の先頭に立つ Bear Agency Group の Creative Director である Cullen Kogar 氏は言う。「我々は、タルサは何ができるのか?Elon に感銘を与えるべきなのは、道そのものではない。その「道」の表す考え方であり、姿勢です。言い換えれば “Open Road” というべき冒険であり野心というものです。タルサにはリスクを冒して『仕事をやり遂げる』という熱意がある。そしてそれはタルサがテスラ社と共有しているビジョンです。」と。

Tesla を運転して Historic Route 66 を走る。オクラホマ州を横断し、歴史に満ちた魅力的な街街を訪れ、他に類を見ないアメリカ南西部とネイティブ・アメリカンの遺産を探索することを皆さんも想像してみてはいかがだろうか。

Tesla & Mr. Michael Wallis by Route 66 News

Blue Swallow to Next Chapter

Rob & Dawn by Blue Swallow Motel Official Page

このブログでも幾度となく紹介してきたニューメキシコ州トゥクムキャリにあるブルースワロー・モーテル。先週新しいオーナーさんがFacebookのモーテルの公式アカウントより発表された。
彼らの名前はイリノイ州クリスタルレイク出身の Dawn &Robert Federico 夫妻とのことだ。 正式な所有権の発生は7月22日になるそうだが、Route 66 News の記事によればフェデリコ夫妻はそれに先立ち、ルート66の旅に出て、道行く人々に自己紹介をしようとしているらしい。ミューラー家は6月中旬にモーテルが契約中であることを発表した。

下記が公式発表の全文。そのまま原文でご紹介。

Today is a big day in the continuing story of the Blue Swallow Motel. We are pleased to announce the next team to take over as caretakers for this historic roadside accommodation. The Muellers take great pride in introducing Dawn and Rob Federico as the “new people” whose smiling faces will be seen behind the counter and bustling about the property. Our closing with them took place on June 30th, and they’ve been busy selling their home in Crystal Lake, Illinois and preparing for their journey west since then. The story of how we came to know Dawn and Rob is an amazing one, and I know they look forward to sharing that story with all of you in the future.

A little over nine years after we made almost the same move, the Federicos are hitching up the Blue Swallow trailer today and heading west across Route 66. Watch for them along “The Mainstreet of America” as they make their way to their new business and home in Tucumcari. Wish them well in their new adventure. They’ll be stopping at many places to meet people and introduce themselves. After their arrival in Tucumcari, they will drop their gear and make a swing west to meet more people out that way. The official transition in ownership will take place on July 22nd. We will spend a few days with Dawn and Rob to make sure they can find their way around the place, and then we will quit bothering them and get out of their way.

There’s a time for everything, and now is the time for our family to pass the torch on to the next generation of caretakers. It has been a wonderful experience for Nancy, Kevin, Jessica, Cameron, and Baby Cora, filled with hard work, laughter, tears, and long-lasting relationships. We could not have accomplished the work we’ve been able to do without each of your contributions, love and support. We are confident that Dawn and Rob will be good caretakers of the building, but more importantly, they will continue to provide the kind of service and hospitality that the Blue Swallow has been legendary for over eighty-one years on Route 66. We wish them all the success in the world. Come and see them soon!

今までオーナーであった Nancy と Kevin の Mueller 夫妻に会ったのが数年前。それ以来事あるごとに本当に良くしてもらった。
彼らが不在にするときは夫妻のお子さん夫婦、Jessica と Cameron が負けじと素敵なホスピタリティを提供していたものだ。
個々の事例は過去の記事をご覧頂きたいのでここでは割愛するが、Mueller 夫妻には心からの感謝と御礼を言いたい。
折しもパンデミック時代の影響で今直接出向くことが出来ないのがとても残念、かつ心残りで仕方がない。

