Category: People on 66 (Page 1 of 8)

キューバとコニーとワゴンウィ―ル


ミズーリ州キューバ。ルート66に興味がなければこの街を知る人は少ない証拠だと思うが、街の話をすると「ん?キューバ?」と大体聞き返されることが多い。かく偉そうに言う私ももちろん、うん十年前はその一人である。パリ、マドリッド、ミラノ、そしてローマと、歴史の浅いアメリカには、欧州でも指折りの著名な街名が着いた街がしっかりあるのだ。それを考えるとキューバという街名があっても然程驚かないのが本音か(笑)
そんな話はさておき、キューバに到着したのは夜の9時少し前。ルート66上のモーテルは夜が早い。簡単に言えば全体的にモーテルのオーナーは高齢の方が多いからであり、お客の到着が遅いと鍵だけ置いてさっさと寝てしまうのだ。
さて今夜はどうだろうと考えながら目的地近くに行くとネオンは点いている。良かったと思う反面、悪いなという気持ちで車を停める。

「お前がトシかい?」と見慣れない中年男性が笑顔で迎えてくれる。
「そうだよ、コニーはもう寝ちゃったかい?」
「ああ、とっくに休んでるさ。オレも9時になったら帰ろうと思ってたんだ。はっはっは。まあ間に合って良かったな、ほら鍵だ。コニーは明日朝8時にはいるはずだよ」と言いたいことだけ言って、お休みと言わんばかりに後ろ手を振って彼は去っていった。
明日は7時には起きて朝飯に行く予定だったから8時なら丁度良い。そこそこの距離を運転しているだけに早めに横になろうと部屋に入る。

これだけ見ると豪華には決してみえないが、ここ ”Wagon Wheel Motel”は、ルート66上に建つモーテルとしては中々立派なのである。現在の総数は19部屋。シングルからファミリー用、そしてスイートまであり、WiFi 完備という心意気だ(端に田舎なので電波が悪いという説もあり)。建物の前には中庭があり、仲間内でゆっくりBBQをして過ごせるスペースもある。
部屋の中はベッドはもちろん、一応TVもある。洗面台、シャワー、トイレと不足なものはないのだ。


ルート66を旅する醍醐味の一つが早朝の美しさだ。もちろん晴天でないとそうは行かないのだが、幸運にも私は晴れ男。ルート66を走って雨にやられるケースは結構は少ない方だ。
昇る朝陽もワゴンウィ―ルの看板と重なっていい感じである。

朝7時、さっそく楽しみにしていた「イベント」に心を躍らせる。モーテルあら歩いて5分ほど行ったところに ”Shelly’s Route 66 Cafe” とダイナーがある。結構友人仲間では好評はダイナーだが、まだそこで実際食べた経験がないのだ。ダイナーは朝6時~午後3時まで。そう、朝と昼専門だ。そして月曜日がお休みなわけだが、過去何回かなぜかワゴンウィ―ルに泊まって朝を食べようとすると月曜の朝にあたるわけで、夕方通り過ぎた回数を含めると相当数なチャンスをふいにしてきた。
それだけに今回はとても楽しみにしていたというわけ。

メニューはお決まりのアメリカンな朝食だが、やっぱり美味い、落ち着く。
定番の目玉焼2個とソーセージパテ、ハッシュブラウンにトースト+コーヒー、でわずか約4ドル強。凄まじい。

ゆっくり朝食を撮った後は、Mural City(壁画の街)と呼ばれる所以である街のいたるところに描かれている画をチェックしに散策。毎度見てみるものだけにきちんとあるかの確認作業みたいなものだ(笑)Cuba Mural Project が始まったのが2001年頃。それから7年ほどかけて地元のアーチスト達が先駆となり合計12の壁画を完成させた。その後2つ加えて今は14となっている。地元の人達の街愛はこんなところでも溢れている。

さて8時過ぎ、約3年ぶりのコニーに対面。この早朝時は(きっと昨晩の宿泊客も少なかったのか)ほぼ誰もロビーに現れないので、たっぷり1時間ほどかけてお互いの近況を報告しながら談笑。

コニーももう70歳を過ぎているがお孫さんが後を継いでくれるまでもう数年は一線で頑張るのだそう。最近の商売は良い感じだと言っているのが非常にうれしい。でも満室(19室だが)になると部屋の掃除や洗濯が大変らしく、あまり満室にはなって欲しくないと笑って言う。本音は10室ぐらい毎晩入ってくれるのが最高なんだとのこと。同じホテル業でも事情が変われば話が変わって面白い。
次回また会えることを約束し、愛情溢れるハグを頂戴した。

Wagon Wheel Motel
901 East Washington Blvd.
Cuba, MO 65453
(573)885-3411

Shelly’s Route 66 Diner
402 South Laurence Street
Cuba, MO 65453
(573)885-6000

 

