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オジサン二人のルート66旅③ミズーリ編

さて、2日目というか、3日目というべきか、セントルイスの空は雨も上がっていい感じ。晴れ男の面目は完全に解除できたな 😊
今日はこのままミズーリ州をさらに南下してキューバまで健さんをお連れする予定だ。本当はもっと長く体験して貰いたいのだが、何せ仕事があるのでNYへ戻らないといけない。夜にセントルイス発のフライトを予約してあるそうなので、それに間に合うよう計算すると、キューバが限界なのである。

セントルイスと言えば、Ted Drewes のフローズンアイスを食べて貰いたいのだが、彼らの開業時間は11時。ちょっと難しいので、今回は泣く泣くスキップ 😭
その代わり、には全くならないが、ダウンタウンに建つ歴史あるダイナー、”Eat-Lite Diner” がどうなったのかこの目で確認に赴いた。

ダイナーは長く営業してきた L.B.Powers 氏が2017年に閉店、売却した。Joelと Shawna の Holtman 夫妻がその後ここを購入、半年後の2018年に 4月に店が再開したときはルート66界が沸いたものだが、結果的に思うようには行かなかったのか、2020年12月に再び閉店した。

昨年の段階では、この建物の現所有者は地元のシェフ、Tim Eagan 氏と聞いているが、このような状況 ↓ では先は明るくなさそうだ。。。。

次にご案内したのが Route 66 State Park(ルート66州立公園)、セントルイスの郊外、車で約 30分ぐらいの所にある。1999年、この公園は広さ 419エーカーを有し、公園周辺の環境とメラメック河 ルート66橋を含む、境界内のルート66の一部を解説、展示したビジターセンターで出来ている。付け加えると、このエリアは昔、タイムズ・ビーチという名の労働者階級のリゾート地域であったが、1980年代に広範囲でダイオキシン汚染が発見され、米国環境保護局によって除染後、解体された黒歴史を持つ 😰

公園の一部はメラメック河の東河畔にあり、ビジターセンターもそこにある。ビジターセンターは9時~16時半まで。上述した地域のルート66に関する結構な展示物に加え、大きなギフトショップも備わっているのは嬉しい限りだね。お店の品揃えは中々のもので、今回は 1946年に出版された J. Rittenhouse 緒の「A Guide Book to Highway 66」を購入した 😊

と、書いていると浮かれた観光客だが(ま、実際はそうであるとも言える)健さんにお見せしたかったのは「ルート66橋」だ。東河畔と西河畔は以前はこの橋で繋がっていたのだが、老朽化が主因で長い間閉鎖されている。将来の見通しは立っていないと聞いてる。。

健さんと一緒にルート66 に関するオンライン番組をやっているのだけれど、健さんはそのリスナーであるお客さん向けのプレゼントにポストカードを何枚か購入していた。さすが旅行会社の鑑である。

そんなこんなで思ったより長いしてしまい、ここからキューバまでは飛ばしても 1時間ぐらいかかるので、昨日に引き続きドタバタと焦ることに!🤣
ってことだが、その前に Sullivan にてワンクッション置くことにした。
サリヴァンと言えば、そう「シャムロック・コート」である。
このブログに訪れてくれておいる読者さんなら未だ記憶に新しい(はず)のネオンサイン点灯式の、あの一件だ。
(忘れている人。下記のリンクを参照してください)
シャムロック・コート復活の狼煙
https://www.toshi66.com/2022-03-20/(opens in a new tab)

とりあえず観光客らしく?モーテル前で記念撮影。
実際に点灯式をネットのライブ配信で見ていた時は、その 3か月後に改装されたモーテルをこの目で見ることができようとは夢にも思ってなかっただけに、いい歳してまだ営業していないモーテルの前で目頭が熱くなる。。

さて、本題の?沿線上の友人らと交流する旅、に戻ろう。
次に紹介するのは、音楽家で作曲家の ノーラン(Nolan Stolz)だ。
まだ実際に会ったことがないので、友人と呼ぶのはおこがましいが、昨今の SNS時代、ハードルはちょっと低めで。

ノーランに関しては下記の記事を参照していただきたい。https://www.toshi66.com/2022-04-03/(opens in a new tab)

これから行くキューバでは、何とそのノーランとの会食が待っている!
このミーティング可能になったわけは、私のSNS投稿を見て彼がキューバ付近で会えるかどうか打診してくれたってわけ。何度も言うけど、テクノロジー様様だね 👍

キューバ到着。
アメリカの街でキューバかいっ!って思う方もいるかも。

キューバは、(ルート66沿いの)「壁画の街」と呼ばれている。街のロゴにも “Mural City” と記載されているほど。その理由は2001年に始められた
“Viva Cuba Murals Project”といい、「美しいキューバ(の街)」を目指し、1984年に設立された Viva Cuba 団体の主導の下、2007年の、キューバの街設立150周年を記念して、街中に12枚の野外壁画を設けようとしたことが始まりなのだ。言うまでないが、著名なワゴン・ウィール・モーテルを含むダウンタウンの歴史地区は、「国定歴史地区」に登録されている。

