Category: People on 66

夕暮れのルート66、ジェリーと

MO Road

2016年4月23日。
ガスコナーデ橋でのラリーを終えたあと、私は友人ジェリーの車の助手席に座り、
次のイベントが行われるマンガー・モス・モーテルへと戻っていました。

橋から街へ戻るには、もっと早く着けるインターステートもあります。
けれどその日は、あえてそれを使わず、
ルート66を、風を感じながらゆっくり走ることにしました。
こうした選択が自然にできるのは、同じ道を愛する者同士だからこそ、なのかもしれません。

ミズーリ名物の「リボンロード」。
上下に大きくうねるその道を進みながら、
ふと、こんなことを考えていました。

数年前―いや、ほんの3年、5年前でもいい。
その頃の自分が、
ルート66の世界では名の知れたアーティストであるジェリーと並んで、
このミズーリの道を走っている姿を、
果たして想像できただろうか。

夕陽を横目に、ぼんやりとそんなことを思います。

インターステートが造られたとき、
当時の人々はどんな気持ちだったのだろう。
今日の自分のように、それを横目に見ながら、
それでもあえてルート66を選んだ人はいたのだろうか。

目の前に広がるこの景色は、
その頃と同じように見えていたのだろうか。

90年も経てば、風景は大きく変わるのが普通です。
けれど、砂利道と太陽、緑の木々だけが視界に入るこの光景は、
きっと、ほとんど変わっていない。

夕陽が正面に沈み、
そしてまた昇る。
そうやって、時間はゆっくりと流れていく。

やがて、夕陽が少し霞んで見えました。

“The Missouri Maze” ~迷宮への誘い

KC, Nancy & Nick

本日は少しだけ、ご紹介を。

映像プロデューサーの KC Keefer 氏が、
パートナーの Nancy Barlow 氏、
そして友人の Nick Gerlich 氏とともに手がけるユニット
Unoccupied Route 66 が、新作をリリースしました。

彼らはこれまで、Painted Desert Trading Post や Exit Zero など、
今は廃墟となったルート66沿いの歴史的スポットを題材に、
独自の視点でドキュメンタリー作品を制作してきました。

そして、この6月に発表された最新作が、
The Missouri Maze。
直訳すれば「ミズーリの迷宮」。
タイトルを聞いただけで、思わず引き込まれる響きがあります。

つい先日、このDVDを、私たちが運営するルート66アソシエーション・オブ・ジャパンにも寄贈してくれました。
まずは、下記のトレーラー(予告編)をご覧ください。
作品の空気感が、きっと伝わるはずです。

彼らのオフィシャルサイトはこちら!
http://www.unoccupiedroute66.com/

“Gay Parita” を継ぐということ

ゲイリー・ターナー。
ルート66のファンで、彼の名を知らない人は、ほとんどいないでしょう。
ミズーリ州アッシュグローブにある Gary’s Gay Parita の名物オーナーです。

「名所だから、ちょっと立ち寄ってみよう」
そんな軽い気持ちで訪れると、旅程が大きく狂います。
それほどまでに彼は話好きで、
ルート66にまつわる歴史、裏話、最新情報まで、何でも知っていました。

人懐こい笑顔とあふれるホスピタリティ。
訪れる何千、何万という旅人にとって、
彼はまさにこの場所の象徴でした。

そのゲイリーが他界してから、すでに1年と4か月。
享年70歳。
あまりにも早すぎる別れでした。

彼の死後、Gay Parita Station は空き巣被害に遭うなどし、
かつての賑わいが嘘のような、静かな場所になってしまいました。
私自身も二度ほど訪れましたが、
そこにいたのは私一人だけ。
看板があったはずの場所は、ぽっかりと空いていました。

