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ニードルス~Peanutsが旅した人生とルート66😎

©Charles M. Schulz

世界的に大人気の漫画「ピーナッツ」を知らない方はあまりいないだろう。ピーナッツという名前にイマイチ❓ピンとこない場合は「スヌーピー」と言った方が良いかもしれないけどね(笑)

実は今、大手旅行代理店H.I.S の米国オーランド支店の井手田氏と一緒に「行ってみた~い!憧れのアメリカ・ルート66横断妄想ツアー」というのをオンラインで毎月配信しているんだけど、次回(日本時間3月7日)は、いよいよシリーズ最後の「カリフォルニア州編」。で、その準備をしている時、ニードルスの街を紹介する際に SNOOPY のことに触れるべきかどうか頭を過ぎったのがこの項を書くことになった発端なのだ 😛

Mr. Charles M. Schulz

「ピーナッツ(Peanuts)」の作者は、Charles M. Schulz 氏、1922年生まれ、ミネソタ州ミネアポリスの出身。とはいえ、幼少期から漫画家になることを夢見てみた少年の話を書こうと思っているわけではないので、それ以上のことについては特に触れないけど、ただ一点、彼が1929年から2年間、カリフォルニア州ニードルスに移住した、という事実はルート66ファンとしては見過ごせないポイントなんだよね。

そして SNOOPY と言えば?そう、カリフォルニア州サンタ・ローザ(笑)馴染みのない街名かもしれないけど、サンフランシスコから約60マイル弱、車でわずか1時間も北上すれば着く閑静な住宅街。
実はこの街に、SNOOPY愛好家の聖地として崇められる「Charles M. Schulz Museum」(チャールズ・M・シュルツ博物館)があるのだ!
あ、因みに彼のミドルイニシャルで使われる「M」はミドルネームの「モンロー」、意外に知らない人は多いようなので豆知識まで。
もう一つ重要なこと。私は決してピーナッツやスヌーピーの愛好家ではないので誤解のないよう 😎 まあそう思われたらどうだ、ってのはあるけどね。(そう言えば、この博物館の世界で唯一の公認サテライト施設が、南町田のグランベリーモール内にあるそうだよ)

話はそれたけど、この博物館はシュルツ氏がすべてを監修。(実際彼は2000年に亡くなったので完成は見ていない)そこには世界中で愛された漫画「ピーナッツ」の原画から手書きスケッチまで、貴重なコレクションが展示されている。スヌーピーをテーマにしたカフェや、シュルツ氏デザインのスケートリンクなど、スヌーピーに囲まれ、五感でスヌーピーの世界を堪能できる「博物館を越えた博物館」が彼らの謳い文句なのだ。
なぜサンタ・ローザにあるのか?と言えば、シュルツ氏が1969年にそこに移住してから亡くなるまで過ごした場所だかなんだよね。Make Sense.

私は「愛好家(ファン)ではない」と言ったけど、それでも近隣に住んでいるものとして一度訪れてみたことがある。結論、SNOOPY がお好きなら確実におススメだ。

CHARLES M. SCHULZ MUSEUM
2301 Hardies Lane, Santa Rosa, CA 95403
707-579-4452
https://schulzmuseum.org/

おっと、話が中々元の場所に戻ってこないね(笑)ここで書きたいのはニードルスだよ、ニードルスとのか・ら・み 🤣

ニードルス(Needles)は、カリフォルニア州、ネバダ州、に広がるモハべ砂漠の南東に位置し、ルート66を西へ向かう場合、コロラド河を越えてカリフォルニア州に入った最初の街だ。サンタフェ鉄道の停車駅があり、1908年に建てられたハーヴェイハウスである大人気の「エル・ガルセス・ホテル」と共に街は発展した。
カリフォルニア・ルート66の要衝地であるニードルスについてこれ以上書き始めると延々と終わらないので、それはまた別の機会に。

From Charles M. Schulz Museum Official Website

で、シュルツ氏一家はそんな(どんな?)ニードルスへ 1929年、引っ越してきた。彼の長い人生の中で僅か2年間のことなので、あまり知られていないが、街の中にはしっかりその「足跡」が残されている。

ニードルスのダウンタウンの壁画

私がニードルスに行くとき良く食事をする「ワゴン・ウィール・レストラン」というアメリカ西部料理を出すダイナーがあるのだけれど、そのレストランから通りを挟んで向かいにあるサンドウィッチの全国チェーン「サブウェイ」内にも何とスパイクはいるんだよ!