With Nancy & Kevin Mueller

もう時効と勝手に決め込んで話をすれば、この Blue Swallow がセールに出た昨年秋、一度 Nancy からメッセージを貰った。その内容は、新しいオーナーを探しているが、もし見つからなかった時には「他のオプション」、そう彼らの所有のまま、Innkeeper を雇うというものだった。私のホテル業界でのバックグラウンドを知って、その際の候補の一人として興味があるか打診してくれたってわけだ。
もちろんあくまでも「オプション」なわけで、個人的にはとても喜ばしいことではあるが、同時に多くの障害があることも否めない。
もしそのような方向性に進むなら気兼ねなく声をかけて欲しいと返答した。

だが新しいオーナーが決まって、Mueller 夫妻が人生の次のチャプターに進むことが出来、本当に良かったと思っている。
いつかどこかでルート66上にてそのような仕事が出来れば、という夢は描いているものの、まだ色々な意味でその時期でない、という神の判断だろう。全ての物事はタイミングなのだ。

Robert 曰く、パンデミックによるダウンタイムの間、12月にサウスウェスト地方へ旅行に出かけたことが彼らの人生を大きく左右するものだったらしい。加えて Mueller 夫妻との出会いにも「ストーリー」があるのだとか。多くの詳細は地元メディアで近々明らかになるそうなので、楽しみだ。トレードショーのディレクターだった Robert とバーチャルアシスタントだった Dawn の Federico 夫妻。ブルースワローがどのように「進化」して行くのか、期待は止まらない。

Nancy, Kevin, Cameron, そして Jessica、9年間本当にありがとう、そしてお疲れ様でした。あなた方に会えたこと、友人となれたことは私の人生の宝の一つ。また会う日まで!
そして Dawn & Rob、Welcome to a big Route 66 family 💛

4th of July

日本にやってきて丸っと3年。4度目の “July 4th” を異国で迎えることになった。Memorial Day、Thanksgiving と米国との繋がりを感じる年次イベントは少なくないけど、やはり7月4日は特別なものがある。

私は日本生まれの日本育ち、だ。もっと細かく言えば「逗子生まれの名古屋育ち」って感じか。ただ重要なのはその「育ち」ってとこだと思う。
この場合の育ちはあくまでも「教育を受けた」時期。
人間形成の根幹部分はこの時期に造られる、という人も多いけど、私にとって真の育ちは「社会に出てから」だと思っている。
その意味では人生の半分以上を過ごしている米国、取り分け「育ち」に関しては98%近く米国で「育ててもらった」自分としては、やはり7月4日は大きな意味を持つのだ。

ルート66を人生のテーマとしている自身には、元軍人、退役軍人を始めとする友人は多い。仕事上の知人も米国国防省、米国海軍、そして米国疾病予防管理センターや各州政府まで多岐に渡る。
彼らの誰からと、この3年間ほぼ毎日SNSを通じてやり取りをしていると、the Stars & Stripes とは切っても切れない縁を感じる。

ただ、今年の7月4日はいろいろな意味で今までとは異なる。言うまでもなく、コロナ禍の影響だ。
報道によればトランプ大統領は4日、新型コロナウイルスの戦いに取り組んできた医療従事者数百人を招き、独立記念日を祝う式典をホワイトハウスで開いた。そこでは、アメリカが新型コロナウイルスとの戦いで「素晴らしい勝利」を収めつつあると強調したという。そうは言うものの、前日3日の新規感染者は5万2300人と過去最多を記録したらしいし、亡くなった人達は13万人にも及ぶ。

感染者数は現在39州で増加しており、最近ではアラバマ、アラスカ、カンザス、ノースカロライナ、そしてサウスカロライナの、少なくとも5州が1日あたりの最多記録を更新したとNY Times も報道している。民主党の Joe Biden大統領候補は自身の Twitterで、「今年の7月4日に、みんなにできる最も愛国的な行動はマスクをつけることだ」と呼びかけた。

アメリカ独立記念日の関心事と言えばやはり「花火大会」だが、今年は多くの州市街村が中止を発表したが、自治体や個人レベルでは結構な花火が上がったとSNS上では動画が散見されていた。
ちょうど動画サイト Youtube にニューヨークのイーストリヴァーでの花火が上がっていたのでご紹介。