前置きが長くなったが、その歴史地区を代表する建物の一つ、旧フィリップス66 のガスステーション跡こそが、今日ノーランに会う場所だ。
時計は遡って 1932年、Paul T Car 氏がこのガスステーションを建設した。1968年になって Bill Wallis 氏がこの土地を購入、モービル社のガソリンを販売しつつ Wallis Oil Company のオフィスとしても利用した。その時に建物を 1930年代の当時の姿に復元した、と言われている。

Weir On 66 ホームページより

その後 ジョアン・ウィアーさんが 2016年、The Four Way という名でレストランをオープン、現在の “Weir On 66” となった。
ワシントン通り(旧街道ルート66)と フランクリン大通りの交差点に佇むレストランはこんな感じ。

ノーランが連れてきた彼のお友達、ジョンも含め 4人で和気合合とランチをしながらお互いのルート66バックグランドを話した。因みに私の頼んだのはこれ。元々ギリシア料理系のレストランだったということで、GYRO。サラダ付きでとても美味しかった。多分フラットブレッドもここで手作りなんだろう 😋

別れ際に4人で壁画の前でチーズ。あ、壁画がきちんと写っていないね 😰
これはローカルのアーチスト、Ray Harvey 氏による作品で、Bill Wallis 氏とミズーリ州ハイウェイパトロールの75周年を記念して描かれたものだよ。

というところで、健さんとの旅も今回はここで終了。
セントルイスへ引き返し、夕方のNY行きのフライトに乗るそうだ。
短い時間だったけど、このルート66から何かを感じ、より一層好きになって頂けると幸い。自分で走る経験は語る上でも説得力を増すだろうし。
お疲れ様でした~ ♪

私はこの先、ミズーリ・ルート66をもう少し旅します。







オジサン二人のルート66旅①シカゴ編

実は今回渡米するまで一つ大きな勘違いをしていたようだ。
ずっとコロナ禍による渡航制限のせいで「2年半」も渡米できていない、と公言していたのだが、前々回のポストにも書いた通り、本当のところは「丸っと 3年」になるらしい。。。😱
オクラホマ州ルート66へ、友人宅で行われる秋のイベントへ弾丸ツアーをしたのは 2019年のつもりでいたが、それは実際には 何と2018年の秋、ということが判明した。そうだよ、よく考えたら 2019年の秋は(まだコロナの到来など想像していなかったので)仕事が変わったこともあり、渡米を春(2020年)のタックス・リターン時に延ばしたのだった😂
ってな事で、ルート66への帰還?も実に 3年ぶりになるんだと言うことに気が付いたわけで。まあ別に半年の差に然程大騒ぎすることはないのだけれど、記憶が明らかに衰えているところに心配の種が育つってものだ 💀

さて本題。この 5月の渡米目的は実はルート66でなく、幾つか重要な私用案件なのでそれらを優先、更にしっかりやるべき仕事もした上で、時間を捻出。シカゴでの案件に合わせ、日本に戻る前の週末に行われたミズーリ州ルート66アソシエーションが企画主催するイベントにも顔を出すことにした。公私のバランスは完璧だ。

3年ぶりのシカゴ・オヘア空港。相変わらずの盛況ぶりだ。カリフォルニア州ベイエリアでは比較的まだマスクをしている人々もみるのだが、ここは少々事情が違うようだ。2週間前の閑散とした羽田空港のことを思い出すと、このギャップには驚きを超え感心する。(出発したサンフランシスコ空港もここまで居なかった)決してコロナを軽視するつもりではないが、合理的な考え方は自身の性にもよく合っている。


到着後、レンタカーを借りて早速ダウンタウンへ向かう。アポイントメントの時間まで約 2時間半。高速道路は想像よりずっと空いていて助かる。
だが、「晴れ男」である私が来たというのに天候はイマイチだ。空港タッチダウン時に機長が「シカゴの天気は霧雨」とアナウンスしていたが、街に近づく頃には完全に止み、青空が雲の間から見え始めていた。

ダウンタウンはやっぱり交通量が半端ないので、今日の宿泊先の駐車場にさっさと止めてあとはその場所まで歩く。
そうそう、この高架下の景色がたまらなくシカゴっぽくて好きなんだ。

さて、ルート66もこれだけの回数を走っていれば、まだ訪れたことがない場所はそうそうないわけで、あるとすれば新しくルート66上にオープンしたビジネスか、夜間時や修復完了したネオンサイン等になるのだが、それらを見られるか見られないかは全てタイミングの問題であり、神様の判断の領域と自分は捉えている。

なので、今回ルート66の旅は非常に限られた時間ということもあり、3年間も会えていない友人達に一人でも多く会えれば、というテーマでスタート。

翌日、朝6時過ぎ、市内ど真ん中に宿泊地の通りの路面からは夜間にも結構雨が降ったことがわかる。が、外に出ると止んでいる。晴れ男の面目ちょっと保てたかも 😚 8時過ぎにはシカゴの街を出るから、それまでもってくれればそれで良し、十分合格点だ。