そんな折、
「Gay Parita が娘さんの手で再開されるらしい」
という話が耳に入ってきました。

半信半疑でした。
「本当なのか?」
「どこからの情報だ?」
返ってきた答えは、「正式なルート。ただし、まだ内密に」。

そして2016年4月。
正式発表を受け、私はゲイリーの娘、バーバラ・ターナー(通称バーブ)に会いに行きました。

そのわずか2週間前、
バーブは長年暮らしてきたサウスカロライナの自宅を売却し、
劇場マネージャーとしての仕事も辞め、
この場所へ戻ってきたばかりでした。

彼女はこう語ってくれました。

「悩みに悩んだけど、両親が残したものを、きちんと次の世代に伝えることが私の使命だと、ようやく分かったの。もっと多くの人に、この場所を見てほしい。ここで終わらせるわけにはいかない。私が、続けなきゃいけないのよ。」

隣で話を聞く夫のジョージさんとともに、
迷いのない表情で語るバーブの姿が、とても印象的でした。

今後、二人はゲイリーと妻のためのメモリアルガーデンを造る計画も進めているそうです。
さらに魅力を増した Gary Parita が再び多くの旅人を迎える日を、
心から楽しみに、そして応援したいと思います。

Munger Moss 70周年の夜

ミズーリ州レバノンのアイコン、Munger Moss Motel が、今年で生誕70周年を迎えました。
昼間はラリー、そして夜は祝賀パーティー。ルート66ファンだけでなく、地元の住民の方々も集まり、大きなお祝いとなりました。

名物のネオンサインは、この日も健在。
西へ向かって走り、レバノンの街に入ると左手に見えてくるあの光は、やはり特別な存在です。クラシックカーとの相性も抜群で、何度見ても飽きません。

Party

Bob and Ramona Lehman

オーナーのラモナとボブ・リーマン夫妻にとっては、70周年に加え、もう一つの節目の年でもあります。
二人でこのモーテルを経営し始めて45周年になるのだそうです。

夫妻はアイオワ州出身。
モーテル経営を志し、物件を探していた際に偶然レバノンへ辿り着き、ガソリンスタンドで出会った不動産エージェントの紹介でこのモーテルと巡り合ったといいます。まさに「事実は小説より奇なり」。
一目で気に入り、購入を決めたそうです。

私も数年前からお付き合いがあり、ラモナは私にとって「ルート66のお母さん」のような存在です。

JessCar
そしてこの夜、もう一つの楽しみがありました。

ふと駐車場に目をやると、場違いなほど存在感のある一台が目に入りました。
今ではあまり見かけなくなった、あの無骨な「ハンマー」です。
……いや、車種の話は正直どうでもいい。

問題は、その車でした。
これは、私がずっと好きで聴いてきたカントリー歌手、
Jess McIntyre のツアー用車両。
写真や記事で何度も目にしてきた“あの車”が、目の前に停まっていたのです。

初めて実物を見るはずなのに、不思議と見覚えがある。
頭の中で、点と点がゆっくりつながっていきます。
――ということは。
――ということは、だ。

「……ジェス、ここにいるよな?」

誰に言うでもなく、心拍数だけが少し上がっていきました。

 

実は、彼がこのパーティーに参加してミニライブを行うこと自体は、事前に本人から聞いていました。
Facebookでつながり、何度かやり取りもしていた。
でも、“情報として知っている”のと、“同じ場所にいると実感する”のとでは、まったく違います。

ほどなくして対面したジェスは、驚くほど気取らない人物でした。
スター然としたところは一切なく、気さくで、よく笑う。
ルート66の音楽を歌う理由が、そのまま人柄に表れているような、そんな人です。

こういう人に出会えるから、この道の旅はやめられません。

This image has an empty alt attribute; its file name is IMG_2367-1-1024x735.jpg

ライブが始まるまで、会場は食事や歓談でにぎやかな雰囲気。
やがてジェスの演奏が始まり、ネオンの光の下で音楽が響きます。

JessontheShow

途中、ラモナ自らが切り分けた記念ケーキも登場。
甘さはかなり強烈でしたが、それもまたアメリカらしいお祝いの味でした。

夕方4時半に始まった宴は、気がつけば夜11時を過ぎていました。

TOSHI MUNGER MOSS SIGN DSC_0200

ネオンの前で写真を撮り、部屋へ戻ろうとしたところ、ロビーで再び歓談に加わることに。
最後の一枚は、ほぼ午前2時近く。

長い一日でしたが、70年という時間の重みと、この場所を支えてきた人たちの想いを、改めて感じる夜となりました。

Allstars

“Save the Gasconade Bridge” ラリーウォーク in 2016

2016年4月23日(土)。
ミズーリの澄み切った青空の下、“Roamin’ Rich” ことリッチ・ディンケラ氏に率いられたSave the Gasconade Bridge ラリーウォーク が開催されました。
このイベントは、昨年3月に続く2回目。
私は前回、諸事情で参加できなかったため、今年が初参加となりました。