こんなこと言うと少々不謹慎かもしれないけど、個人的にはやっぱりMLBのオールスターゲームが中止になったことが結構打撃かな。夏の風物詩じゃないけど、オールスターウィークはアメリカはやはりベースボールの国だ、ということを再認識させてくれる一大イベントが無いのは寂しいよ。
調べたらオールスター戦の中止は第2次世界大戦以来初めてだそうだ。

ここで今更だけど「アメリカの独立記念日ってどんな日なの?」という方に簡単にご説明。独立記念日又は Independence Day は、米国では冒頭にも書いた “July 4th” または “4th of July” と呼ばれる、1776年にアメリカ独立宣言が公布されたことを記念して毎年7月4日に定められている米国の祝日なのだ(池上氏のような気分になってきた)アメリカを最も象徴する祝日であり、独立記念日の一週間は Thanksgiving や Christmas Holiday と並び全米が祝日モード一色になる。
今年2020年は、第244回目の誕生日のお祝い、ってわけだ。
でもここでアメリカの独立の経緯や歴史的考察をするつもりは全くないので、その辺りの詳しい話は Google 先生に聞いて欲しい(笑)
ただ、この国の歴史は、18世紀絶対王政の時代圧倒的権力を持っていた英国王政に「勇敢に立ち向かい」、多大な苦難を乗り越えて勝利=独立を「勝ち取った」という、いかにもアメリカらしいストーリーで歴史は始まったところが大きなポイントだろうか。

毎年この日には数年前に経験した宣誓、 Oath of Allegiance を一番強く思い返す。日本語に訳すと「忠誠の誓い」となり、日本人的感覚には少し重いものかもしれないが、内容はこうだ。
“I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.”
このフレーズ、結構気に入ってたりするんだけど、ルート66の仲間であるオクラホマ州タルサの、Route 66 Alliance のリーダーである Ken Busby 氏が自身のSNSにポストした内容がとても心に刺さった。
いろんなことで毎日を100%楽しめていない中、ちょっと救われた気がした。以下、彼のポストより。

“America is a nation with a mission — and that mission comes from our most basic beliefs. We have no desire to dominate, no ambitions of empire. Our aim is a democratic peace — a peace founded upon the dignity and rights of every man and woman.” ~ George W. Bush

As this Independence Day comes to a close, I’ve been thinking a lot about events of the past several weeks – events that have shaken our nation to its very core.  We cannot correct past injustices with one speech or one program or one event.  All we can do is pledge to do better tomorrow than we did today.

We need to give each other grace when we fall short.  And we need to acknowledge that most of us are doing the best that we can, based on what we know and have experienced.

As Maya Angelou once noted, “I did then what I knew how to do. Now that I know better, I do better.”

Here’s to a better tomorrow for all of us!!

by Ken Busby at his Facebook on July 4, 2020

最後にネットで見つけた History Channel からの面白いトリビア。何とアメリカの「誕生日」は、同時に過去の何人かの大統領の「命日」なんだとか。 知らなかった!

Frecs ルート66 デビュー!

A 19-foot-tall sculpture named Frecs now overlooks old Route 66 in Galena. Pictured are (from left) former Galena Mayor Dale Oglesby; Renee Charles, President of the Kansas Historic Route 66 Association; and current Mayor Lance Nichols. by Joplin Globe | Kimberly Barker

“A new Muffler Man – a 19-foot-tall miner named Frecs – recently was erected on old Route 66 in Galena, Kansas”
というニュースが飛び込んできて早一年近くなろうとしている。

2,347マイル(約3,755キロ)に及ぶルート66の僅か 1%にも満たない、17マイル(約27キロ)しかないカンザス州ルート66に新しくマフラーマンが建てられる、と。
誤解のないように最初に明言するけど、カンザス州はそのルート66の中でも私は取り分け好きな州のうちの一つだ。
マフラーマンに関しても過去このブログや、月イチ連載している「週刊NY生活」のコラムにも何回か取り上げてきたので、今更説明は不要だろう。