ニードルスのサブウェイ店内

ではそもそもなぜシュルツ家が引っ越してきたかというと、彼の奥様方の親戚が一足先にニードルスに移住し、その街には沢山のチャンスがあることを熱烈に語り、強く勧めたことにあるという。(親戚の移住の本当の理由は健康上のことだったと後に判明するけど)

ニードルス移住期間は未だシュルツ氏が子供の頃なので、もちろんそこで何か功績を残したわけではないが、その頃の経験は多感な時期に少なからず影響を与えたのであろう。
ニードルスに住んでから45年後、シュルツ氏はスヌーピーの兄、スパイクの人生と冒険を通して彼自身の経験の一部を「ピーナッツ」に取り入れた。スパイクは砂漠で一人暮らし、コヨーテと友達になったり、サワロサボテンのジョーと会話したり、時にはサボテンにライトを巻き付け、クリスマスツリーに見立てたり。子供が感じるであろう無限のファンタジーが描かれたってわけだよね。

最後に、シュルツ氏は1973年に再婚するんだけど、奥様の Jean は2018年、スヌーピーと一緒にルート66を旅したときのことを公式ホームページ内にブログとして書き残している。全線走破とまではいかなかったようだが、「ピーナッツ」とルート66との永遠の繋がりを感じることのできる嬉しいものである。
https://schulzmuseum.org/route66/

From Charles M. Schulz Museum Official Website
Mrs. Jean Schulz

シュルツ氏と彼の家族、そして関係者の皆さんに大いなる敬意と感謝を込めて💚

Tony Moore’s Route 66 Wines

冒頭からこのような写真を見せられたら、皆さんは急に血圧が上がらないだろうか?(笑)
ワイン続きの話で恐縮だが、これは、現在全7回に渡って開催しているZoomによるルート66講座の中で、前回ワインの話に触れるにあたってその資料作成をしている際に偶然発見したものだ。
目が点になり、全身が固まった私の姿は容易に想像してもらえると思うが、正にそのイメージ通り。
「青天の霹靂」とはいささか大げさだろうか。

「Route 66 Wines」「Tony Moore’s Signature Collection」、、ん?Tony Moore? トニー・ムーアって言えば、地球上見渡しても私の知ってるのは世界的にブレイクする前のブリティッシュ・ヘヴィメタルの最先鋒、「アイアン・メイデン」のギターとキーボードを弾いてた彼ぐらいだ。
謎は深まる。。

早速ワイナリーのホームページにいってみる。
“Torti Estate – Wine’s Elegance Since 1910” 、だそうだ。

場所はイタリアのパヴィア。あまりピンと来ない方も多いと思うが、パヴィアの街は大都市ミラノを擁するロンバルディア州の南西35キロほどの所にあり、ポー川とティチーノ川に囲まれた肥沃な土地だ。
ワイナリーがあるのは更にそのパヴィアから25キロほど南に行った「モンテカルヴォ・ヴェルシッジア」(Montecalvo Versiggia)というコムーネらしい。初めて聞く名前だ(笑)

Torti Estate は、オルトレポ・パヴェーゼ(Oltrepò Pavese )DOCワインの伝統を守っており、現在のオーナーであるパトリツィアとディーノ・トルティ夫妻の下、ピノ・ネロ(ピノ・ノワール)とクロアティーナ品種を中心に、ワインとスプマンテの生産をしているとのこと。
因みにDOCとは、「デノミナツィオーネ・ディ・オリジン・コントラータ」(Denominazione di Origine Controllata)の略で、フランスの「アペラシオン・コントラレ」(AOC)とほぼ同等の意味で用いられ、定義された品質基準を満たし、指定された地域で生産されたワインであることが要求される。DOCの定義では、通常許可されているブドウ品種、収穫量、樽使用を含む最低熟成期間、最低アルコール度数などについて厳しい規定があるのだ。