対象となっている橋は、昨年12月から車両通行が完全にブロックされています。とはいえ、徒歩や自転車での通行は可能で、今も人の行き来が続いている場所です。

開始は正午の予定でしたが、あまりの好天に、朝10時頃にはすでに人が集まり始めていました。クラシックカーの列も次々と到着し、会場は次第に賑わいを見せます。

このラリーの目的は明確です。
老朽化を理由に州政府が検討している「解体」に対し、
壊すのではなく、修復を——
ルート66にとって重要なアイコンを残そう、という意思表示です。

どの国でも、行政の決定を覆すのは簡単ではありません。
だからこそ、多くの人が集まり、声を上げ、民意の力を示すことに意味があります。

当日は地元テレビ局、警察関係者、州や自治体の関係者なども参加し、
「壊さずに修復を」というメッセージが、はっきりと共有されました。

そんな中、壇上で挨拶が続く最中、突然リッチがマイクを握り、こう叫びます。「Toshi、どこだ? 何か一言どうだ?」

……完全に不意打ちです💦
アメリカで “You like to say something?” は、お願いではなく、ほぼ命令😂
周囲の拍手に背中を押され、引き下がる選択肢はありませんでした。

結果的に、昨年立ち上げたルート66アソシエーション・オブ・ジャパンの紹介と、今回この場に参加した理由について、短く話すことになりました。

思いがけない場面もありましたが、イベントは大成功。
暑さのため多少早めの終了となったものの、多くの人と想いを共有し、語り合い、ルート66に関わることの意味を改めて感じる一日でした。

Bagdad Cafe のオーナー婦人

突然ですが、映画 Bagdad Cafe を観たことのある方も多いのではないでしょうか。
1987年に公開されたこの作品は、カリフォルニア州ニューベリー・スプリングスに実在するカフェを舞台にしています。

私も何度か足を運びましたが、ここで出会うのは、アメリカ人よりもむしろヨーロッパからの旅行者や日本人が多い印象です。
アメリカ国内では、興行的にはあまり大きな成功を収めなかったのかもしれません。
もっとも、それはさておき。

現在、このカフェを切り盛りしているのはオーナーのアンドレアさん。
もう20年以上、この場所で商売を続けています。
そもそものきっかけは、彼女が引っ越してきた際に、この店で
「今まで食べた中で一番おいしいハンバーガー」に出会ったことだったそうです。

結果として、そのレストランを購入。
そしてすぐに店名を「バグダッド・カフェ」に変更しました。
映画との関係性を前面に打ち出し、より大きなチャンスを掴もうと考えたわけです。
これまで何度も経営の危機を乗り越えてきたそうですが、ここ数年は比較的順調だと聞いています。

映画『Bagdad Cafe』は、公開当時としては少し風変わりな作品でした。
挿入歌の「Calling You」はアカデミー賞歌曲賞にノミネートされ、
特にヨーロッパでは、映画賞をいくつも獲得しています。

もっとも、「バグダッド」という地名そのものは、
ニューベリー・スプリングスからさらに東へ50マイルほど行った場所にあります。
このあたり、細かいことを言われたりしないのだろうか……と、
つい余計なことを考えてしまうのですが 💦

Mother Road Bucks!💰

一時期、ビットコインが世間を賑わせましたが、
アリゾナ州ルート66アソシエーションでは、”Mother Road Buck” と呼ばれる紙幣が登場しました。

もちろん、これは仮想通貨ではありません。実際に使える「紙のお金」です。今年、ルート66が生誕90周年を迎えるにあたり、その記念として作られたもの、と言えば分かりやすいでしょうか。