日本に一時帰国して以来、アメリカには毎年春に諸用で帰るのだけど、2020年の春旅にはこのカンザス州ガレナの新マフラーマン、訪問予定に入れていたんだよねー(涙)

地元紙 Joplin Globe によれば、この 19フィート(約6m弱)の高さを誇るマフラーマンの名前は Frecs、街の歴史保存されている高架橋の近くに設置されているらしい。名前の由来は実在する人物、鉱山労働者の Milbern John Busick 氏より取られたもので、彼の赤毛とトレードマークである「そばかす(Freckles)」から Frecs となった模様。

このプロジェクトが始動したのは当時より約18か月前と書かれているので今から計算すればもう3年以上も経つことになる。Kansas Historic Route 66 Association を運営する Renee Charles さんの発案で、この地域で鉛と亜鉛の発掘を行い、街の発展に人生をかけた祖父、Busick 氏に敬意を表してこのマフラーマンを作ることを思いついたようだ。

この Frecs は、キャンバス、布シート、接着剤、塗料などの材料で構成された「貧乏人のグラスファイバー」と呼ばれるもので作られている。 それら消耗品と労働力の大半は寄付されたものらしく、溶接を担当した John Simon 氏やルート66の一組織である、Young Roadie Association のメンバーたちも一役買って出たそうで、文字通り街を挙げてのプロジェクトとなった。

Renee とは個人的に親交もあり、今月頭にも Kansas Route 66 をサポートする署名運動にも要請を受け、Route 66 Association of Japan としても微力ながら協力させて貰った。
次回私の大好きな Galena を訪れるのはいつになるのだろうか。
夢の中では一度見に行ったんだけどね。

幻のビジターセンター

バーストウからダゲットの交差点方面へ

ルート66に携わって以来結構な年月が経つけど、知らないことってまだまだあるなぁというお話。
もちろんそうは言っても私は歴史家でもツアーガイドでもなく、ルート66に存在する多くのエキスパートである友人知人から見れば、私の知識なんぞ小学生程度のものだ。毎度その歴史や背景に通じる仲間から多くのことを教えてもらうのが、楽しみなのは言うまでもない。

でも今日は「え?なぜ今まで見落としてた?」という大反省する出来事があったので自省を込めて書き記しておきたい。
ということで、今回の舞台はカリフォルア州ダゲット(Daggett)だ。

Route 66 News によれば、ダゲットのルート66沿いに建つ、「有名な」スキーロッジルーフハウスが修復されることになり、本来在ったビジターセンターとして復活するとのことだ。建物の正面には元々「WELCOME」と書かれていたそうで、今回の修復も同様に行われる予定だがそのスケジュール詳細はまだ決まっていないようだ。

同州ビクタービルにあるカリフォルニア・ルート66博物館で働く友人、Delvin も自身のFBで同様のニュースを先週載せていた。
この建物の通りを挟んで東にある、もう使われていないガソリンスタンドが1940年に出来た際に、「スキーロッジルーフハウス」は民間に売却されたそうだ。

カリフォルア州ダゲットの街は、同州ルート66の拠点バーストウより東へ僅か10マイル(約16キロ)に位置し、車で走ればものの15分かかるかかからない距離にある。さらにその先には例の「Bagdad Cafe」が建つ、ニューベリースプリングスの街がまたまた僅か16マイル(約26キロ)にある。バーストウで宿泊した際には朝飯を食べるにBagdad Cafeまで行くのが私の常套なため、ダゲットに立ち寄れる機会は限られていた、というのが「言い訳」だ(笑)。

ダゲットの人口は約230人。街の交差点から唯一目視で営業が確認できる食料雑貨店「デザート・マーケット」以外は歴史を感じるのみの静かな場所だ。ルート66を離れて北方向へ15分程度車を飛ばせば、Yermo という街にたどり着き、多くのファンが訪れる「Peggy Sue Old 50’s Diner」という著名なダイナーがある。