話は大分それたが、そのトニー・ムーア氏。2019年5月に初めてトルティ・ワイナリーを訪れた際に、すぐに彼らのワイン造りに込められた情熱、ビジョン、細部に至るまでのこだわりに魅了された、とホームページには書かれている。トルティ夫妻が語った彼ら家族の物語や創造的なワイン醸造プロセスは大きなインスピレーションをトニーに与えたようだ。

更には、その日ワイナリーで数時間過ごした夜には、トルティ家族全員と一緒に食事を楽しむ機会があり、そこでトルティ家族の言葉「No Torti, No Party」をイメージし、アコースティックギター一本、即興で披露した、という逸話もあるらしい。
そうなんです!やっぱりあのアイアン・メイデンの彼だったのです!

(ヘヴィメタルを聴かない方には、1986年に”(I Just) Died in Your Arms” の世界的ヒットで一躍有名になったバンド、Cutting Crew でキーボードを担当した彼、と言ったらわかるだろうか)

Iron Maiden 時代の Tony Moore 氏

そうやって生まれたのがこの「Route 66 Wines Tony Moore Signature Collection」だ。
同国内の代理店を通じ25年にも及ぶライセンス契約を経て出来上がったこの一本。
日本から購入できるのはオンラインのみとなるようだが、「家飲み」が主流となっているこの機会に是非、試してみてはいかがだろうか。

https://greatwinedirect.com/collections/route66-wine

おまけでワイナリーのホームページに載っていたトニーさんの熱唱を。

Dino Torti & Tony Moore from Route66.wine

週刊NY生活月イチ連載 SEASON 3: Vol. 18 ルート66の名を世界へ広めた映画 “CARS”(追加書下ろし含)

毎月恒例の寄稿「魅惑の旧街道ルート66をフォーカス」SEASON 3、第18回目(09月号)は、「旅行に行きたいけど安心して行かれない」という皆さんへ「お家でルート66」をご紹介。ルート66の名前を世界中の様々な年代(特に子供たち)へ広めてくれた映画のお話です。
記事内容は多少ネタばれするけど、まだ観ていない方々も既にご覧になった方々も、もう一度この真夏の寝苦しい夜、CARSの醍醐味を楽しんでみてはどうだろうか。

詳細は週刊NY生活ウェブサイト ⇩ まで (18ページです)
https://nyseikatsu.com/editions/788/788.pdf

【追加書下ろし】
そうそう、記事のスペースの都合上書ききれなかった内容を少し2つほど書いてみたい。
まずは、声優さんたち。我々ルート66の重鎮、マイケル・ウォリス氏のことは内容に盛り込ませてもらったが、その他オーウェン・ウィルソン氏、ポール・ニューマン氏、そしてマイケル・キートン氏と錚々たる俳優さんも参加しているのだ。
さらには!実在するレーサーさんたち、マイケル・シューマッハー氏、デイル・アーンハートJR氏、マリオ・アンドレッティ氏なども同様に華を添えている。
最後にスポーツファンとして忘れちゃいけないのは、ボブ・コスタス氏やジェイ・レノ氏のようなキャスターさんたちの「参戦」も無視できない。こういう細部まで徹底的に姿は、やはりディズニー・ピクサーたる所以か、好感度バツグンだ。

Fillmore (Image from Disney-Pixar)

そしてもう一つ。
本文記事にも触れているが、ヒッピーのVWバン「フィルモア」は、あの伝説のルート66アーチスト、ボブ・ウォルドマイヤー氏がベースになっていると言われている。が、ディズニーピクサー側もはっきりとした明言は避けている。ウォルドマイヤー氏は厳格なベジタリアン。当然映画がヒットした末にはマクドナルドの「付録おもちゃ」として登場するであろうVWバンにウォルドマイヤー氏の名前を就けるのは難しいだろう。映画の外でもいろいろな葛藤があるようだ。