というところで最初に登場いただくのが、今回初めて直接お会いする、オンラインで知り合って 2年弱になる。ひょんなことから健さんからお声がけを貰ったのが コロナ禍で世界揺れている真っ只中の 2020年夏。彼の仕事の一環でオンラインツアーを提供販売しており、その番組コンテンツの一つとしてルート66について語って欲しいという要請であり、それからオンラインによる「ルート66妄想ツアー」を細々と続けている。健さんとの出会いは人と人のご縁、というのを久しぶりに強く感じたものだ。とはいえ、今回の旅は100%彼にとってもプライベートだけどね。

さあ、シカゴに来たからにはまずはこのサインを確認することから始めなければいけない。ん?若干場所が移動した?(気のせいだろう)サインが低くなった?(これは気のせいじゃない)標識にべたべた貼られたステッカーは多少掃除され綺麗になったか?(取り換えられたようだ)
うっかりしていると、知らないうちに修正・修復が微々されるものである。

お約束、ではないがまずは出会いを祝して健さんとスタート地点で記念の一枚。今までオンライン上の繋がりだったが、何度も何度も顔を見ながら話し合っているのでお互い結構知ってるつもりになっている。だからやっとお会いしたのだけど「今更感」は半端ない😄
健さんがルート66を走るのは今回が初めて。ただ、昨年 11月に配信したオンライン番組では、彼はシカゴに自費で飛んで現地(つまりここのサインから)生中継をしてくれたので、ルート66@シカゴダウンタウンは正確には 2度目となる。

そして市内を流れる河を渡り、シアーズ・タワー前を通り、まず最初の重要な場所へ出向く。この私の与太話ブログを読んでくれている方ならもうお分かりだろう、絶対に外せない朝食スポット「Lou Mitchell’s」へ出陣だ。

あ、その前に「シアーズ・タワー」に違和感を持った若い方たち向けに少し補足説明を。このビル、今では「ウィリス・タワー」(Willis Tower)と呼ばれるけど、英国系保険関連企業の Willis Group Holdings が命名権を取得した 2009年7月までは、シアーズ・タワーの愛称で通っていた。アンテナを除くビル最上階(110階)までの高さは 442m、シカゴでは一番高いビルだけど、アメリカ全土ではニューヨークの One World Trade Center に次ぐ2番目なのだ。

さて、そうこう言ってる間に Lou Mitchell’s に到着。宿泊ホテルより約 1.5キロ弱、徒歩で20分の距離だ。腹を空かせるには最適の距離である。

朝が早いせいか、まだ店内に人はまばらだ。普段はもう少しいるんだけど、それは8時あたりかな。斜め向かいにアムトラック駅があることもあって、通勤するビジネスパーソンが朝も昼もよく利用する人気店だ。数日前にオーナーの Nick に、この朝出勤してるかどうか聞いたんだけど、残念ながらこの日は来れないようだった。ただ、いつもの笑顔のフロアマネージャーの Dana が相変わらず元気そうだったのはうれしい限り。

さて、ここで本日2、3人目の友人に登場していただこう。
話は一週間以上戻るが、まだシカゴに飛ぶ前、かねてからSNS上で交流している Sylvia と Bernhard のご夫婦で、5月中旬からルート66を旅している様子がアップされていて、どうやら同じ時期にシカゴに居るようだったので、メッセージしてみた。「木曜日の朝、7時から Lou Mitchell で朝食する予定だけど、都合合えば合流しない?」
すると行くよ、と即返事。
こうやってまたSNS上で繋がっている友人に「初めて」実際にお会いできる機会に恵まれた。彼らはドイツからのルート66愛好家。実は彼らとはニアミスが一回あり、コロナ禍前の2019年夏、イタリアの友人の結婚式に参列するためフランクフルト経由で行ったのだが、家内がフランクフルトが初めてということで、2,3日滞在した。その時は気が付かなかったのだが、Sylvia 達はフランクフルトから車で15分程度の街に住んでいるらしい。私のフランクフルト紀行をSNSで見て、連絡してくれたのだが、その時はすでに帰国便へ向かう途中だった。わずか3年で逃したチャンスが再度巡ってくるのだから、これも何か一つのご縁なのだろう。

4人でテーブルを囲み、私は今朝は軽め?に大好物のホーランデーズソースがたっぷりかかったエッグスベネディクトを注文、話に花が咲いた。
聞くところによれば二人は5月にカナダ入りから始まり6月中旬までルート66をシカゴからサンタモニカまで行くとか。共通の友人達にも沢山会える予定にしているらしいので羨ましい 😵
1か月以上旅行を楽しめるドイツのライフスタイルはやっぱり進んでるんだなぁと心底感心した。

お互い道中気を付けて!とエールを交換し、お店の前で記念撮影。

さあ、我々も今日はミズーリ州セントルイス目指して出発だ!


二号店、St Robert に誕生!