アリストン・カフェにて


一日の走行距離が380マイル(約600キロ)、は然程大変ではない。せいぜい数時間走れば着くものである。が、各所で再会を祝い、四方山話に花を咲かせながら走るとなると結構時間との戦いに陥るケースも少なくない。
2016年8月に掲載したお話、「ウサギの王国、ヘンリーラビット」に登場するご主人、リッチ・ヘンリー氏にテキストメッセージを送ったのが渡米する2週間ほど前だったか。
「やあリッチ、元気かい?9月の下旬にイリノイ州に行く予定なんだが、お店はまだやっているかい?9月はもうシーズンオフだ、何時に閉めるの?」
昨年リッチは一度体調不調を理由に一旦は引退?に近いようなことを口走ったことがあったのでこのように聞いてみた。
すると体調は順調なようで相変わらず頑張ってお店を開け旅行者のお相手をしてくれているとのことなので、日付と時間とが決まったらまた連絡する旨を伝えておいた。

当日ミッドウェイ空港を出発した私は、いろいろ思い描いていた計画と少々違う事案に遭遇しながら、南下した。先のメイプルシロップのお店で時間を過ごし過ぎのこともあり、リッチには(約束していた)夕方4時に着くのは難しいことを伝えたら、「トシ、俺は今日ミーティングがあってリッチフィールドに来てるんだ、だからスタウントン(彼のお店の場所)には居ないよ、アリストン・カフェまで来れないか。」と。
後から聞いたら急に決まったそうなのだが、「おいおいそれじゃあ先に言えよ」と再度狂ったスケジュールを呪った(笑)。

だが良く考えると実はそれはかなりの好都合だということに気付く。アリストン・カフェは、今年の6月に掲載した「Ariston Cafe 90余年の歴史」に登場する、デミとニックのアダム夫妻が先日リタイヤし、売却されたルート66の名物レストランだ。今回は時間の都合上訪問する予定はなかったのだが、そこにリッチが居るのであれば(アダム夫妻には会えなくとも)レストランを訪問することが可能となる!

というわけで午後5時半過ぎに何とか到着。いつもの如く素敵なレストランだ。


店に入り、イリノイ州ルート66のミーティングの旨を伝えると、それ用に用意された個室に通される。
「ハロー、リッチ!」
何年か振りの再開に思わず笑顔が更に崩れる。
ミーティング開始時間は6時だと言うが、当然?皆さん揃わない(笑)
結局始まる6時45分あたりまでリッチを含め何人かの出席メンバーと近況報告をしながら旧交を温める時間が取れた。


さらにはタイミングよく、新しいオーナーの一人、Will Law 氏とも挨拶をすることが出来た。デミから私のことは聞いてくれており、いつか会えると思っていたがこんなに早く会えるとは!と喜んでくれる。このあたりの調子の良さは生粋のアメリカ人だ。


次はゆっくり来ることを約束し、今晩の目的地である隣接州ミズーリ州のキューバまでお持たせをしてくれたサンドイッチを頬張りながら、すっかり夕方になったルートに飛び出た。あー寒っ!

ルート66産のメイプルシロップは美味すぎる!?

私はメイプルシロップが大好きだ。アメリカでの生活にこれは欠かせない。どの位好きなのかは昨年12月24日の投稿「ルート66とパンケーキ」でも余すところなくお伝えしているので興味のある方は読んでもらいたい。
それはともかくとして、うちではここ数年ある特定のメイプルシロップを購入しており、100%それしか利用していない。
100%天然の産物は非常に風味豊かで甘さも丁度良い。クセもしつこさも無い、例の商品と並んで私の中ではメープルシロップ界のツートップなのである。

そのシロップが切れそうになったのが今年の7月下旬。早速いつものように友人店に連絡を入れ今年分の注文をする。友人とは言ってもここ何年かメールのやり取りをしているだけで実はご本人には一度も会ったことがない。
最近イリノイ州ルート66そのものを走る機会が減っていたことに加え、中々限られた時間の中での旅は彼らの営業時間に合わないことも多いためだ。その都度早く巨額ジャックポッドを当て引退したいと切に願うのだ(笑)
とは言え、こうしてアメリカに住んでいる期間に会うことが適わなかった人に、仕事で東京に住んでいる時にそのチャンスが巡ってくるのだから人生は不思議なものだ。どうやら秋期に少し渡米できそうな感じではあったので「今年は直接ピックアップに行くよ」と意気揚々と伝えて取り置き願い大作戦へと舵を切った。