永遠を駈ける: アメリカ横断 5,000 キロランニング日記

Kさん(向かって右)と奥様(左)とマンハッタンビーチにて

「2015年4月25日。48歳の誕生日。アメリカ西海岸ロサンゼルス。サンタ・モニカの桟橋。
20年間追い続けた夢「アメリカ横断5000キロ・ランニング」のスタートを踏み出そうとする僕がいた。
ゴールは、アメリカ大陸の逆側にある東海岸ニューヨーク。
完走目標日数は、80日。
アメリカ横断ランニングの成功者は、歴史上、恐らく約500名。
幼少の頃からずっと体育・運動の苦手だった僕には、大きすぎる挑戦だった……。 」(アマゾン販売サイト本文より)

以前このサイト(2016年10月16日)でも紹介した Atsuyuki Katsuyama(通称 K さん)サンタモニカ~シカゴへのルート66全線、そしてそのまま何とニューヨークまで!自身の足で駆け抜けた。
その時の記録がついにデジタル書籍にて販売開始!
Kさんの魂の叫びがここにある。
この機会を是非お見逃しなく!

フードファイター見参!@アマリロ

From Big Texan Facebook Page

さあさあ、ついにこの時代が来たぞ!
つい先月も Coolest Motel の一つとしても紹介したばかりだが、何とそのビッグテキサンの72オンスステーキを平らげる日本人女性が出てきたのだ!

ビッグテキサンのFBページによれば、その女性は1枚だけでなく、何と!2枚も食べた模様。
1枚目はわずか26分40秒、2枚目も34分30秒という偉業で、制限時間60分などどこ吹く風といった具合だろうか。
そのFBページの文言はこちら ⇩

「This lovely lady @omgitsmiki from Tucson, AZ completed not only one, but TWO 72oz steak meals back to back. First in 26:40 and second 34:30 👏🏼🤠🥩 @ The Big Texan Steak Ranch & Brewery

ただし!この話にはオチがあり、その女性はプロのフードファイターだとのことだ。その女性こそ、毎年ニューヨークで行われている Nathan‘sのホットドック早食い競争で6年連続優勝を誇る、須藤美紀さん。
比較的小柄な部類に入る須藤さんだけに、その見た目とのギャップにはテキサス人もさぞびっくりしたことだろう。
須藤さんは自身のインスタグラムでその活躍?を披露している。
興味があれば下記のリンクより!

https://www.instagram.com/p/B2KFaI2HO_s/?utm_source=ig_web_copy_link

かく言う私も、過去この店で数回夕食を取ってはいるが、挑戦しようと考えたことすらない(笑)
かつては運動部に所属し、一日7食ほど食べていた高校時代ならいざ知らず、ただのオジサンとなった今となっては、普通に10オンス程度のリブアイで充分満腹、幸せいっぱいだ。

この「72オンス(約2kg)のステーキを1時間以内に食べ切るとタダ(無料)」というイベントで著名なビッグテキサン・ステーキハウス、1960年に始まって以来約1万人程度が達成したと言われている。
ただ、この偉業にも上には上がいるわけで、記録では2015年、ネブラスカ州のモリー・スカイラーさんは、たった20分で3枚の72オンスステーキを食べたらしい。しかも1枚目を最初の5分未満で食べきったので、2008年に通称「ジョーズ」と呼ばれる、ジョーイ・チェスナットさんが記録した8分52秒を大きく上回ったとか。

でもね、元祖大食いと言えば、やっぱ「ギャル曽根ちゃん」ではなかろうか? 日本に帰国中にTVで初めて見て、あの見た目、キャラと大食い加減のギャップに強烈に驚いたことを憶えている。いつか彼女にビッグテキサンでトライしてほしいと思っていたのは私だけではないはず!