街の歴史は1880年代まで遡る。ダゲットの北にはそのエリアの鉱山から銀が採れることで一躍有名になった Calico という街があり、当時ダゲットを通過していたサザンパシフィック鉄道は「Calico Junction」という駅名を付けていたが、Calico の街との分別に紛らわしいことを理由に、街名を1883年当時の同州の政治家であった John Daggett 氏の名前から命名する。
その後サザンパシフィック鉄道は、このダゲットを東西運搬の基点の一つにする予定だったが、鉱山の影響もよって土地の価格が高騰、基点はバーストウへと移行して行くという歴史もあるのだ。

そんな哀しい?背景があるせいなのか、その事実を知った後の自身の勝手な想い込みかは知らないが、私はここの線路の真ん中に座ってじっと先の景色を見るのが好きだ。(良い子は真似しないように)
危ないと思う方も多いだろうが、実は今はもうそんなに頻繁に列車は通らない。通る時もかなり遠くの距離からけたたましいサイレンが鳴るので、事故に巻き込まれることは無いのだ。

話は脱線したが、そう。私は何度もここを通っていながら、この建物の存在を知らなかったのだ!このニュースを見たとき「え?どの建物の話?そんなのあったっけ?」と久しぶりに「狼狽えた」。最近ことの他、記憶には自信を無くしているが、それとこれとは別物である。
自慢じゃないが、シカゴからサンタモニカの全長2,347マイル(約3,755キロ)に及ぶルート66の道はターン・バイ・ターンに「ほぼ」説明できるのだ。(ターン・バイ・ターンの和訳が上手く付けられない、泣)

そこで、自身で撮った写真からダゲットの風景を探してみた。
おおおお、あるじゃないか。
その建物は撮っていないが、その横の旧印刷会社は何枚もレンズに収めている。興味が引かれなかったのか、見る目がないのか。
下記の写真、右端の赤丸部分に映っているのが確認できる!(笑)

次回ダゲットを訪れる時は徹底的に観察しようと思う。
それまでにはビジターセンターになっていて、いやでも目に着くようになっていることを祈って!

デザート・マーケット正面(イラスト風デザインで)

Boots Court Motel 売却へ

先月取り上げたコロナ禍の影響が遂にはっきりと形になってしまった。
先週地元のメディア、Joplin Globe でも取り上げられたように、ミズーリ州ルート66、カ―セイジの Boots Court Motel はオフィシャルに売りに出ることとなった。
Joplin 近郊の The Hunter Team という不動産屋が仲介に入っていて、売却希望価格はUS$210,000(約2,250万円)だそうだ。

ネオン取り付け前のモーテル(2015年)(イラスト風)

Boots Court Motel は1939年に設立され、元々はガソリンスタンドだったものを4つの部屋で構成する小さなモーテル(Court) として出発した。場所は高速道路、国道71号線と66号線の交差点。通称「Crossroads of America」と呼ばれるところだ。ルート66については今更ここで説明する必要はないと思うが、国道71号線も66に勝るとも劣らず、1926年に開通した南北1,500マイル(約2,500キロ)を結ぶ長い長い、歴史のある道である。北端はカナダと米国の国境である、ミネソタ州インターナショナルフォールズ、そして南端はルイジアナ州ポートバレとクロッツスプリングスの間だ。東西に走るルート66と南北に米国大陸をまっすぐに分けるルート71、その交差点は「アメリカの交差点」と呼ぶに実に相応しい(よね?)当時 Boots Court Motel は、有名なジャスパー郡庁舎の素晴らしい景色を眺めることができ、世界中の多くの国々や米国からのトラベラーの宿泊所として人気を博してきた。過去9年間で4,800部屋も販売した実績を持つ。

ジャスパー郡庁舎(イラスト風)

Boot Court は、1939年に Arthur Boots 氏によって建てられた。とても有名な話だが、当時きっての人気俳優であった Clark Gable 氏はオハイオ州の出身で彼がクロスカントリーをする旅では何度もここに宿泊。彼の宿泊した6号室は現在「Clark Gable Room」となって一番予約が取り難い部屋でもある。Boots Court は1950年代に Boots Motel と改名される。