まず最初に一言。もしこの記事を夜に読み始めたのなら、明日の朝まで待った方がいいよ。夜中にお腹が減るなんて拷問以外何ものでもないから 🤣

という感じで始めてみたけど、今日はパイの話を。パイだよ、PIE。私はとにかくパイが大好きなんだな。「出たよ、この甘党がっ!」という声が聞こえたぞ?きにしない、気にしない。アメリカのパイ、マジ最高だよね。

ルート66界隈でパイと言えば、つい最近も書いた、テキサス州エイドリアンのミッドポイント・カフェだろう。もう耳にタコが出来るほど聞かされた皆さんは既によーくご存知のはずだ。
でもね、今日紹介するのは、まだ一度もこのブログでは書いたことがない秘密の場所なんだ。なーんていうと余計な期待をさせるかもしれないけど、数年前にミズーリ州ルート66を走った時に偶々発見した美味しいパイ屋さんがあるんだけど、そのお店がね。潰れるんじゃないよ。逆だよ、逆、もう一軒出店するのだ!😍🤩😄🍰💚

そのお店はミズーリ州ローラ(Rolla)の街で1986年創業の “A Slice of Pie”だ。とにかく正統派で甘さがそれほどキツクなく、ドライブに疲れた身体に染み渡る美味さが最高の逸品さん達だ。

元々彼らの建っているところはルート66上ではないんだ。ローラを走るルート66は、I-44 の南側を走りながら更に南へ向かって下って行くんだけど、Kings Highway と交差するところで西へ(I-44へ向かって)行く。その交差点からもっと南、国道72号線を越え、ウォルマートを過ぎたあたりにあるんだよね。だからルート66とは無関係!なんて冷たいことを言う人もいるんだけど、そこは同じ街中だし、何と言ってもパイだよ!仲間仲間。

オーナーの Ryan and Katherine Warnol 夫妻

で、今度開く St Robert の街は Route 66 Diner で有名だけど、聞くところによると住所が 1106 Old Route 66 だって!まさにダウンタウンのど真ん中、紛れもないルート66コミュニティビジネス。そんなに遠いわけじゃなくてもルートから外れない!ってとこがメチャ嬉しい。St Robert に行くのが楽しみになってきたなー

折角なのでホームページ http://www.asliceofpie.com/ から幾つかパイをご紹介。さーて私もとにかくどっかでパイを手に入れないと!
腹が鳴ってきたーっ😂😂😂

Cracker Barrel の反撃

このブログでもここ数回程コロナ関連の「嬉しくない」記事を書いてきたけど今日は少々趣向の違う話題をお届けしましょう!

と言うことで今日のテーマは「CRACKER BARREL」。
このブログに付き合ってくれている皆さんはそれが何かは直ぐにピンと来るよね?(笑)
このレストランチェーンへの私の愛情はもう既に充分伝わっていると勝手に想定して、細かい説明は省いて進みますので、ご容赦!

その是非はさておき、米国では現在多くの州で Social Distance を含めた各制限が緩和、解除されつつある中、Cracker Barrel(以下CB)も他の多くのレストランと同様「しばらくは売上が期待できない」と予想しながらも、徐々に営業の再開していると聞いた。
Nation’s Restaurant Newsのレポートによると、CEOのSandra Cochranさんも「当面は売上が不安定になる。誰もが何が起こるか予測するのに苦労している。」と投資家相手に語っていると書かれていた。

Sandra Cochran CEO

でもね、興味深いのは同CEOの次の声明。
「過去数ヶ月間、私達CB、飲食業界、そしてわが国は前例のない極めて難しい課題に直面しています。でも私たちは、このような状況下ではあるもののやがて来る回復時期に向けて、テイクアウト’オプションの加速を含めた「流動性と複数のビジネスモデル」を強化することで、状況に合わせる事業を適応させる迅速な行動をとることで、当社を競争力の高い企業に位置づけることができたと確信しています。」

ん?テイクアウトだって?
食べきれなかったもののドギーバッグじゃなくて、TAKE-OUT。
これは今まで経験していないことだ!素晴らしい!
「複数のビジネスモデル」も非常に気になるところだ。

余談だけど、このテイクアウト、日本では「テイク・アウェイ」と呼ぶことが多い。最初聞いたとき非常に違和感を感じたのだが、調べてみるとどうやら英国ではTAKE AWAYと言うらしい。 勉強になったと同時に日本人にとってやはり英語は British English かぁ、と。。。(汗)

実はCB、ダイニングルームのリニューアルを筆頭に、新メニューの展開やアルコール飲料の販売試験など、コロナウイルスが大流行する前から開発中だった取り組みを進めているらしい。

例えば、現在約20店舗で既に「ミモザ」の提供が始まっていて、オレンジとストロベリーの2種フレイバーとも凄い人気だそうだ。
CBのホームページより ⇩ (見た目もいいよね)

更に(詳細はまだ明かされていないが)顧客がCBの食品や小売商品を購入できる「デジタルストア」も開発しており、CBの姉妹チェーンである「Maple Street Biscuit」の商品もラインナップされるようだ。