そのお店の名は “Funks Grove Maple Sirup”、イリノイ州シャーリーという所にある。シカゴからルート66を南へ150マイル(約240キロ)、車で約2時間15分強のドライブ、比較的近いものだ。
イリノイ・ルート66はとても景観がきれいで街々によってその姿は千差万別。高速道路など使わず必ずした道を走ってもらいたいものだ。
シャーリーの街近郊へ入ると景色はこのように緑がとてもきれいな森の中を走ることになる。日中でもあまり車は通らないので、街灯のない夜間は結構肝試し的なルートだ。

この辺りは同州でグランドプレーリーと呼ばれ、サンガモン河の支流には、多くの樹木が広がるシュガークリークやティンバークリークを形成し、ホワイト・オーク、バー・オーク、そしてメイプル樹木がそれらの中心だった。イリノイ州地元のネイティブアメリカンはイロコイ種族で、彼らが毎年春になるとメイプルシュガーやシロップを造っていたのが起源だそうだ。その後土地は欧州からの入植者達の手に渡り、1824年アイザック・ファンクという開拓者が本格的にシロップを造りはじめビジネスとしての基礎を築いた。

現在のオーナーはマイクとデビーのファンク夫妻。まさにジェネレーションだ。
毎年約2000ガロン(約7570 リットル)のシロップを製造、販売するが殆どの場合8月中には完売となる。イリノイ州の秋は寒いので10月にもなれば旅行者もほぼいなくなるが、それでも9月に訪れて「OMG!」というケースは少ないないのだ。

幸い今年は9月下旬にイリノイ・ルート66を走ることができたので、私のタスクリストでも最重要項目として、とある天気の良い午後の訪問と相成った。
入り口はあまり目立たない簡素な標識のみ。もちろんこの道を通る皆がここに来るわけではないが、私の少し前を走っていたブルーのコルベットは減速もぜすに走り過ぎて行った。

敷地内に入り車を停める。「販売商品は殆どもう無いのでお店には居ないから、着いたら電話して。3分で行けるから」と、言われ車を降りて電話してみる。車が一台停まっているが、店の雰囲気は静か。
電話が通じない。案の定、電波が届いていない地域だ。ルート66を走っていると非常に良く出くわすこの状況、「電話しろ」というのだから、彼らの電波は正常?なのだろうか。(いや、そんな細かいことは気にしていないんだろうな)

お店の入り口に近づいてみると中から笑い声が。あー良かった、人は居るのだ。
ドアを開けると2人の旅行者らしき女性とデビーが話していた。
「あら、トシ、やっと来たわね。電話くれた?」
「こんにちはデビー、やっと会えたね!電話したのだけれど電波なくてできなかったよ。」
「あらまあ、じゃあ丁度良いタイミングだったわね、会えて嬉しいわ。旅行はどう?」
電波云々の話は一瞬で過去の遺物となる。

2人の旅行者は買いに立ち寄ったのだが、お土産用の最小瓶があるだけだったので少し残念そうだったが、それを3つほど買って帰っていった。
やはり頼んでおいて良かったようだ。デビーは裏の倉庫から私の取り置き分を入れた箱を持ってきてくれた。

今年の消費予定シロップ

彼女はここから3分ぐらいの場所に住んでいるらしく、9月に入ってからは商品もほぼないのでアポのお客のみ対応しているという。
ここ数年のお互いのメールでのやり取りを振り返りながら、小一時間シロップの話で盛り上がった。

Funks Glove のメイプルシロップ、現在ウェブサイトでも購入可能。もちろん現在は SOLD OUTとなってるが、春になるとまた販売が始まるので、欲しい!という方は是非ネット注文をしてみて欲しい。本当は実際に買いに行くのが一番なんだえどね!

 

Funks Grove Pure Maple Sirup
5257 Old Route 66
Shirley, Illinois 61772
https://www.funkspuremaplesirup.com

Terri & Sprague Super Station の壮大なプロジェクト


皆さんはイリノイ州ノーマル (Normal)、という街の名前を聞いたことがあるだろうか。ノーマルはイリノイ州のほぼ真ん中あたりに位置し、通常近郊のブルーミントン (Bloomington) と一緒に「ブルーミントン・ノーマル・メトロポリタン地域」等と呼ばれたりするが、ノーマル単体では人口約55,000人程の小さな街だ。かく偉そうに語る私も実はルート66を走り始めるまで勿論聞いたこともなかった。
ノーマルはシカゴから140マイル(約224キロ)、車で2時間ほどルート66を南に向かったところにある。街で最も有名なものは州の公立大学としては最古のイリノイ州立大学のメインキャンパスがあることで、街のほとんどの人達がこの大学か、ステートファームまたはカントリーフィナンシャル(ともに保険会社)で働いているとうから驚きだ。
そんなノーマルには昔から素晴らしい歴史的建造物がある。1931年、ウィリアム・スプラーグ氏によって建てられたチューダー建築様式のガソリンスタンド「スプラーグ・スーパーサービス・ステーション」だ。これはルート66に現存する僅か3か所の建物中最も大きな2階建てもので、当時は一階がステーションとカフェ、二階はオーナーと従業員がクラスアパートだったそうだ。