Boots Motel はその後景気の悪さから当時の所有者が地元の開発者に売却、その跡地には「Walgreen」ができるだろう等の噂が飛び交っていたのだが、同州ルート66アソシエーションやマザーロードを愛する支援者のおかげでその計画は頓挫。

悪さを理由に所有者が地元の開発者に売却したため、倒壊する寸前でした。モーテルはウォルグリーンのために破壊されるだろうという憶測が横行しました。しかし、ミズーリ州ルート66アソシエーション、マザーロードの友、その他の保護活動家からの抗議は、開発者たちを怖がらせた。

現オーナーである(先月のブログでも紹介した)Debye Harvey さんと、Priscilla Bledsaw さんは、この歴史的なモーテルをその最盛期でもあった 1940年代のスタイルに戻すため、2011年にプロパティを購入し、翌年2012年よりビジネスを再開、それ以来ずっと惜しみない愛情と努力を注いできた。現在モーテルの部屋数は13にまで増えているが、宿泊として利用できるのはそのうち「8」、残りは修復中だ。
私が Debyeさんや Debbie Dee と知り合ってからまだ僅か数年だが、彼女たちの本当にやさしい、Hospitality に溢れた人柄と物腰にはいつも頭が下がる思いでいっぱいだった。
「1040年代のスタイルに戻す」ため、このモーテルにはテレビはない。が、各部屋にクラッシックなラジオが必ず1台置いてあるのみだ。

私の趣味はスポーツ。それも熱狂的なスポーツファンだ。必ずみるTV番組は ESPN。これさえあれば他は要らないぐらいの勢いである。旅行の滞在先の宿泊部屋でチェックインすると同時にまず ESPN のチャンネルを点けるため、昔家内に「いつもそれだからどこにいるのか分からない!」とキレられたこともある(汗)
そんな私は最初に訪れた際にそんなこととはツユ知らず、真っ青になったことを今でも憶えているが、実際にない経験をしてみるとそれはそれで色々なことに気付かされる。
Boots Court Motel での夜。それはTVからもネットからも解放され、自分の時間をゆっくりと過ごすことができるのだ。

そろそろ話を元に戻そう。メディアの記事によればこの売却の理由がどうしてもコロナ禍が理由に見られてしまうらしいが、実はそうではなく、コロナ禍は最終的に結論を促された最後の背中ひと押しだとのことだ。もうだいぶ年齢的にキツくなってきたこともあり、引退=売却の図式は少し前からあったようで、彼女らの家族とも相談した結果それが最善だとの結論に達したそうだ。

残念ながらこのような事は Boots Court Motel だけが抱える問題ではない。ルート66 全体に起こっていることでもあるのだ。現行の移動規制がが解除され、また私たちが自由に旅ができるようになる近い将来、その景色は全く異なるものになっている可能性も否定できない。

幸い売却が済んだとしても彼女らはカ―セイジの街から出ていくことjはないそうだ。そこは正直心の底から安堵した。

今年の旅行をキャンセルした多くの人たちはこう言う。
「来年必ずまた会おう」
何度も書くがルート66 は一つの大きな家族だ。
私もこのコミュニティに出会って、受け入れてもらって、実に沢山の素晴らしい時間を過ごした。出会った人々は素晴らしい人達で、彼らとルート66 の話をし、古いルート66 の経験を聞き、そして勉強する。そしてそれらを次の若い世代に伝えていく。

Debbie Dee、Debye、そして Priscilla 、それに彼女らと一緒に多くの時間と財力を投げ打った Rod には心からお礼と「お疲れ様」と言いたい。新しくオーナーになる方が、ルート66に同じ情熱と愛情を注いでくれることを願って。

2,200万円かぁ。パッと出せるほど貯蓄があったらなぁ。

モーテルのネオンを灯りに夜通し歓談する愛好家たち

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