この一連の動きは、前年同期の純利益が5,040万ドル(約55億円)だったのに対し、第3四半期は1億6200万ドル(約178億円)の損失を出した後に起因している。発表では売上高は41.5%減の4億3250万ドル(約474億円)と激減。 5月最終週の既存店レストラン売上高は45%減、ギフトショップ売上高は38%減だったようだ。

それでも、Jill Golder CFOは、「CBへの投資は引き続き資本配分の優先事項。もちろん手元での現金保存は重要だが、メニューの進化、ビールとワインのプログラム、デジタル戦略、POSへの慎重な投資を行く」と語っており、さらには CB 505店舗はダイニングルームオペレーションを再開し、他の159店舗では6月末までにテーブルサービスを再開する予定だという。総数664 に及ぶ店舗はパンデミック中も営業していたことで、ある程度健康的なキャッシュフローを保てているようだ。

良く考えてみれば、CBの店舗は地理的にまだ深刻なコロナの影響を受けていない地域が大多数を占める。飲食チェーンとしては極めて稀なケースだが、何と数年前まではカリフォルニア州に店舗はゼロ、今でも確か僅か6店舗ほどのはずだ。あの広大なカリフォルニア州に!だ。
しかもロスアンゼルス、サンフランシスコ、そしてサンディエゴ等の大都市およびその近郊には未だ無い。
東の大将、ニューヨーク州ですらたったの9店舗、当然マンハッタンには無い。
(昔マンハッタンに住んでいた時、「パンケーキを食べにコネチカット州まで行く」(当時一番そこが近かった)と言ったら、殆どの場合大笑いされたものだ)

CBは、例えば今年の夏休暇時、家族が車で移動をすることが大多数になると予想される中、州間に位置する彼らの店舗は非常に有利だとほくそ笑んでいることだろう。我がCBに栄光あれ!(笑)

Bagdad Cafe 30年の時空を超えて

1987年に世界中を唸らせた映画、「Bagdad Cafe」の封切り後から約30年。ちょっと前になるけど、その映画の監督を務めた Percy Adlon 氏が時代を経て初めて語った記事が面白かったので紹介したい。

冒頭に「世界中を」と書いたが、読者の皆さんも知っている通り、当初は「風変わりな」ドイツ映画と見られていたのも事実。実際私自身も、正直告白すれば、一回目はあまりピンと来なかったことを憶えている。1993年にルート66を走り始めたことで何度か見るようになってジワジワとその魅力に憑りつかれていった。 内容を簡単に言えば場所はアメリカのモハヴェ砂漠にある「うらぶれたカフェ」に集う人々と、そこに突然現れたドイツ人旅行者ヤスミンの日常交流を描いた作品だ。撮影はカリフォルニア州ニューベリースプリングにあった Sidewinder Cafe を使用したが、その Cafe のオーナーは映画公開後に店名を賢く Bagdad Cafe に変更するという大技も見せた。

ドイツ映画ということもあり、「Bagdad Cafe」は特にヨーロッパではカルト映画ファンのお気に入りになり、今でもドイツやフランスからの観光客が一番多いと聞く。残念なことにモーテルは数年前に取り壊されたが、カフェは毎日営業。現在のオーナーである Andree さんがルート66と映画の精神を引き継いでいる。

Andree さんと

アドロン氏が語ったのは、映画はアドロン氏のカリフォルニア州のモハーヴェ砂漠へのルート66の旅をしていた際に触発され、Daggett と Bagdad の両小街近郊で「奇妙な光」を見たことが「お告げ」となってこの企画に結び付いたのだとか。本当に些細なことが人生を変えるのが良く分かる。

また、俳優のJack Palance はこの映画で好演したことで、彼のキャリアを一気に上昇させることが出来、1991年に “City Slickers” でオスカーを受賞することになったと公言して憚らない(笑)シティスリッカーズは勿論のこと、その他 “Batman” や、”Tango & Cash” でご存知の方も多いかと。
それと同時にTVシリーズからの”Bagdad Cafe” へ出演することは断っていたそうな。知らなかった。。。

Bagdad Cafe と言えば思いだされるのが、あの名曲「Calling You」。作曲家のボブ・テルソンが作り、これを欧州出身の歌手、Jevetta Steel さんが歌い上げた。これは彼女の作品の中でもトップ10ヒットとなり、アカデミー賞の最優秀歌手にノミネートされることとなる。その後は特にフォローしてなかったが、名作「Calling You 」は、セリーヌ・ディオン、ナタリー・コール、バーブラ・ストライザンド、ジョージ・マイケル、そしてエッタ・ジェームス等多くのアーティストによってカバーされたとのこと。

Bagdad Cafe の横の空き地にたってモーテルサイン柱を眺める。インターステートから少し距離があるので、そこは風の音しか聴こえない。そして目を閉じると自然と「あの声」が降りてくる。1987年、スクリーンで観た時空へのタイムスリップが体験できるのだ。