お店の詳細は https://www.bigtexan.com/  まで。

Route 66 と Air B&B

「エアーB&Bにお客、取られてない?」
一時とても良く聞かれた質問だ。
私のようにホテル業界で働く人の多くは、多かれ少なかれ必ず聞かれた経験しているのではないかと思う。
ただ、私の答えは NO だ。少なくとも私自身が長い間関わっている、いわゆる大手チェーン系のホテルにとっては、エアーB&Bは脅威ではない。
例えばヒルトンを例にとれば、ヒルトン系列で「Hampton Inn」とか、「Homewood Suites」等は場所によればエアーB&Bの競争相手になっている所もあるが、大きな意味ではホテルに泊まるお客と、エアーB&Bに泊まるお客では「マーケットが異なる」わけで、お互いのマーケットに脅威ではなく、どちらが良いとか悪いとか、そういう話でもなく、お互いに共存できる仕組みになっていると個人的には感じている。

Illinois State University

ところが最近になって、このエアーB&Bの存在はルート66にてモーテルを経営する人たちに取っては決して他人事ではなくなってきた。
昨年の話になるが、イリノイ州立大学の公共ラジオ局が、同州ブルーミントン・ノーマルにある、築103年になる物件を所有する Kevin Lewis 氏の話をある取材で取り上げた。Lewis 氏によれば彼がエアーB&Bに登録したのは約2年前、財政不況にあった時だという。
ただ彼は今はもう財政的にその必要もなくなったが、エアーB&Bはそのまま継続して営業している。なぜなら「(それが)好きで楽しいから」、だそうだ。Lewis 氏は単純に人が好きで、宿泊者との交流を楽しんでいるということだ。

同じルート66でありながら大都市であるシカゴは、数年前からエアーB&Bに対して規制を厳しくしているが、前述のブルーミントン・ノーマルのような小都市であり、かつ市場価値の低い場所にとっては、この現実問題が今になって降りかかってきたわけだ。
ブルーミントン・ノーマルにだって昔ながらのモーテルは存在する。が、年々減る宿泊者の確保に困っている状況で、エアーB&Bが(ホテルでないため)ホテル税が免除されていたり、宿泊者用のセーフティルールが曖昧だったりと、不公平であるという声が出ている。
一方、エアーB&B側は、ホテル側の提供できない「Home Away from Home」というこじんまりとした快適さこそが顧客のニーズであり、それに応えられているのは自分たちの方だと主張するのだ。

ブルーミントン・ノーマルにあるランドマーク、Ryburn Place

現実では昨年、エアーB&Bはイリノイ州内での宿泊予約に関して収税を徴収すると発表し、その金額は約930万ドル(約9.9億円)になる。
しかし同時にエアーB&Bは、地方の宿泊税は徴収しておらず、ブルーミントン・ノーマル地域では、既存のホテル税は年間約300万ドル(約3.2億円)にのぼるそうだ。
市の当局者はこの問題をしっかり把握しており、何等かの解決策を見出す努力はしているものの、まだ最善の策は見つかっていないようだ。

最近の面白い事例の一つとして、テキサス州のヴェガという小さい街に存在する歴史あるモーテル「Vega Motel」がある。長らくモーテルとしては機能しておらず、長く住み着いている女性が部屋の一つを占有していた。最近になってその物件を購入した新しい所有者は、このモーテルを通常のモーテルでなく「エアーB&B」に登録して、この場所を復活、活性化させようとしていると聞いた。

エアーB&Bのサイト上で、ルート66と検索するとテキサス州グルーム、イリノイ州スタントン、そしてアリゾナ州ホルブルック等がヒットする。昼ブルックは別として、いずれもモーテル数が殆ど無いルート66上の小さな街だ。
ルート66の旅行者が、歴史のあるモーテルが不足している地域で一晩滞在した場所を探すにはエアーB&Bは、一つの有効なオプションかもしれない。
今後どのような展開を見せていくのか、ルート66にとってももはや他人事でない大切なトピックスの一つである。