気になるのは、やはりお札のデザイン。
誰が描かれているのか、という点ですが……
詳しくは、下の見本をご覧ください。
ルート66ファンであれば、きっと説明は不要だと思います。

先日、アソシエーションを一緒に運営している仲間から、「早速いくつか買ってきてほしい」という連絡が入りました。この「Mother Road Buck」は、下記の場所で手に入れることができます。

  • Angel & Vilma Delgadillo’s Memorabilia Gift Shop, Seligman
  • Grand Canyon Caverns, Peach Springs
  • Powerhouse Visitors Center, Kingman
  • Kingman Railroad Museum, Kingman
  • Desert Diamond Distillery, Kingman

お疲れ様、Laurel

2016年1月28日。
ルート66の世界は、また一つ大きな存在を失いました。
オクラホマ州アフトンにあるパッカード・ミュージアムで、多くの旅人を迎えてきたローレル・ケインさん。「オクラホマ・ルート66の母」と呼ばれた人です。

前夫デイビッドの話によると、彼自身と娘さん、そして長年の親友に見守られながら、ローレルは静かに永遠の眠りについたそうです。

1930年代に建てられた旧DXガスステーションを、二人が購入したのは1998年。そこから約2年をかけて丁寧に修復し、「Route 66 Afton Station Packard Museum」として蘇らせました。
2002年にオクラホマへ移り住んでからは、ローレルは毎週のようにミュージアムに立ち、訪れる旅人一人ひとりに、変わらぬ笑顔で接してきました。

記録によれば、生前に彼女が迎えた来館者は、18か国以上、7000人を超えるそうです。

私がローレルに会えたのは、実は一度きり。それも、わずか2時間ほどの短い時間でした。
真夏の8月、土曜日の午後のことです。
「トシ、早く来ないと閉めちゃうからな」
そう言われ、なぜか必要以上に車を走らせたのを覚えています。

それまでにミュージアムには何度か立ち寄っていましたが、タイミングが合わず、ローレルには一度も会えずにいました。
特別な予感があるわけでもなく、いわゆる「虫の知らせ」を信じる性分でもありません。
それでもその日は、「今回は会わずに帰れない」
そんな思いが、はっきりと心に残っています。

「一期一会」という言葉を、あれほど強く実感したことは、後にも先にもありません。
短い時間でしたが、話ができて本当によかった。
日本でルート66のアソシエーションを立ち上げたことを伝えると、心から喜んでくれた、あの笑顔が今も浮かびます。

ローレルの笑顔と、惜しみないホスピタリティ、
そしてルート66への深い情熱は、この道を愛する多くの旅人の記憶の中に、これからも生き続けるはずです。

ローレル。どうか安らかに。

McJerry & EZ Guide

EZGuide

ルート66を旅しようと考えている人にとって、欠かせない一冊のガイドブックがあります。
日本の一般的なガイドとは少し違い、手描きのイラストに、ターン・バイ・ターン形式の詳しい道順がびっしりと書き込まれているのが特徴です。

全編英語表記ではありますが、これほど具体的で実用的な情報がまとまったルート66のガイドは、他にはなかなか見当たりません。
日本からでも購入できるようなので、興味のある方は一度手に取ってみる価値はあると思います。
(参考リンク: https://x.gd/9mz5J)

著者のジェリーさんは、“マック・ジェリー”の愛称で知られる人物。
実はかなりの日本好きで、特にアニメには相当詳しいようです。意味が分かっているかは別として、日本語で昔のアニメ主題歌を歌ってくれることもあります。中には、私の知らない作品まであって驚かされました。

創作に生きる人の頭の中は、やはり少し違うのでしょう。
凡人の私には想像もつかない世界です。

以前、彼のギャラリーを訪ねたときには、ご自慢の1957年製?の愛車に乗せて、ハンバーガーを食べに連れて行ってくれました。ただ、この車、スピードはせいぜい25マイルほど。
「すぐそこ」の店に向かうだけでも、なかなかの一仕事のようでした 😄

Page 2 of 2

Powered by WordPress & Theme by Anders Norén

Translate »