消えゆくダイナーたち (Santa Rosa, NM)

またまた何とも切ないニュース。。。
ニューメキシコ州サンタローザの行きつけダイナーが今月14日(土)で閉店したんだとか。
地元の情報誌「Communicator」に記載されたのがこれ(原文のまま)
An empty building along Historic Route 66 now stands after the old highway’s namesake closed its doors. The Route 66 Restaurant, owned and operated by the Velasquez family since 1986, served its last meal Saturday, leaving the city with one less small business operation on the eastern side of town.”
(Route 66 News より)

困ったな~、実に困った。
このダイナー、私は結構好きだったんだよね。取り立てて美味い!っていうわけではないけど、何を頼んでもハズさない。王道というか基本にきっちりと普通に美味しかった。(もちろん値段も超フレンドリー)
サンタローザの街を通過するときは大概このルート66を東から来るパターンが多かったので朝から(以前紹介した)Route 66 Auto Museum に行き、友人Anna に会った後、ここに寄って腹ごしらえをするという図式が出来上がってるんだよなぁ。

まあ、ここは大体いつ行っても空いているところが良かったんだけど、結果的にそれが良くなかったわけで。
でもお昼時や週末なんかそれなりに忙しかったはずなんだけど。。

ダイナーのオーナーさんはヴェラスケス・ファミリー。記憶が正しければ1986年あたりから開業してるはずだ。記事によればオーナーさんも病気がちで疲労が原因らしいが、正確に言えば資金繰りに困って銀行から差押えということになったらしい。
ダイナーの立地はルート66上だけど、どちらかというと街の中心から東にずれた方にある。周りには La Quinta Inn を始め2、3のモーテルがあるからそれなりの集客は見込めそうだ。とはいえ、街の中心部には Club Cafe を始め多くの観光客が行きそうなレストランが沢山あるわけで。。

でもやっぱり非常に残念なのは、この内装だ。

シンプルだけど、とてもよくまとまっていて、かつルート66の当時の景色を充分思いださせる。1950年代のテーマが建物、そして調度品と完璧にシンクロしているのだ。あのルート66伝説のアーチスト、ボブ・ウォルドマイヤー氏だって絶賛したと聞いている。

今から3年ぐらい前だろうか、長年このダイナーを支えてきたベテラン店員のパトリシアさんから色々お話を聞いたことがある。ダイナーの歴史や、今まで潰れそうになったことも1度や2度じゃなかったこと、なんか初対面の私にそんなことまで、というほど。彼女はどうしてしまったのか、今度共通の友人に聞いてみようと思う。
昨今ルート66上から、本当に長く続いてきたダイナーが閉店するケースが多い。新しいオーナーが見つかって存続するケースは本当にラッキーだ。ルート66に携わる者として、こういう問題にどう向き合って行くのか、待ったなしの懸案事項だ。

最後に、これが私の60%以上の割合で食べる ニューメキシコ・オムレツ。
特産グリーンチリがふんだんに入った絶品だったんだけどなー(泣)

フードファイター見参!@アマリロ

From Big Texan Facebook Page

さあさあ、ついにこの時代が来たぞ!
つい先月も Coolest Motel の一つとしても紹介したばかりだが、何とそのビッグテキサンの72オンスステーキを平らげる日本人女性が出てきたのだ!

ビッグテキサンのFBページによれば、その女性は1枚だけでなく、何と!2枚も食べた模様。
1枚目はわずか26分40秒、2枚目も34分30秒という偉業で、制限時間60分などどこ吹く風といった具合だろうか。
そのFBページの文言はこちら ⇩

「This lovely lady @omgitsmiki from Tucson, AZ completed not only one, but TWO 72oz steak meals back to back. First in 26:40 and second 34:30 👏🏼🤠🥩 @ The Big Texan Steak Ranch & Brewery

ただし!この話にはオチがあり、その女性はプロのフードファイターだとのことだ。その女性こそ、毎年ニューヨークで行われている Nathan‘sのホットドック早食い競争で6年連続優勝を誇る、須藤美紀さん。
比較的小柄な部類に入る須藤さんだけに、その見た目とのギャップにはテキサス人もさぞびっくりしたことだろう。
須藤さんは自身のインスタグラムでその活躍?を披露している。
興味があれば下記のリンクより!

https://www.instagram.com/p/B2KFaI2HO_s/?utm_source=ig_web_copy_link

かく言う私も、過去この店で数回夕食を取ってはいるが、挑戦しようと考えたことすらない(笑)
かつては運動部に所属し、一日7食ほど食べていた高校時代ならいざ知らず、ただのオジサンとなった今となっては、普通に10オンス程度のリブアイで充分満腹、幸せいっぱいだ。

この「72オンス(約2kg)のステーキを1時間以内に食べ切るとタダ(無料)」というイベントで著名なビッグテキサン・ステーキハウス、1960年に始まって以来約1万人程度が達成したと言われている。
ただ、この偉業にも上には上がいるわけで、記録では2015年、ネブラスカ州のモリー・スカイラーさんは、たった20分で3枚の72オンスステーキを食べたらしい。しかも1枚目を最初の5分未満で食べきったので、2008年に通称「ジョーズ」と呼ばれる、ジョーイ・チェスナットさんが記録した8分52秒を大きく上回ったとか。

でもね、元祖大食いと言えば、やっぱ「ギャル曽根ちゃん」ではなかろうか? 日本に帰国中にTVで初めて見て、あの見た目、キャラと大食い加減のギャップに強烈に驚いたことを憶えている。いつか彼女にビッグテキサンでトライしてほしいと思っていたのは私だけではないはず!