テキサス州ヴェガのメイン通り

Joplin Blasters に栄光あれ


皆さんは Jason Botts という野球選手をご存知だろうか。1980年生まれ、カリフォルニア州パソ・ロブレス出身の強打のスラッガーだ。彼を最初に見たのはジョージア州サヴァンナを旅行していた2001年、たまたま通った時にやっていたマイナーリーグの試合を観戦した時のことだ。彼の打順が回ってくるとスタンドは一斉に大きな応援になり、ファンの期待の大きさを一瞬で感じた。何となく「華」のあったその選手が頭の片隅にその後残っていた私は、彼が2005年にメジャー昇格し、テキサス・レンジャースでデビューした時はまるで親戚の叔父さんのように喜んだものだ。
それまで実はマイナーリーグの野球を見たことは一度もなかったのだが、そのサヴァンナの一件以来、機会があれば注目するようになった。なぜかと言えば「心地良い」から。メジャーリーグとは全く違う雰囲気。もちろん粗削りで成長過程の選手ばかりだけど、いつか大きなフィールドで大勢のファンの前でプレイすることを夢見る若い選手たちは本当に躍動感に溢れていた。スタンドに足を運ぶファンもどことなく家族のような雰囲気を漂わせ、時には選手をからかいながら応援に熱を注ぐ。使い古された表現かもしれないけど “American Pastime” を肌で感じたのはこの時が最初だった。あの時感じた心地良さは今でもはっきり憶えている。

さて今日の話題は Jason ではなく、あくまでもルート66。ルート66と密接に関係する野球のお話。
シカゴからサンタモニカまでの長い道、その街道沿いの街々には数多くのメジャー球団、マイナー球団が存在する。2015年、ミズーリ州ジョプリンの街に新しいチームがやってきた。アメリカ独立リーグ AA に所属する「 ジョプリン・ブラスターズ」だ。

ロゴがダサいとか言わないように。鉱業で発展した街ならではのデザインだ(笑)
8州に渡るルート66の中で、ミズーリ州は私は大好きな州の一つ、取り分けジョプリンとその近隣カ―セイジという街は飛び切りのお薦めだ。そんなジョプリンに野球チームが来たのだから嬉しくないはずがない。
マイナーリーグはメジャーリーグより試合数が少ないのでシーズン期間は当然短い。2015年、2016年と、ちょうどジョプリンに行く機会があった時はいずれもシーズンオフ、またはアウェイ試合の時だった。
マイナーチームの多くはスタジアムに比較的簡単に入れる。観戦じゃないよ、グラウンドに、ってこと。一応柵はあるものの、ぐるっと回れば柵のない場所もチラホラあり「どうぞご自由に」的な雰囲気を勝手に感じてはチャンスがあればグラウンドを歩き回ったり、ベンチに座って眺めてみたりする。

とは言え、不法侵入でポリスを呼ばれても困るので、一応スタンドの横にある小さな簡易事務所のおばちゃんに挨拶して「入っていい?」と聞く。
試合のない時にわざわざ来る奴なんて滅多にいないのだろう、「ああ、好きにしな」と、笑顔で歓迎してくれる。
外野のフィールドを歩き、ラインに沿ってホームベースへ、そのままベンチに下がってみて、ベンチから見る試合を想像してみる。「フィールド・オブ・ドリームス」の世界そのものだ。あー楽しい。
そしてベンチ横の通用口からスタンドに移りフィールド全体をパシャリ。


「2017年ジョプリン・ブラスターズはプレイしない。」地元メディアにそう載ったのは昨年の秋。1年目は55勝45敗、2年目は36勝64敗と大幅に勝ち星を減らし、財政困窮に陥った挙句、球団と街との関係が良くなかったのが原因ということだ。
そう、こんなに楽しみにし、ジャージもホーム、アウェイと両方用意し、いつの日か応援に行ける機会を楽しみにしていた夢は儚く散ったのだ!
私は実は一度もブラスターズの試合を見ていない。三度もスタジアムに行ってるのに。。。人生そんなものだよね、と言うには悲し過ぎると思わない?(笑)