The Station in 1966

ガソリンスタンドはルート66の発展と共に繁盛し、1940年代~60年代はその頂点を極めたが、高速道路の発展により徐々に衰退。1971年に最後の給油販売をし閉店。1979年にはガスポンプ自体が撤去されたと記述が残っている。その後この場所は溶接会社、ボイラー会社、レンタカー会社と姿かたちを変えて残るが、そこに颯爽と登場したのが本日の主人公、テリー・リバーン女史である。
イリノイ州立大の講師であり、かつルート66の歴史家でもあるテリーは夫のウィリアム・サンダース氏(2011年他界)と共に2006年、22万ドル(約2400万円)の資金でこのステーションを購入、歴史的建造物復活への第一歩を踏むこととなる。

Terri Ryburn 女史

テリーの構想はこのステーションを多角化してルート66の発展に役立てることで、インフォメーション・センター、カフェ、ダイナー、ソーダ・ファウンテン、ベッド&ブレックファスト、イベントスペースとしての将来的計画を持つ。聞くところによると総額120万ドル(約1億5千万)相当の野心的なプロジェクトだそうだ。
この「完全なる修復」プラスアルファのプロジェクトは、オーナー自身からの更なるポケットマネーや、市や街、そして国立公園サービス(政府)からの助成金を始め、マッチンググラントや各州ルート66アソシエーション団体からの寄付金等、多くのルート66を愛する者達からの支援する気持ちで成り立っている。こんなところはいかにも「ルート66は一つの大きなファミリー」のコンセプトが体現されている。

そして2017年8月、スプラーグ・スーパーサービス・ステーションは万感の想いを乗せて再開した。昨年より仕事の都合でルート66よりかなり遠い場所に住んでいるため開店日には行けなかったが、それから1年経った今年、やっと念願かなっての訪問となった。もちろんまだ観光センター+お土産屋+イベントスペースの部分しか完成していないが、今後少しずつ確実にプロジェクトを進めて行くことだろう。

知ったかぶりにずらずらと書いてきたが、今回の訪問時にテリーさん本人に話してもらったことだ(笑)優しい笑顔と暖かい人柄に加え、亡き夫との夢に向かって進むテリーさんからは芯の真っすぐ通った強い意志も同時に感じることができた。とても貴重で有意義な時間だったことは言うまでもない。

最後になったけど、スプラーグ・スーパーサービス・ステーションは、2008年4月25日、国家歴史登録財に指定され、翌年2009年にイリノイ州名誉勲章殿堂協会にも選出、そして2011年8月15日には地元の歴史的ランドマークとして指定されている。

Sprague Super Station – Ryburn Place
http://www.ryburnplace.com/
305 Pine Street, Normal, IL 61761

待ってろよ Launching Pad


あまり好ましいことではないのだが、どれだけ思い続けていても中々「ご縁」が無いこともある。ルート66上では私にとってそれは、6月生まれの双子座である私と同じ冠名を持っている “Gemini Giant” を擁するイリノイ州はウィルミントンにある、Launching Pad のことを意味する。
ウィルミントンはシカゴより約60マイル(約96キロ)、車でおよそ1時間弱の距離にある。ルート66を旅する者にとって、旅の始まりであり、かつ終わりであるシカゴから僅か1時間しかないという距離をその縁遠い理由に挙げるのは少々乱暴だが、中らずとも遠からずと言った具合であろうか。
私は1996年からルート66を旅し始めて、何度かこのレストランの前を通る機会があったが、営業時間外であったり、私側の理由で素通りせざるを得ない場合であったり、はたまた祝祭日期間であったりと、とにかく訪問する機会に恵まれなかった。そうこうしている間に2010年、Launching Pad は突然閉店してしまいます。
そのニュースを聴いてから初めて訪れたのが2014年。当時はこんな感じで寂れていた。

冒頭で触れた “Gemini Giant” は、ファイバーグラス製で高さ30フィート(約9メートル)の大きな像で、1960年頃アメリカで “Muffler Man” (マフラーマン)と呼ばれ人気があったらしい。当時ほとんどのこの像が「カウボーイ」又は「木こり」であったが、当時のオーナーは「目立つように」と、宇宙飛行士をモチーフに特注したという逸話がある。

Launching Pad と Gemini Giant は、両方供2000年にイリノイ州のRoute 66に殿堂入りしたが、ビジネスとしての存続は難しくオーナーは売却を決意。当時の売値は65万ドル(当時で約610万円)だったらしいが、閉店したのであるから買い手がつかなかったことは想像に難しくないか。