お店の詳細は https://www.bigtexan.com/  まで。

Route Magazine に初見参!

2018年冬に登場した「Route Magazine」は、まだここではしっかり紹介していなかったかもしれないけど、ケニア出身の Brennen Matthews 氏が隔月発行しているルート66の話題が中心の文化系旅行雑誌だ。8州にわたるルート66を中心に、ネバダ州やユタ州なんかも併せてカバーする内容は、旅行一辺倒に収まらず、そのルート66の、アメリカの、「ヒューマン・ストーリー」に焦点を充てた新進気鋭の読み物。かくいう私もそのシンプルで素敵な表紙と深く人間味に溢れた内容に瞬く間に Fall in Love、今は家の本棚の中央にしっかりと鎮座状態だ。
そんな冊子を発行する Brennen より連絡があったのは今年の2月頭。メッセンジャー経由で、私が先日FBに掲げたあるダイナーの写真が気に入ったから、レストラン特集に際に使いたいって。
何て光栄なこと!
プロでもない私の写真を気に入ってくれるなんて、しかも雑誌に載せてくれるなんて早々あることじゃない。こっちからお願いしたいぐらいだ。

と、いうことで実際に使ってもらったのが下記、アルバカーキーの66ダイナーだ。

Route Magazine は現在北米のみでの発売なので、日本では公式サイト、www.routemagazine.us へ行って無料定期購読登録をすれば、隔月号がすべて無料で読める。登録したからって無駄な宣伝メールとか送られてこないのでご安心を。ルート66 をもっと知りたければとても素晴らしい情報源だよ!

キューバとコニーとワゴンウィ―ル


ミズーリ州キューバ。ルート66に興味がなければこの街を知る人は少ない証拠だと思うが、街の話をすると「ん?キューバ?」と大体聞き返されることが多い。かく偉そうに言う私ももちろん、うん十年前はその一人である。パリ、マドリッド、ミラノ、そしてローマと、歴史の浅いアメリカには、欧州でも指折りの著名な街名が着いた街がしっかりあるのだ。それを考えるとキューバという街名があっても然程驚かないのが本音か(笑)
そんな話はさておき、キューバに到着したのは夜の9時少し前。ルート66上のモーテルは夜が早い。簡単に言えば全体的にモーテルのオーナーは高齢の方が多いからであり、お客の到着が遅いと鍵だけ置いてさっさと寝てしまうのだ。
さて今夜はどうだろうと考えながら目的地近くに行くとネオンは点いている。良かったと思う反面、悪いなという気持ちで車を停める。

「お前がトシかい?」と見慣れない中年男性が笑顔で迎えてくれる。
「そうだよ、コニーはもう寝ちゃったかい?」
「ああ、とっくに休んでるさ。オレも9時になったら帰ろうと思ってたんだ。はっはっは。まあ間に合って良かったな、ほら鍵だ。コニーは明日朝8時にはいるはずだよ」と言いたいことだけ言って、お休みと言わんばかりに後ろ手を振って彼は去っていった。
明日は7時には起きて朝飯に行く予定だったから8時なら丁度良い。そこそこの距離を運転しているだけに早めに横になろうと部屋に入る。

これだけ見ると豪華には決してみえないが、ここ ”Wagon Wheel Motel”は、ルート66上に建つモーテルとしては中々立派なのである。現在の総数は19部屋。シングルからファミリー用、そしてスイートまであり、WiFi 完備という心意気だ(端に田舎なので電波が悪いという説もあり)。建物の前には中庭があり、仲間内でゆっくりBBQをして過ごせるスペースもある。
部屋の中はベッドはもちろん、一応TVもある。洗面台、シャワー、トイレと不足なものはないのだ。


ルート66を旅する醍醐味の一つが早朝の美しさだ。もちろん晴天でないとそうは行かないのだが、幸運にも私は晴れ男。ルート66を走って雨にやられるケースは結構は少ない方だ。
昇る朝陽もワゴンウィ―ルの看板と重なっていい感じである。

朝7時、さっそく楽しみにしていた「イベント」に心を躍らせる。モーテルあら歩いて5分ほど行ったところに ”Shelly’s Route 66 Cafe” とダイナーがある。結構友人仲間では好評はダイナーだが、まだそこで実際食べた経験がないのだ。ダイナーは朝6時~午後3時まで。そう、朝と昼専門だ。そして月曜日がお休みなわけだが、過去何回かなぜかワゴンウィ―ルに泊まって朝を食べようとすると月曜の朝にあたるわけで、夕方通り過ぎた回数を含めると相当数なチャンスをふいにしてきた。
それだけに今回はとても楽しみにしていたというわけ。