あ、そうそう、冒頭に紹介した Jason、2008年~2009年日本の日ハムでプレイしたらしい。流石にそこは知らなかったなぁ。
YouTube でこんな映像を見つけたので最後にご紹介。

 

タペストリー完成!四方山話

人の縁とは不思議なもの。
堀江氏と初めて会ったのは、私が一時東京で生活をした2014年6月のある晩。
とある方よりご紹介頂いた「ひらくPCバッグ」の購入がご縁で、それを作っているスーパークラシック社の南社長に繋げてもらう。その南氏、とても気さくな方で、彼の東京事務所で開催する仲間内のBBQパーティに私まで呼んでくださった。そこで会った何人かのうちの一人が堀江氏だった。同じ愛知が同郷ということもあり、親近感は倍僧。非常に明るい好青年だったことは酔っていたが憶えているけど(笑)
その一ヶ月後、Evernote 社のイベントで偶然再会。「なぜか分からないですけど、後藤さんとはこれから何回も会う気がする」、そう言ってくれた堀江氏の言葉が嬉しかった。私も同じように感じていたからだ。なぜ?って聞かれたら、私もそれは説明できない。

イベントで堀江氏と

その堀江氏、御実家は愛知県一宮市にある堀江織物。「明日はもっと良いものをつくる」をモットーに、品質重視とモノヅクリを楽しむ文化を大切にしながら新しい挑戦を続ける会社の東京オフィスを起点に商品開発に勤しんでいらっしゃる。
http://www.horieorimono.co.jp/
東京原宿には、ハッピープリンターズという「世界一ワクワクする印刷工場」を開設。私も iPhone ケースのバックプリントで幾つかお世話になった。
http://happyprinters.jp/

その堀江氏が昨年新たに、幟、旗、幕、タペストリーを作って行くことをFB上で知った私は、運営に携わっている日本ルート66・アソシエーション用の幟を頼んでみようと速攻閃いて彼に連絡してみた。快諾してくれたので、自分のウェブサイト用のものも一緒に、横文字なので、タペストリーとして注文させて貰うことに。

実際の出来上がりはこちら ⇩

去る2月、名古屋で行われたアメリカ旅行協会さんのイベントに混ぜて貰ってタペストリーを初デビューさせた。想像以上のクオリティにアソシエーション一同も大満足!
その時ちょうど出張で名古屋から東京に帰る所だった堀江氏に声をかけて会場まで立ち寄って貰った。

アメリカで暮らして早25年。それだけに日本での約一年半は本当に馴染めず大変だったけど、その時に出会った沢山の人達は私の宝。これからも色々と情報交換しながら皆一緒に成長して行けたらそんなに楽しいことはない。やっぱり人と人の繋がりって素敵だよね。

ルート66の明るい未来


久しぶりにちょっと真面目なお話。
3か月ほど前のこと、Route 66 Road Ahead Partnership がイリノイ州選出共和党下院議員の、Rodin Davis 議員と Darin LaHood 議員と面談。その結果、Route 66 の歴史的意義を記念し、議会において二つの法案を発表することが約束された。
LaHood 議員は天然資源委員会のメンバーで、Route 66 を National Historic Trail として正式指定するよう、National Trails System 条例の改正を要求する法案、H.R.801を発表。で、もう一方 Davis 議員は交通関連議員連盟やインフラ委員会の一員である立場を上手く利用し、2026年に100周年を迎える Route 66 のために、記念祭を行う準備を統括する連邦委員会を設立する法案、H.R.66 を発表したというわけ。彼らに加え、カリフォルニア州選出民主党 Grace Napolitano 議員も上記天然資源委員会等のメンバーであるため、両氏に積極的に協力して法令の提案準備や起草に一緒に取り組んでくれた。