ところが2017年10月、事は急展開を見せた。何と Launching Pad に新しいオーナーが現れ、改修後2018年春には再開する見込みとの記事がルート66界を震撼させる(大袈裟だよ!笑)
本当だろうかと半信半疑で居たところ、早速10月18日には、”Miles of Possibility” というイリノイ州ルート66協会が中心となって行われている、ルート66の歴史や今後の保存プロジェクト等、教育的観点から毎年行われているカンファレンスにて正式にオーナーが発表された。

©Route 66 News より

新オーナーの Tully Garrett 氏 と Holly Barker さんは、少しでも早い再開を目指し、12月にクラウド・ファンディングを設立して有志からの寄付を募る行動も見せた。
そのかいあってか、Launching Pad は2018年5月、ソフトオープンを迎えた。まだレストラン機能が100%回復するには2019年まで待つ必要があるらしいが、観光案内所およびお土産屋さんとして無事復活を遂げたのだ!

だが、やはり遠いご縁は早々簡単には復縁しないらしい。今回私はLaunching Padへの「初訪問」、そして(既にFBでは繋がっている)新オーナーの2人に会えることを旅の楽しみの一つとしてシカゴからオクラホマ・シティまで走る計画を立てたのだが、その日も朝8時にシカゴを出発した私はその開店時間である9時を目指して上機嫌で走った。

到着したのは9時ちょっと前。駐車場にはまだ車の一台もない。Gemini Giant は変わらず堂々と鎮座している。天気も秋晴れ、何の問題もない。
が、オーナーさんが到着している気配もなく嫌な感じがした私は、再度開店時間をGoogleさんと確認。そこには「9時」と記載されている。
念のため入り口に貼られている営業時間を確認。そこに記されていたのは無残にも「10時」の文字だった。。。
生まれ変わった Launching Pad の中だけ(窓の外から撮影)

きっと皆さんはたった1時間のことだから待てば良いだろうと思っているはずだ。そう、たったの1時間だ。が、しかし!短い旅行の関係上予定はかなり濃密に組まれており、1時間の誤差を後を大きく狂わせる。午後には重要な知人、友人とのアポも入っており計画の変更は様々なものに影響を与える。
10分弱悩んだが、今回は諦める決断をし、ノートを残して先に進むことにした。

2018年、未だに訪問できずにいる Launching Pad だが、見方を変えれば2019年のレストランオープンを待て、という神様の思召しかもしれない。
もう一回少なくともここに戻って来れるという仏さまのご意志であろう、と前向きな私は勝手にそう思いこんで、ルート66アソシエーション・ジャパンのステッカーを貼らせて頂き次の目的地にアクセルを踏んだ。

最新映像を含んだ Launching Pad の歴史。詳しくみたい方はこちら ⇩

 

 

Lou Mitchell’s、マザーロード最初の停留所

さて、ミルウォーキーでベースボールを堪能した後はルート66へ戻ろう。
シカゴ郊外に宿を取った私は朝の通勤ラッシュに巻き込まれまい、と朝6時に起床をし、シカゴに向かって車を飛ばした。
が、しかし!
朝6時30分では既に遅いようだ。


フリーウェイは渋滞し、シカゴ中心部へわずか16マイル(約25キロ)の距離であるのにゆうに1時間以上かかる。シアーズタワーが見えてくる頃にはすっかり陽も昇って明るくなっちゃったよ。

旅のスタートはまず腹ごしらえから。
わざわざここから始めるためにホテルに着いている朝食を振り切ってここまで来た感じだ。

Lou Mitchell’sは、ルート66を、いやシカゴを代表するダイナー・レストランの一つだ。ルート66サインポストから僅か1マイル(約1.6キロ)の所にあり、映画「アンタッチャブル」に登場したユニオン駅にも近く、地元民はもとより多くの観光客で賑わう。


またレストランは出発地点近くなだけでなく、ルート66沿線上にもあるため、”The First Stop on the Mother Road”(マザーロード最初の停留所)というニックネームまであるほどだ。
尚、2002年5月にはこのレストランが起点となり、Nationwide Route 66 Restoration Program(ルート66包括的修復計画)なるものが開始され、レストランも2006年に国家歴史登録財への認定を受けるに至っている。

いやはや Lou Mitchell’s に来るのも本当に久しぶりだ。前回訪れた時はまだルート66で何らかの活動に加わろうなんぞ考えたこともなかった時代で、興味本意でただ走っていたころだ。
到着した時は、朝7時30分をとっくに回っていた。
店内は相変わらずの人の入りであったものの、カウンターはほぼ誰もいなかったのでそこに陣取る。

すかさず “I’ll be right with you, handsome ; )” と朝っぱらから飛び切りの愛想を頂戴する(笑)
コーヒーをまずは頼みながら「お薦めは何?」と聞くと、「うーん私ならフレンチトーストかな」と即答。
フレンチ・トースト好きの私にとってその「秒速の」回答はどんな理屈よりも優先される。「じゃあそれにするよ。サイドはハムでお願い」と通常ソーセージかベーコンのところをわざわざハムを頼むのが私の好みだ。