メニューはお決まりのアメリカンな朝食だが、やっぱり美味い、落ち着く。
定番の目玉焼2個とソーセージパテ、ハッシュブラウンにトースト+コーヒー、でわずか約4ドル強。凄まじい。

ゆっくり朝食を撮った後は、Mural City(壁画の街)と呼ばれる所以である街のいたるところに描かれている画をチェックしに散策。毎度見てみるものだけにきちんとあるかの確認作業みたいなものだ(笑)Cuba Mural Project が始まったのが2001年頃。それから7年ほどかけて地元のアーチスト達が先駆となり合計12の壁画を完成させた。その後2つ加えて今は14となっている。地元の人達の街愛はこんなところでも溢れている。

さて8時過ぎ、約3年ぶりのコニーに対面。この早朝時は(きっと昨晩の宿泊客も少なかったのか)ほぼ誰もロビーに現れないので、たっぷり1時間ほどかけてお互いの近況を報告しながら談笑。

コニーももう70歳を過ぎているがお孫さんが後を継いでくれるまでもう数年は一線で頑張るのだそう。最近の商売は良い感じだと言っているのが非常にうれしい。でも満室(19室だが)になると部屋の掃除や洗濯が大変らしく、あまり満室にはなって欲しくないと笑って言う。本音は10室ぐらい毎晩入ってくれるのが最高なんだとのこと。同じホテル業でも事情が変われば話が変わって面白い。
次回また会えることを約束し、愛情溢れるハグを頂戴した。

Wagon Wheel Motel
901 East Washington Blvd.
Cuba, MO 65453
(573)885-3411

Shelly’s Route 66 Diner
402 South Laurence Street
Cuba, MO 65453
(573)885-6000

 

アリストン・カフェにて


一日の走行距離が380マイル(約600キロ)、は然程大変ではない。せいぜい数時間走れば着くものである。が、各所で再会を祝い、四方山話に花を咲かせながら走るとなると結構時間との戦いに陥るケースも少なくない。
2016年8月に掲載したお話、「ウサギの王国、ヘンリーラビット」に登場するご主人、リッチ・ヘンリー氏にテキストメッセージを送ったのが渡米する2週間ほど前だったか。
「やあリッチ、元気かい?9月の下旬にイリノイ州に行く予定なんだが、お店はまだやっているかい?9月はもうシーズンオフだ、何時に閉めるの?」
昨年リッチは一度体調不調を理由に一旦は引退?に近いようなことを口走ったことがあったのでこのように聞いてみた。
すると体調は順調なようで相変わらず頑張ってお店を開け旅行者のお相手をしてくれているとのことなので、日付と時間とが決まったらまた連絡する旨を伝えておいた。

当日ミッドウェイ空港を出発した私は、いろいろ思い描いていた計画と少々違う事案に遭遇しながら、南下した。先のメイプルシロップのお店で時間を過ごし過ぎのこともあり、リッチには(約束していた)夕方4時に着くのは難しいことを伝えたら、「トシ、俺は今日ミーティングがあってリッチフィールドに来てるんだ、だからスタウントン(彼のお店の場所)には居ないよ、アリストン・カフェまで来れないか。」と。
後から聞いたら急に決まったそうなのだが、「おいおいそれじゃあ先に言えよ」と再度狂ったスケジュールを呪った(笑)。

だが良く考えると実はそれはかなりの好都合だということに気付く。アリストン・カフェは、今年の6月に掲載した「Ariston Cafe 90余年の歴史」に登場する、デミとニックのアダム夫妻が先日リタイヤし、売却されたルート66の名物レストランだ。今回は時間の都合上訪問する予定はなかったのだが、そこにリッチが居るのであれば(アダム夫妻には会えなくとも)レストランを訪問することが可能となる!

というわけで午後5時半過ぎに何とか到着。いつもの如く素敵なレストランだ。


店に入り、イリノイ州ルート66のミーティングの旨を伝えると、それ用に用意された個室に通される。
「ハロー、リッチ!」
何年か振りの再開に思わず笑顔が更に崩れる。
ミーティング開始時間は6時だと言うが、当然?皆さん揃わない(笑)
結局始まる6時45分あたりまでリッチを含め何人かの出席メンバーと近況報告をしながら旧交を温める時間が取れた。


さらにはタイミングよく、新しいオーナーの一人、Will Law 氏とも挨拶をすることが出来た。デミから私のことは聞いてくれており、いつか会えると思っていたがこんなに早く会えるとは!と喜んでくれる。このあたりの調子の良さは生粋のアメリカ人だ。


次はゆっくり来ることを約束し、今晩の目的地である隣接州ミズーリ州のキューバまでお持たせをしてくれたサンドイッチを頬張りながら、すっかり夕方になったルートに飛び出た。あー寒っ!

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