Route 66 Road Ahead Partnership の現議長は Bill Thomas 氏。で、何をやっているかと言えば、簡単に言うと、 ルート66の活性化と文化としての保存、そして持続を目的とした団体、っていう感じかな。またその同団体の中に International Advisory Board という、アメリカ以外の国に存在する ルート66 アソシエーションや関係諸団体の代表者で構成する集まりもあって、僭越ながら私も情報共有をさせて貰いながらお役に建てないかと日々尽力してる次第です。
Bill が言うように、ルート66を National Historic Trail として指定することは、2015年の夏以来数 Partnership の先導で行われてきた多くのミーティングやワークショップで最も積極的に支持されたアイデアだった。それにこれらのミーティングは、Partnership のミッション、成果、それにゴールに関して、全国のステークホルダーさん達からのフィードバックやインプットを求めるように設定されていたからこそ、法案起草に繋がる一連の成果は非常に意義深いものになったと言えると思う。

LaHood 議員の演説から。
「1世紀にわたるルート66は、アメリカの中心地を旅行する重要な「輸送動脈」でした。マザーロードは多くの仕事とチャンスを提供し、イリノイ州を始めそれが通るすべての州のコミュニティにとって強力な経済発展ツールであり、クロスカントリー旅行者のための時代を超えた思い出を提供しています。今こそ、 マザーロードは、それがふさわしい国家認定を受ける時です!」
いや~上手。さすが政治家だね(笑)
でもこの法案が無事可決されれば、ルート66を保存し、促進し、さらには経済的に発展させることのできる永続的なプログラムとなるわけで。
今後の展開が益々楽しみで仕方ないね!

 

 

1966年のBob と Glenn


ちょっと前に話題になったことだけど、伝説のロック歌手(古いな表現がw)Bob Seger 氏が、昨年67歳の若さで他界した元イーグルスの Glenn Frey 氏を偲んで曲を書いた。「伝説の」とか書いたけど、実は彼が全盛期だった70年代中盤の姿を私は殆ど知らないんだ(笑)「まだ生まれてない」とか「幼かったからね」とか言わないよ。しっかり洋楽も聞ける時代だったし。ちょっと調べてみたらどうやら日本では余りブレイクしなかったらしい。


本国アメリカでは所謂「スーパースター」だったようで、分かり易い例えをすれば The Boss の愛称で有名な Bruce Springsteen 氏のような存在だったらしい。年間200本以上のライブをこなし、新譜をリリースすればメディアはそれを流し続け、アルバムは常にベストセラーだったそうだ。

そんな二人、実は共にデトロイト地域の出身で、それぞれが有名になるずっと前から友人だったそうだ。Seger 氏はローリングストーン誌のインタビューでこのように話している。
「これは商売じゃないよ、全く。コーラスだって無ければ曲のタイトルだって無いんだ。ただ単に僕が彼に最初に出会った1966年の、あの時の記憶の思い出にしたかっただけなんだ。」ナッシュビルに音楽スタジオでこの曲を録音したときも、テイクは1回か2回だったそうだ。「ドラムの奴にこう言ったんだ。これはある種のバラードだけど、思いっきり力づくで叩いてくれってね。違和感があるほどにね。何故かって?ビートの利いたバラード。それが僕の Glenn に対するイメージなんだ。」彼はそう続けてた。


その後 Bobと Glenn は幾つもキャリアの中で出会いを続けていたらしい。
代表的なものを紹介すると、Bob の最初のメジャーヒット曲 “Ramblin’ Gamblin’ Man” の後ろで Glenn はコーラスを担当していたようだし、イーグルスの名曲の一つ “Heartache Tonight” は Bob が共同で書いた作品とのことだ。

私が生まれた1966年に彼らは初めて出会っていた。自分とは全く関係のない世界のスター達の人生もちょっとしたことで勝手に身近に感じるのは妄想が激しいのだろうか。自分はもうミュージシャンではないけど、もし自分に何か起こったとき、こうやって唄ってくれる友達っているのかな、って。人生も後半に入ってちょっとそんなことを考えた。

そうそう、この曲 “Glenn Song” っていうんだ。超ベタな名前(笑)
でも iTunes なんかで無料でダウンロードできるんだってさ。カッコイイね Bob。

最後に YouTube の映像を。

 

 

 

 

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