注文後周りをキョロキョロ見渡しているとお店番の女性が “Do you travel along the road? Do Route 66 things?” と聞いてくる。
自分の身分となぜここに居るのかを簡単に説明したら、「じゃあ丁度良い。うちのクッキングブックをあげよう」と、昨年レストランが創立95周年を記念して作ったお料理本を頂くことになった。「ここで出しているものが全部載ってるよ。包み隠さず、だよ」とウインクをしながら自慢げに出して来る。「まあ、うちの場合秘密にするようなレシピはないけどね」と自虐オチも忘れない。

注文したフレンチ・トーストを頬張りながら、その女性(Danaさんという)とルート66にまつわるいろいろな話で盛り上がった。
おかげで30~40分を予定していた計画が最初から大幅にくるった。
仕方ない。旅とはそういうものだ。
「今回はどんな人達に会えるのだろうか」そう期待しながらシカゴの街を出発した。

Arcadia にて(2018年度晩)


東京に軟禁されて早1年4か月。今年の春に渡米したとは言え、半年に1回ぐらい「我が家の空気」を吸わねば窒息する!とばかりに、日本ではシルバーウィークと呼ばれる期間を利用して放浪の旅に出させてもらった。
ちょうど?休みを取れる期間がこのあたりだったので、ルート66上では何かイベントがあるだろうかと検索したら何と!
昨年3月~5月の間で5回に渡ってお伝えした、アーケディアのネオン祭りが、ちょうど第2回目がその期間の週末金、土、日で開催されるというではないか!

イベントというもののは頻繁に旅に出れない場合は非常に有益で、その場所一つで色々な州や街から来ている友人、知人に一気に会えるという優れもの。
今回の休暇もルートに出られるのは正味5日間なので、とても素晴らしいタイミングに恵まれた。

ネオン・フェスタの内容自体は昨年とほぼ大きくは変わらないが(いや変わる必要はないのだ)ともかく一番の共通目的は「Family Reunion」、一つの大きな家族である皆との再会を楽しむものだ。

初日は金曜日であることや、しかもその日はオクラホマ州は大雨だったこともあり、昨年ほど人の集まりはなかったが、それでも盛況の幕開けとなった。
早めの午後には開催場所近くのGlass Boy Studioにてガラス細工の作成デモ+実体験イベントがあり(私は行程上間に合わなかったが)、それに参加して一旦帰った人達もいたようだ。

わずか数時間のこの集まりのために片道10時間のフライト+800マイルを走っていくわけだが、ある意味とても贅沢な話だ。


今回私は金曜のセッションしか参加できなかったが、それでも約20人ほどの友人らと近況報告をしながら飲み、談笑し、とても楽しい時間を過ごすことができた。こういう「ガス抜き」がないとホテル商売なんぞやってられない(笑)

 

John’s Modern Cabin

またしても廃墟ネタ。
ここまで来るときっと私は廃墟フリークだと思われている気もするが、もう一度はっきり否定したい(笑)
廃墟って絵にはなるけど、何となくやはり怖い。日中に訪れれば大丈夫な場合も多いが、そんな時でも空気感はヒンヤリ気味。ホラー映画の見過ぎが、こんな時にふと何かが起こる感じがして気が気でならないのが本音だ。
元々幽霊は嫌いだし、肝試しなんて超苦手だ。20代後半ハロウィン時に友人らとユニバーサルスタジオの幽霊屋敷に行って酷い目に会ったし。。

と、まあ廃墟が好きなのか嫌いなのかという微妙なスタンスだが、ルート66を旅するようになってずっと気になっていた廃墟、”John’s Modern Cabin” は、ミズーリ州、ニューバーグというエリアにある。
このエリアは過去何回か通ったが、立ち寄る時間がなかったり、立ち寄っても見つけられない旅も何度かあり、つい最近まで個人的には「未開の地」状態であった。

そんな John’s Modern Cabin、2年前にやっと訪れることが出来た。
いや、「導かれた」と私は勝手に思いこんでいる。

まずはその John’s Modern Cabin について3分間でまとまった映像があるので興味のある方は。

2015年秋、その初訪問の前年、イリノイ州で開かれたあるルート66のカンファレンスで、友人 Mike Ward の奥様、Sharonよりあるプレゼントを頂いた。
Sharonはとても聡明で手先の器用な方。中でも刺繍を得意としていて、ルート66にまつわる建物や場所を独自のセンスでアレンジし、小さなハンカチサイズの刺繍を作成しては、ルート66上のモーテルや博物館、レストラン、お店やさんを営んでる人達に順次プレゼントしていた。

With Mrs. Sharon Ward

カンファレンスで会った時「トシ、今日はあなたにプレゼントを持ってきたわ。会えてよかった」と、いつもの優しい笑顔でハグしてくれた。
その時に頂いたものが、これだ。

!!! 何とその題材は “John’s Modern Cabin”!!!
私はこのキャビンがずっと気になっていて行きたくても未だ辿り着けていない、なんて誰にも言ったことは無いし、もちろんこのブログにも、FBにも書いていない。なぜ彼女はこのキャビンを私にくれる題材として選んだのだろう?
(余りの驚きにその際この重要な質問をするのを忘れてしまった)

だから私は思った。そう「呼ばれている」と!(笑)
次にミズーリ州に行く時は何が何でも行かなきゃならない。この時強く誓ったことを憶えている。

それから1年後、ミズーリ州でのイベントに参加した際に友人のRhys と「その場所」へと向かった。

With Rhys Martin

彼は何回かそこを訪れているので場所は知っているとのこと。イベントの始まる前の早朝、わざわざ6時半ごろ起きて一緒に訪問してくれたのだ。車で片道30分、決して近い距離ではない。

John’s Modern Cabin はルート66から少し外れた雑木林の中にひっそりと佇んでいる。当時はこの辺りも開かれていたのだろうが、今ではすっかり忘却の彼方に建っているようだ。

初めてみる荒れ果てたその姿は郷愁と共に感動を憶える。今まで何度か見つけられなかった苦い記憶と、嬉しさが入り混じった不思議な気分で写真を撮りまくった。

キャビンは、1931年ベアトリスとビルのベイレス夫妻によって “Bess’s Place” という名前でオープン。当時はダンスホールと6部屋のログキャビンがあり、旅人にホテル、モーテルとは違う「格安」な宿泊所を提供し人気を博した。夫妻はそれから約10年後にそのキャビンを売却、その後数人の所有者を経て、1951年、ジョンとリリアンのダーシュ夫妻が$5000ドルで買収。ジョンは当時の地元の法律(禁酒法)に反旗を翻し、周7日ビールを販売して地元民の人気者でもあった。
が、1957年の区画整理によってキャビンは大通りから奥に場所を移さざるを得なくなり(だから見えなかった!)、ダンスホールは破棄されることになり、近隣の Vernelle’s モーテルもレストランをたたむ羽目になったと言う。
結局このキャビンは Lilianの死後、Johnは閉鎖を決意。1971年以来破棄された建物は腐食と崩壊を免れず今日に至っている。

JMC, in August 1966, courtesy of Renee McHenry at MoDOT

最近はこのような場所からネオンサインや、お金になりそうな残された物品が盗まれるという残念なニュースが頻発しているが、同ミズーリ州に住むルート66に多大な貢献をしている、Rich Dinkela 氏(通称 Roamin’ Rich)が先日このキャビンを荒廃や盗難から救うため立ちあがってくれた。
これは Rich と彼の有志によって素晴らしいプロジェクトが行われた記録の一つ。
次回訪れる時は何等かの形で貢献したいと思っている。
そして Sharon にも大切なこと聞かないと!

 

Jack Rabbit の新商品

アリゾナ州ウィンスローとホルブルックのほぼ中間地点にある小さな街、ジョゼフ・シティ。同州ルート66中、セリグマンにあるエンジェルさんのお店と人気を二分する「ジャックラビット・トレーディングポスト」は、インターステート40号線沿いに建つ。

ちょっと前までは、東方面から来るとインターステートの出口が封鎖されていたため、トレーディングポストを横目に一旦通り過ぎて、先の出口から戻る必要があったものの、今年の春に行ったときは開通していて、こんな ⇩ 一本道出楽だった。


現在トレーディングポストを営むのは、シンディとアントニオのジャック夫妻。
二人共とても気さくで良い人達だ。
ご主人のアントニオとは訪れる度に色々と話をする。息子さんも大きくなり、何年か前は故障した車を親子で一生懸命直している姿を憶えている。

シンディとアントニオ

お店の中は「うさぎさん」ものを中心に、書籍、Tシャツ、モカシン、キーホルダー、アクセサリー、プリントもの等、一連のお土産は全て揃うラインナップだ。
我が師の一人、大塚氏の本もサイン入りで陳列されている。

お店の外にはファイバーグラス製のうさぎの置物があり、ピクチャースポットとしても人気抜群だ。

そんなトレーディングポストでは、今年から新しいサービスを開始した。
今年の春に訪問した際に見た真っ黄色の(ウサギのロゴ以外)何も書かれていないボードの山積みがあったので、「これ何?」って聞いたら、新商品のマイルポストだとか。

要はここのトレーディングポストから訪問者(または注文者)の自宅なり所定の場所まで「何マイルか」を表示してくれるものだ。
著名な観光地までは例えばニューヨークまでOOOマイル、だとか、ロスアンゼルスまでOOOマイルとかの表示ポストが建っている。
まあ、そういう手のものだ。
黄色の看板とブラックのウサギは一目見て「それ」と分かるので人気が出ること間違いなし、だ。良いところに目を付けるなあと感心した。

実際この春以降、注文者が少しずつ増え始め、FACEBOOK等のSNSでもルート66ファンの間に拡散されたため、多くの友人知人がGETしている姿が散見される。

Pics from Jack Rabbit Facebook Page

折角だから私も頼んでみよう。と、シンディへメッセンジャーを使って連絡。日本まで送って貰うと無駄にコストがかかるので、ベイエリアの友人宅まで郵送してもらうことで注文完了。
それから約2週間、約束通り届いた素晴らしいプレートがこちら! ⇩

5,929マイルは日本のキロ換算をすれば、約 9,540 キロだ。日本列島の最北と最南の距離が約3,300キロ。約3倍か、やっぱり遠いな~。
因みにトレーディングポストからの5,929マイルの距離は我がホームタウン、名古屋だ。米国内では今後どこに住むか未定なので、まずは普遍のルーツ、名古屋での注文をしてみたってわけ。
中々私より遠い奴は少ないだろう、と思っていたら、オーストラリアの友人、Dave は颯爽と7,000マイルを持って笑顔を振りまいていた(笑)

興味がある方は、下記まで連絡してみて!

Jack Rabbit Trading Post
3386 Rte 66, Joseph City, AZ 86032, USA
928-288-3230
jackrabbit66route@gmail.com
www.jackrabbittradingpost.com

お店にはもちろん日本アソシエーションのステッカーも貼ってあるよ!

 

 

Blue Whale ~ 愛の贈り物

「何だこの風変りな(可愛くない)巨大クジラは?」
私がオクラホマ・ルート66を通行中、初めてこの ”Blue Whale” を見た時の感想である。
それはオクラホマ州タルサの街から東へ約16マイル(26キロ)程行った、Catoosa という街にある、地元民は当然、多くのルート旅行者に人気のあるアトラクション施設だ。ウォーターフロントの構造と言われるが、いわゆる大きな池で水遊びが出来る規模であり、リゾート感覚溢れるそれとは大きく異なる。

ルート66上にあるが、Blue Whale 自体はルート66の歴史と共に歩んできたわけではない。事の発端は、1970年代初めに Hugh Davis という男性が、鯨の置物集めが好きな奥様、Zelta さんに記念日の贈物として青いクジラを造った。(何とも壮大な贈物だが)元々は家族限定の遊び場であったが、余りにも地元の人達から人気があったため、砂で海岸っぽいものを造り、ピクニックテーブルなどを設置して、一般に開放することとなったらしい。

その後自然が大好きであった Davis 氏は、”The Fun and Swim Blue Whale and the Animal Reptile Kingdom” と、名称を代え、更に彼の義理の弟、生粋のアコマインディアンの部族長である Wolf Rob Hunt 氏の絵画や銀細工を、通りを渡ったところにお店を展開して販売した。店の跡地は中々目を引くフォトジェニックな建物である。


1990年に Davis 氏が、そして奥様の Zelta さんも 2001年に亡くなった後、誰も世話する人がいなくなりBlue Whale は一時的に衰退するが、それから約10年後、地元 Catoosa の人達と、ご近所さんの(我がファミリー!)Hampton Inn の従業員さん達の手で資金調達とボランティアが開始。オリジナルである明るい青色にピクニックエリアも復元した。冒頭の写真は復活後の姿。
現在園内にはギフトショップもでき、インディアンの地を引く心優しい LINDA さんが代表となって切り盛りしている。
最初に出会ったときも “I know you! I saw you on Facebook!” と向こうから気さくに話しかけて来てくれたものだ。
こうして背景をよく聞き、実際に運営している人達と知り合うと、冒頭に述べた鯨さんも可愛く見えてくるから不思議だ(笑)今では結構の癒しキャラで大好きだ。


Blue Whale をちょっと有名にしたのが、Snapchat から発売されたメガネ型カメラ、Spectacles に動画コミュニケーションの一部として採用されたこと。
当初日本未発売であったので、もしご存知ない方はこちらの記事を ⇩
https://www.movie-times.tv/topic/9155/

Youtube でも紹介されているので是非見て頂きたい。

そんな Blue Whaleにちょっと前、4月の終わりに悲しい事件が発生した。
何物かが夜分に侵入してピクニックテーブルを破壊し池に投げ込み、さらにはごみまでまき散らすという蛮行をはたらいた。当然監視カメラを付ける等の警備強化が施されたが、何とも残念な出来事である。

This picture from Route66News.com

 



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